「プリンス・シェイドも剣術の稽古などされたりするのですか?」
ブライトはいま感じたものを消そうと、努めてほがらかに尋ねてみた。
「そうですね……」
シェイドが少し言葉を選ぶようにゆっくりと返答をしてきた。
「剣術も、多少は。我が国でも、いずれは皆さんが参加されているような剣術の交流試合に出たいと思っているので、基本的なことは学んでいます。あとはまあ、月の国には独自の武術がいくつかありますから、そちらも合わせてやっていますね」
独自の武術とはどんなものだろう、とプリンス達は思ったが、それよりも先にシェイドがフワリと微笑んでこう告げるように言った。
「それでは、大変申し訳ありませんが、そろそろ妹がお昼寝の時間になるので、いったんここで失礼をさせていただきます」
そうしてシェイドは「ミルキー」と妹の名を呼んだ。
ミルキーはすぐ側にいるファインに抱っこされていつのまにかウトウトしていた。
「面倒みてくれて、ありがとう」
シェイドはファインの腕から妹を譲り受けると、舵機心地がいいように抱え直す。
「妹さんのこと、よく見ているんですね」
ブライトがシェイドに向かっていった。
自分も妹を大切にしている方なので、親近感がわいたのだ。
「ええ」
シェイドはそう言われて、無意識なのだろうが、素直な笑みをこぼす。
その表情が、急に彼を幼い少年のような雰囲気にさせ、まわりの者達をハッとさせた。
穏やかな空気にアウラーがおどけた口調で言う。
「僕もそんな可愛らしい妹がよかったな。物心ついた時から、なぜだか僕は妹のソフィーにふりまわされっぱなしで」
クスクスとブライトが笑う。
「プリンス・ソフィーは自分のしたいことをどんどんしていくものね」
すると、今度はソロが大げさにため息をついて肩をすくめてみせた。
「それでもやっぱり僕は皆さんがうらやましいよ。僕のところなんて、女兄弟が多すぎて、誰が誰だかわからないときがしょっちゅうだもの。みんないたずら好きだから、わざと入れ替わって僕をびっくりさせたりするんですよ?」
これには一同、笑ってしまった。
「ソロのところが一番大変そうだね」
アウラーが愉快そうに言うのを聞きながら、シェイドは完全に眠ってしまったミルキーの頭を撫でる。
そこへファインも寄ってきて、最後にもう一回、とミルキーの頭を撫でさせてもらった。
「また夜のダンスパーティーで会えますから」
シェイドがファインに言う。
「うん」
ファインは寝ているミルキーに手を振ってバイバイをした。
去って行くシェイドの後ろ姿を眺めながら、みんなはそれぞれの感想を口にした。
「よかった。最初は、どんな話題で話していいのかわからなかったけど、彼は礼儀正しくて、妹思いのプリンスって感じだね」
アウラーが感心したように言う。
「ええ。月の国とはこれを機に、いろいろと交流をしていきたいなあ」
ソロも、小さいながらタネタネの国のプリンスらしい様子で微笑む。
ブライトもほっとした顔で笑った。
「僕も…彼とうまくやっていけそうな気がするよ」
そんなプリンス達の言葉を聞きながら、ファインは嬉しい気持ちを感じていた。
大好きなミルキーの兄が、みんなともっと親しくなるのは大歓迎だ。
けれど。
心の底に、消え去らない暗い気持ちも、冷たい霧のように残っている。
シェイドは月の国のプリンスで、みんなと同じ世界にいる人だから、こんなにすぐ受け入れられる。
けれど、あの人は?
こんなに朗らかに笑っている友人達が、素敵な王子様達が、みんなそろって受けつけない存在。
あの人がまた現れて、皆の心を逆なでするようなことをしたら、彼は憎まれ、消してやりたいと思われるだろう。
なぜエクリプスはみんなを傷つけるのだろう。
そして彼は、なにに傷つけられているのだろう。
「プリンス・シェイドだったら、エクリプスのこと、どう言うのかな」
ファインは誰にも聞こえないくらい小さな声で、囁いてみた。
そういえば、エクリプスとプリンス・シェイドが一緒にいるところはまだ見たことがない。
ファインは急に、自分の中にエクリプスの姿が強く蘇ってくるのを感じた。
全身に、彼の気配を感じる。
(あーあ…)
ファインは、明るい光の中、楽しそうにお茶会を続けるみんなの姿をぼんやりと目に映す。
(なんで私は、こんなにもすぐ会えない人のことばっかり考えているんだろう…)
大好きなふたごのレインにさえ、その名を出すことをとめられている。
(エクリプスは、私のことなんて、ぜんっぜん、気にしてないかもな)
ふう、とため息をついてから、ファインはグッと顔を上にあげた。
やめよう。
あんまり悩むのは自分には向かない。
ファインはプリンス達に手を振ると、その場を離れ、今度はプリンセス達のところへ向かっていった。
レインがファインを見つけて嬉しそうに手招きをしてくれる。
ファインはまた元気な自分を心に感じて、レイン達の元へ小走りに近づいていった。