ダメで元々。
分からなくて作れないなら聞くしかない。だけどばあやは教えてくれないし、十文字やりんねに聞くわけにもいかないし、お姉ちゃんもいないし、あたしに残された選択肢は一つしかなかった。
ライバルだから貸しなんて作りたくないけど、桜がどんなチョコをりんねにあげるのかも気になっていたから、迷っている暇はなかった。大急ぎで材料を見繕って(チョコとトッピングの飾りと…よくわかんないから適当でいっか。)、家を訪ねた。
ダメで元々、だったのに。


『じゃあ…一緒に作る?』


余裕の表れなのかと思った。
だけどこのコがそんな嫌味ったらしい人間ではないことを知ってる。
お人好しだと思った。
ライバルなのに、嫌な顔ひとつしないなんて。
私にまでチョコをくれるなんて、どれだけお人好しなんだろう。もしかしたらそんな優しさに、りんねは惹かれているのかしら。



「…なんだか渡しにくくなっちゃった」



14日の朝。りんねの学校の塀に腰掛けて、遠目に校舎を眺めていた。
桜と作ったおかげで、見た目も味も満足のいくものになったけれど、どうしてもあのコに勝てる気がしない。
りんねと同じクラスだから、とか。りんねの隣の席だから、とか。りんねが桜のことを気にしているから、とか。…りんねが、このチョコを受け取ってはくれないんじゃないか、とか。
ネガティブな方向に考えが傾いていく。




「ん?鳳?」

「………」

「おーい。お前こんな所で何してるんだ?」

「っ…灰投げつけながら言うんじゃないわよ!」




もくもくと舞う灰にむせながら、十文字を一発叩く。
毎度毎度、なんでコイツは大して効きもしない灰をあたしにぶつけるのかしら。
ふと気づけば目の前の男は、あたしが手に持っていた紙袋を見てニヤリと笑い、『頑張れよ』と一言だけ言って校舎に入っていってしまった。



「訳わかんない…なんなのアイツ」



言われなくたって頑張るわよ。渡すだけだもん。前にお弁当を渡した時みたいに、出来るもん。バカにしないで。
そう思っているのに、あたしは何故か授業中の教室を窓の外から覗き込む。




「えー…では次の所から六道、読んでくれ」


「あ、はい。……真宮桜、どこからだ?」
「ここからだよ。私の教科書使っていいから」
「いつもすまん」

「いい加減教科書くらい買えよ六道…!」

「また言ってるね、十文字くん」
「六道くんは貧乏だっていうんだから仕方ないじゃんねぇ?」




隣同士で席をくっつけている2人。抜け駆けみたいに見えるけど、教科書の必要な授業中じゃ仕方がない。そう自分に言い聞かせて早くチャイムが鳴ることを望み、あたしはその場で目をギュッと瞑ったまましゃがみ込んだ。
桜はもうりんねに渡したのかな。
あたしのチョコ、本当にもらってくれるかな?
チャイムが鳴り、教室が賑やかになっていく。渡すなら今。だけど、足が動かない。




「あ、やっぱり鳳だ」

「!」

「こんなとこで何してるの?」

「桜…」

「六道くん、呼ぼうか?」




同情?ううん、本当に気にかけてくれている表情。りんねに近づくあたしのことをあまりよく思っていないくせに、どうしてこのコはこんなに優しいんだろう。
首を横に振り、あたしはクラブ棟に向かった。
こんな気持ちのままじゃ、とてもりんねに直接手渡すことは出来ない。
でも、でもね。
直接渡したら、りんねはどんな表情で受け取ってくれるだろう?
りんねも優しいから、笑顔で受け取ってくれるかもしれない。いつも通りぶっきらぼうに受け取ってくれるかもしれない。
だから…帰ってきたら、渡そう。その時に桜や十文字がいても気にしない。だって遠慮するなんてあたしの性に合わないもの。このまま逃げてしまうより、桜に言った手前、正々堂々と勝負したい。それまでに、勇気をチャージするの。
勝ち負けの基準は、りんねの表情。




