「だっ、だめだめ!こっち来ないでー!!」
「だぁーから暴れんなっつの!」
「いやー!無理!絶対無理!イヤ!!」
「おいコラあかね!お前やる気あんのか!?」
「だって、こんなのっ…聞いてないわよー!」
ふよふよ、季節はずれの火の玉が浮かぶお寺の境内。
おとーさんが幽霊退治の依頼を受けたくせに、いつもあたしと乱馬に任せるのはやめてほしい。おどろおどろしいものはなんでも怖く感じられて、思わず乱馬の背中に隠れた。
「つーかよぉ、こうあからさまに怖そうな雰囲気出してる辺りがおかしくね?」
「え?」
「なんつーか…作り物っぽいとゆーか…」
「は、はっきりしなさいよね!」
「んな涙声で言われてもよく分かんねーもんは分かんねーんだよ。とにかく、しゃーねぇからお前はオレの後ろにいろよ」
「う…うん」
仕方ないってなんなのよ、と毒づくことも出来たけど、普段より頼もしげな様子に口を開きかけてやめた。
肌を刺す冷たい風に、白い息。
真っ暗な境内の奧では薄明かりの下、墓地がぼんやり見えてますます気味が悪い。乱馬の後ろで深呼吸して、周りを漂う火の玉を恐る恐る見た。どう見ても本物、っぽい…気がする。ああでもやっぱりわかんない。
だけど、未だ肝心の幽霊は出て来ない。あたしとしてはその方がありがたいんだけど、そうもいかないよね。
「あっ?!」
「ぅえっ!?なにっ、どーしたの!?」
「………っのやろ…、ちょっとここで待ってろあかね」
「や、やだ!こんなとこで置いてかないでよ!!」
「すぐ戻ってくるって!」
「待っ…、ら、乱馬の薄情者ぉー!!」
あっという間に背中が見えなくなって、一気に心細くなる。
なんなんだろ、どうしたんだろ、乱馬は何を見つけたの?戻ってきたら一発殴ってやるんだから…!!あたしはその場に座り込んで、寒さに震えながら膝を抱き締めた。
俯いて目を閉じて、耳を済ませていると、遠くから乱馬の声が聞こえてくる。
「…っざけんのも大概にしろよな!おやじやおじさんまで使うたあいい度胸じゃねぇかっ」
「ま、待て待て!落ち着け乱馬!」
「落ち着けるかっ!大体、余計なお世話だっつーの!!」
「なんだと!俺らはお前らを心配してだな!なあ大介!」
「ひろしに同感」
「そーよそーよ!乱馬くんうるさいっ!」
「なんであたし達がいるってわかったの!?」
「あ?流石にさゆりとゆかまでいるとは思わなかったけど、コソコソ話し声が聞こえたんだよ。武闘家なめんな」
聞き覚えのあるクラスメートの声に、あたしはぱっと顔を上げる。
ええと、話からしてこの幽霊退治は始めから幽霊なんていなかった、ってこと?ひろしくん達がおとーさん達に頼んで仕組んだってこと?
あたしと、乱馬をくっつけるために?
顔が青ざめ、今度はだんだんと赤くなる。暗いから傍目では分かりにくいけれど、困惑が怒りに変わっていくのを確かに感じた。
幽霊がいないなら、怖くない。声のする方に向かってあたしは走る。
「俺達はだな、お前らがもう恋人通り越して夫婦のように見えるから心配なんだ」
「はあ?なんだそりゃ」
「あかねも乱馬くんも、意地っ張りでハッキリ言わないんだもの!あたし達がどれだけ焦れったかったことか…っ」
「終いにゃ毎日ケンカしてるし、乱馬は相変わらず他の女の子に追いかけられてるし、九能先輩だって他のクラスの男子だってあかねを諦める気配はねぇし」
「2人とも好き合ってるのは明らかなのに、どうして少しくらい素直にならないの?」
「あ、あのなぁ…」
「─ほんっと!余計なお世話よ!」
「げっ、あかね!?お前、待ってろって言ったじゃねーか!」
ぜえはあ肩で息をしながら、あたしはひろしくん、大介くん、ゆか、さゆりを睨む。
ついでに乱馬も。
「あんな墓地の真ん前で独りにされる恐怖を知らないからそんなこと言えるのよ!バカ乱馬!」
「なっ」
「ゆかもさゆりも、寒い中ご苦労さま!」
「あ、あかねー…怒んないでよー…」
「う…確かに余計なことだったかもしれないけど、あたし達だって心配なのよ?乱馬くんと両思いなのは明らかなのに、いつもケンカばかりしてるんだもん」
「……は?りょ…おも、い?」
「おい、ゆか、さゆり?一応聞くが誰と誰がだって?」
「だからー…ね、」
「今の話の流れからしてどう考えても乱馬とあかねだろ?」
「そーそー。端から見てて丸わかり」
「2人とも意識してるくせに意地っ張りだから」
りょうおもい?
あたしと、乱馬が?乱馬とシャンプーとか、乱馬と右京とかじゃなくて?
確かに、自分の恋心を自覚してからは乱馬の前でそれを隠すのにいっぱいいっぱいで……乱馬の様子なんて気にしてる余裕もなくて…。
呆けたまま、あたしはゆか達の話を聞いていた。しばらくしてぎぎぎ、と乱馬がゆっくりこちらを向く。
「…え、なに、つまりお前は……さ、」
「………あたしも聞きたいわ、あんたって…」
「オレのこと好きなのか?」
「あたしのこと好きなの?」
「「…………」」
そんな訳ない、そんな訳、ない。自惚れちゃいけない。ずっと自分に言い聞かせてた。
震える指先とは反対に、熱くなる頬。
懐中電灯の灯りじゃ分かりにくいけど、お互い顔を真っ赤にしてるんだろうな、と、少し他人事のように思う。
「なあ大介、俺達ミッションコンプリート?」
「おう。邪魔しちゃ悪いしそっと帰ろーぜ。ほらそこの女子2人」
「はいはい、明日学校で2人を問い詰めなきゃね〜」
「あ、おじさん達に報告しないと。早く行こっ」
ドキドキと心臓がうるさくて、なんだか気まずくて、気が付けば4人は既にいなくなっていた。
…いつの間に…?
今ここに2人きり、そんな状況がうまく飲みこめない。
「あ、あー…の、」
「…………?」
「とりあえず、家、帰らねぇ?」
「そ、そうね」
一歩、一歩、ぎこちなく歩き出す。
前を向き、唇だけを動かして『すき』と空気に言葉を紡いでも乱馬には伝わらない。
並んだ時の身長差、男女の体格差、力の差、才能の差、あたしと乱馬の距離はとても遠いように感じていたけれど、実際はすぐ手の届く距離だったみたいだ。
歩きながらこつんと触れたあたしの右手と乱馬の左手。
どちらからともなく絡めた手は、家に着くまであと10分、このままだろう。
「(それまでに、言えるかしら)」
「…あかね、」
「え、あ、」
「オレ─…」
両思いって、くすぐったいものなのね。
end.
10万打企画/丼さまへ!