憂鬱な日々、繰り返す毎日。
懲りないなってよく言われるけど、好きでやってるんじゃない。
似たような毎日を繰り返してはいるけれど、同じ日なんて二度と来ない。時間は誰にでも平等に流れているから、月日が経てばあたし達は"先輩"にもなる。
「どこどこ?」
「だからあそこよ!窓際でコロッケパン食べてる人!」
「この学校で一番強いんだよね?すっごいなぁ」
「カッコいいよね、早乙女先輩!」
パキッ。
ハッと気が付いて右手を見ると、シャーペンが二つに折れて使い物にならなくなっていた。帰りに新しいやつ、買ってこなくちゃ…。
何度目か分からない溜め息を吐きながら、窓際をちらっと見る。
先生方の配慮なのか、また同じクラスになったあたしと乱馬は以前と変わらず過ごしていた。でも、少し変わったのは、前より乱馬があたしに構ってこなくなったってこと。別に寂しいとか、構って欲しいわけじゃない。
「なーあかね、今日オレ大介達とラーメン食って帰るから夕飯いらねーってかすみさんに言っといて」
「あ…うん」
「………言っておくが猫飯店じゃねーからな!行くのはいつもの大歓喜!」
「わ、わかったわよ!」
…もしかして、猫飯店じゃないっていうのは乱馬なりの配慮?
気を遣われてる?
慌ててそっぽ向き、机の中から教科書を出した。乱馬は呪泉洞での戦いの後、帰ってきてから前より気配りが出来るようになっている…気がする。多分。
ふと背中に視線を感じて教室の入り口を見ると、明らかに嫉妬してる目で一年生があたしを見ていた。
初めて会った頃の、シャンプーや右京と同じ目だわ。
「ねぇ…あの人が早乙女先輩の許婚?」
「そう。ほら、天道道場の人だよ。あの人も強いんだって!うちのお兄ちゃんが交際申し込んだ時も即断られたって聞いたよー」
「へー、やっぱり可愛い人は許婚がいても告白されたりするんだ…」
聞こえてるわよ、なんて言いたくても言えないわね。だって不器用で意地っ張りなあたしと、格闘が強くて能天気な乱馬じゃ釣り合わないって思われても仕方がないじゃない。
他の誰かから告白された時はいつも緊張するし、気持ちに応えられない申し訳なさと、あたしなんかを好いてくれたことにむしろ感謝しなくちゃいけないと思ってる。自分の想いを素直に伝えられる人は尊敬してるから。
乱馬が他人から好かれる要素を沢山持っているのは、一年生の時から充分わかってる。
男でも女でも、乱馬は、らんまは魅力的だもん。
「あかねちゃん、おる?」
学ランに身を包んだ同級生、右京の声に顔を上げると、入口付近にいる一年生を軽く睨みながらあたしを手招きしていた。
平常心、平常心、と小さく唱えて、あたしは右京の元に向かう。
「右京、どうしたの?あ、もしかして乱馬?」
「あのなぁ。なんで乱ちゃんが関係あるん?ウチはあかねちゃんを呼んだんや」
「はあ…」
あたしと右京を見て、一年生達はひそひそと何かを話している。
そんな様子にイライラしたのか、それとも何を話しているのか聞こえたのか、次の瞬間右京が廊下の壁に大きいヘラを突き刺した。
きゃあっ、と女の子の怯えた声が一瞬廊下に響く。
「言うておくけどなぁ、ウチは女や!そこらの男と一緒にせんといて!あかねちゃんはウチのライバルなんやさかい、女同士の話を邪魔するなら女でも容赦せんでぇ…?」
「う、右京!」
「人を妬んでばかりなあんたらみたいなお子様、乱ちゃんが気にかけるわけないやろ。自惚れも大概にしぃ。憧れを恋と錯覚してる暇があんなら勉強した方がええんとちゃう?」
「………っ」
「い、行こっ」
「うん…」
すごすごと一年生の階に帰っていく彼女達の後ろ姿を見て、右京はふんっと鼻を鳴らす。
強くはっきりした言葉で、あたしの代わりに代弁してくれた。
右京はすごいな。クラスが変わってしまっても芯がしっかりしてて、すごく頼もしい。
「相変わらず乱ちゃんはしょーもない連中に好かれとるなぁ」
「あ、ありがと。右京…」
「何がや?ウチはただ単にムカつく奴を追っ払っただけやし」
「うん。でも、ありがと」
「………なあ、あかねちゃんは何で言い返さないん?前だったら乱ちゃんに取り巻きがうるさいっちゅーねんさっさと黙らして来ぃ!くらい言いそうなもんやのに…」
「はは…、自分でも、よく分からなくて。知らない下級生だからかな?」
「ウチはそう思わんけど」
「え…」
「ウチの知っとる"天道あかね"っちゅーんは、いつも乱ちゃんと張り合って喧嘩ばっかするくせに一番乱ちゃんを信じてる奴や。何かあったんか?あかねちゃんが我慢するなんて珍しいやないの」
「我慢、してるように見えた?」
