全力疾走注意報

「……スケベ」

そのうち、ふっと顔を離した銀さんにからかうように囁かれて、頬がかあっと熱く火照る。僕の指が銀さんの身体を確かめることを止められず、今ももじもじと動いているからだろう。
でも、それに銀さんが興奮しているのは分かった。僕のお尻をいきなり掴んできた手が、ぐにぐにと乱暴に柔らかな肉を揉む。

「あっ……えと、あの、銀さんこそ」
「お前は俺のもんだからな。いい？」

僕をじっくりと見つめる銀さんは、またあの目をしている。興奮と情欲に濡れた、凄絶なほど綺麗で──獰猛なあの目。でもこんなに自由気儘で綺麗な獣なんて、僕は銀さん以外に知らない。

僕にぶつけられる、激しい独占欲。僕を蕩かせる、その欲望。
銀さんに独占される快楽に僕は甘く喘いだ。ただキスしているだけなのに理性までとろとろと甘く崩されて、このままじゃ本当にだめになってしまう。

「う、うん。僕のこと……銀さんのものにして」

僕は銀さんの腕の中でぐんにゃりと弛緩して、まるで透明なくらげになったように全身で銀さんに絡みついた。そうしていないともう自力で立っていられそうになかった。でも僕の脱力をどう受け止めたのか、荒く息を吐いた銀さんがますます我が物顔で僕の身体のあちこちを弄ってきたことには驚かずにいられない。



「ちょっ、ちょっと！止めてください銀さんっ！これはなしです！こんなところで！」

ヤバい。銀さんの目の色に何かただならぬものを感じ取って、僕の腰は思わず逃げを打つ。それでもしっかりと抱き込まれているからなのか、焦る心とは裏腹に迂闊に動けそうになかった。

「いいだろ。こういうとこでした事もあったじゃん。あの時もお前、嫌がってたわりにすげー興奮してたよな」
「っ！！」

前に外でした時のことを言ってるんだろう。あの時も確か、僕はすごく嫌がっていた。当たり前だ。どこかの路地裏だったし、昼間なのに薄暗くて、興奮してる銀さんが止められなくて、怖くて。
でも跪いた銀さんに性器を舐めまくられて訳が分からなくなった僕は、いつの間にか銀さんの指をあそこに突っ込まれて、震える膝で立ちながらか細く喘いでいた。そして、

『後ろ向いて。壁に手ェつけ』

なんて言われるがままに身体を反転させられ、そのまま後ろから貫かれて………………ほ、ほんと僕らって二人揃ってどうしようもない。つくづく分かっていたけど。


けど、はしたない自分の姿を客観的に思い出し、今更のように赤面して黙りこくる僕を黙って逃してくれるようなら銀さんじゃない。羞恥で灼かれる思いの僕の耳に唇を近付け、色っぽく吐息だけで笑う。

「お前無理やり好きだよな。こうやって誰の目に触れるか分かんねえとこで犯されんのもスキ。強引にされても感じるし、ちょっとなら痛いのもいいだろ？前ビンビンにして、たらたら先走り溢して悦んでるもんな。俺の咥え込んで、やらしく締め付けて。……お前のそういう性質に、俺が気付いてねえと思った？」

あんまりな銀さんの言い草に、僕はもう絶句に次ぐ絶句だ。信じられない。でも思わず銀さんを睨んだけど、銀さんはふっと唇の端で薄く笑っただけだ。意地悪。
淡々と事実を語ってるように見せかけて、僕を羞恥でいたぶって、悶えさせて愉しんでいる。

だから僕はどうしても反論したくて、ばかばか、といつものように涙声で言った。

「ち、違っ……僕はそれが好きなんじゃなくて！」
「あ？」
「銀さんだから……好きなんです。他の人にそんな事されたくないです！絶対にいや！銀さんだから、あの……恥ずかしくなるくらいに僕……」

必死になって言い募る。そうだ、僕だって無理矢理な行為が好きなはずない。セックス自体が特別大好きって訳じゃ決してない。
銀さんだから許してしまうし、好きな人に求められる快楽に身を投げ出してしまいたくなるだけなのに。

