「シェイドが……?」
目を丸くしたファインにレインが微笑む。
「そうよー。あの人、いっつもそうなんだから」
そんなレインの言葉を聞いただけで、顔がポッと熱くなってきた。
「そんなこと……」
「ファイン、顔が赤いわよ」
「そんなことないよっ」
あわててファインは首を横にふる。
一緒にふたつに揺った髪がフルフルと揺れた。
レインが笑顔でそばを飛んでいるプーモに同意を求めると、プーモはなぜか居心地悪そうにしながら、ツンと澄まして紅茶を飲んでいる。それからプーモは宙に浮かびながら左手で持っていたソーサーの上に小さなカップをカチャリと置いてからいった。
「……ま、お相手が由緒正しき月の国のプリンスですから私もあまり口出しはしませんが、ファイン様もそれからレイン様も、いま一番大切なのは立派なレディになることでして、それをすっとばしてボーイフレンドにうつつをぬかすといのは、どうも順番が逆なような気がします、でプモ」
「プ、プーモ! 違うよ……」
ファインがなにか言いかけた所へ、レインが素早く割って入る。
「あら、でもプーモ。ダンスパーティーで素敵なプリンスと優雅に楽しく踊れるようになることは、レディとしてとても大切なことです、っていってたじゃない」
「だから! 素敵に優雅に踊れるようになってから、パートナーを選ぶべきだったんでプモ。まだ、踊っているのだか、跳ね回っているのだかわからないうちから、しっかり彼氏だけはお作りになるだなんて……」
「まあ。でもファインばかりがいけないんじゃないわ。まだレディになるお勉強中だったのに、シェイドの方がファインのことを追いかけ回したのよ」
「そ、それはでプモね……」
ファインは唐突に始まって、勝手に進んでいくふたりの会話に驚いて急いでそれをとめにかかった。
「待って。違うよ、シェイドとは……。シェイドとは……その、べつになにも……じゃ、ないけど……ただ……隣にいると幸せだから……すごく、すごく嬉しいから……会いたくなるけど……ただ…それだけ……」
だんだんと言葉につまってしまうファインをレインとプーモはみつめ、ピュピュとキュキュはファインの肩のあたりに集まってきた。
「でも不思議よねー。ファインはブライト様とは気軽におしゃべりできるのに、シェイドの方が意識しちゃうなんて。私はシェイドの方が、自分のいいたいことをいいやすいのに」
「そういえば、そうだね。レインってよくシェイドとしゃべってるよね」
口喧嘩みたいなこともしてるけど、とファインは心の中で付け加える。
「だって、シェイドってなにいっても、あんまり動じないでしょ? だからいいやすいのよ。嫌だったら、あの人ちっとも動かないし。こっちの意見がいいなって思ったら、素直に賛成してくれるし。わかりやすいのよね」
「そうなんだ。私、シェイドはこんなふうに感じてるんじゃないかなってことはわかるんだけど、どんなふうに考えてるのかってことは、あんまりわからないんだ」
そういうと、ファインはレインが自分のことを微笑んでいるのを感じた。
「どうしたの、レイン?」
すると、ますますレインが笑みを深くする。
「ねえ、どうしたの?」
ファインが困って声をだすと、レインがこたえた。
「ううん、ただシェイドの顔を思い出したの。あの人もよく、そんな顔をしてるから。ファインの考えていることはよくわからないっていいながら、あなたのことみてるから」
「シェイドが…?」
「ええ。そうして、困ったような顔をしながらも、結局、追いかけて行くんだか、不思議よね」
「なな、なんで!?」
「だってずっと変だったじゃない」
「ち、ちがっ」
「女の子たちだけで、お昼に集まったことあったじゃない? あのときも、結局、ファイン、ごまかしてたけど……」
「ごまかしてなんか」
「こめん。言い方が悪かったわ。でも、聞かれたくないんだろうなって思って、みんなでやめたけど、あの頃、ファイン、いっつもため息ついたり、困ったように眉をしかめてた。でも、シェイドの姿がみえると、とたんに無理して明るくなるから、なんか変だなって思ってたの」
「そんなだった?」
「うん。そしたら、なんだかシェイドの方も心配になってきたのか、このあいだ彼の方からファインのこと心配して私に聞きにきたのよ」
「……そんなことあったの?」
「ええ。でも、ちょっと待っててあげてっていったの。きっとファインは、あせらないでゆっくり自分の考えをまとめたら、なにか行動しだすと思ったから」
知らないところで、いろんな人に、いろんなことを思われていたんだな、とファインは感じた。
「ありがとう」
「ううん。私はファインならきっと大丈夫って、そう思い込んでいるからだけどね」
レインはニッコリと笑い、それから付け加えるようにいった。
「でも、本当に困ったときは、ちゃんと相談してね。一人で抱え込んじゃダメよ」
「うん、わかった」
「約束ね!」
レインは微笑むと、今度は少しからかうような瞳になる。
「いいんじゃないのかな。だって、それだけブライトのこと気にしているわけだし……べつに、ミルロにもブライトにもなにをいったわけじゃないんでしょ?」
「うん。ただ、ふたりの話が終わるまで、そばに座っていただけ」
「だったら大丈夫なんじゃないの?」
「……うん……そっかな」
「レインは人を嫌な気持ちにさせるようなことしないもん。大丈夫だよ」
「うん…でも……」
レインは曖昧にうなずきながら、またお茶を飲む。
ファインはこれ以上、なんといってあげたらいいかわからなくなって黙ってしまった。
すると、隣からプーモがしみじみとコメントをよせる。
「乙女心は複雑なものでプモ」
「そ、そっか」
ファインはプーモの顔をみる。すると、プーモはファインの目を見て、妙に真面目くさった顔で深くうなずいた。
それがどこかわざとらしくて、ファインは思わずクスリと笑ってしまう。
「もー、ファイン、笑ったわね」
「ええ? ち、違うよ」
けれど、レインもおかしくなったのか、クスクスと笑いだす。
「……本当はわかってるのよ。私、ブライト様のことになると、変になるなって」
「変じゃないよ」
「本当にそう思ってる?」
「う……」
またレインが笑った。
「でも、だから、おんなじ」
「へ?」
「ファインもこのごろ、変だった」
「ええ?」
レインは今度は落ち着いてお茶をコクリと飲んでから、おもむろにファインをみつめてニコリと笑う。
「シェイドとなにかあった?」
ええっ、と声をあげてファインがテーブルから身体をひいたので、弾みでカチャンとカップが鳴った。