「ねぇ、好きって言ってって言ったら言ってくれる?」

「…………なんて?」



ミーンミンミン、夏の虫や鳥の声が響いている。




「だから、あたしのこと好きって言ってくれる?って」

「…………なんで」

「なんでって、理由がいるの?」

「いやいやいやいや、お前が急に変なこと言うからだろ」

「…ならいいわ」

「え」




あかねはくるりと踵を返して家の二階に上がっていく。
突然どうしたんだあいつは。つーかオレはあいつに好きだなんて言った覚えはないし、あいつからも好きとか、言われた記憶はない。許婚だから曖昧なままにしていると言われても仕方ないくらい、関係に進展はさほどない。
別に、あかねのことは嫌いじゃねーけどさ。…むしろその逆だけどよ。今更言葉にするのはやっぱり恥ずかしいもんだろ?
あかねだってそーゆーのはわかってそうなのに何なんだよ、全く。
二階へ向かったあかねの表情は特に変わることはなく、『やっぱりそーよね』といったような諦めの表情に見えた。



「ったく……なんなんだよ、あいつ」



そんな簡単に『好き』とか言えるかっつーの。
心から大切にしたい想っているからこそ、気恥ずかしくて伝えにくいのに。大体あの不器用女は料理や裁縫だけじゃなくて恋愛だって不器用すぎる。オレだってあんま人のことは言えねーけど、もし気持ちを伝えるなら自分でチャンスを作ってからにしてぇって思ってるんだ。
だから、今はそっと口ずさむだけ。



「……すき、に…決まってんだろ…」



誰もいない居間。誰もいないと、あかねだっていないと、わかっててもやっぱり恥ずい。
がしがしと頭をかきながら机の上にある牛乳を一気飲みした。
あー馬鹿馬鹿しい。今言ったって何の意味もねぇのに。言葉にしてじわじわと実感させられる本当の気持ちに戸惑いながら、団扇でパタパタと自分を扇ぐ。
そうしていると、居間の戸がいきなり開いた。




「…乱馬」

「っ!?なんだよお前っ…二階行ったんじゃ、」

「の、飲み物取りに来たのよ!今日は暑いから…」

「…、……、あの、聞こえた?」

「………」

「…あ゛ー……と、聞こえなかったなら、いいから」




ハハハ、と乾いた笑いしか出ない。
団扇でパタパタ扇ぐだけじゃ足りなくて、オレは扇風機のスイッチを入れる。
これはやべぇ、だろ。ムードのかけらもあったもんじゃねーし、もうなんだ、何これ。あっちぃ。心臓うるせぇ。なんだこれ。



「え…と、……あ、りがと」

「、」



あかねはオレ以上に顔を赤くして俯いたままそう言った。
なんだこれ。珍しく素直じゃねーか。おかしな雰囲気にクラクラしてくる。これはいよいよオレの頭も暑さにやられたか?
パタパタと遠ざかる足音にハッとすると、あかねの姿はもうない。



「に、逃げやがった…」



逃げたいのはこっちだっつーの。それから、返事くらい聞かせてけっつーの。
不意打ちとはいえ、オレの台詞が聞こえたならそれくらいは望んだっていいじゃねぇか。ついそそのかされて呟いたオレはなんだか負けたような気分だ。
女って訳わかんねぇ。




「─はい、乱馬」

「え」

「アイス。食べるでしょ?あたし二階にいるからおとーさん達が帰って来たら教えてね」

「……は?」

「そーだ、あんたも早く宿題は片付けなさいよ」

「なっ」

「それじゃ」

「…………っ、」




あかねの奴、台所に行ってたのか…………っつーかなんであんなにケロッとしてやがんだ!?おかしくねーか!?
このオレ様が告白したんだぞ?
あの反応はどう取るべきなんだ?ん?



「だーっ!ホント女って訳わかんねー!!!!」


「(…あたしもだよって、言えば良かったかな)」



ミーンミンミン、蝉の声がうるさく響く。
あかねの足音が遠のいていく。扇風機の真ん前に座り込んで火照った顔を冷やした。
アイスをかじりながら今日のあいつは絶対変だったと冷静になってみる。大方、ゆかとさゆりに何か言われたんだろうな…と思う。いや、そうじゃなきゃあかねがあんな質問するはずがない。
きっとそうだ、うん。
自己完結して寝転がり、見上げた空には入道雲が浮かぶ。

今年も暑い、暑い季節が来た。







end

夏休み前にさゆりとゆかにそそのかされたあかねが乱馬に気持ちを聞いて乱馬がぐだぐだ悩む話。
補足という程でもない(殴)