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信じて、夢見て(乱あ)


"素直になりたい"。
私は何度そう思っただろう?
東風先生を好きだったあの頃は、まだ今より素直だったと思う。…先生への気持ちは心に隠したままだったけど。

午後の本日最後の授業、ちらりと隣の席で寝ている許婚を横目で見た。
眠ってる顔はこんなに素直そうなのに、どうしてあんなに意固地になるのかな。そういうあたしも乱馬のこと言えないけどさ。


"すき"

たった2文字が言えない。




「あー、天道」

「はい?」

「早く早乙女を起こしてくれんか」

「……、わかりました」




全く、毎度毎度、勘弁してほしいわ。朝も起こしてやったのに学校でもコイツを起こす羽目になるなんて。ざわつくクラス内、慣れた事だけど、はやし立てられるのはやっぱり苦手。
あたしは乱馬、と名前を呼びながら肩を叩いた。




「ん〜…もー食えねぇって…」

「ちょっと乱馬、起きなさいってばっ!相変わらず食い意地張ってるんだから」


「そーだぞ乱馬ー、あかねが一生懸命起こしてやってんだから起きろー」


「ちょっとひろし!あんたは黙ってなさいよ!」

「なんだよさゆり、手伝っただけだろ?」

「乱馬くんは毎朝あかねに起こしてもらってるんだから、あかねじゃなきゃダメに決まってるでしょ!!」


「はあ?え、さゆり…」



「あ、そっかー!だよなぁ、悪い悪い」

「なんてったって一緒に住んでんだもんなー、そりゃそーだ」




先生含めクラス中がさゆりの言葉に納得したようで、うんうんと頷いては乱馬とあたしを見る。
注目されるのは慣れてるけど、コイツと一緒っていうのがイヤ!
イヤなのは乱馬が嫌いだからじゃなくて、恥ずかしいからだけど、みんな絶対面白がってるんだもの。




「み、みんな誤解しないでよ!あたしは…」

「……あか、ね…」

「え」


「おぉっ、乱馬はあかねの夢を見ているようだぞっ」

「ち、違うっ!─‥って、」




ぎゅ、とあたしの手首を乱馬が掴んだ。未だ夢を見ているのか、すごく幸せそうな表情。ほんとう?乱馬の夢の中に、あたしがいるの?
くらくらした気持ちが、周りの歓声で現実に引き戻される。




「やっぱり乱馬の奴、何だかんだあかねの事‥」

「天道がよっぽど大事なんだな」

「いつもの悪態は照れ隠しってことが判明したわねぇ」

「乱馬くんったら、寝てる時の方がすっごく素直みたい」

「あかねがキスでもしたら起きるんじゃない?」


「なっ…何勝手な事言ってんのよ!」




キスぅ?冗談じゃない!なんでこんな人前でそんなことしなきゃいけないのよ!?大体、乱馬が早く起きないから…!キッと乱馬を睨んでも、反応は無い。
ああもう、どうしてやろうかしらこの男っ!!
一発殴ってやろうと拳を振りかざすと、あたしより先に右京のヘラが乱馬をべしゃりと叩き潰した。




「えー加減にしてや乱ちゃん!早よ起きっ!!」

「う、右京…」

「居眠りしてあかねちゃんの夢見とったのは1000歩譲って多目に見たる。でもウチの存在忘れとったら許さへんでぇ〜!!!」




1000歩って譲ったうちに入るのかしら、と一瞬だけ疑問に思ったけど、右京は乱馬の胸ぐらを掴んで怒鳴りつけていた。
けれど当の乱馬は気絶してしまったようで、右京の話は全く聞こえていないみたい。




「お…おーい久遠寺、その辺にしておけ」

「先生は黙っとって!!乱ちゃん、ウチの話聞いとる!?」

「あの、右京?乱馬は気絶してるみたいよ」

「へ?あ…いややわ乱ちゃん!あれくらいで倒れんといてーなっ」


「あれくらいって…、かなりの勢いだったよなぁ…」

「ああ。乱馬じゃなかったら気絶じゃ済まねーよ」




ざわざわとまた教室が騒がしくなる。結局先生が乱馬を背負って保健室へ行き、今日の授業は終わってしまった。
乱馬、大丈夫かな?
隣の空席を見つめて、思わず溜め息がこぼれた。




「あかねちゃん」

「…右京?どうしたの?」

「今から乱ちゃんとこ…、行くん?」

「え、あ、い、一応…ね。カバンくらいは持って行こうかと思って」

「そか…。あのな、あかねちゃん、」

「なに?」

「乱ちゃんに、謝っといて貰えへんやろか…」

「ええ!?いつもなら右京、自分で行くじゃない?」

「…ウチ、なんか昔なじみだからって乱ちゃんに甘えとった。許婚の件は、あかねちゃんに譲る気ぃはさらさらないねんで?でも、女である前にウチはお好み焼き職人……商人の性には逆らえへんのや!」

「よーするに、商売するのに準備がいるから時間が無いってことね」

「へへ、まあそーゆーこっちゃ!これ、乱ちゃんにお詫びって渡しといてな」

「わかったわ、商売頑張ってね。小夏さんにもよろしく」

「おおきに!あかねちゃん、また乱ちゃん連れて食べに来ぃや!」




右京はぎゅっとあたしの手を握ると、走って教室を出て行った。隣町でお祭りがあるって、おばさまが言ってたからきっとその準備だろう。商売繁盛…か、右京にとっては稼ぎ時ってワケね。
机に置かれた平たい箱からは美味しそうなソースの匂い。乱馬のカバンと交互に見て、あたしはそれらを持って保健室へ向かった。
保健室の前まで来て、さっき寝言で乱馬があたしの名前を呼んだことを急に思い出す。

