「わからない奴だな、貴様は。荷物が無いのは困るだろう? だから手伝ってやると言っているのだ」

どうやらそこに他意は存在しないようだった。
少年が絶句しているうちに彼女はすたすたと歩き始める。

「おい、何をしている。早く来い! 案内しろ!」

(偉そうな子だなぁ)

だがどうやら立ち上がらざるを得ないようだった。

「……君、よく迷惑って言われない?」

「知らないな。私の周囲には笑いながら破壊行為をする者ばかりだったから目立たなかったのかもしれない」

セレネの横顔が恐怖に染まるのを見て、少年は半歩後ずさった。

「――そうだ貴様、いつまでも『貴様』では呼びにくい。そろそろ名乗ってくれ」

少年は少し悩んだ。本名はもう使えない身だったからだ。親から貰った名は親に返していた。旅の途上では名乗る事もそうなかったので、そのままにしていた。
暫く躊躇った後、少年は元の名からもじった名を告げた。

「……クロム。オレの名前は、クロム」

「……そうか。クロム、よろしくな」

明らかにカナン人の名前ではなかったが、セレネは何も聞いてこない。

(そんなものなのかもしれないな)

クロムにはそれが有り難かった。