「乱ちゃんは気付いてへんけどな。ゆかちゃん達が心配しとったで」
いつも通りにしてたつもりなんだけど…やっぱり大事な友達にはお見通しなのか。
学年が1つ上がって、クラスメートが変わって、変わらないのはあたしと乱馬の関係くらい。それがなんだか嫌で、そんな子供っぽい考え方をする自分が嫌で、色んな気持ちを押し込めてきた。
もっと寛大な人に、優しい人になりたいって思うあまり、あたしは怖くて先に進めない。同じところで足踏みを繰り返してばかりだ。
「…最近ね、乱馬と喧嘩しないんだ。いいことのはずなのに、見えない壁でもあるみたいに、苦しく、て……」
「あかねちゃん…」
「右京にも見抜かれるなんて、思わなかったな」
「当然やろ。ウチを誰だと思っとんねん。客商売なめとったらあかんでぇ?」
「あ…。ふふ、確かにそうね」
ライバルなのに、励ましてくれるなんて変な右京。
だけど─…一瞬曇ったように見えた表情はどういう意味なんだろう。
「おっ、ウっちゃんだ!あかねと2人で喋ってるなんて珍しいな」
「ったく揃いも揃って……乱ちゃんがしっかり守ってやらんと、あかねちゃんかて浮気してまうで。あかねちゃんも捕まえとくならしっかり捕まえときや!」
「は?何が」
「右京っ!!何言って…」
「あ、あれあれ。二年の天道先輩」
「やっぱかわいーなー!でも許婚?いんだよな」
「まじかよ!近くにいる?」
「隣の学ラン?」
「ちげーよバカ、あれ女だろ?許婚はあのチャイナ服の先輩!確か早乙女っていう…」
移動教室なのか、廊下を歩いている一年生男子らしい人達がこちらを見ながらコソコソ話していく。意外。あたしも乱馬みたいに噂されるんだなあ…、うーん…なびきおねーちゃんがまた写真売りに走らないといいけど。
キョトンとその様子を眺めていると、突然乱馬があたしの肩に手を置いた。
「?何よ乱…」
ほんの僅かな殺気。
空気が一瞬凍った。
それがあの一年生に乱馬が向けたものだと、どうして信じることが出来ただろう?
「…はー…、見守るのも楽やないなぁ……」
「え、んん?乱馬、どうしたのよ」
「お前…自覚しろよ少しは」
「???」
「乱ちゃーん!ウチのことも今みたいに守ってくれへん?もー男男言われんの嫌やねんー!」
「はあ?だったらウっちゃんは学ラン止めればいいんじゃねーの?」
急に乱馬に抱き付いた右京は、どうだと言わんばかりにあたしを見た。
どうしたらいい?また下級生達みたいに見逃すの?あんな、苦しい思いを抱えたまま過ごすの?もっと気持ちを押し込めるの?ずっとそうしていくの?
そんなの、"あたし"じゃない。右京の言った通りだ。
「また右京にくっつかれてニヤニヤしてるなんてあんたバカじゃないの?高校二年生にもなって恥ずかしいっ」
「なっ、これはウっちゃんが…」
「なあなあ乱ちゃん、放課後デートでもせぇへん?デート!」
「ら〜ん〜ま〜!?」
「ひいいぃ!ちょ、ウっちゃん離せっ!!おいっ!」
「嫌に決まっとるやーん」
久しぶりに気持ちを押し込めなかったら、やっぱりムカムカするし苦しい。だけど前よりずっといい。我慢なんてらしくないことしちゃ駄目ね。
そのきっかけを右京がくれた。敵に塩を送るようなことをする右京の方こそらしくないって言ってやろうかと思ったけど、さっきの曇った表情を思い出してやめた。あたしが口出しするようなことじゃないって思ったから。
「え…早乙女先輩って二股してるの…?」
「あと聖ヘベレケにも1人いるって聞いたことあるよ」
「私は猫飯店の人って聞いたー」
「結構女たらしなのね、早乙女先輩って…」
「うわーなんかショック…、許婚の天道先輩も大変なんだね」
「乱ちゃん聞いとった?早よウチ1人に決めれば何も問題ないんやでー?」
「何言ってんのよ右京!勝手なことばっかり言って…っ」
「だあああワケ分かんねー!何なんだよ一体!オレが何したっていうんだ!!?つーかあかね!右京!痛ぇから腕引っ張んなっ!!」
「ウチはあかねちゃんが離したら離す」
「あたしは右京が離したら離す」
「埒があかねぇじゃねーか!」
あたしと右京は必死な乱馬が可笑しくて、半ば笑いながら腕を引っ張り合った。
一年生の頃と変わらない関係を装っているだけで、抱えている思いは昔と違うのかもしれない。
「おっまえらなぁ〜!!何笑ってんだよ!は・な・せっ」
「いやや」
「いやよ」
「ああ!?」
「な、あかねちゃん」
「ね、右京」
「なんでお前ら結託してんだよ!」
「「ひみつー」」
まだ素直にはなれないから、せめていつものあたしらしくいることにしよう。
end
10万打企画/ゆうさまへ!