お、お、起きてたらどうしよう…、って言ったってどうもしないけどね?だって乱馬は寝てたワケだし。
あたしが夢に出ていたのかもしれないけど、やっぱりそれは夢でしかないし、あたしが気にする必要なんてないのに。どうしても鼓動が速くなる。期待していいことなんか起こる訳ないって分かってるはずなのにね。
ガラリと戸を開ければ、カーテンの引かれたベッドがひとつ。




「あら、天道さん。早乙女くんを迎えに来たのね」

「ちがっ、違いますっ!ただ、荷物を持ってきただけで…」

「どちらにせよ丁度良かったわ。私、これからちょっと会議に出なきゃいけなくて。天道さん、帰る時に鍵をしめておいてくれる?」

「えっ!?せ、先生…」

「早乙女くんの事頼むわね」

「ちょ…!!」




待って下さい、の声はぴしゃんと閉められたドアの音にかき消された。あたしはどうしていいか分からず呆然と立ち尽くす。
不意にシャッとカーテンが引かれる音がして、顔を上げると乱馬がこちらを見ていた。…不機嫌そうなカオで。




「…」

「あ…乱馬、大丈夫?」

「……まあな」

「何が起こったのか、理解出来て…なさそうね」

「何だってんだよ、人が寝てる時に押し潰しやがって」

「アンタが授業中に寝てたからでしょー、自業自得よ。これ、右京からお詫びって」

「うっちゃんから…?お、うまそーだなっ」




食べ物が絡むと単純なのは早乙女のおじさまそっくりね。さっきの不機嫌そうなカオはどこいったのかしら。
口に出さないけど、乱馬が右京のお好み焼きを見て笑顔になると、悔しい、って思うんだ。
あたしには到底出来ないことだもん。




「あかね」

「ん?」

「ほら、一口やるよ」

「い、いらないわよっ!乱馬が食べればいいじゃない」

「…ったく、人の厚意をムダにしやがって」

「誰も頼んでないでしょーが」




静かな空間は、何だか居心地悪い。
"素直になれたら"、
やっぱり不安だけど、今なら、言えそう。
意を決して、顔を上げる。




「…乱馬」

「あー?」

「あの、…えっと……」

「……」

「あたしっ…!」

「なあ」

「っ、…へ?」

「そろそろ帰ろうぜ」

「……あ、」




乱馬はベッドから降りて、あたしの手から自分のカバンを持つ。
…なんで、いつも言えないんだろ。つまんない意地張っても意味なんかないのに、ちゃんと、気持ち伝えたいのに。
どうして、あたしはこんなに可愛げないんだろ…?




「…え、おい、あかねっ!?」

「………っ、帰ろう乱馬。早く帰らなきゃお父さん達が心配しちゃう」

「おい!待てって…、何でそんな泣きそうなカオしてんだよ」

「乱馬が…気にすることじゃないから」

「〜…、気にするなとか無理に決まってんだろ」




ただの自己嫌悪なの。
いつも素直になれないから。
ぽんと頭に置かれた乱馬の手が、いつもより優しくて本当に泣きそうだ。




「…まだ時間はかかっちまうかもしれねーけど、オレから、ちゃんと言うから」

「何を?」

「多分、今あかねが言おうとしたこと」

「……ほんと?」

「だーっ!!言ってやるからもう少し待ってろっ」

「それ、一体いつになるのかしらね」

「うるせーなぁ…、こ、心の準備ってもんがあんだよ」

「…信じていいのよね?」

「信じらんねーってか?」

「別に、聞いただけよ」




信じてるに決まってるでしょ?いつだって、乱馬を信じたいって思ってる。
あたしだけを見て、なんて恥ずかしくって絶対言えない。きっとあたしもまだ素直にはなりきれないわ。なりたいって思っても、心とはウラハラに行動しちゃうから。

いつの間にか繋がれた手が嬉しい。さり気なく、隣の乱馬を見上げると耳が赤い。
可愛くねー、って言われるけど、意識してくれてるのかな?
教室で言ってたみんなの言葉はあながちウソじゃないんだね。乱馬もあたしも意地っぱり。くすぐったい気持ちに微笑んで、あたし達は2人並んでいつもの道を歩く。




「ねぇ乱馬、」

「…なんだよ」

「さっき、どんな夢を見てたの?」

「え、あ、あー…、巨大パフェ食ってる夢」

「…相変わらずね」

「けっ、悪かったな(あかねとのデートで、なんて言えねーっつの)」






end

雨と熱と愛しさと(乱あ)


雨が降る、風が吹く。
こんな日はせっかくの休みでも出掛ける気にはならない。道場で鍛錬を積むに限る。
そう思ったオレは、胴着に着替えて道場に向かった。
廊下から見える外の景色はすっかり緑が増え、池に波紋が広がっている。ケロケロとカエルの声に少し耳を澄ませ、しばらく庭を眺めていた。