おどおどと言い淀む僕を、銀さんはまたからかうように見下ろしてきた。仔猫の喉を擽るみたいに、僕の首筋をするする撫でる。

「銀さんだから、感じちゃう？」
「うん」
「乱れちゃう？」
「う……うん」
「そうなるの俺だけ？」
「当たり前です。僕には……銀さんだけ」

潤んだ目で銀さんを見上げると、何故かぎゅうっと抱き締められた。締め上げてくるような銀さんの膂力に目をみはって、哀れな僕はジタバタと力無く足掻く。

「かっわいい。しかしお前すげーな、ある意味天賦の才能？」
「ふ、ふざけないでください！あと苦しい！苦しいってば銀さん！」

耳に吹き込まれてくる甘い囁きは、やっぱり今度も僕には意味不明で。
でもどこかのんびりした声音に安心した僕は、少し拘束が緩んだ銀さんの腕の中で背伸びして、銀さんの顔にキスをした。狙うは頬だった筈なのに、思いがけず顎先になってしまったのがちょっと悔しいけれども。
何だろう、この身長差がいけないんだな。たぶん。僕だけ狙っていても、迂闊に銀さんにキスできやしない。


そうやって赤い顔でもじもじしている僕を見て何かを察したのか(銀さんはほんと察しが良い)、銀さんは大きく屈んでから、僕の額にちゅっと音を立ててキスした。まるで親愛を示すみたいな、僕の大好きな銀さんのキス。

「……よし」

そして決意したように呟いて、僕の身体から手を引き剥がす。背を木の幹に預けてさせてから、半ば腰が抜けたようになった僕をしゃんと立たせてくれた。

「一刻も早く帰ろ。もう我慢できねえ。色々」

これ以上キスしてたら勃っちまう、つか勃ってるからやべえな、まあ着流し着てっから目立たねェしいっかー、などと危ない言葉の数々を吐きながら、銀さんはくるっと僕に背を向ける。波の引くようなその潔さに、僕はあっけに取られたように立ち竦むだけだ。

「あ……は、ハイ。あの、これで終わりにするんですか？」
「は？何それ。これ以上続けていいの？久しぶりにアオカンしてく？」
「しないですっ！そういう事じゃなくて……銀さんも我慢するんだって思って」

キョトンとした赤い顔の僕を茶化すように、銀さんが振り返ってくる。

「我慢っつーか、だってお前嫌だろ？こんなとこでまた盛られてもよ。もうお前が嫌がることはなるべくしねえことにしたんだよ」

その言葉。その意味。
僕の嫌がることをもうしないと言う銀さんに、僕の心はふんわりと甘く弾んだ。じいんと温かな気持ちが込み上げる。銀さんに大切にされている実感が急に湧いて、嬉しくてたまらなくて。

やっぱり銀さんは少し変わった。前までは絶対に僕の言うことなんて聞いてくれなかったのに。


「そ、うなんですか。でも……あの銀さんが？ほんとに？だって僕のことなんていつも二の次で、自分の欲望最優先な、あの銀さんが？」

でも、まだおずおずと言い重ねる心配性の僕に焦れたのか、銀さんはいかにも面倒臭そうに頬を掻く。

「しつけーなオイ。いいだろ？てかお前の中の俺の認識って何？そんな可愛くない事ばっか言ってるとマジここで犯すよ？」
「だからそれは止めてくださいってば！すぐ犯すだの何だの……もう！」

だから僕は慌てて木から背を起こし、まだ頬を火照らせたまま銀さんの後を追う。ほんと怖いんだか優しいんだか、自分本位なんだか他人本位なんだかよく分からない人だ。僕の好きな人。

僕の大好きな銀さん。





「もー……銀さんかっこいいってちょっと思ったのに。最後の最後で台無しですよ」

銀さんに手を引かれて歩きながら、僕はポツリと口にする。

「えー。ちょっとかよ。つまんねえの」
「ちょっとですよ！すぐ調子に乗るんだから！」


ぶうぶう言う銀さんを軽く叱りつけつつも、僕の足取りはいたって軽やかだった。ほんとに銀さんたら仕方ない。かっこよくキメるだけじゃなくて、ちゃんとずっこけるオチがあるから誰も銀さんのことを憎めない。
でも僕も僕で、まだ自分の気持ちを誤魔化しているから仕方ないんだ。




