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本当の"私"に(かすみ)


『かすみはほんと頼りになるなあ』
『かすみおねーちゃんは優し過ぎるのよ』
『あたし、かすみおねーちゃんみたいになりたいなぁ』


私は本当に優しいのかしら。
私は本当に頼りになるのかしら。
私はお母さんの代わりに、出来ることを、やらなくてはならないことを、ただがむしゃらに精一杯にやっていただけ。
お母さんの真似をしていただけ。
私は、みんなにとって"お母さん"の代わりでありたいと思ってる。だけど私自身がお母さんに成り代わることが、望みじゃない。




「うん、母さんの味だ。上達したなぁかすみ」

「ありがとう、お父さん。そう言ってもらえると嬉しいわ」

「かすみおねーちゃん!あたしおかわりしてもいい?」

「もちろんよ。なびきは?」

「じゃーもらうわ。あ、おとーさん醤油取って」




父子家庭で4人家族。あかねは毎日のようにお父さんと道場でお稽古。なびきは家計簿をつけるのを手伝ってくれる。
妹達には飛び抜けて得意なことがあるけれど、私は"平凡"で、みんなのために料理を作ったり掃除をしたり、家事をすることしか出来ない。
誰かのために出来ることが"家事"。私にできる精一杯のこと。
学校のお友達から放課後お茶に誘われても、家の事をやらなくてはいけないからといつも断っていた。けれど、それを知ったお父さんは『もっと自分の時間を作りなさい』って、負担を減らしてくれた。私自身"負担"とは思っていなかったのだけれど、家族の気遣いは素直に嬉しかった。
それでも、私に出来ることは"家事"で、"お母さんの代わり"なのは変わらないと感じたの。





「うわああんおねぇちゃあぁぁん!」

「まあ、あかねったら泥だらけ!転んだの?」

「う、うん、かすみおねーちゃんのねっ、おてつだい、しようってね、学校から走って帰ろうって、思っ…ふ、うぇ〜…」

「…ありがとう、あかねちゃん。泥を流して絆創膏貼ってあげるわ」

「み、みぎあし…」

「捻ったの?」




あかねはこくんと頷いて、ゴシゴシ涙を拭う。
髪を短くして、あまりスカートや女の子らしい服を身に着けないあかねは端から見たらわんぱくな男の子みたい。私のために急いで帰って来るなんて、知らず知らずのうちに心配をかけていたのかしら?
泣きじゃくるあかねを宥め、手当てをした私は、その小さな手を引いて小乃医院へ向かう。




「ねぇ、かすみおねーちゃん」

「ん?」

「あたし、ケガばっかりしてるから、東風先生呆れちゃうかなぁ?」

「そんなことないわよ、東風先生は優しい人だもの」

「うんっ」




泣いたカラスがもう笑った。
ひょこひょこ足を引きずりながら歩いていたあかねを背負い、私はまた歩き出した。こんな時、お母さんだったらもっと良い言葉をかけてあげられたんだろうな。
目指す人は遥か遠くにいて、手が届くことはない。
小乃医院に着くと、あかねは元気よく東風先生を呼ぶ。




「とーふーせんせーこんにちは!」
「こんにちは、先生」

「や、やああかねちゃん!か、かかかかすみさんっ!」

「先生、あの…それは骨格標本です」

「おぉっと失礼!で、今日はどうしました?」




東風先生は壁に向かって話しかける。初めて会った時から思うけれど、面白い人ね。




「あのね先生、また転んで足をひねっちゃったの」

「うちの妹が毎回すみません…」

「いやあっはっはっ!とんでもない!じゃああかねちゃん、診察室にどうぞ」


「先生、だからそれあたしじゃなくてベティちゃんだってばぁ!あ、待っててね、かすみおねーちゃん!」

「はいはい」




診察室は目の前。だけど東風先生は椅子や壁に二、三度ぶつかりながら入っていった。大丈夫かしら。
待合室で雑誌に目を通していると、近所に住むおじいさんやおばあさんがやって来る。こうして地域の方に好かれる整骨院なら、やっぱり安心出来るものね。軽く挨拶をして、再び雑誌の記事に目を落とすと、声を掛けられる。