そういや…今日は家の中がやけに静かだな。




「はぁっ!てやーっ!!」




道場の前に来ると、中から声が聞こえる。
なんでえ。考えることは同じなんだな。ガラッと戸を開けると、あかねがこちらを向いた。




「あら、乱馬も道場使うの?じゃーあたしはそろそろ終わろうかな」

「あー平気平気。ここ広いし、んな気ぃ使わなくていーよ」

「そう?なら…」

「言っとくが手合わせはしねぇからな」

「まだ何も言ってないわよ!」




この広い道場を使うのも随分慣れた。あかねは一通り体を動かしていたためか、今は柔軟体操をやっている。
外の雨は止む気配がない。オレはいつもの練習メニューを1つ1つこなしていく。あかねも黙ったまま、柔軟体操を続ける。こんなに静かな休日、初めてじゃねーか?
大抵シャンプーやうっちゃんが来て暴れるか、良牙やムースに変な因縁つけられたり、そんな毎日だから余計に今この時間が静かに感じる。




「なあ、親父達は?」

「八宝斉のおじいさんと一緒に妖怪退治ですって。乱馬が起きないからお父さんがその代わりに行ったの」

「じゃあなびきとかすみさんとおふくろは?」

「なびきおねーちゃんは友達のおごりで映画。かすみおねーちゃんは東風先生が風邪を引いたから看病に行くって…、おばさまも念の為一緒に行ったの。でも夕方には帰ってくるよ」


「ふーん…」




じゃあ今、この家にはオレとあかねの2人しかいねぇってわけか。周囲に怪しい気配がない事を思うと、あかねの言っている事は本当みたいだ。
しかし東風先生が風邪ねぇ…珍しいこともあるもんだな。でも、それだったらおふくろよりもあかねが行くとか言い出しそうじゃねーか?…シャクだけど。




「乱馬、あたし先終わるね」

「え?ああ…風呂?」

「うん、汗かいたし……覗かないでよ」


「誰が覗くかよ。お前みてーなずん胴…」

「ずん胴で悪かったわねっ!!」




ばふっと何かが顔面にぶつけられた。痛みはない。
…………タオル?
あかねはふんっと踵を返して道場を出ていった。もー少し可愛げのある渡し方出来ねぇのかアイツ。まあ、でも、これはこれで嬉しいと思っちまうから仕方ねーけどさ。
このぶっさいくなイヌ(?)の刺繍まで、見てて和んじまうんだから。




「……まだ、雨止まねえのかな」




窓から見える景色は、グレーの雲から落ちる雨粒がカーテンのように見える。こんな日に外出なんてしたら即、女になっちまうよなー…
はあ、小さくついた溜め息も、誰もいなくて広い道場の中じゃ虚しいだけ。あかねと2人だなんて、いつもより余計に意識するからややこしくなるんだ。困ったもんだぜ。

一度考えてしまうと、鍛錬なんて出来なくて。オレは大の字になって道場の床に寝転がった。
静かな空間に、雨音が響く。




「乱馬、風邪引くわよ」

「へーきへーき。鍛えてっから」

「もうすぐおねーちゃん達、帰って来ると思うからアンタも早めにお風呂入っとけば?」

「あー…うん」

「?どうしたのよ」

「……あかね、髪濡れたままじゃん」

「そりゃー、お風呂上がりだしね」




自分でも何をしたいのか分からない。天気のせいなのか、なんだかとても無気力な感じ。怠い。
寝転がったままのオレの側にしゃがんだあかねは、訳が分からないと言った顔でオレを見ている。ぽたり、ぽたりと濡れたあかねの髪からは雫が落ちる。




「…あかね、」

「なに?」




─もう無意識だった。身体が勝手に動いた。オレとあかねの唇が、触れた。
一度離れては、もう一度、と、触れる度に頭がくらくらして、気がおかしくなりそうだ。心なしか体温も上がったような気がするけど、今はこのままあかねを抱きしめていたかった。




「…っ、らん、ま……なんか熱いわよ?」

「へーきだっての。な、もっかい」

「ちょ……、待ってってば!アンタもしかして風邪じゃ…っ」

「風邪じゃねー」

「風邪でしょ!ほらっ、早く汗流してきた方がいいわ!」




ぐい、とオレの胸を押しのけて、あかねがオレを見上げた。
本当に心配そうな表情に、オレも折れる。ゆっくり立ち上がると、さっきよりも気怠さが増したようだった。




「かったりーなぁ…」

「熱があるからでしょ?どおりで様子がおかしいと思ったわ」

「熱…ねぇ…」

「布団敷いておくから早く着替えてきなよ」

「なあ、風邪引いたら汗かくといいって知ってるか?」

「え?ああ、たっぷり水分摂って薬飲めばいいんじゃないの?」


「分かってねーな、あかね」

「な、何よ」




あかねの腰を引き寄せて、再び腕に抱きしめると、その意味が分かったのかあかねが真っ赤になった。
可愛い奴め、そう思った瞬間、顎に鈍い痛みがはしり、意識が飛んだ。




  + + + +



「ったく、この変態少年っ」

「うるせー、だからといって殴るこたねーだろ。病人になんてことしやがんでぇ」

「寝かせてあげたんだから感謝して欲しいわね」

「"気絶させた"の間違いだろぉが凶暴女」




未だにズキズキ痛む顎をさする。
目が覚めたら自分の布団で寝ていて、あかねが額にのせるタオルを絞っていたところだった。
風邪なんて引いてなけりゃ、そう簡単に気絶なんてしなかったんだけどなー、惜しかったぜ…なんてちょっと思った。




