「あー!良牙何しとんねん!!」
「な、何って生地を混ぜて…」
「ちゃうねん、手つきがなってへん!もっとこう…具材をサクサク混ぜへんかい!」
「さ…さくさく?」
「なんっでぺったらぺったら混ぜるんや!もうええ!あんたに頼んだウチがアホやったわぁ!」
「悪かったな手際が悪くて!」
あんまりだ。手伝えというから手伝ってたのにダメ出しばかり。こんなことをしているくらいなら、あかねさんに会いに天道家に行っていた方が良かった。
がっくり肩を落とし、勇ましく生地を作る右京を見る。
俺よりもずっと小さなこの体のどこに大きなヘラを武器にする力があるのか不思議で仕方ない。
なんだか右京が俺よりもずっと男前に見える。
「良牙」
「なっなんだ」
「店ののれん出して来てくれへんか。そんくらいなら出来るやろ」
「そりゃあ…」
「さっさとしい!これから忙しくなるんやからな!」
「な、何怒ってんだよ…」
商売となるといつもこうだ。商人魂とでも言うのか、人が変わったようにお好み焼きを作り始める。
これが乱馬の前だと急に女らしくなるんだよなぁ…。
のれんを出して店の中に戻ると、右京が鉄板を温めて油を引いていた。
「良牙、あんたはいつも通りお冷と会計頼むわ」
「お、おお」
心なしかいつもより、右京の雰囲気がピリピリしてる気がする。
…乱馬と何かあったのか?
それでも客が入ると笑顔で対応してやがる。流石というか、なんというか…。
やがてやってきた沢山のお客にあたふたしながらも、なんとかミスせず混雑する時間帯を乗り切った。右京はといえば、眉間にシワを寄せて帳簿を睨みつけている。
「う、右京?お前どうしたんだよ」
「どーもせぇへん」
「今日は変だぞ、お前」
「良牙には関係あらへんやろ」
「………話くらいなら、聞くけど」
「余計なお世話や。構わんといて」
「だったらなんで不機嫌な顔してんだよ、気になるだろ」
「…知らんっちゅーねん……、ウチにも何がなんだか…分からへんのやから…」
右京は俯くと黙り込んでしまった。様子からして、乱馬絡みなのは確かだろう。
それなら、あかねさんとも関係があるのか?
嫌な予感が、する。
「…乱馬、に…何か言われたのか」
「………」
「……そうなんだな」
「…ぁ……あかねちゃん、と、付き合う…とか…しゅ、祝言、とか……乱ちゃんが言っててん」
「な…っ…」
床にぽたりと、雫が落ち、ひとつふたつとまた落ちる。
「もぉウチ、訳分からへん……。いつの間にそないな事になっとったのか、気付きとうなかっ…」
「……」
両手で顔を覆い、右京はその場にしゃがみ込んだ。
俺は一旦外に出てのれんを外し、店の中に立てかけた。頭がぼーっとして、うまく右京の言葉を理解してくれない。
乱馬と、あかねさんが?
俺が道に迷っていた間に何があったんだ?同じ町内にいる右京でさえも困惑してるなんてどういうことだ?
どちらにしろ、今日は店仕舞いをして右京の話を聞いた方がいいだろう。
「ちょお…良牙、何勝手にのれん下げてんのや」
「そんな状況じゃ、客の前には出られねぇだろ」
「………」
「ちゃんと聞くから、話せよ」
「聞いたら…あんたも辛い思いするで」
「…どうせ、遅かれ早かれだ」
こんな風に泣く右京を見たのは初めてだった。いつも強気な印象があったから。
許婚という立場では、あかねさんと右京は同じだけど、俺の中ではあかねさんの方が守ってやりたくなる弱さを持っているんだと思っていた。右京は強いから、と、心のどこかで思っていた。
俺はいつも情けないところばかり、右京に見せてきたよな、とも思った。
少しずつ話し出した右京に相槌を打ちながら、やっと乱馬とあかねさんがくっついたのか、と感じる気持ちの方が大きいことに戸惑う。すごく好きなのに。憧れなのに。救われていたのに。何故?
「…ウチは…もうこの町にいる意味が無くなってしもた…」
「………」
「あかねちゃんの事は恨んでへんよ。ライバルなのは分かってたことやから。…乱ちゃんも悪うない。誰も悪うないんや」
「…そういう風に考えられるお前はすごいな」
「誰かを責めたって、乱ちゃんの気持ちがウチに向く訳やない。そんなん虚しいだけやんか」
「ああ」
「ほんまは…ほんまはめっちゃ悔しい。なんでやねんて怒鳴り込んでやりたいわ。…だけど…それこそ負け惜しみみたいで情けないやろ…?」
「……ああ、そうだな」
「…そこまでは、ちゃんと分かっとんのに…」
「右京…」
「はは、何でウチ、こんなこと良牙になんか喋っとんのやろ」
「俺が聞くって言ったんだから、いいんだよ」
話したことで少し落ち着いたのか、右京は涙を拭って軽く笑った。
失恋したのは同じ身なのに、俺はどうして落ち込めないんだろうか。いずれはこうなると、どこかで分かっていたからかも…しれないな…。
「あんたは、悔しくないん?」
「ない訳がないだろう」
「そーやろなあ」
「……でも、お前が耐えてるのに俺が耐えない訳にはいかんだろう。なにより、女に負けるのは癪だしな」
「ほぉ?ウチのこと女だと分かってたんか」
「初めて会った時、言ってただろ」
「男やと思ってたくせに」
「そっそれは…!」
「まったく、いつまで経ってもはっきりしない奴やなあ」
目を赤く腫らしながらも、笑顔を見せる右京に一瞬どきりとした。
女って強いと改めて思う。
男が守ってやろうと思う反面、実は逆に守られているような気がして、なんだかばつが悪い。
「…俺ははっきり言えるお前が羨ましいよ」
「なら、ウチを見習うことやな」
「元気出てきたじゃねーか」
「おかげさんで。愚痴ったらスッキリしたみたいやわ」
「そうか」
「あんたも元気出しぃ!」
「─ってぇ!!」
俺の背中をバシッと勢い良く叩いて、右京は立ち上がった。今…すっげぇいい音したぞ……。
じんじんとした痛みに堪えていると、楽しげに笑う右京の声が聞こえてくる。まだ、我慢しているんだろう、堪えているんだろう。だけど、少しでも気が晴れたなら良かった。
「良牙がおってくれて、助かった」
「役に立てたなら良かったよ」
「なんや、偉そうに」
「お前に言われたくないっ」
end