(ほんとはちょっとどころじゃないんだけど……)




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今までのまとめ




「お前さあ……頼むから」

その代わりに、はああ、なんてまたでっかいため息を吐いている。何だろう、この人。今日だけでひどく怒ったりため息吐いたり、僕のことをからかったり、反対に好きって言ってたり……変な銀さん。

「な、何を？」

僕はやっぱりドキドキして、銀さんの顔を真剣に見返した。銀さんの目はまだ、どこか鋭い。肉食の獣を思わせる紅い双眸の、その油断のなさ。視線が釘付けになるような強さ。こうやって僕を見つめてくる銀さんは凄く怖くて、それなのにやっぱりかっこいいと思う。

こんな目で見られると、まるで肉食獣の前に放り投げられた肉塊のような気分になる。逃げ出すも何もない。もう獲物の段階を素通りして、あとは喰らわれるのを待つだけの身だ。でもそれにだって性懲りもなくどぎまぎと胸を高鳴らせ、ゴクリと唾を飲み込む自分がいる。

怯えと──たとえようもない興奮で。


(僕のばか。ばかばか。ほんとに堪え性のない……銀さんのこと言えない)

銀さんに熱く見つめられ、僕は条件反射で身体を甘く疼かせる。けれど銀さんはそんな僕を一瞥するなり、僕の顔の真横に荒っぽく片手をついた。


「あんまりフラフラしてんじゃねーよ。あと、俺のこと振り回すな」
「ふ、振り回す！？僕が！？誰を！？」
「俺を」
「何で！？」
「だから何でもクソもねえって。ほんとにさー……お前、何も分かってねーから」

仰天して素っ頓狂なことを言う僕に、銀さんはもう一方の手でガリガリと頭を掻く。焦燥に灼かれ、自分の中に巣食う感情を持て余しているのだと分かる。分かるけど、僕にはどうする事もできない。
それでも銀さんは銀さんだった。逡巡するように見せたのは一瞬で、あとは僕を見下ろしてきっぱりと口にする。


「てか“特別”も何もねーだろ、俺の中での新八は新八だよ。順位付けとかねえよ。お前はお前でしかねえ」

さっきの高杉さんの話だと、直感で分かった。

お前は決して銀時の特別な人間にはなれない、一番にはなれない。だから諦めろ、と高杉さんに囁かれた僕を鑑みる内容。でも銀さんはやっぱり、他の誰とも言うことが違った。

お前は銀時の特別な人間じゃない、と言い切った高杉さんとも。
お前は万事屋の特別な人間に決まってる、と励ましてくれた土方さんとも違った。



──僕は僕？僕のままで……銀さんの側にいていいの？





「でも僕……あの、男だし」

おずおずと言う。すると銀さんはいかにもしらっとした、いつもの小憎らしい顔になった。

「知ってる」
「じ、地味だし！眼鏡だし！」
「知ってるって。毎日見てるし」
「お通ちゃん大好きだし、ライブがある時は必ず休むし、銀さんには小言ばっかり言ってるし、毎日うるさがられてるし、あとは、」
「だから知ってるっつーの。まあ、確かにてめーはアイドルオタクだし、地味で冴えねえ。眼鏡だしな、マジで地味だし。何も分かってねえくせに俺以外の男にすぐフラつくし、何気に口説かれてキスとかかまされそうになってるし。俺のことムカつかせるガキだし。てか地味だし」
「いや何で地味を三回も言う必要があるんですか。自分で言ってても複雑なのに、アンタに割り増しされると尚更複雑なんですけど」
「でもお前には、お前にしかねえもんがあんだろ？」

いつものように言い合ううちに、話の着地点もだんだんと見えてきた。銀さんが放った言葉に、僕は弾かれたように顔を上げる。銀さんと目が合った。


虹彩が深い紅色をした、銀さんの瞳。
僕の大好きな──この人に絶対ついていこうと決めた、まっすぐなその瞳。



「特別なものなんていらねーよ。そんな括りもねえ。でもお前の頭のてっぺんから股間までブチ抜いてる、誰にも譲れねえモンがお前の中にもあるだろ。俺は多分、お前のそこに惚れた」