「まだ怠そうね」

「…ん…、そーか?」




ひんやり冷たいあかねの手が額に触れた。オレは思わずその手を掴む。
冷たくて気持ちいい、そう思ってしまうくらい、オレは怠くて身体が熱かった。前にじじいからうつされた時程ではないみたいだけど。
日が傾いたせいか、部屋の中は薄暗くなる。




「雨も上がったし、だんだんみんな帰ってくるからもう一眠りしたら?」

「ああ…うん、」

「?何か言いたそうね」

「……オレが……まで…」

「え…?何?何言ってるかわかんな…、」




ゆっくり身体を起こして、あかねの耳に囁いた。熱のせいだ、こんなにあかねが愛しく思えるのも、考えた事が素直に言えるのも。
薄暗い部屋で交わすキスは2人だけの秘密。




「…あたしが風邪引いたら乱馬のせいね」

「じゃー、そん時はオレが看病してやるよ」




…─だから、瞳を閉じて、眠りにつくまでオレの側にいてくれよ?
雨が上がったなら、きっと気分も晴れる。


もう少し、握ったこの手は離さないままでいたいから。






end

おかえり、ただいま(乱あ)

※前回の乱馬視点


会いたい、
会いたい、
会いたくない。

親父と修行を始めて一週間。今日は山を下りる日。天道道場への連絡、また今回も結局出来なかったな…あかねはどうしてるだろう?
毎度の事だから、慣れちまったかな?




「おーやーじー、さっさと準備しろよな」

「いや、一週間も連絡をせんかったんだぞ。何か土産でも買って行くべきではないかと思ってな」

「土産?…んな事言って実はてめーが食いてぇだけなんじゃねーのかよ」

「な、何を言っとる乱馬!わしだって天道家の居候の身、立場はわきまえとるわっ」

「どーだか」




山の麓まで下りると、土産物屋がちらほらあった。親父はいつの間にかそこに行って、饅頭やら団子やら…片っ端から試食をし出す。
本当は寄り道なんてせずに、早く帰りたい。でもそんな事を言えばからかわれるのが目に浮かぶ。
ただ、何もすることがないと、あかねの事ばっか考えちまう。あーあ、帰ったらまたケンカして、機嫌取っての繰り返しか。考えただけでなんだか嬉しくなるような、そんな気持ち。なんだかんだ、あいつが好きなんだよな…




「乱馬、何をぼーっとしている。バスが来たぞ」

「あ?ああ…、つーかそんなに土産買ったのかよ」

「なーに、天道くんとの酒のつまみがかさばってるだけだ。半分持ってくれ」

「あのな…持てなくなるくらい買い込むんじゃねーよ、クソおやじ」




バスに揺られて数時間、見慣れた景色が窓から見える。ただ帰ってきただけなのに、一週間振りだからなのか、緊張する。

─あかね、元気かな?

そう考えて、ぶんぶん首を振った。べ、別に寂しかった訳じゃねーし!ただ、そう、ちょっと気になっただけ。気になっただけだ!深い意味は無い…な、うん。
道場の門に近づくと、だんだん歩くスピードが上がる、ような気がした。


あかねに会ったらなんて言う?

『今回の修行も大変だったぜ』、
『オレに会えなくて寂しかっただろ』、
『元気にしてたか?』、

いや…違うな。やっぱり『ただいま』、だろ。


門をくぐって玄関に入ると、おじさんとかすみさんとなびき、おふくろが出迎えてくれた。
………あかねの奴、どうしたんだ?




「おかえりなさい、乱馬くん」

「あ、あの、かすみさん…その、」


「あかねなら友達の家に泊まりに行ったわよー。残念だったわね、せっかく一週間振りに会える日だったのに…。あたしもまた売れる写真が撮れるかと思ったのに…ちっ」

「と、泊まりぃ?つーかなびきはまた金儲けかよ」


「えーと確か…さゆりちゃん家に泊まるって言ってたわ。そうよね、なびきちゃん」

「そーそー、どっかの許婚が一週間も放置するんですもの、そりゃあ会うのは複雑よねぇ」

「………べ、別に放置してた訳じゃ…」


「あかねだって乱馬くんが修行してるって分かってるから何も言わないのよ、口では言わないけど、あの子毎日すっごく心配してたんだから」




なびきの言葉に口を噤んだ。
心配させるつもりはなくても、一週間ずっと連絡しなかったんだ。それは単に恥ずかしいとか、修行で疲れたから、とか実際は大した事じゃない。連絡しようと思ったらいつでも出来た。それなのにしなかった、オレが悪い。
携帯も置いてったから、天道家からオレと親父に連絡を取るのは不可能だし。




「そぉだ乱馬、今からあかねちゃんのこと、迎えに行ってあげたら?」

「は?何言ってんだよおふくろ」

「いいじゃない。せっかく修行から帰って来たんですもの、乱馬もあかねちゃんに会いたいでしょう?」

「…別に、無理に今日会わなくてもいいんじゃねー?」

「ばかもん!あかねくんが心配してくれてたなら尚更、お前が今すぐ迎えに行くべきだろう!!」

「あかねが自分で泊まりに行ったんだからオレがどーこー言う権利ねぇだろ!大体親父こそぐーたらで修行になんなかったじゃねーか!」




そこまで言って、ぜえはあ息を整えた。イライラする。どうして?
あかねがいないだけで、どうしてこんなに騒いだり、イライラしなきゃ行けねーんだ。大体今は21時。夜中に迎えに行く方が負け、みたいじゃねーか。と、訳の分からない意地を張ってみる。

