フランとわん太はクロムに会いました。クロムはベンチに座り、呆けた顔で町並みを見ています。彼は友達であるセレネの用事が終わるまで待っているのだそうです。
「クロムさん、クロムさんはまほうつかいですよね。まほうでわん太とお話することはできますか?」
クロムはフランとわん太を交互に眺めました。
「その犬と話せる様になりたいの?」
「そうですそうです! わん太はあたしの友だちなんです。だからおしゃべりできたらきっと楽しいと思います」
「そっか。って言っても、オレも修行中の身だから、大体の大まかでざっくりとした意思しかわからないよ。それでもいい?」
「かまいません」
「じゃあ早速」
クロムは袖からお札を取り出すと、呪文を唱えてわん太の頭上に浮かべました。お札はクルクルと回ります。
フランは固唾を飲んで見守っていました。
しばらく無言のまま時が過ぎ、ややあってクロムが頭を掻きました。
「ああ、しまった。この犬の言葉はフェンデルク語だから、オレにはわからない」
「クロムさん、しっかりしてください! あなた今ちゃんとしゃべれてますよフェンデルク語!」
「日常会話なら聞き取れるけど、細かい文法でしかも早口となるとちょっと……」
「まってくださいクロムさん、わん太ってそんななんですか!?」
フランとわん太は商店街を抜け、フィルのお店に行きました。
ドアベルを鳴らすとフィルがニコニコ出迎えてくれました。店内には他のお客さんはいないようです。フランは早速話を切り出しました。
「フィルちゃん、フィルちゃんはまほうつかいだよね。まほうでわん太とお話することってできる?」
フィルは申し訳なさそうに目尻を下げ、かぶりを振りました。
「うちが使えるのは付与……つまり、何かに力を与えることだけしかできないんよ。だからわん太くんとお話することは出来んなぁ」
フランは頷きました。
「センモンガイってやつだね」
「ごめんなぁ。力になれなくて」
「じゃあ、フィルちゃん。あたしがわん太とおしゃべりできるようになる魔法を、あたしに付与することは?」
「そういうのが意外と難しいんよ。自分や道具ならまだしも、意思を持つ生き物に術をかけるのは訳が違うからなぁ」
「じゃあ、フィルちゃん。ここの品物にはそういうのはない? わん太があたしとおしゃべりできるようになる道具は?」
フランは床から天井まで積み上げられた魔法の道具達を見回しました。
フィルは再度かぶりを振りました。
それが答えでした。
「……あたし、あたしはそんなにむずかしいこと言ってるのかしら。友だちとおしゃべりしたいってそんなにたいへんな願いなのかしら。あたしはただ、そっちの方がすてきだと思っただけなのに」
フィルのお店を出て道を戻りながら、フランは残念そうな顔をして小さく溜め息を吐きました。
フランはわん太を連れて町へ出かけました。商店街を歩いていると、オープンカフェの一角にテロルの姿が見えました。
「さがす手間がはぶけたね」
テロルはメニュー表を前に悩んでいるようでした。彼女の頭上で大あくびをしていた使い魔サルファーが、近づいて来るフランに気付いて尻尾を逆立てました。
「テロルちゃん、テロルちゃんはまほうつかいだよね。まほうでわん太とお話することってできる?」
テロルは大きく伸びをしました。
「動物と意思疎通する魔術、あたし習得してないのよね」
「ええっ、なんで!?」
驚くフランを尻目に、テロルはしれっとした顔をしています。
「だって地味じゃない。そんなの覚えるくらいなら、その時間を他の魔術の習得に回すわ」
「うはぁ……。テロルちゃんはまほうでドカーンドカーンてする方がすきなんだったね」
フランは呆れをこらえてサルファーを見上げました。
「サルファーならわん太とおしゃべりできる?」
「無理よ。だってこいつ犬じゃないし、そもそも動物でもないし、魔物だし。動物との通訳なんて出来ないわ」
「そっかぁ……」
「まぁニュアンス程度ならわかりますけどね。でもそれだって、人間さん達と精度は変わらないと思いますよ」
悄然とするフランに、サルファーがやんわり言いました。
ある日、フランはラザフォードを連れて、エオスの部屋を訪ねました。
「エオスさん、エオスさんはまほうつかいですよね。まほうでわん太とお話をすることはできますか?」
わん太というのはラザフォードの渾名です。幼いフランは彼のことを友達と呼び、自らが付けた渾名で呼ぶのでした。
だけどフランは不満でした。何故ならば、自分はこうしてわん太の名前を呼べるのに、わん太は呼んでくれないからです。それに、隣にいるのにお喋りだってできやしない。
それもそのはず、わん太は犬でした。白くて大きな犬でした。
犬はお喋りできません。わんわんと吠えることしかできません。
だからフランは思いました。魔法使いに頼んでわん太とお喋りできるようになる魔法をかけて貰おう、と。
エオスはおっとりと目を細めました。
「あらあら、私は魔法でお料理やお掃除をしたり、織物をすることは出来ますけれど、動物とお話は出来ませんの。そういう魔法と相性が悪いのかしら? うふふ、こうやって目を合わせても……」
エオスがかがんでわん太と目線を合わせると、わん太の背が跳ねました。尻尾が小刻みに震えます。
「ふう、やっぱりですわ」
エオスは細く吐息しました。頬に手を当てて悩ましげにかぶりを振ります。
「みんな『タスケテ』『コワイ』としか言いませんの。不思議ですわ〜」
「うはぁ、そ、そうですね」
フランは本気で不思議そうにしているエオスと、ガタガタ震えるわん太とを見比べました。何がなんだかわかりませんが、これ以上はわん太の体調が心配です。フランはエオスへのお礼もそこそこに、わん太を連れると急いでエオスの部屋を後にしました。
「わん太はエオスさんが苦手なんだね……」
フラン「ヘリオスさんヘリオスさん! 今日はにゃんにゃんにゃんでネコの日ですよヘリオスさん!! と、いうわけで!! 見てくださいこのネコミミとシッポ!! あたしもネコの気持ちになってみたのですよヘリオスさん!!」
ラザ「……くぅーん」
フ「……はっ!?」
ヘリオス「可哀想に(ラザの首元を撫でながら)」
フ「うはぁ!? え、えっと! じゃあこれを、こうして!(猫耳を外し) こう!!(ラザに装着)」
ラ「わん!」
ヘ「おお、元気になった」
フ「えへん、とうぜんです!」