真宮さんが好きだから、いつか恋人として彼女の隣に立ちたい。
なかなか進展しない距離に少し焦りを感じながらも、好かれたくて、嫌われたくないから、なかなか動けずにいる。
今日はバレンタインデー。
恋人じゃなくて友達だけど、優しい真宮さんはきっと俺にチョコをくれる。と思う。だって今好きな人はいないって言ってたし、たとえ義理でも、貰えたらそれだけで嬉しい。
─問題は、六道だ。
「ん?鳳?」
「………」
学校の塀に腰掛けている鳳に向かって声を掛ける。反応がないってことは気付いてないのか?
俺は懐から聖灰を取り出してぶつけてみる。
すると案の定、もくもく舞う灰の中から伸びた手が、俺の頭をぱぁんと叩いた。相変わらず暴力的でガサツな女だな。
ふと、鳳が手にしている紙袋が目に入った。
「頑張れよ」
一言声を掛け、俺は校舎に入る。
きっとあれは六道に渡すチョコレートだろう。絶対鳳に渡して貰わないといかん。六道にはコイツがお似合いなんだ。ライバルには早く消えてもらわねば。
教室に着き、自分の席に座って鞄から教科書を机の中に入れる。そのうち真宮さんが登校してきて、女子同士でチョコレートを交換していた。バレンタインというイベントが女子にとって楽しい行事であることが羨ましく思える。
今日の一時間目は国語。憂鬱な授業時間の始まりだ。
「えー…では次の所から六道、読んでくれ」
「あ、はい。……真宮桜、どこからだ?」
「ここからだよ。私の教科書使っていいから」
「いつもすまん」
「いい加減教科書くらい買えよ六道…!」
「また言ってるね、十文字くん」
「六道くんは貧乏だっていうんだから仕方ないじゃんねぇ?」
いくら貧乏だからって、いくら席が隣同士だからって、毎日毎日机をくっつけて授業を受ける2人を見るのはある意味拷問だ。すましたような六道の顔が余計にムカつく。
変な焦りが自分を急かして、いつもよりずっと授業が長く感じた。
真宮さん…いつオレにチョコをくれるんだろう…?過ぎた時間は長かった筈なのに、あっという間だ。百葉箱の前で真宮さんを待ちつつ空を見上げていると、羽織を着た六道が現れる。
「おい…十文字、百葉箱の前で何してるんだ」
「なんだ六道、真宮さんはどうした」
「あのな…」
「…貴様、もしかして既に真宮さんからチョコを貰ってるのか…!?」
「は?何故そんな話に…」
「そうだとしたら許さんぞ六道ぉぉぉ!!!!」
「人の話を聞けっっ」
六道に向かって聖灰を取り出し構えると、六道の動きが一瞬止まる。つられて後ろを振り向くと少し遠くに白いマフラーと、まだ冷たい風になびく三つ編み。真宮さんの姿が見えた。
さっきまでずっと真宮さんのチョコレートの行方について考えていたせいか、妙に緊張してしまう。
「2人とも早いねー」
「掃除当番お疲れ、真宮さん」
「今日の依頼はなさそうだぞ。百葉箱は空だった」
「そっか。あ、六文ちゃんはクラブ棟?」
「え、ああ」
「真宮さん、そういえばさっきの授業なんだけどさ…」
クラブ棟に向かって歩きながら、俺は真宮さんに話し掛ける。少しでもいいから気を惹きたくて。
どうしたら好きになってもらえるだろう?
友達以上になれるだろう?
