「桜ーっ、お友達がいらしたわよー」

「友達…?」



六道くんかな、リカちゃん達かな。階段を下りて玄関に向かうと、意外な人物がそこにいた。




「…お邪魔するわ」

「う、うん。じゃあ…部屋に…」

「後で部屋にお茶持ってくわね。ごゆっくり」

「ありがとママ」




少しぎこちなく、また部屋に戻る。一体何しに来たんだろう?
机の上にあった小説に栞を挟んで片付けてから、私は彼女と向き合った。




「と、突然悪かったわね」

「いや…それはいいけど。鳳、私に何か用?」

「用っていうか…あんた、りんねにチョコあげるんでしょ?」

「え、あ…ああ、バレンタインのことか。うん、一応渡すよ。いつも助けてもらってるから」

「買うの?」

「ううん。作る予定」

「そう」

「?」




鳳は何をしに来たのか告げないまま、もじもじとして俯く。
バレンタインのことが聞きたかっただけだったのかな?それともまだ何か用があるとか?




「………あ、あたしが、材料買ってきてあげたから!」

「え」

「だから、その…」

「じゃあ…一緒に作る?」

「うんっ!…あ、そ、そこまで言うなら一緒にやってもいいけどっ」

「ふふ」

「ちょ、なんで笑うのよ!」

「素直じゃないなあって思って」

「〜〜…っ、いいからとっとと作り方教えなさいよね!」




なんだ。それが目的か。
鳳が私の家を1人で訪ねてくるなんて珍しいと思ったけど、チョコを六道くんにあげる為だと思うけど、思っていたより鳳には嫌われていないみたいで、ちょっと嬉しかった。
どうせみんなに作るつもりだったし、丁度いい。



「台所行こ。エプロンある?」

「あ、当たり前でしょ!」



ひらひらでキラキラして、新品のエプロンを素早く身に着けた鳳は、早く早くと私を急かす。
もし私に妹がいたらこんな感じだったのかな。



「どんなチョコ作る?」

「なんだっていーわよ、どうせ溶かして固めるだけなんだから」

「あ、そう」



私が細かくチョコを刻むと、鳳はそれを見て目を輝かせた。
お嬢さまっていつも人任せなんだろうか。
交代しながら作業を進めていくうちに、鳳から向けられる視線がだんだん痛くなる。




「桜って、いつもお菓子とか作るの?」

「うん。ママが作るの好きだから、その手伝いだけど」

「ふーん…」

「鳳は、えーと…ばあやさん?と、一緒に作ったりしないの?」

「しないわよ。あたしはそんなのすることないって言われるから」

「…そう、なんだ」

「……それに、あたし1人で作ったものなんか、りんねは食べてくれないもん」

「え?」

「桜!これ次はどうするのよっ」

「あ、それはこの型に入れて冷やし固めるんだ」

「わかった。貸して!」




大きなハートと小さなハートが並んだ型に、鳳は慎重にチョコを入れていく。台所中に広がる甘い香りが、いつもより鳳の気持ちを聞かせてくれるみたい。
私は刻んだチョコレートに沸騰した生クリームを入れてかき混ぜ、ガナッシュを作った。家にあったスポンジケーキを土台にし、二種類のガナッシュを交互に塗って、ピーラーで削ったチョコを飾りにのせる。




「よし、こんな感じでいいかな」

「…な、なによアンタ!そんなケーキなんか作って、あたしより料理上手っていうアピールのつもり!?」

「違うよ。これは友チョコ」

「ともちょこ?」

「うん。冷やしたら食べようね」

「え?あたし、食べていいの?」

「一緒に食べるために作ったんだよ?2人じゃ食べきれないから、半分はリカちゃんとミホちゃん用にするけど」

「……」

「…いらない?」

「そ…そんなこと言ってない!食べるわ!」

「ありがと」

「……なんであんたが礼なんて言うのよ」

「え。なんとなく」




六道くんと、翼くんにはトリュフチョコレート。冷やしたものを箱に詰めながら、片方の、六道くんへの箱に、ひと粒多く入れる。感謝の気持ちってことにしておけばいいよね…?
義理とか本命とか、形にして表すのはちょっと恥ずかしい。
だから、こっそりと。
綺麗にラッピングを終えると、鳳はニコニコして自分の作ったチョコを包んだ箱を眺める。
2人で台所の片付けを済ませた後、私はママが淹れてくれた紅茶と、見栄えよく切り分けたケーキを居間のテーブルの上に並べた。



「…あんたさ」

「ん?」

「あたしが誰にチョコあげるか聞かないのね」



ぱく、と、鳳はケーキを口に運びながら言う。
私に聞いて欲しかったのかな?でも六道くんにあげるつもりだろうことは何となくわかる。わざわざ聞く必要はないと思ってた。



「……だって、六道くん、でしょ。聞かなくてもわかるよ」

「そりゃそうだけど…」

「なに?」

「止められるかと思った」

「?」

「あたしだったら絶対に言う。りんねにチョコ渡すのはあたしだけだって」

「………私は、」

「訳わかんないのよ、あんたは。今日だって断られるかと思ってダメもとだったのに、すんなり受け入れてくれちゃって」

「それは…っ」



鳳のことを自分があまりよく思っていないのは何となく分かっていた。
原因はよく分からないけど、感じていた。
だけど、少しずつ打ち解けられていけたらいいなって思ってたから。驚いたけど、少し心も痛くなったけど、私は嬉しかった。
私にないものを鳳は持っている。六道くんとの"死神"という共通点は、私が望んでも手に入ることはない。羨ましく、疎ましく、小さな嫉妬を抱える自分がひどく浅ましく思えて、奥の感情に蓋をしたまま動けずにいる。



「こうなったらバレンタイン当日は正々堂々と勝負だからね!桜!」

「え、しょ…勝負?」

「バレンタインっていったら聖戦でしょ!」

「そ…そうなの…?」



確かに乙女の戦い、とかよく耳にするけど…実際のところ勝ち負けの基準は昔も今もよく分からない。
想いが実ったら勝ち?
じゃあ、その想いが理解できないままだったら?前になかなか進めなかったら?
焦りが、生まれる。




「その…えっと……チョ…チョコ、ありがと。おいしかった」

「──…うん、どういたしまして」

「だけど、14日は負けないからね!!」

「わ、わかったってば」




ふしぎ、不思議。
新しい友達が増えたこと。私にはないものを持つ人に出会えたこと。憧れや嫉妬の対象になる人。
苦手だと思うけど、嫌いじゃない。
鳳には負けたくないって、他の女の子にも負けたくないって、初めて感じたかもしれない。

バレンタインは勝負の日。
頑張って作ったチョコレート、貰ってくれるといいな。

ふと頭に浮かんだあの人の表情に、思わず笑みがこぼれた。



「桜?何笑ってんのよ」

「あ。えと…喜んでくれたらいいなって、思って」







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姉妹みたいな2人いいよね^^
(とても美味しそうだったのでこちらのレシピを参考にさせていただきました。)