今までのまとめ
*今回から小説になってます*
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「──新八!お前、どこ行ってたアルか!心配させて!単なる新八のくせにィィィ!!」
ようやく志村家に二人揃って帰った時、すぐさまに神楽ちゃんが飛んできた。
「あ、神楽ちゃん。来てくれてたの?ごめんね、えっと」
僕はしどろもどろになりながらも、少しこうべを垂れて神楽ちゃんに目線を合わせる。僕をじいっと見つめる、大きな空色の瞳。
神楽ちゃんがこうやって心配して自宅にまで来てくれた事が、とても嬉しい。でも嬉しい反面、神楽ちゃんを不安にさせていた僕と銀さんは些か複雑な心境だ。
だから隣に立っていた銀さんと、物も言わず目配せをし合った僕だけれども。
「ねえ、もう嫌になったアルか?いよいよ銀ちゃんとの関係をキレイさっぱり解消したくなったアルか?何て言うんだヨ、こういうの。ち……痴情のもつれ?」
「いや何か止めて、めちゃくちゃ誤解招きそうな物言い止めてェェェェェ!?てか神楽ちゃんは具体的な何かを知ってるの?!そんな難しい言葉をどこで仕入れてくるの!」
大きな瞳でぱちぱちと忙しなく瞬きして、大慌てで問いかけてくる神楽ちゃんを前に、僕はすぐひっくり返りそうになった。本当に神楽ちゃんは変なところでひどく鋭い。変化球だったり直球だったりと打点の位置はブレるけど、僕の状況をこうやって察してくるあたりがさすがに女の子。
でも、僕らがギャーギャーと言い争っているうちに、するすると淑やかな衣擦れの音が聞こえてくる。僕もよく知っている、むしろ耳に馴染んでいる、穏やかな時の姉上の足音と共に(繰り返す、穏やかな時の)。
「まあまあ、新ちゃん。おかえりなさい。本当にどこ行ってたの?」
玄関の上がり框に立った姉上は、おっとりと小首を傾げている。
「昨日から様子がおかしかったし……神楽ちゃんも銀さんも、本当に心配してたんだから」
『もちろん私もね?』と重ねた後に、姉上は神楽ちゃんを見、銀さんを一瞥して……最後には僕を見た。何だか思わせ振りな視線に僕は少しドキッとして、咄嗟に隣の銀さんを見上げてしまう。
「えっ。神楽ちゃんだけじゃなくて……銀さんも?」
「ふふ。そうよ。新ちゃんがここにも万事屋にも居ないって分かった時の銀さんの慌てようったらなかったわ。『俺が探しに行ってくる!』って慌てて走って出て行って……まあ、何か後ろ暗いような心当たりがあるんでしょうけどね。銀さんには」
僕の質問に答えた姉上が、引き続きおっとりと笑う。銀さんの慌てぶりから何かを推察しているあたりは、さすが姉上としか言いようがない。弟として敬意を払う……と言うかむしろ感服。
でも如何せん、その内容を聞いた銀さんは到底おっとりとはしていられないようだった。
「おいィィィィィィ!!何ですかお前ら、さっきから聞いてれば寄ってたかって俺のことをチクチクと!ソーイングセットかてめーら、もしくは小姑か!神楽も神楽だよ!?姉ちゃんも姉ちゃんだよ!」
「いえ、私は銀さんの姉になったつもりも、小姑になったつもりもないんですけど。止めてもらえますか、神楽ちゃんに続けとばかりに我が物顔で」
神楽ちゃんと姉上の両名に大声でツッコむ銀さんをよそに、当の姉上はいたって涼しい顔をして笑っている。花が綻ぶようににっこり笑って辛辣な事を言う顔は、姉上が美人だからこそ……えっと、その、怖いかも。
「あ、姉上。あのですね、」
「あーあー、もういいや。もうお前らの話はいいや。銀さん腹一杯だからね、色々」
けれど、僕が銀さんを庇うより先に、銀さんの方が話を切り上げてしまった。ぱっぱと手を払って、強引に場を仕切る。そして、やにわに神楽ちゃんを呼んだ。
「神楽」
「ん。何アル?銀ちゃん」
大きな瞳をくるっと回して、神楽ちゃんは銀さんを振り返る。
「お前今日ここに泊めてもらえ」
「ええー!?何で?じゃあお前らはどうするネ、また二人でツイスターゲームやったっていまいち盛り上がんないアルヨ!」
でも銀さんから突然言われた事には不満があるらしく、とても分かりやすくぶすくれた顔になった。頬を膨らませて、僕と銀さんの顔を交互に見ている。
しかしながら昨日に引き続き、ツイスターゲームという発想が咄嗟に出てくる神楽ちゃんの才気には舌を捲く僕だ。いやアホはアホだろうけども、神楽ちゃんの発想力は凄くないか。この娘は本当に天才かもしれない。
まあ、無理な体勢で手足をバタつかせたり、プレイヤー同士の身体が交差して必死になるあたり……昨日のアレはツイスターゲームに酷似している気がする。いや限りなくアホな発想なんだけど。
「バカ神楽。盛り上がんだよ、ある意味ツイスターゲームは二人っきりの方が盛り上がる」
銀さんはそんな神楽ちゃんの額を軽くデコピンする。もちろん、さっき僕に仕掛けてきた時よりずっと優しい仕草で。
「どういう事アルか、銀ちゃん」
「だからそれはな、」
神楽ちゃんをちょいちょいと手招きした銀さんが、ゴニョゴニョと何かを彼女の耳に吹き込む……前に、ハッと気付いた僕はその不穏げな空気に勘付いた。
