僕の家から万事屋までの、近いような遠いような帰り道。
僕は隣を歩く銀さんを眺めて、そっと囁くように言った。

「神楽ちゃん……凄い怒ってましたよね」
「ああ。うん。でもあいつも、ホッとしてたことはしてた」
「僕らの間にあった微妙な空気のこと、やっぱり神楽ちゃんも気にしてたんでしょうね」
「だな。まあガキなりに何か察してんだろ」

何故なのか言葉少なめに会話をして、僕らはぶらぶらと往来を歩いていく。ああ、こうやってごく自然にまた銀さんと居られるようになって本当に嬉しい。

ちょっと意地悪な高杉さんのことも、優しい土方さんのことも、僕の中ではやっぱり大切な人達には違いない。特に高杉さんは凄く怖い時もあるし、意地悪は意地悪に違いないけど……何だか放っておけない感じはする。変に突っ張ってるというか、あの自信満々さも見てて気持ちいいし。

でもやっぱり、僕は銀さんが特別だ。銀さんだけが、僕の特別な人。


「……なんだかんだ言っても、神楽ちゃんは優しいですからね。銀さんのこと凄い気にかけてたんですよ。僕のせいで最近の銀さんが荒れてる、って決めつけて」
「あん?俺には『銀ちゃんのせいで新八が万事屋来ない!』って怒ってたぞアイツ。ったく、神楽も調子いい奴だよな」
「ふふ。そうですね。でも良かったです、神楽ちゃんが元気出してくれて」

何でもないことを喋りつつ、僕はどこかうっとりした目で銀さんの横顔を見上げた。この角度から見上げる銀さんの顔も男っぽくてかっこいい。
僕は、こんな人が僕のことを好きって言ってくれたことが、まだ信じられない気分だった。ひょうたんから出た駒と言うか、嘘から出た誠と言うか、要はやっぱり信じられない。でも、銀さんは確かに言ってくれたんだ。
何だかさっきは銀さんの口車に乗せられて、僕だけが好き好き言いまくってた印象があるんだけど……そんなのもうどうでもいいや。


銀さんはそんな僕をどう思ったか、チラッと思わせぶりな視線をこちらに投げてから、おもむろに右手を着流しの懐に突っ込んだ。


「あー……まあな。神楽は元気になってたけど。でも俺はあんまり元気でもねーわ、てか今も軽くイラッとしてる」

「え。な、何でです?何かありました?」

けれど、突然言われた事に僕は仰天した。さっきまでののほほんとした気分は即座にぶん投げ、緊迫感を交えて咄嗟に足を止める。銀さんがまだ苛立っている理由が皆目分からない。

「何かじゃねーよ。さっき話してた時さ、お前あのマヨラーのことすっげえ庇ってたじゃねーか。あれ何?高杉の他にも何かあんの」

自分でも言うように、銀さんはやっぱり軽く怒っているみたいだ。ふわふわの天パを片手でぐしゃぐしゃっと乱雑にかき混ぜて、「つか何これ!マジ俺何!?」って自分で自分に突っ込んでいる。でも銀さんが苛立つ理由を聞いて、僕は場違いにもほんのりと嬉しくなった。頬がかああっと熱くなっていく。

だって、銀さんがこんな風に素直に僕に尋ねてくることも、こうやって他の男の人を真正面から気にすることも、本当に初めての事なんだ。今まではずっと銀さんが不機嫌だったし、僕が外出する時に声を掛けても無視される事が多かった。他の誰かに会ってる事すら気付いてなかった。
だから僕にはもう興味がなくなったんだろうと、やっぱり僕の身体しか欲しくなかったんだと、ずっと悲しく思っていたのに。


僕は堪えきれない歓びに頬を赤らめて、銀さんの着流しの袖をちょんちょんと軽く引いた。

「土方さんは……あの、言うほど何もないんですよ。最近何故かよく土方さんにお会いするんで、道端とか公園で話し込んじゃう時もあるって事くらいで」
「は?つか何で最近だよ」
「さあ?最近は江戸も物騒ですからね、真選組も警らを強化してるんじゃないですか?犯罪取り締まり強化月間みたいな」

訝しげに問われて、僕は首を傾げる。だってそれ以外で土方さんが僕に会う理由なんてあるのだろうか。真選組の副長さんが僕に出会う為にわざわざ出歩いてるなんて、どう考えてもあり得ない。

「いや何か腑に落ちねえんだけど。それで何でお前にだけちょいちょい会える訳?」

何故なのか銀さんはひどく忌々しそうな顔をする。僕の説明に到底納得がいかないのか、こちらにまで疑惑の目を投げてくるくらいだ。だから僕だって知らないですってば。



「それは分からないですけど。でも土方さんって……ふふ」
「あ?何だよ、その思い出し笑い」

でも銀さんを宥めようとした僕は、不意に土方さんのことを思い出してしまった。ふと漏らした思い出し笑いに、銀さんが目聡く反応する。ほんと、こういう時はどこかの名探偵も顔負けの鋭さ。

「別に。ただ、土方さんって可愛い人だなあって思って」

僕はまだ笑いながら、土方さんの事を思い出していた。

だって土方さんは本当に優しいんだ。すごく親身になってくれるし、それでいて変に上から目線じゃないし。煙草を逆に咥えて『リバーシブルだから平気だ』とか無茶なことを言い張ったり、すごく可愛いところもある。は、ハンサムだし。
喋ると可愛いところも優しいところも沢山あるのに、土方さんの世間の評価は結構低い。でも遠くから見たり、黙っているだけで凄く冷たく見えて近寄りがたく思うのは、それくらい土方さんの顔立ちが整っているという証だと思う。現に真選組副長という役職込みでは忙しすぎてアレだけど、女の人には凄くモテるみたいだし。

だって、あの迫力ある切れ長の端整な目で見つめられると、たとえ悪いことをしてなくとも何故かドキッとして、何だか落ち着かない気持ちになる。だから僕は、土方さんには洗いざらい心の中を話したくなってしまうのかもしれない。



(やっぱりかっこいい人ってそれだけで得だよなあ)

僕は心の中で土方さんの顔を思い出しつつ、目の前の銀さんににこっと笑いかける。でも銀さんはやはり納得がいかないようで、声を大にして言い募った。

「はああ!?あんなんがカワイイはずがあるか!おかしいから!てめえの目は節穴だよ、何のために眼鏡まで掛けてんだ!ただ単にキャラ付けのためか!?ああん!?」
「いやキャラ付けの為に掛けてる訳でも何でもねーよ!視力矯正の為だよ!……でも本当ですよ?土方さんは強面……っていうか、一見すると冷たく見える感じのハンサムな人だけど、凄く優しい人なんです。泣いてる僕にハンカチ貸してくれたりして」

何だかますます怒っている風情の銀さんには驚くけれど、僕だって負けていない。張り合うように言い返して、この間の土方さんとのエピソードをのんびりと語る。

でも銀さんは今度は怒鳴らず、ピクリと片眉を上げただけだ。

「……ハンカチ?」
「ええ。僕が銀さんとの事で悩んでた時に、そこの公園で会ったんです。その時に」

折しも通り掛かった横手の公園を指差すと、銀さんの顔がますます不快そうに歪んだ。イラァッとした気配が瞬時に流れてきたから、僕が今、何らかの銀さんの地雷を踏んだことは分かる。

けど分かったところでどうしようもないのが、いつだって世の常なんだろう。



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