顔色は変えぬまま話を聞いている真宮さんがどんなことを考えているのか…全く読めない。
「あー…えっと…」
「真宮さん?」
「?どうした」
真宮さんは鞄を探ったかと思うと、中から黄色の包みと赤色の包みを取り出した。
「はい、六道くんと翼くんに」
「わ、ありがとう真宮さん!」
「……わざわざすまん」
黄色い方の包みを受け取り、ホッと安心する。例え義理だとしても、貰えただけで嬉しい。
どうせなら放課後も一緒に過ごせたりなんかしちゃったりとか…出来ないだろうか…。
「俺が送るよ真宮さん!」
「なっ」
「ううん大丈夫。校門でリカちゃんとミホちゃんが待ってるんだ。それじゃあまた明日」
「そ、そっか…」
「…ああ、また明日」
すごく華麗にスルーされた気がする…いやでも、友達は大事にしないとな。自分にそう言い聞かせて真宮さんを見送る。
側にいたいなんて、贅沢な望みだ。
「真宮さんっ、本当にチョコありがとう!…ま、俺の方が本命に決まってるがな」
「どっから来るんだその自信は…」
「この中身を見れば分かることだ。どんなチョコだろう…だがしかし……もったいなくて食えーん!!」
だったら食わずに取っておけばいいだろう。
六道がそう小さく呟くのが聞こえたので、肘で小突いてやる。
「りんね!」
「え!?」
「お。鳳」
「あたしのチョコ、貰ってくれる?」
「あ…えーと…」
こいつ、まだ渡してなかったのか。そういえば、今日みたいな日にはすぐにでも教室に乗り込んできそうなもんなのに珍しいな。
早く渡せばいいのに。
「鳳、それ手作りだろ?貰ってやれよ六道」
「……さ、桜と作ったから、まずくはないと思うんだけど…」
「真宮さんと?珍しいな」
「さっきからうるさいわよ十文字!」
まさかチョコを美味しく作るために真宮さんを頼るとは思わなかったが、鳳にしては堅実な判断だろう。しかし六道は黙ったまま、鳳からチョコを受け取ることに渋っているように見える。
しばらくしてそっと手を伸ばし、鳳の手から六道が包みを受け取った。
「…食費の足しにする」
「…─うんっ!」
「良かったな、鳳」
「いちいちうるさいのよアンタは!」
「六道のが本命でも、義理で俺の分くらいあるんだろう?」
「はあ?あるわけないでしょ」
「1つやろうか、十文字」
「何故そうなるっ」
「そーよ!りんねにあげたんだから!」
こいつらには軽い冗談が通じない。融通くらい利かせて欲しいものだ。
鳳が六道の分しか持っていないことなど百も承知。それに俺は既に真宮さんからのチョコを含め女子から貰った(義理)チョコが4個ある為悔しくも何ともない。
「…あたし、帰る」
「そうか」
「こ…今度、感想!聞かせてよね!」
「だってよ、六道」
「……わかった」
よしよし、六道と鳳の仲も少しずつ近付いてると見ていいだろう。
良かったじゃないかという意味を込めた表情で鳳を見ると、何故か睨まれ、次の瞬間何かを顔に向かって思い切りぶつけられた。
「またね、りんね!」
「ああ」
「っオイ!鳳お前なあ!」
文句を言ってやろうにも時遅し。鳳は霊道の向こうに消えていった。
一体何をぶつけられたのか、拾ってみると一枚のチョコクッキー。もしかしてこれが義理チョコ?
「鳳の奴、俺に大しての扱いがぞんざいすぎるだろ…」
「十文字、オレに何か用でもあるのか?真宮桜はいないのに珍しいじゃないか」
六道に用なんて無い。
強いてあるとするなら、宣戦布告のようなもの。
「…俺は、真宮さんが好きだ」
「………」
「お前以上に女子からの人気もあると自覚している」
「は?」
「だがっ!俺は真宮さん一筋っっ」
「おい」
「貴様に負けるつもりはないと、改めて宣戦布告をしに来たまでだ」
「説得力はあまりないがな…」
俺が紙袋の中身を自慢気に見せると、六道は半ば呆れたようにそれを見る。どう考えても、女子に好かれる要素は俺の方が持っているはずだ。
だから真宮さんからのチョコレートが、どう違うかで好感度がわかるんじゃないかと思う。
「明日、真宮さんからのチョコがどんなのだったか教えろよ」
「…さっきの鳳と似たようなこと言うんだな」
「一緒にするなっ!」
「一緒だろう」
そりゃあ、俺にとっては鳳と六道が、鳳にとっては俺と真宮さんがくっつくことが望ましいから協力はしているけれど。アイツと似ていると言われてあまり嬉しいとは思わない。
俺はあそこまで世間知らずじゃないしな。
紙袋に入った4個のチョコレートと鳳から貰った一枚のチョコクッキーを見比べて、何だかんだ鳳がチョコをくれたことはとても意外で、ちょっとだけ微笑ましくなる。
「…さて、ホワイトデーには何を送ろうかな」
喜んでくれる真宮さんの顔が思い浮かんで、今から楽しみに思えた。
end
2月中にUP出来て良かっ…←