行け、行かねえ、行け、。
親父達としばらくそのやり取りをしていると、やれやれといった様子でなびきがオレの肩を叩いた。




「乱馬くん、あたしが向こうに話つけたげるから」

「え?」


「おおっ、なびき!何か作戦があるのかい!?」
「さすがなびきくんだ!」

「じゃあおとーさん、おじさま、」

「?なびき、その手は何かな?」

「決まってんでしょ、契約料よ契約料」




オレをそっちのけで話が進んでいく。あの、どうなってんだ?行かねえって言ったよな、オレ。あかねだって、急に迎えに行ったりなんかしたら『何で迎えに来るのよ』とか言って怒りそうじゃねーか。
帰ってきて早々ケンカは勘弁だぜ。




「……ちゃんと取るとこ取るって、なびきくんはしっかりしてるなぁ…」

「はあ…これで頼むよ、なびき」


「まいどありーっ、じゃあ乱馬くん、アンタはさっさとあかねを迎えに行ってらっしゃい」

「ちょ、勝手に決めんなよ!」

「乱馬…ここは男らしくビシッとあかねちゃんを迎えに行ってらっしゃい」

「乱馬くん、これ…さゆりちゃんに渡してあげて。夜分遅くご迷惑をおかけしますって、クッキー作っておいたの」


「あ、あの…」




行ってらっしゃい、と半ば強引にオレは家を追い出された。手にはかすみさんから預かったクッキーの袋、ポケットには携帯。ったく仕方ねえな。…さゆりの家、ってどこだっけ?
携帯を開き、ひろしに電話をかけると、さっき散々言われた言葉をまた繰り返される。




《お前なー、いつまでも許婚ほっとくと本気で九能先輩に奪われかねんぞ》

「…あんな女、嫁に貰うやついねーだろ」

《いいや、俺だったら貰うね。だって可愛いし、不器用かもしれねーけど強いし優しいししっかり者だし、文句ねー》

「へーへー、分かったからさっさとさゆりん家教えろ」

《わ、分かった分かった!しゃーねぇな、俺がキューピッドになってやる》

「はは、ひろしがキューピッドとか気持ちわりーな」

《……切るぞ》

「あ゛、冗談だっつの!教えて下さいキューピッドひろし様っ」

《まあよかろう。まずタバコ屋の角を左に行って…》




一通り道を聞いて、歩いていくとひろしの説明の通り、さゆりの家が見えた。二階の方からはあかねらしき声も聞こえる。
ここまで来たはいいが、夜中にインターホン押すのは勇気がいるな…何でオレ、こんなとこいんだろ。あかねに会って、何を話す?不安と緊張がごちゃ混ぜだ。ゆっくり、インターホンを押す。今はもう23時。




「あ、やっぱり乱馬くん!」

「…ども。あのさ、あかね…いる?」

「……!!いる!いるわよ!すぐ連れて来るからっ」

「その、これ、あかねのねーちゃん……かすみさんから、」

「わあ、ありがとう!早速ゆかといただく事にするわね。じゃあちょっと待ってて!」


「…オレまだあかねの事何も言ってねーんだけど……」




さゆりはお見通し、と言った様子で家の階段を登って行った。上からは慌ただしい音が聞こえてくる。どんな顔してりゃいいんだろーな…?
ゆかとさゆりに連れられて階段を降りてきたあかねは、オレを見て目を丸くした。




「……久しぶり」

「……」

「じゃあ乱馬くん、夜道は危ないからあかねをちゃんと守ってね!」
「喧嘩なんてしたら、ひろしと大介に言いつけてやるんだから!」
「わーってるっての!…その、ありがとな」




さゆりの家を後にして、オレとあかねは暗い道を歩いていた。
沈黙、沈黙、沈黙。
何を話せばいい?からかえばいい?怒ればいい?笑えばいい?
それとも、会いたかった、と伝えるべき?




「なあ」

「…………な、に」

「…悪かったな、泊まりに行ってたのに」

「いいわよ、別に…。いつでも行けるから」

「あの…怒ってる?」

「なんでよ」

「……し、仕方ねーだろ!帰ったら門のトコにも部屋にもいねーし、かすみさんが友達の家に泊まりに行ったって言うし…」

「わざわざ迎えに来なくても、明日になったら帰ったわよ」




……っ、可愛くねえっ!
久しぶりに会ったら少し可愛くなった、と思ったけど勘違いか?
それとも久しぶりだからそう感じるだけ?分かんねえ、いつもどんなだったっけ。
でも、でも、今日帰ってきて思ったのは。




「…楽しみにしてたんだぞ」

「?何が?」

「そ、それはっその…っ、あ、あかね、に…だな」

「………」




会えると思ってたのに、会えなくて。調子が狂って。何故かイライラしたりして、おかしくなる。
オレはあかねに待ってて欲しかったんだ。帰ってきて一番最初に、あかねに会いたかったんだ。なんてゆーか、上手い表現が見つからない。




「…お…、『おかえり』‥って、一番最初に、言われるの」

「え……」




自分にしては珍しく、素直に言えたと思う。でも、やっぱり気恥ずかしい。
一体いつからあかねはオレにとってこんなに気になる、好きな存在になったんだろうか。
あかねは…どう思ったかな?んな事、き、聞けねーって。