「もしかして、天道さんとこのかすみちゃんかい?」

「え…?はい、そうですけど…」

「そうかいそうかい。昔はワシも道場まで散歩に行ったもんだが…大きくなったねぇ。お母さんいなくて大変だろう?」

「そんなこと、ありませんよ」

「近所の噂じゃ、かすみちゃんが1人で家のことを切り盛りしているそうじゃないか。すっかり主婦になっちまって、早雲さんも嫁には出しがたいだろうなぁ」

「さあ…?私はまだ学生なので、先のことはわからないですよ」

「偉いねぇ」




偉い?私はそんなことを言われるために家事をしているんじゃない。義務だからしているんじゃない。
私がしたいから、私に出来る唯一のことだから。
辛いとか、嫌だなんて思ったことはないのに。他の人からは父子家庭というだけで上辺だけの哀れみの言葉をかけられる。それらから家族を守るのも私の役目だと、自負してた。




「かすみおねーちゃんが偉いのなんて、みんな知ってるよ!うちにはおかーさんがいないけど、おとーさんも、なびきおねーちゃんも、かすみおねーちゃんもいるから平気だもん!」




診察室から飛び出してきたあかねは、顔を真っ赤にして、瞳には涙を溜めて、私に話し掛けていたおじいさんを睨みつけていた。
私があっけに取られていると、診察室の中から東風先生がおじいさんの名前を呼び、その場に少し気まずい空気が流れる。




「帰ろ、おねーちゃん。診察料はもう先生に払ってきたから」

「えっ…あかねちゃん?」




今度は逆に手を引かれ、家までの帰り道を無言のまま並んで歩く。




「…かすみおねーちゃん、いつも辛いの我慢してる?」

「そんなことないわ。家のことは私がやりたいからやってるの」

「うん、」

「言いたい人には言わせておけばいいと思うわ」

「だ、だってあんな風におねーちゃんのこと言うなんて、あたし許せなかった!」

「ありがとう、あかね」

「一番悔しいのは、かすみおねーちゃんでしょう?」




お母さんがいなくなってから、ずっと妹を守っているような気持ちでいたけれど、本当は守られていたみたい。私はあかねのように勇気を振り絞って、誰かに思い切り気持ちをぶつけることは出来ないもの。
私が"お母さん"ではなく"お姉ちゃん"であると、あかねは理解してる。私は"かすみ"なんだって、お母さんではないんだって、ちゃんと認めてもらえていたことが、すごくすごく嬉しいと思った。




「あかねちゃんが私の代わりに怒ってくれたから、もういいのよ」

「で…でも…」

「それより足は大丈夫なの?」

「え?あ、大丈夫!走ったりしなければ二、三日で治るって」

「そう。良かったわね」

「東風先生、おねーちゃんにまた本貸すって言ってたよ」

「あら、じゃあ早く今お借りしてる本を読まなきゃ」

「……あたしも、かすみおねーちゃんみたいに髪伸ばそうかな…」

「どうかした?」

「う、ううん!なんでもないよっ」




えへへ、とあかねは笑う。
お母さんの代わりでありたいと思っていたけど、あくまで私を私として見てくれる家族はとてもかけがえのないもの。
私は優しく、頼りにされる人になりたいわ。
武道も会話も怒ることも得意じゃないけど、私に出来ることに一生懸命であれば、きっと報われる日もくるはず。家族みんなの幸せのために、私はこれからも頑張っていけるんだと思った。




「あかねちゃん、夕飯何がいい?」

「えーっと…あたしはカレーがいいなっ!」





end

はっぴーすふる(犬かご)