「あれー?鳳だ!りんね様に何かご用ですか?まだ学校から帰ってきてませんけど…」

「用っていうか…そう、だけど…、いいの。待ってるから」

「はあ…」




紙袋の中を見る。
ピンク色の包装紙で包んだ箱の中には、桜と一緒に作ったチョコレート。ハート型のそれを詰め込んだけど、あたしの気持ちはそれじゃ足りない。




「はい、六道くんと翼くんに」

「わ、ありがとう真宮さん!」
「……わざわざすまん」

「それじゃ私、今日は帰るね」

「俺が送るよ真宮さん!」
「なっ」

「ううん大丈夫。校門でリカちゃんとミホちゃんが待ってるんだ。それじゃあまた明日」

「ああ、また明日」

「真宮さんっ、本当にチョコありがとう!…ま、俺の方が本命に決まってるがな」

「どっから来るんだその自信は…」




近づいてきたりんね達の足音に背筋がぴんと伸びた。
桜がいないことにどこか安心したけど、りんねが手にしている見覚えのある包みにどきっとする。必死に身体を奮わせて、あたしは駆け出した。




「りんね!」


「え!?」
「お。鳳」

「あたしのチョコ、貰ってくれる?」

「あ…えーと…」
「鳳、それ手作りだろ?貰ってやれよ六道」

「……さ、桜と作ったから、まずくはないと思うんだけど…」

「真宮さんと?珍しいな」

「さっきからうるさいわよ十文字!」



りんねは何かを考えた後、少し困ったような顔をしてあたしの手から紙袋を受け取った。



「…食費の足しにする」

「…─うんっ!」



あたしは、りんねがチョコレートを受け取ってくれたことが嬉しくて嬉しくて。その表情の意味を深読みすることはしなかった。
十文字もその様子を満足気に見届け、にっこり笑う。



「良かったな、鳳」

「いちいちうるさいのよアンタは!」

「六道のが本命でも、義理で俺の分くらいあるんだろう?」

「はあ?あるわけないでしょ」

「1つやろうか、十文字」

「何故そうなるっ」

「そーよ!りんねにあげたんだから!」




りんねにあげたんだから、全部食べて欲しい。だけど、十文字にも義理チョコ作れば良かったかな。
桜の気配りが行き届いていることが、なんだか悔しい。
みんな友達だっていうの?
特別扱いはないっていうの?
考えていることがわからないから余計に苛立つ。




「…あたし、帰る」

「そうか」

「こ…今度、感想!聞かせてよね!」

「だってよ、六道」

「……わかった」




急に息苦しくなった。
あたし、りんねに喜んで欲しくてチョコレートを作ったのよ。そんな顔をしてもらう為じゃない。
桜には、笑顔を向けたの?
ずきずきと、あのコの優しさが痛み出す。
やっぱりあたしは桜のことが苦手だ。あたしが出来ないことをあのコはすぐにこなしてしまう。同じ学校で席も隣同士なんてずるいわ。
あたしはピエロになんてなりたくないのに。
どこにぶつければいいのか分からない苛々が、涙腺を緩ませる。スカートのポケットに手を入れると、そこにはハンカチの代わりにチョコクッキーが一枚あった。
今こんなのあっても使えないじゃない!
へらへら笑う十文字にそれを思い切り投げつけて、あたしは霊道を開く。




「またね、りんね!」

「ああ」

「っオイ!鳳お前なあ!」




チョコの代わりよ、バカ。
そう呟いた言葉が十文字に聞こえたかは分からない。
霊道を駆け抜けながら、りんねにチョコを渡せた胸の高鳴りとあの表情が二律背反する。少しでいい。少しでいいから、あたしが桜に勝てる所を探したい。
りんねが喜んでくれたって、思ってていいよね?
相談できるお姉ちゃんがいたら、話をたくさん聞いてもらうのに。誰にも言えずに抱える気持ちは、ゆっくりと大きくなっていく。



「チョコみたいに、甘くないわね」



恋をするのは楽しいけど、難しいものだって。
あたし、初めて知ったわ。







end
鳳語りになってしまった…