※前回の乱馬視点
会いたい、
会いたい、
会いたくない。
親父と修行を始めて一週間。今日は山を下りる日。天道道場への連絡、また今回も結局出来なかったな…あかねはどうしてるだろう?
毎度の事だから、慣れちまったかな?
「おーやーじー、さっさと準備しろよな」
「いや、一週間も連絡をせんかったんだぞ。何か土産でも買って行くべきではないかと思ってな」
「土産?…んな事言って実はてめーが食いてぇだけなんじゃねーのかよ」
「な、何を言っとる乱馬!わしだって天道家の居候の身、立場はわきまえとるわっ」
「どーだか」
山の麓まで下りると、土産物屋がちらほらあった。親父はいつの間にかそこに行って、饅頭やら団子やら…片っ端から試食をし出す。
本当は寄り道なんてせずに、早く帰りたい。でもそんな事を言えばからかわれるのが目に浮かぶ。
ただ、何もすることがないと、あかねの事ばっか考えちまう。あーあ、帰ったらまたケンカして、機嫌取っての繰り返しか。考えただけでなんだか嬉しくなるような、そんな気持ち。なんだかんだ、あいつが好きなんだよな…
「乱馬、何をぼーっとしている。バスが来たぞ」
「あ?ああ…、つーかそんなに土産買ったのかよ」
「なーに、天道くんとの酒のつまみがかさばってるだけだ。半分持ってくれ」
「あのな…持てなくなるくらい買い込むんじゃねーよ、クソおやじ」
バスに揺られて数時間、見慣れた景色が窓から見える。ただ帰ってきただけなのに、一週間振りだからなのか、緊張する。
─あかね、元気かな?
そう考えて、ぶんぶん首を振った。べ、別に寂しかった訳じゃねーし!ただ、そう、ちょっと気になっただけ。気になっただけだ!深い意味は無い…な、うん。
道場の門に近づくと、だんだん歩くスピードが上がる、ような気がした。
あかねに会ったらなんて言う?
『今回の修行も大変だったぜ』、
『オレに会えなくて寂しかっただろ』、
『元気にしてたか?』、
いや…違うな。やっぱり『ただいま』、だろ。
門をくぐって玄関に入ると、おじさんとかすみさんとなびき、おふくろが出迎えてくれた。
………あかねの奴、どうしたんだ?
「おかえりなさい、乱馬くん」
「あ、あの、かすみさん…その、」
「あかねなら友達の家に泊まりに行ったわよー。残念だったわね、せっかく一週間振りに会える日だったのに…。あたしもまた売れる写真が撮れるかと思ったのに…ちっ」
「と、泊まりぃ?つーかなびきはまた金儲けかよ」
「えーと確か…さゆりちゃん家に泊まるって言ってたわ。そうよね、なびきちゃん」
「そーそー、どっかの許婚が一週間も放置するんですもの、そりゃあ会うのは複雑よねぇ」
「………べ、別に放置してた訳じゃ…」
「あかねだって乱馬くんが修行してるって分かってるから何も言わないのよ、口では言わないけど、あの子毎日すっごく心配してたんだから」
なびきの言葉に口を噤んだ。
心配させるつもりはなくても、一週間ずっと連絡しなかったんだ。それは単に恥ずかしいとか、修行で疲れたから、とか実際は大した事じゃない。連絡しようと思ったらいつでも出来た。それなのにしなかった、オレが悪い。
携帯も置いてったから、天道家からオレと親父に連絡を取るのは不可能だし。
「そぉだ乱馬、今からあかねちゃんのこと、迎えに行ってあげたら?」
「は?何言ってんだよおふくろ」
「いいじゃない。せっかく修行から帰って来たんですもの、乱馬もあかねちゃんに会いたいでしょう?」
「…別に、無理に今日会わなくてもいいんじゃねー?」
「ばかもん!あかねくんが心配してくれてたなら尚更、お前が今すぐ迎えに行くべきだろう!!」
「あかねが自分で泊まりに行ったんだからオレがどーこー言う権利ねぇだろ!大体親父こそぐーたらで修行になんなかったじゃねーか!」
そこまで言って、ぜえはあ息を整えた。イライラする。どうして?
あかねがいないだけで、どうしてこんなに騒いだり、イライラしなきゃ行けねーんだ。大体今は21時。夜中に迎えに行く方が負け、みたいじゃねーか。と、訳の分からない意地を張ってみる。
行け、行かねえ、行け、。
親父達としばらくそのやり取りをしていると、やれやれといった様子でなびきがオレの肩を叩いた。
「乱馬くん、あたしが向こうに話つけたげるから」
「え?」
「おおっ、なびき!何か作戦があるのかい!?」
「さすがなびきくんだ!」
「じゃあおとーさん、おじさま、」
「?なびき、その手は何かな?」
「決まってんでしょ、契約料よ契約料」
オレをそっちのけで話が進んでいく。あの、どうなってんだ?行かねえって言ったよな、オレ。あかねだって、急に迎えに行ったりなんかしたら『何で迎えに来るのよ』とか言って怒りそうじゃねーか。
帰ってきて早々ケンカは勘弁だぜ。
「……ちゃんと取るとこ取るって、なびきくんはしっかりしてるなぁ…」
「はあ…これで頼むよ、なびき」
「まいどありーっ、じゃあ乱馬くん、アンタはさっさとあかねを迎えに行ってらっしゃい」
「ちょ、勝手に決めんなよ!」
「乱馬…ここは男らしくビシッとあかねちゃんを迎えに行ってらっしゃい」
「乱馬くん、これ…さゆりちゃんに渡してあげて。夜分遅くご迷惑をおかけしますって、クッキー作っておいたの」
「あ、あの…」
行ってらっしゃい、と半ば強引にオレは家を追い出された。手にはかすみさんから預かったクッキーの袋、ポケットには携帯。ったく仕方ねえな。…さゆりの家、ってどこだっけ?