「…も、もう日付変わるし、早く帰ろーぜ」

「ら、乱馬…あの……」

「…ん?」


「……おかえりなさい」


「あかね…」

「まだ、言ってなかったから…」




きゅ、とオレの袖を掴んだあかねが、何だか無性に可愛く見えた。どっくんどっくん心臓が煩い。
オレが素直になれば、あかねも素直になんのかな。
これからも側にいてくれ、なんてキザな台詞をあかねに言う勇気はまだないけど、オレとあかねの気持ちが同じだったらいいなと思った。




「おー、ただいま」




─繋いだ手は、暖かい。





end

ただいま、おかえり(乱あ)


会いたい、
会いたい、
会いたくない。

乱馬が修行に行って一週間。連絡は一切ナシ。
こんなことで愚痴を言ったり、拗ねたりするのはおかしいって分かってるの。慣れてるけどね、慣れてるけども。




「あかね、今日は乱馬くんが帰ってくる日でしょ?」

「…会いたくないから、いいの」

「喧嘩でもした?」




さゆりとゆかの言葉に首を振る。
喧嘩なんてしてない。会いたいくせに、いざ当日になると何だか恥ずかしくて、いつもどんな風に話してたかが思い出せなくなるから、こわいの。




「…ごめんねさゆり、急に泊まらせてもらっちゃって」

「いいわよ、気にしないで?ゆかもいるし、恋の悩みならたっくさん聞いたげる」

「うんうん!久しぶりだしね、さゆりん家に泊まるの」

「ありがとう、2人とも…」




友達の優しさに甘え、あたしは今日、さゆりの家に泊まりに来ていた。もちろん、乱馬が帰って来る日だと分かった上でここにいる。
少し前のあたしだったら、必ず家にいて、一番に『おかえりなさい』って言う為に門で待ってた。でも、今のあたしには出来なくて、いつになく弱気な自分が嫌になるんだ。
右京、シャンプー、小太刀は乱馬が帰って来ると張り切って料理を作るって言ってたっけ。




「乱馬くん、あかねが家に居ないからショック受けてたりしてね」

「まさか。だって連絡もくれないのよ、アイツ」

「それはさあ、あかねに電話するのが恥ずかしいんじゃない?」

「あー、それあるかもよ?いつも家で話してるんだもの、逆に電話が恥ずかしいパターンだわ」


「え、えー?だって、乱馬よ?」

「「"乱馬くんだから"じゃないの」」




ゆかとさゆりの声がピッタリ重なる。赤いハートのクッションをぎゅっと抱きしめ、あたしは少し後ずさりした。
"乱馬だから"?…ってどういう事?だって、だって乱馬はいつだって誰よりも強くなることが一番で、変身体質を治す為なら何でもやるような奴で、優柔不断で、あたしの事をいつもからかって。きっと女なんて修行の邪魔だって思ってるはず。
そこがムカつくけど、たまにカッコ良く見えるから困るんだ。




「ここまで迎えに来たりしてねー、『ここにあかね、いるか?』って言って」

「きゃー!乱馬くんったら心配性ーっっ」


「いやいや、あの乱馬に限ってそれはないわよ」


「何言ってんのよあかね。絶対乱馬くん、あかねの事気にかけてるわ」


「そんな事ないってば、あたしは可愛くなくて色気がない女だから」


「もーあかねったら、そんなの乱馬くんの照れ隠しに決まってるでしょ?」

「思ってる事とは正反対の事を言うって、ホラ、よく小学生の男の子は好きな女の子ほどいじめちゃうって奴!あれと同じだって」


「あはは…そうなのかしら……、冗談にしては本っ当デリカシーない言葉ばかり言われるけど」


「そんな卑屈にならないの!そうに決まってるわ!!見てて分かるもん、ねぇゆか!」

「うん、そうそう!あかねが意識しちゃって不安なのは分かるよ。でも同じくらい乱馬くんもあかねを意識してるから、恥ずかしいんじゃない?」




ぽん、と頭に置かれるゆかの手。話を聞いてくれる友達がいてくれてすごく有り難い。
東風先生を好きだったあの頃は、ライバルがかすみおねーちゃんっていう到底適わない人で、あたしは先生に"妹"みたいにしか思われなくて、伝えられない思いで苦しかった。
今は…親が勝手に決めた許婚には可愛くねぇだの色気がねぇだのずん胴だの言われて、ライバルが3人もいて、あたしも乱馬も互いに意地を張って気持ちとウラハラに行動するからややこしい事ばかり起きる。




「あかね、もし乱馬くんが迎えに来たら帰っていいからね」

「こ、来ないってば!」

「まだ分かんないでしょ?21時だし」


「…来ないわよ」

「来るよ。ぜぇーったい!さゆりも思うでしょ」

「思う思う!」




来ない、来る、来ない、。
あたし達はしばらくの間、そのやり取りを続けた。
もし乱馬が来たとしても、それは乱馬の意志じゃない。きっとまた『おじさんに言われたから』とか言うのよ。いつもそうだから、慣れてしまった自分に苦笑。
来る、来ない、来る、

乱馬はもう無事に帰って来たのかしら…?




