ひとりは慣れてる。
幼い頃、おばあちゃんが仕事でいない時はおじいちゃんがいてくれた。
だけど今は誰も…いない。
もう慣れた。ひとりで食べる食事も、ひとりきりの空間も。寂しいなんて思わない。きっとなるべくしてなった、運命だと思うから。
「(…流石に、1ヶ月も登校しなかったんだから当然だな)」
既に5月。もう大体が気の合う奴と固まって、グループが出来ている時期だ。オレが登校してきたって、関心のあるクラスメートもいないだろう。
そんなにこの髪が珍しいか?愛想のない奴で悪かったな。制服なんて買う金があったら、借金を返すのに使うに決まってる。
自分がこの教室の中で異質な存在であると、ひしひしと感じた。
…まあ、しばらくは物珍しい奴と思われるとは思うが。
物珍しいといえば、昨日会った女子も変だった。羽織を着たオレを見ても驚かないし、普通に協力してもらってしまったし、…昨日は確かこの隣の席に座ってたよな…?
だけど催眠術を使って記憶を消してしまったから、きっとオレのことも忘れているだろう。
「あっ、死神!」
「─催眠術失敗!?」
覚えてる!?なぜだ!?確かに催眠術をかけたはずなのに。
ざわついていた教室が、また騒がしくなる。確かにオレは死神みたいな存在だと言ったが、ここで言うことはないのではなかろうか。後ろ指をさされ、オレの気分はますます沈んでいく。
「桜ちゃん、知り合いだったの?」
「いや…昨日ちょっと…」
………1日が、長い。
面白半分で声を掛けられるのも、過度な期待をされるのも、正直言って迷惑だ。放っておいてもらって構わないのに、常に感じる視線が痛い。
授業が始まってもそれは変わらない。心なしか先生までもがオレを避けているように思えてくる。
別に、だからといって何があるということではない。ひとりは慣れているから。
「あの…、六道くん、」
「……?」
「昨日のあれ、夢…とかじゃないよね?」
お下げ髪の女子は、机の横に立ってオレを見る。朝のはノーカンとして、今日誰かから話し掛けられたのは初めてだな。
昨日のことはもちろん夢ではない。コイツが霊を視ることが出来なければ、絶対に関わることのなかった次元の出来事だ。巻き込まないためには否定するべきだろう。だけど、初めて"視える"人間に出会えたことが、本当は嬉しかった。
コイツなら、分かってくれるんじゃないかって…ふと、思ってしまった。
「…覚えてるなら、夢じゃないんだろ」
「そ…そっか…。六道くんも、覚えてる…よね?」
「………」
「…だったら、いいんだ。それじゃ」
「おい」
「え?」
「見えるものと、見えないものの区別はつけろよ」
「……う…うん、わかった」
また昨日みたいに体当たりされちゃかなわん。
その言葉を飲み込み、隣の席に座ったことを確認してから改めて自分の置かれた状況を考える。
友達が出来ないことを気にする必要はない。むしろ仕事の妨げになるはずだ。第一、話が合うとも思えない。
だから、ひとりでいい。
2日、3日と過ぎて行くと、流石に見物人も居なくなった。気が済んだのだろう。
クラスメートとは少し言葉を交わす程度、"友達"はいない。相変わらずオレはさ迷う霊を導く仕事をしていたし、あの女子ともあれから放課後に会うことはない。
それでいい。
「なーんかさぁ、六道って暗くね?」
「見た目チャラいのになー」
「最近毎日来てるよな。休んでたのは家庭の事情だったらしいけど、何かあったのかもよ」
「増島は甘いなー、もしかしたら家庭の事情じゃなくて駆け落ちしようとしてたかもだぞ」
「え!?田中なんか知ってんの?六道の知り合い?」
「いや、知らねーけど」
「んだよ田中の妄想か」
「志野うっせぇ」
仕事に使う道具を教室に忘れたため取りに来たけれど、クラスでも賑やかな部類に入る田中、志野、増島の3人がまだ残っていた。
羽織、着てて良かった。
早くこの場を立ち去ろう。誰にどう思われようと構わないが、流石にいい気分ではない。
ドアに向かって歩いて行くと、目の前で勢い良く扉が開いた。
そこにいたのは隣の席の─…
「っわ、びっくりした」
「……─っ」
「あ、あのっ」
驚いて危うく躓くところだった…!
オレは急いで教室を出て、霊の所へ向かおうとし……た、が。廊下に出た途端、足がうまく動かなくなった。
霊の仕業ではない。
頭が、動かしてくれない。
「あ、真宮」
「どうした?なんかいたりしたとか」
「た、田中くん!俺オカルト嫌いなんだよっ」
「えー…と…、私、教科書取りに来たんだ。明日宿題あったでしょ?」
「やっべ忘れてた。増島やった?」
「あとちょっとで終わる」
「まじかよー!思い出したくなかったぜそんな現実!」
「あの、3人って…六道くんのこと、苦手なの?」
「は?六道?」
「もしかしてさっき話してたの聞こえた?」
「廊下に筒抜けだったよ」
「あー…」
「真宮さん、田中くんのは妄想だからね!?」
「増島、そのフォローはなんか違う」
あの女子、男子とも普通に話すのか。そりゃそうだろうな、1ヶ月も前から同じクラスなんだから。
馴染めないのはオレだけ。
それでいいと思っているから陰で言われるのかもしれないが。
「苦手、なの?」
「苦手っつーか…あいつ反応遅いし、髪赤いし調子こいてるっつーか…」
「いまだに制服着てこないもんなぁ」
「ちょっ…田中くん、志野くん!」
「見た目だけで判断しちゃダメだよ。六道くん、本当は面白い人かもしれないし、何かお家の事情があるのかもしれないし、まだクラスにも馴染めないから寡黙なイメージがあるだけ…だと、思う」
「真宮、六道のことよく知ってんの?」
「いや、そういう訳じゃないけど…ついこの間、六道くんに助けてもらったから」
「へぇー!六道くんって勇ましいとこあるのかな」
「そういや、担任に制服のこと言われる度に舌打ちしてたよな」
「マジで貧乏、とか?」
「うわ、なんか超気になってきた」
「明日聞いてみようよ」
「つーか明日宿題!六道って勉強できんのか?…そもそも教科書持ってたか?」
…何が起こったんだ?
さっきまであんなに嫌悪ともとれる言い方をしていたのに、どうしてオレなんかに興味を持つ?
「じゃあ私帰るね、また明日」
「んじゃなー」
「ばいばい真宮さん」
「また明日ぁ〜」
「(ま、まずい、早くどこかに隠れ…っ、)」
くい、と羽織の裾を引っ張られる。恐る恐る振り向くと、やっぱり彼女で。
「あとは、六道くんの頑張り次第だよ」
「…よ、余計なお世話だ」
「私、色々六道くんに聞きたいことがあるの」
「だから?」
「…でも、そんなに寂しそうな顔してるのは、なんか嫌だったんだ」
「は?お前何言って…」
「真宮桜」
「え」
「私の名前」
「、あ…」
「同じクラス、宜しくね。六道くん。それじゃあ」
隣の席の女子は"真宮桜"というらしい。
にっこり笑った彼女は、ぱたぱたと廊下を走って曲がり角に消える。真っ直ぐな奴だと思った。オレを見た目で判断しない人間が、羽織を着たオレを見ることのできる人間が、こんなところにいるなんて。
「…真宮桜、か」
なんだかとても、不思議な奴だな。
end