携帯を開き、ひろしに電話をかけると、さっき散々言われた言葉をまた繰り返される。
《お前なー、いつまでも許婚ほっとくと本気で九能先輩に奪われかねんぞ》
「…あんな女、嫁に貰うやついねーだろ」
《いいや、俺だったら貰うね。だって可愛いし、不器用かもしれねーけど強いし優しいししっかり者だし、文句ねー》
「へーへー、分かったからさっさとさゆりん家教えろ」
《わ、分かった分かった!しゃーねぇな、俺がキューピッドになってやる》
「はは、ひろしがキューピッドとか気持ちわりーな」
《……切るぞ》
「あ゛、冗談だっつの!教えて下さいキューピッドひろし様っ」
《まあよかろう。まずタバコ屋の角を左に行って…》
一通り道を聞いて、歩いていくとひろしの説明の通り、さゆりの家が見えた。二階の方からはあかねらしき声も聞こえる。
ここまで来たはいいが、夜中にインターホン押すのは勇気がいるな…何でオレ、こんなとこいんだろ。あかねに会って、何を話す?不安と緊張がごちゃ混ぜだ。ゆっくり、インターホンを押す。今はもう23時。
「あ、やっぱり乱馬くん!」
「…ども。あのさ、あかね…いる?」
「……!!いる!いるわよ!すぐ連れて来るからっ」
「その、これ、あかねのねーちゃん……かすみさんから、」
「わあ、ありがとう!早速ゆかといただく事にするわね。じゃあちょっと待ってて!」
「…オレまだあかねの事何も言ってねーんだけど……」
さゆりはお見通し、と言った様子で家の階段を登って行った。上からは慌ただしい音が聞こえてくる。どんな顔してりゃいいんだろーな…?
ゆかとさゆりに連れられて階段を降りてきたあかねは、オレを見て目を丸くした。
「……久しぶり」
「……」
「じゃあ乱馬くん、夜道は危ないからあかねをちゃんと守ってね!」
「喧嘩なんてしたら、ひろしと大介に言いつけてやるんだから!」
「わーってるっての!…その、ありがとな」
さゆりの家を後にして、オレとあかねは暗い道を歩いていた。
沈黙、沈黙、沈黙。
何を話せばいい?からかえばいい?怒ればいい?笑えばいい?
それとも、会いたかった、と伝えるべき?
「なあ」
「…………な、に」
「…悪かったな、泊まりに行ってたのに」
「いいわよ、別に…。いつでも行けるから」
「あの…怒ってる?」
「なんでよ」
「……し、仕方ねーだろ!帰ったら門のトコにも部屋にもいねーし、かすみさんが友達の家に泊まりに行ったって言うし…」
「わざわざ迎えに来なくても、明日になったら帰ったわよ」
……っ、可愛くねえっ!
久しぶりに会ったら少し可愛くなった、と思ったけど勘違いか?
それとも久しぶりだからそう感じるだけ?分かんねえ、いつもどんなだったっけ。
でも、でも、今日帰ってきて思ったのは。
「…楽しみにしてたんだぞ」
「?何が?」
「そ、それはっその…っ、あ、あかね、に…だな」
「………」
会えると思ってたのに、会えなくて。調子が狂って。何故かイライラしたりして、おかしくなる。
オレはあかねに待ってて欲しかったんだ。帰ってきて一番最初に、あかねに会いたかったんだ。なんてゆーか、上手い表現が見つからない。
「…お…、『おかえり』‥って、一番最初に、言われるの」
「え……」
自分にしては珍しく、素直に言えたと思う。でも、やっぱり気恥ずかしい。
一体いつからあかねはオレにとってこんなに気になる、好きな存在になったんだろうか。
あかねは…どう思ったかな?んな事、き、聞けねーって。
「…も、もう日付変わるし、早く帰ろーぜ」
「ら、乱馬…あの……」
「…ん?」
「……おかえりなさい」
「あかね…」
「まだ、言ってなかったから…」
きゅ、とオレの袖を掴んだあかねが、何だか無性に可愛く見えた。どっくんどっくん心臓が煩い。
オレが素直になれば、あかねも素直になんのかな。
これからも側にいてくれ、なんてキザな台詞をあかねに言う勇気はまだないけど、オレとあかねの気持ちが同じだったらいいなと思った。
「おー、ただいま」
─繋いだ手は、暖かい。
end