「…あかね、乱馬くんが心配?」

「だ、誰があんな…や、つ……」






─心配に決まってる。考え出したらキリがないよ。
会いたい。会いたい。
でも、どんな顔して会えばいい?
毎日一緒だったんだもん。一週間も離れたら寂しい、に決まってんじゃない。




「あかね…」


「あ、あれっ?どうかした?」


「無理に笑う事ないって。……恋するのって楽しいけど、難しいよね」

「んもー、こんな可愛い許婚を一週間も放っておくなんて乱馬くんはどおゆう神経してんのかしら」


「さゆり…ゆか…、ありがと、ね」




にっこり、2人は笑ってくれた。あたしは独りじゃないって、改めて教えてもらった気がして凄く嬉しい。
事あるごとに、乱馬の事を考えてしまうあたしはきっと重症。たった一週間、されど一週間。寂しくなるには充分な期間。

ピンポーン、と、玄関のチャイムが鳴った。今は23時。



「あ、あたし出てくる!ゆか、あかねの事お願いね」

「任せてさゆり!」




ばっちんとウインクを飛ばして、さゆりは楽しそうに部屋を出て階段を降りて行った。




「こんな遅くにお客さんか…」

「あかねったら、分かってないなぁ」

「何がよ?」

「ほら、早く荷物まとめなさいっ」

「え!?だってあたし、今日は泊まりに…」




ゆかが何を言ってるのか分からなくて、あたしは首をかしげた。部屋の外、足音が近づいて部屋の戸が開けられる。
息を切らしたさゆりは、ゆかを見て頷くとあたしの荷物を持って、ゆかはあたしの腕を引いて、また部屋を飛び出した。




「ちょ、ちょっと2人とも…っ!?」

「やっぱり予想は当たったわね、さゆり」

「うん、あたし達ってすごいっ」


「何の事?ねえ、さゆり、ゆか!ねぇって、ば……」




目を疑った。
玄関には一週間振りに見る顔。余りにも突然で、声が出ない。
なんで?どうしてここにいるの?



「……久しぶり」

「……」


「じゃあ乱馬くん、夜道は危ないからあかねをちゃんと守ってね!」

「喧嘩なんてしたら、ひろしと大介に言いつけてやるんだから!」


「わーってるっての!…その、ありがとな」




さゆりの家を後にして、あたしと乱馬は暗い道を歩いていた。
沈黙、沈黙、沈黙。
何を話せばいいの?からかえばいい?怒ればいい?笑えばいい?




「なあ」

「…………な、に」

「…悪かったな、泊まりに行ってたのに」

「いいわよ、別に…。いつでも行けるから」

「あの…怒ってる?」

「なんでよ」

「……し、仕方ねーだろ!帰ったら門のトコにも部屋にもいねーし、かすみさんが友達の家に泊まりに行ったって言うし…」


「わざわざ迎えに来なくても、明日になったら帰ったわよ」




また可愛くない言い方しちゃった…。
ダメだ、いつもってこんな感じだった?"普通"を意識するほどズレていく気がする。




「…楽しみにしてたんだぞ」

「?何が?」

「そ、それはっその…っ、あ、あかね、に…だな」

「………」




ぎっ、ぎっ、とぎこちなく話す乱馬。もしかして乱馬も緊張してるの…?
変なの。離れてたのは一週間なのに。そう、一週間、一週間よ?どうしても長く感じる時間。……乱馬が、いないから。




「…お…、『おかえり』‥って、一番最初に、言われるの」

「え……」




ねぇ、あたしが寂しかった、って言ったら乱馬は何て言う?
ガラにもなく、いつもより元気が出せない気がして、毎朝フェンスを見上げちゃうの。道場で寝転がっても、乱馬がひょっこりやって来ないか、って気にしちゃう。
いつの間にこんな好きになってしまったんだろう?




「…も、もう日付変わるし、早く帰ろーぜ」

「ら、乱馬…あの……」

「…ん?」


「……おかえりなさい」


「あかね…」

「まだ、言ってなかったから…」




不安は消えない。これからも。
側にいたい。これから先も、ずっと。
乱馬の存在は、あたしにとって、すごく大きいんだ。何にも代えられないくらい。

この一週間すっごく寂しかったんだから。…おかえり、乱馬。





「おー、ただいま」








end

隠蔽的心情(良右)


もう何日彷徨っただろう。
天道道場はどこなんだ!そして風林館高校は!?今度こそ乱馬の奴を負かしてやろうと意気込んで家を出たのは確か…そう、20日前。
ああ、くそっ。腹が減って考えられん。
どこからかふわりとソースの匂いが漂ってくる。ぐーぐー鳴る腹を押さえながら、その匂いを辿ってある店に入った。





「いらっしゃー…、あれ、なんや良牙やないか!」

「え…う、右京!そうか、ここお前の店……」

「えらい久しぶりやなぁ、また迷ってたんか?」

「ああ、まぁな」

「何にするん?」

「えーと…じゃあイカ玉で」

「はいはいっ、任しときー」





時計を見ると午後3時。どおりで客がいない訳だ。
……相変わらず、右京は元気そうだな。あかねさんは元気だろうか?また乱馬に泣かされたりしてないだろうか?あの変態じじいに襲われたりなんて…考えただけで苛々してくる。





「なあ、右京」

「んー?」

「えーと…繁盛してるか?」

「はは、まあまあやな。でもちゃあんと乱ちゃん以外の常連客も何人かおるねんで」

「そうか、良かったな」





じゅうじゅう、生地の焼けるいい音が沈黙をかき消す。
な…何か話すべきだよな。と言っても何を話せばいいか分からない。あかねさんに話そうと思ってた事も沢山あったのに、右京を前にしたらそれが全部吹っ飛んでしまった。…何故?





