喉が痛い。
昨日、八宝斉のじじいと闘り合った時に水をぶっかけられたり庭の池に落とされたせいか、心なしか喉だけじゃなく頭も痛いような気がする。風邪気味だなんて、オレとしたことが情けねー。
あかねにバレるとまたぐちぐち小言を言われそうだし、気付かれる前に治さなくちゃな。
そのためにはとりあえず、うがい手洗いからか?
「乱馬ー、」
「ん?なんだよあかね」
「さっきの学校アンケートを提出してないのがあんただけなのよ。書いた?」
「んにゃ、まだ途中」
「……待ってるから早く書いて」
「なんでだよ」
「あたしが職員室に持って行くよう頼まれてるからに決まってんでしょ。先生の話くらい聞いてなさいよ」
「へーい」
「また空返事する…」
隣の席に座ったあかねは、アンケート用紙とにらめっこするオレを呆れた様子で見ていた。
正直アンケートになんて興味は全くないため、適当に丸をつけていく。かったりぃな…、つか、ここで気を抜けば具合悪いのがあかねに感づかれるんじゃ?
普段鈍いくせに妙なところは勘がいいしな、こいつ。
「あ、あー…あのさ」
「なに?」
「オレが職員室に持ってっとくから、お前は先に帰ってろよ」
「別に気を遣わなくていいわよ。今日は用事ないし」
「(………このアマ…)」
気を遣ったわけじゃなく、風邪気味なのを察されるのが嫌だから言ったのに。そういやこいつ変なとこで鈍いんだったぜちくしょおぉぉ…!!
極力声を出さないようにすればいいか?
でもあかねのことだから、ちゃんと喋れって怒りそうだしなー…うーん…。
「ちょっと乱馬、手が止まってるわよ」
「お、おう」
「………」
「?なんだよ」
「…なんでもない」
あかねは少しの間、オレをじっと見たかと思うとすぐ目を逸らして鞄に教科書を詰めだした。今のうちにアンケートを終わらせて職員室に行こう。
喉がじりじりと痛んで、これはいよいよヤバいんじゃないかと悪寒がした。
「…っし、終わった!職員室に置いてくるわ」
「あ、待って乱馬。あたしが…」
「いいっていいって!すぐ行ってくるからよ」
「……そこまで言うなら任せるけど…。そうだ、これあげる」
「なんだよ」
「のど飴」
「え」
個包装された飴を2つ、手に握らされる。
目を丸くしてあかねとのど飴を交互に見ると、『気付かないとでも思ったの?』なんて言われた。いつバレたんだろ…。
悔しいような、恥ずかしいような、なんとも言えない微妙な気持ちでオレは頭をぼりぼり掻いた。
「あんまり無理すんじゃないわよ」
「…なんでわかったんだ?」
「そりゃあ…、毎日一緒に過ごしてるんだからわかるわよ。いつもより鼻声だしね」
「ひろしや大介も気付かなかったってのに…」
「はいはい、ぶつぶつ言わないで乱馬は帰ったらすぐ手洗いうがいして横になること!何か消化のいいもの作ってあげるから」
「……出来ればかすみさんの料理を希望したいんだが」
「…思ったよりも元気そうね」
「ダテに鍛えてねぇっつの」
「バカは風邪引かないって言うのにね…」
「お前な」
「冗談よ。あたしが職員室に行ってるから、乱馬は帰る準備してて?」
あかねにバレて気が緩んだのか、体がますます気怠くなってきた。もしかして熱でも出たか?
気を紛らわしながらのど飴を1つ、口の中でコロコロ転がす。
いつになく心配そうな様子のあかねに、オレはもう一度アンケートの束を持って笑いかけた。
「職員室に行くくらい平気。あかねは校門で待ってろよ」
「でも…」
「帰ったら看病頼むから」
「……熱あるでしょ、あんた」
「あれー!?」
「いつもの乱馬だったらここであたしをからかって飄々としてるもの…!」
「ちょ、お前の中のオレのイメージってそんななの!?」
「そーよ。悪い?もうあんたはさっさと帰る準備して昇降口で待ってなさい!あたしが職員室に行ってくるっ」
「あ、おいっ…」
ぐるぐるとマフラーをオレの首に巻き付けたあかねは、アンケートの束を持って教室を飛び出した。もう少し素直になれないもんかね。オレも、あかねも。
カラコロとのど飴が少しずつ溶けていく。喉の痛みが和らぐのは一時的だけど、甘く、苦く、味が広がる。
昇降口で靴を履き替えて下駄箱に寄りかかって座っていると、あかねの足音がパタパタと聞こえてきた。助けてやってばかりいると思ってたけど、オレもあかねに助けてもらってんだなぁ…、なんて、しみじみ思う。
「乱馬!具合どう?」
「へーきへーき」
「うそつけっ」
「へーきだって」
「も〜…早く帰るわよ!家までマフラー貸したげるから!」
「おー、さんきゅー」
「……まったく…世話が焼けるわね」
いよいよ熱が上がってきたのか、家は近付いてる筈なのにそんな感じがしない。
ただ、オレの手を引くあかねの手は離すことが出来なかった。温もりが冷たい指先から伝わってくる。風邪を引いてみなきゃ、わからなかったかもな。
「(マフラーあったけぇ…)」
end