朝。
うっすら目を開けると隣にかごめがいる。おれは華奢な体を抱き締めてもう一度眠りについた。



「朝よっ、犬夜叉!早く起きて起きて!」

「……あれ…?」



確かに抱き締めて寝ていたはずなのに、腕の中には枕が。
既に太陽は高く登り、かごめはとっくに身支度を済ませて朝餉の準備をしていたみたいだ。みそ汁のにおいがする。かごめが布団から抜け出しても目が覚めなかったなんて、おれはよっぽど"ここ"に安心しきっているらしい。




「仕事がないからっていつまでも寝てないで、顔洗ってらっしゃい!」

「…うっせぇなぁ」

「アンタの朝ごはん抜きにするわよ」

「い、行ってくる!」




駆け出した方からくすくすと笑い声が聞こえる。それはかごめが本気で怒っている訳ではないことが分かるから、おれも少し安心するんだ。
あいつはいつも自分と桔梗を比べて、おれの顔色をうかがうことが多かった。それでも正面からぶつかって、何度もおれを救ってくれたあたり、かごめはお人好しなんだと思う。
家の外に出ると、珊瑚は洗濯物を干していて、側では弥勒が双子と一緒に遊んでいるのが見えた。
ふと、夢のような風景とそれが重なる。

おれと、おやじと、おふくろと、殺生丸。…いや、殺生丸はありえねぇけど。
世界が平和だったら、そんな未来もあったのだろうか。



「犬夜叉ー、」

「─おう、今行く」



顔を拭い、おれは家の中に戻る。
かごめは湯のみに茶を注ぎ、おれは準備されたほかほかと湯気のたつ朝餉の前に腰をおろす。
不思議な、感覚だ。




「今日はね、昨日採った山菜でおひたしを作ったの。楓ばあちゃんの秘伝レシピ!」

「れし…?なんだそりゃ」

「え?えーっと…料理の作り方ってことよ」

「ほお」

「ね、おいしい?」

「ん。ふつーにうめぇ」

「なら良かった」

「かごめの作るもんがまずくたっておれは食うけどな」




箸を進めながら、言い終わって頭の中で今の台詞を反芻し、何か今おれにしては珍しい発言をしてしまったんじゃないかと冷や汗が出た。
目の前のかごめの様子を見ると俯いて肩を震わせているかと思った瞬間、



「おすわりー!!!」

「─んぎゃんっ?!」



おれの身体は勢い良く床に引きつけられた。



「ま、まずいなら無理して食べなくていいわよ!」

「ちっちが…誰もまずいなんて言ってねーだろが!例えだ例えっ」

「じゃあ美味しい?」

「……っ、たりめーじゃねぇか」

「…な…なら、いいのよ。うん」




例え話をするのも一苦労だ。機嫌が直ったのか、かごめはにこにこと食事を進める。
誰かの手料理をこんなにたくさん食べられるのは、今年が豊作だったおかげでもある。それをおいしく食べられるのは、かごめが作ってくれるからでもある。
それをうまく伝える言葉が浮かばないから、たどたどしくなっちまうけど。
おれは気を取り直して座り直し、みそ汁をすすった。




「…あ、うまい」

「え…」

「みそ汁。前にかごめん家で食った時と同じ味だ」

「ほ、本当…?」

「嘘ついてどーすんだ」

「…っ、ありがと。犬夜叉!」

「!」




なんだか久しぶりに近くで見た、かごめの満面の笑み。
よくわかんねーけど、かごめが喜んでくれたなら良かったと自己完結して飯をかきこんだ。




「おかわりいる?」

「いや、いい。少し休んだら散歩でも行かねえか?」

「うん、わかった」




犬夜叉から誘ってくれるなんて珍しい、と茶化すような口調で言われ、おれは口を噤む。
ただ、こんなにいい天気だから外に出ないのは勿体ない気がしたんだ。
眩しい日差し、少し冷たく感じる風。
かごめが皿を洗っている間、おれは玄関の簾を上げて外の空気を家の中に入れる。
こんなにも全てが平和で、幸せで、遠くなる記憶に思わず微笑んだ。