きっぱりくっきりと言い切られ、熱いものが込み上げてくるのを止められなかった。うるっと目が潤んだから、慌てて顔を振って落涙の気配を必死で振り払う。

「……銀さん」

ありのままの僕を好いていると言ってくれた銀さんの言葉がどうしようもなく嬉しくて、途方もなく幸せで、僕は軽く思考停止だ。
やっぱり僕は銀さんがすきだ。たとえ、僕の存在は銀さんが大切に思う無数のものの中の一部だとしても、僕は銀さんが好きなんだ。だってこの人を諦めたら、たぶん僕は僕でなくなってしまう。

この人を好きな気持ちを放り出したら、僕はもう僕のままで成長なんてしていけない。



肩を震わせて涙を堪えている僕を、銀さんは不思議と優しい眼差しで見ていた。よしよし、と大きな手で頭を撫でてくれる。さっきの神楽ちゃんにしていた仕草とまるきり一緒。子ども扱い。
でも、正直さっきの神楽ちゃんを羨ましく思っていた僕だから、今の銀さんの手は素直に嬉しかった。嬉しくて快くて、やっぱりまた泣きそうになる。銀さんの手は不思議だ。

僕の髪をするする梳いた銀さんの指が、僕の頬に滑る。

「……それをさァ、他の男にちょっといじめられただけで新ちゃんは簡単に泣いちゃうんだー？」

からかうような茶化した物言い。なのに甘い雰囲気があるから、簡単にドキッと鼓動が乱れてしまう。

「ぎ、んさん」

僕の頬を撫でた銀さんは、続けざまに親指の腹でゆるゆると唇のあわいをなぞった。そうされると胸がきゅうんと甘く痺れて、キスされる時のことを否が応でも思い出してしまう。
銀さんの手管はほんとえっちと言うか……あくまでも勝手気儘なのに、どうしても逆らえない。しまいには翻弄されることすら気持ちよくなって。

「てかお前は、俺以外の男の言うことを信じてんの？高杉の言い分をまず信じんの？俺じゃなくて」
「ち、違います！そういう事じゃなくて！」

それでも、こう言われたら反論せずにはいられなかった。

僕が銀さんのことを信じていない訳がない。誰より銀さんを信じてる。
必死に言うけど、銀さんはどこ吹く風だ。ふうん、と気のない風に返事をして、僕の顔やら身体をジロジロと眺めまわす。

「てめえ誰にでも懐くよな。土方だけならともかく、しまいには高杉かよ。そういう素直なとこはカワイイけど。でも……こっちはすげえムカつくっつーの」

言い様、噛み付くようにくちづけられた。驚くけれども、僕はもう抵抗する理由はない。それにこういう時の銀さんは、僕じゃ絶対に止められないことも分かっている。

だから苛立ってる銀さんを宥めるのを早々に諦め、僕は素直にキスを受け入れた。こじ開けられる前に口を開いて、舌を差し出して誘う。

「んん、んう、ふ……」

ちゅっちゅっと音が立つくらいにキスして、互いの舌を絡ませあう。銀さんの舌は太くて長くて、ねじ込まれると僕の口は一杯になってしまうみたいで、少し苦しい。でも苦しいのに、それが何故か頭がぼうっとするくらい気持ちいい。
歯列をなぞった舌が歯茎を舐め、上顎を這い、荒っぽく舌根をしゃぶって、僕の口をじっくりと犯す。ふうふう息を吐いて銀さんにしがみつく僕を片腕だけでしっかり抱いて、キスの合間にも銀さんのもう一方の手はいやらしげに僕の身体を這い回った。物欲しげなその動き。

それに呼応するように、たまらなくなった僕も銀さんの背中をそろそろと撫でる。着流しの上からでもはっきり分かる厚い胸板を撫で回し、縄の目の走るようにでこぼこした腹筋のラインを辿って、その感触を、ずっと触れてなかった銀さんの身体を懐かしむように丹念に指先で愛撫した。


太く獰猛な舌を小さな口いっぱいに受け入れながら、唇を、舌を重ね、絡めて、ただただ夢中で僕らはお互いの呼吸を奪い合っていた。




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