「って、銀さんんんんんん!!神楽ちゃんに何かおかしな事を吹き込まないでください!」
「えー。ハイハイ」
ツッコミで銀さんの言葉を遮って、僕は大きく息を吐く。
あっぶない。銀さんったら、何を言うつもりだったんだろう。本当に悪ノリの塊のような人だからな、基本。
神楽ちゃんの教えて攻撃を物理的にかわしている銀さんは(具体的には、腕を振り回している神楽ちゃんの頭を片手で押さえてる)、今度は姉上に向き直った。僕を一瞬だけチラッと見てから、人差し指でぽりぽりと頬を掻く。
「つー訳で悪ィんだけど、マジで神楽のこと一晩面倒見てやってくんね?新八と二人で話してェ事があっからよ」
「ええ。私はもちろんいいですけど……神楽ちゃんはいいの?」
先程とは打って変わって銀さんの声音が真剣なことに気付いたのか、姉上も神妙な顔でコクリと頷く。
姉上に促された神楽ちゃんは、本当にしぶしぶと言った様子で銀さんを見上げていた。唇をひん曲げて不満げな表情全開なのに、片手では銀さんの着流しをひしと掴んで。
「うー……仕方ないアル。酢昆布十箱で手を打つネ。でも、それでお前ら仲直りできるアルか?銀ちゃん……もう怖くなんない?」
そのまっすぐな言葉に、僕は胸を衝かれたような感覚を味わった。じんわりと胸を満たす愛しい気持ちがこみ上げてきて、神楽ちゃんに申し訳なくてたまらなくなる。
ああ、そうだ。僕だけじゃなく、神楽ちゃんもずっと銀さんの事を気にしてたんだ。銀さんの荒んだ雰囲気が怖くて、いつものように銀さんに甘えられなくて、遊んでもらえなくて……神楽ちゃんも、ずっとずっと我慢してたんだ。
長らく僕と銀さんの間に横たわっていた、よそよそしいような、どこか他人行儀な微妙な距離。それを万事屋の一員である神楽ちゃんが、気にしていないはずがなかったのに。
「ああ、神楽ちゃんも銀さんのことはずっと気にしてたもんね。本当にごめんね。僕らのことで悩ませて……ほら、銀さんも謝って!」
僕は真摯に神楽ちゃんに謝りつつ、一方では銀さんには厳しい目を向けた。僕から催促された銀さんはキョロキョロと視線を彷徨わせ、どこか困ったような顔でやっぱり頭を掻いている。
「あ?……あー、何かその、ほら、アレだよ。アレ。な、神楽。分かるよな」
「だからアレじゃ分かんないアル。ほんとマダオアルな銀ちゃん、素直にごめんねも言えないなんて。モテないアルヨ、そんなんだと」
けどブツブツと吐き出されてきたお為ごかしの言葉に、簡単にOKを出すなら神楽ちゃんじゃない。平然とマダオ呼ばわりされた銀さんはいよいよガリガリ頭を掻いた。感極まったように叫ぶ。
「だああ!!だから悪かったって!俺もほら……考え事ばっかしてて凄え煮詰まってたから!イライラしちまって……ごめん」
銀さんの『ごめん』は、天邪鬼な銀さんらしく凄く小さな声だった。でも神楽ちゃんには届いたようで、次の瞬間にはもう神楽ちゃんは銀さんの胸にはっしと飛びついていた。まるで仔兎のように。
「ぎ、銀ちゃんすっごい怖い時あったんだからネ!!話しかけ辛くて、そういう時は新八としか話せなかったんだから!単なる銀ちゃんのくせに、何で私にまで心配掛けるネ!!ばか!銀ちゃんのばかばか!!」
銀さんの胸に縋りながら、神楽ちゃんはわあわあと言い募る。ポカポカどころか、最早ドカドカの勢いで銀さんにボディブローを喰らわせている(あの、神楽ちゃん)。でもその声には隠しようもない嬉しさと安堵が滲んでいるから、銀さんも甘んじて神楽ちゃんの拳を受け止めていた。
そして想いがこもった拳をドカドカと受けながら、ポツリと一言呟いた。
「……悪かったな。神楽」
呟いて、神楽ちゃんを抱き寄せる。大きな手でぽんぽんと優しく頭を叩かれて、ようやく神楽ちゃんの機嫌は治ってきたみたいだ。こくこく頷いて、ぐりぐりと銀さんの胸に頭を擦り付けている。
神楽ちゃん、ずっとこうやって銀さんに甘えたかったんだな。神楽ちゃんは銀さんが大好きだからな。……僕もだけど。
「神楽ちゃん……銀さん」
まるで本当の親子のようにも見えてくる二人を微笑ましく思って、僕も柔らかに笑った。よかった。これで神楽ちゃんの不安も解消されたらいいな。
バツが悪そうな顔をしていてもしっかりと神楽ちゃんを抱き寄せている銀さんと、嬉しげな顔で銀さんを見上げている神楽ちゃんは、やっぱり二人とも僕の大事な家族なんだから。
……しかしながら、微笑ましい仲直りの光景もそれはそれ。やっぱり最後はいつだって『うちの神楽ちゃん』クオリティーなのだった。
「銀ちゃんのばか……新八もばか!もう仮面夫婦みたいな、子供を通じてお互いにやり取りするみたいな、結果論として二人の雰囲気の悪さにあてられた私が一番気まずいみたいな、そういうの止めろヨ。お前らの喧嘩に巻き込まれるとか、絶対、絶対にもうやだかんな!」
ケッ、とばかりに吐き出されてきた語句の数々に、僕と銀さんが絶句したのは言うまでもない。散々の絶句の後、綺麗に揃ったツッコミを二人でぶちかましたことも。
「「だからどこまで知ってんの神楽ちゃんんんんんんんん!!」」
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