「いぬや…」



おれの心が穏やかでいられるのは、かごめがいるからなんだと思う。
楓ばばあが子供達に何かを話している声が、風に乗って聞こえてきた。長く厳しかったおれ達の旅。道標になってくれたのは今隣にいるかごめだ。
するっと後ろから腰に腕を回され、かごめが抱きついてくる。




「…どーした、かごめ」

「い…犬夜叉が嬉しそうだったから、いいことでもあったのかなって」

「いいこと?」

「違うの?」

「あー…違う……く、ねぇか」

「え?どっちなのよー」

「かごめ、ちょっと腕離せ」

「?う、うん…」




か細い腕が離れたのを見計らって、おれは後ろを振り返りかごめを抱きしめた。
一瞬強張った身体は、ゆっくりと力を抜いておれの腕の中に収まる。




「かごめ、さっきみそ汁のこと喜んでたよな」

「ん?だってママと同じ味が作れたんだもの。嬉しいのは当然よ」

「そうか…」

「どうしたのよ犬夜叉。もしかして平和ボケでもしちゃった?」

「ばーか。んなわきゃねーだろ、また明日は弥勒と妖怪退治なんだから」

「はいはい、」

「かごめ」

「え─…」




かごめの長い黒髪を耳にかけ、そのまま頬に手を添えて口付ける。
そっと唇を離せばかごめが笑った。
この瞬間が、一番愛おしい。




「……顔、赤いぞお前」

「何よ、犬夜叉だって真っ赤のくせに…」






end.
10万打企画/秋吉万葉さまへ!

苦しい胸を抑えても(乱あ)


憂鬱な日々、繰り返す毎日。
懲りないなってよく言われるけど、好きでやってるんじゃない。
似たような毎日を繰り返してはいるけれど、同じ日なんて二度と来ない。時間は誰にでも平等に流れているから、月日が経てばあたし達は"先輩"にもなる。



「どこどこ?」
「だからあそこよ!窓際でコロッケパン食べてる人!」
「この学校で一番強いんだよね?すっごいなぁ」
「カッコいいよね、早乙女先輩!」



パキッ。
ハッと気が付いて右手を見ると、シャーペンが二つに折れて使い物にならなくなっていた。帰りに新しいやつ、買ってこなくちゃ…。
何度目か分からない溜め息を吐きながら、窓際をちらっと見る。
先生方の配慮なのか、また同じクラスになったあたしと乱馬は以前と変わらず過ごしていた。でも、少し変わったのは、前より乱馬があたしに構ってこなくなったってこと。別に寂しいとか、構って欲しいわけじゃない。




「なーあかね、今日オレ大介達とラーメン食って帰るから夕飯いらねーってかすみさんに言っといて」

「あ…うん」

「………言っておくが猫飯店じゃねーからな!行くのはいつもの大歓喜!」

「わ、わかったわよ!」




…もしかして、猫飯店じゃないっていうのは乱馬なりの配慮?
気を遣われてる?
慌ててそっぽ向き、机の中から教科書を出した。乱馬は呪泉洞での戦いの後、帰ってきてから前より気配りが出来るようになっている…気がする。多分。
ふと背中に視線を感じて教室の入り口を見ると、明らかに嫉妬してる目で一年生があたしを見ていた。
初めて会った頃の、シャンプーや右京と同じ目だわ。




「ねぇ…あの人が早乙女先輩の許婚?」
「そう。ほら、天道道場の人だよ。あの人も強いんだって!うちのお兄ちゃんが交際申し込んだ時も即断られたって聞いたよー」
「へー、やっぱり可愛い人は許婚がいても告白されたりするんだ…」