「なあ良牙、アンタ今度は何処ふらついてたん?」

「ふらついてたんではない!修行だ、修行っ」

「どっちでも一緒やろ。で?」

「…あ、ああ。とりあえず今回は青森に行ってたんだ、ほら」

「ほお…ウチにお土産くれるなんて珍しいな(千枚漬‥今回は京都かいな)」

「気にするな。天道家の分は別にある」

「あっそ。はい、焼けたで」

「お、美味そうだな」

「当然や!ウチが丹精込めて作っとるんやから味わって食わんとヤキ入れたるで」

「は、ははは…大丈夫だ、腹減ってるからまだまだ食えるぜ」





パクリと一口、久しぶりに食べる自分以外の人が作った手作りの味。そういえば右京はお好み焼き以外の料理も作るの上手いんだったよな。乱馬の為に…努力したのか。

右京は乱馬が好き。
あかねさんは乱馬が好き。
乱馬は…あかねさんが、そしてオレも。
……分かりやすいようで、何だか複雑なんだよな、オレ達。
そこにはシャンプーやムース、それから九能や八宝斉のじいさん達も加わっちまうんだから余計。

黙々とお好み焼きを食べ、気付けばいつの間にか右京が焼きそばを作っていた。オレ、頼んだっけ…?





「今は他にお客さんいーひんから、サービスや」

「いいのか?」

「一応アンタもウチのお得意さんやしな。どうせこの後天道道場行くんやろ」

「まあ…辿り着けるといいがな」

「いつになく弱気やな?乱ちゃん倒してあかねちゃんもらうんやろ、アンタに頑張ってもらわんとウチかて困るわ」





右京の言ってる事は分かる。そうすればオレはあかねさんと、右京は乱馬とくっついて、めでたしめでたしで終わるはず。

乱馬があかねさんを、
あかねさんが乱馬を、
好きになっていなければ。

そんなのトントン拍子で事が運ぶのは目に見える。でも実際はそうじゃないから上手くいかない。だから周りでそれぞれ抱える思いが辛くなるんだ。
─正直、その繰り返しに疲れた、と思う事だってある。





「現実はなかなか上手くいかないな」

「…そやな、」

「お前は辛くならないか?いつもあの2人を見て…」

「辛いに決まってるやん。最近乱ちゃん、登校だけじゃなくてよくあかねちゃんと2人で下校しとるみたいやし、心中穏やかでないわ」

「だよなぁ…、仲が良いのか悪いのか、たまに分からなくなるし」

「それわかるわー、互いに意地っ張りだから余計ややこしくなるんよ、ホンマ見てられへんっちゅーの」

「それもこれも乱馬がハッキリしねーから…」

「それを言うならあかねちゃんやろ?」

「なっ、あかねさんは悪くないぞ!!」
「乱ちゃんかて悪ぅないわ!」





思わず立ち上がり、ガタリと椅子が揺れた。
乱馬が、乱ちゃんが、あかねさんが、あかねちゃんが、……………オレと右京、2人とも相手が違うだけで思う事は同じ。言い方が違うだけで、言ってる事も同じ。
こんな風に言い合えるのは右京しかいないだろう。





「あーあ、もしオレがあかねさんじゃなく右京を好きだったら、こんなややこしくならなかったかな」

「な……、何言うてんの」

「ただ思っただけだ」

「ふざけた事言わんといて!ウチは乱ちゃん一筋やっ」

「だーかーらー!『もし』だと言っとるだろーが!!─っどあちちちち!!!!!」





じゅうっと両手が黒い鉄板の上で焼ける。あまりの熱さと痛みで不覚にも泣きそうになった。くそ、これでは箸が持てん!
右京は呆れ顔で、スタスタと店の奥に行ってしまう。薄情者め!……と、何だ?すぐ戻ってきた。





「アンタって奴はホンマ馬鹿やなー、まだまだ修行が足りん証拠や」

「ううううるせぇっ」

「えーから、はよ手ぇ出し」

「え?」





ひんやり、冷たい物が手にあてられる。右京はその上からぐるぐると包帯でオレの手を巻いていった。
何故か煩くなる鼓動に自分自身が驚いてぶんぶん首を振った。何故?どうして?目の前にいるのは右京なのに。乱馬の事が好きな右京なのに。





「応急処置やから、後は自分で何とかしいや」

「あ…ありがとう」

「何や人の事じろじろ見て…ウチの顔、何かついとる?」

「ち、違う!その、可愛いな…と」

「は…はあ?良牙、アンタ熱でもあるんとちゃう?」

「…いや、ない」

「まあ…良牙に『可愛い』言われても嬉しゅうないけど、悪い気はせんな。サービスしたろか?」

「え!そ、そんなつもりはなかったんだが…」

「ええよええよ、何にしよか?」





オレはとんでもない事を口走ったのではなかろうか。しかもあかねさんではなく右京に、だ。
でも今のは間違いなく本音で……、右京の態度がそう変わらない所を見ると冗談とでも思ったのだろうか。少し安心する。
笑顔でヘラを構える威勢のいい女店長に、オレもいつものように声を発する。





「じゃあ、ミックスで頼むかな」

「おおきに!ちょっと待っとってな」





こんな気持ち、気付かなくていい。
今は、まだ。





end
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