聞こえてるわよ、なんて言いたくても言えないわね。だって不器用で意地っ張りなあたしと、格闘が強くて能天気な乱馬じゃ釣り合わないって思われても仕方がないじゃない。
他の誰かから告白された時はいつも緊張するし、気持ちに応えられない申し訳なさと、あたしなんかを好いてくれたことにむしろ感謝しなくちゃいけないと思ってる。自分の想いを素直に伝えられる人は尊敬してるから。
乱馬が他人から好かれる要素を沢山持っているのは、一年生の時から充分わかってる。
男でも女でも、乱馬は、らんまは魅力的だもん。



「あかねちゃん、おる?」



学ランに身を包んだ同級生、右京の声に顔を上げると、入口付近にいる一年生を軽く睨みながらあたしを手招きしていた。
平常心、平常心、と小さく唱えて、あたしは右京の元に向かう。




「右京、どうしたの?あ、もしかして乱馬?」

「あのなぁ。なんで乱ちゃんが関係あるん?ウチはあかねちゃんを呼んだんや」

「はあ…」




あたしと右京を見て、一年生達はひそひそと何かを話している。
そんな様子にイライラしたのか、それとも何を話しているのか聞こえたのか、次の瞬間右京が廊下の壁に大きいヘラを突き刺した。
きゃあっ、と女の子の怯えた声が一瞬廊下に響く。




「言うておくけどなぁ、ウチは女や!そこらの男と一緒にせんといて!あかねちゃんはウチのライバルなんやさかい、女同士の話を邪魔するなら女でも容赦せんでぇ…?」

「う、右京!」

「人を妬んでばかりなあんたらみたいなお子様、乱ちゃんが気にかけるわけないやろ。自惚れも大概にしぃ。憧れを恋と錯覚してる暇があんなら勉強した方がええんとちゃう?」


「………っ」
「い、行こっ」
「うん…」




すごすごと一年生の階に帰っていく彼女達の後ろ姿を見て、右京はふんっと鼻を鳴らす。
強くはっきりした言葉で、あたしの代わりに代弁してくれた。
右京はすごいな。クラスが変わってしまっても芯がしっかりしてて、すごく頼もしい。




「相変わらず乱ちゃんはしょーもない連中に好かれとるなぁ」

「あ、ありがと。右京…」

「何がや?ウチはただ単にムカつく奴を追っ払っただけやし」

「うん。でも、ありがと」

「………なあ、あかねちゃんは何で言い返さないん?前だったら乱ちゃんに取り巻きがうるさいっちゅーねんさっさと黙らして来ぃ!くらい言いそうなもんやのに…」

「はは…、自分でも、よく分からなくて。知らない下級生だからかな?」

「ウチはそう思わんけど」

「え…」

「ウチの知っとる"天道あかね"っちゅーんは、いつも乱ちゃんと張り合って喧嘩ばっかするくせに一番乱ちゃんを信じてる奴や。何かあったんか?あかねちゃんが我慢するなんて珍しいやないの」

「我慢、してるように見えた?」

「乱ちゃんは気付いてへんけどな。ゆかちゃん達が心配しとったで」




いつも通りにしてたつもりなんだけど…やっぱり大事な友達にはお見通しなのか。
学年が1つ上がって、クラスメートが変わって、変わらないのはあたしと乱馬の関係くらい。それがなんだか嫌で、そんな子供っぽい考え方をする自分が嫌で、色んな気持ちを押し込めてきた。
もっと寛大な人に、優しい人になりたいって思うあまり、あたしは怖くて先に進めない。同じところで足踏みを繰り返してばかりだ。




「…最近ね、乱馬と喧嘩しないんだ。いいことのはずなのに、見えない壁でもあるみたいに、苦しく、て……」

「あかねちゃん…」

「右京にも見抜かれるなんて、思わなかったな」

「当然やろ。ウチを誰だと思っとんねん。客商売なめとったらあかんでぇ?」

「あ…。ふふ、確かにそうね」




ライバルなのに、励ましてくれるなんて変な右京。
だけど─…一瞬曇ったように見えた表情はどういう意味なんだろう。




「おっ、ウっちゃんだ!あかねと2人で喋ってるなんて珍しいな」

「ったく揃いも揃って……乱ちゃんがしっかり守ってやらんと、あかねちゃんかて浮気してまうで。あかねちゃんも捕まえとくならしっかり捕まえときや!」

「は?何が」

「右京っ!!何言って…」



「あ、あれあれ。二年の天道先輩」
「やっぱかわいーなー!でも許婚?いんだよな」
「まじかよ!近くにいる?」
「隣の学ラン?」
「ちげーよバカ、あれ女だろ?許婚はあのチャイナ服の先輩!確か早乙女っていう…」




移動教室なのか、廊下を歩いている一年生男子らしい人達がこちらを見ながらコソコソ話していく。意外。あたしも乱馬みたいに噂されるんだなあ…、うーん…なびきおねーちゃんがまた写真売りに走らないといいけど。
キョトンとその様子を眺めていると、突然乱馬があたしの肩に手を置いた。



「?何よ乱…」



ほんの僅かな殺気。
空気が一瞬凍った。
それがあの一年生に乱馬が向けたものだと、どうして信じることが出来ただろう?




「…はー…、見守るのも楽やないなぁ……」


「え、んん?乱馬、どうしたのよ」

「お前…自覚しろよ少しは」

「???」


「乱ちゃーん!ウチのことも今みたいに守ってくれへん?もー男男言われんの嫌やねんー!」

「はあ?だったらウっちゃんは学ラン止めればいいんじゃねーの?」




急に乱馬に抱き付いた右京は、どうだと言わんばかりにあたしを見た。
どうしたらいい?また下級生達みたいに見逃すの?あんな、苦しい思いを抱えたまま過ごすの?もっと気持ちを押し込めるの?ずっとそうしていくの?
そんなの、"あたし"じゃない。右京の言った通りだ。




「また右京にくっつかれてニヤニヤしてるなんてあんたバカじゃないの?高校二年生にもなって恥ずかしいっ」

「なっ、これはウっちゃんが…」

「なあなあ乱ちゃん、放課後デートでもせぇへん?デート!」

「ら〜ん〜ま〜!?」


「ひいいぃ!ちょ、ウっちゃん離せっ!!おいっ!」

「嫌に決まっとるやーん」




久しぶりに気持ちを押し込めなかったら、やっぱりムカムカするし苦しい。だけど前よりずっといい。我慢なんてらしくないことしちゃ駄目ね。
そのきっかけを右京がくれた。敵に塩を送るようなことをする右京の方こそらしくないって言ってやろうかと思ったけど、さっきの曇った表情を思い出してやめた。あたしが口出しするようなことじゃないって思ったから。




「え…早乙女先輩って二股してるの…?」
「あと聖ヘベレケにも1人いるって聞いたことあるよ」
「私は猫飯店の人って聞いたー」
「結構女たらしなのね、早乙女先輩って…」
「うわーなんかショック…、許婚の天道先輩も大変なんだね」



「乱ちゃん聞いとった?早よウチ1人に決めれば何も問題ないんやでー?」

「何言ってんのよ右京!勝手なことばっかり言って…っ」


「だあああワケ分かんねー!何なんだよ一体!オレが何したっていうんだ!!?つーかあかね!右京!痛ぇから腕引っ張んなっ!!」



「ウチはあかねちゃんが離したら離す」

「あたしは右京が離したら離す」


「埒があかねぇじゃねーか!」




あたしと右京は必死な乱馬が可笑しくて、半ば笑いながら腕を引っ張り合った。
一年生の頃と変わらない関係を装っているだけで、抱えている思いは昔と違うのかもしれない。




「おっまえらなぁ〜!!何笑ってんだよ!は・な・せっ」


「いやや」
「いやよ」


「ああ!?」


「な、あかねちゃん」
「ね、右京」


「なんでお前ら結託してんだよ!」


「「ひみつー」」




まだ素直にはなれないから、せめていつものあたしらしくいることにしよう。






end
10万打企画/ゆうさまへ!
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