続きです。







城の外へと向かう途中、ソディアと出会った。

もともとオレはこいつを探して座学が行われていた教室に向かっていたんだが、ソディアもオレを探していたらしい。
何処へ行っていたのかと軽く文句を言われた後、午後の訓練は予定通りに行うという確認をした。

…そういえば、こいつは嘆願書のことを知ってるんだろうか。

今は騎士団長となったフレンの副官でこそないが、フレンはこいつのことを信頼している。
今回の『仕事』についても、ソディアはある程度の事情を知らされていて、オレのフォローのような事を任されていた。
『事件』についてはどうなんだか知らないが。
…今更だが、その辺をフレンと話したこと、なかったな。

とりあえず嘆願書についてだけ聞いてみると、ソディアはあっさり「知っている」と答えた。


「それがどうかしましたか」

「ああ、いや…。誰があんなもん、フレンに渡したのかと思ってさ」

「あんなもん…?」

ソディアの表情が厳しくなる。

「…何だよ、何か気に障るようなこと、言ったか?」



オレは今でもこいつが苦手だ。

それはこいつのフレンに対する気持ち、というか想いを知ってるからだが、こいつはこいつでオレに妙な気の使い方をする。
それも仕方ないのは分かってるが……まあ、合わないんだろうな、色々と。

だからってわけじゃないが、こいつと話す時はどうにも構えてしまいがちだった。
黙っているソディアに、もう一度聞いてみる。


「おい?どうしたんだよ」

「…あなたは、彼女達の気持ちをどう思っているんですか」

「……何だ、いきなり」

「随分、彼女達に慕われているようですね」

「…そうみたいだな」

オレはさっきの、医務室前でのことを思い出していた。

「でしたら何故、彼女達の想いを『あんなもの』呼ばわりできるんですか」

「…迷惑だからな。オレはずっとここにいるつもりなんかない。ましてや、こんな格好したままで、なんて冗談じゃないぜ。あんただって、オレに残ってもらいたいわけじゃねえんだろう」

「私のことは関係ありません。あなたはもう少し、相手が自分をどう思っているかを考えてみたらどうなんですか」

一体なんだってんだ。
何でこいつに説教されなきゃなんねえんだよ。
説教なんて、あいつだけで充分だ。尊敬してる相手に態度まで似てくるってのか?

「どう思われてるかなんて関係ねえよ。気持ちはありがたいぜ、嫌われるよりはな。だが迷惑には変わりない。フレンだって困るだけだろうが」

「そうでしょうか」

「………何?」

「本当に、困るだけだとお思いですか」

「他に何かあるってのか」

「あなたがそう思っているだけでしょう」

マジで何なんだ。意味わかんねえぞ。

「いい加減にしろ。何が言いたいんだ」

「あなたが決め付けていることが、相手にとってもそうだとは限らないというだけです。……そんなことだから、団長は……」


呆れたような、怒ったような様子で息を吐くソディアを見ながら、オレは今、こいつに言われたことの意味を考えていた。

…オレが、決め付けている…?
それに、なんでそこでフレンが出て来るんだ。
そんなこと、って…何なんだ。


「…嘆願書を団長にお渡ししたのは私です」

「は、え?何?」

「あなたが聞いたんでしょう」

…いきなり話を戻されてついてけなかったんだっての。
なんだか、こんなところまでフレンに似てやがんな、こいつ。
なんか、面白くない。
それより…こいつが?

「あんた、いつフレンに渡した?」

「あなた方が手合わせをされた後に新人の一人から渡されて、その後団長が戻られた際に、ですが。それが何か」

「あんたは誰から受け取ったんだ」

「ですから、新人の」

「フレンの縁談相手か?」

オレの言葉にソディアは一瞬嫌そうな顔をしたが、すぐに元の様子に戻ってはっきりと言った。

「違います。彼女ではありません」

名前を確かめると、それはやはり例の女ではなかった。

「…そうか。ちっとその辺り、知っときたかったんだ。悪かったな、引き留めて」

「何を気にしているのか知りませんが、これ以上団長に心配をさせないで下さい」

「心配?迷惑かけるな、の間違いじゃないのか」

「…………」

黙ってオレを見る視線が痛い。
全く…、マジでやりづらい。

「わかったよ、気をつける。じゃ、訓練あるから」


ソディアはまだ何か言いたげだったが、オレは彼女に背を向けると、今度こそ訓練のために練兵場へと向かった。









まだあちこちぬかるんだまま乾いていない土を踏み締めながら歩いていくと、練兵場のほうが何やら騒がしい。
誰かの怒鳴り声と、激しい水音。
急いで走り出した先の光景に、オレは目を疑った。


例の女が、仲間の一人に飛び掛かっていくところだった。
そのまま二人揃って地面に倒れ込み、馬乗りになって殴りつけようとするのを周りの奴らが慌てて止める。


「何やってんだ、おまえら!!やめろ!!」


駆け寄るオレの姿を全員が振り返って安堵の表情を見せるが、オレはそれには構わず素早く間合いを詰め、腰の剣を引き抜きざま払った。

高く渇いた金属音と共に弾き飛ばされた短剣が、大きな孤を描いてオレの背後の水溜まりへ落ち、僅かな飛沫を上げて沈黙する。


周りがオレに気を向けた瞬間、馬乗りになっていた女が短剣を取り出して振り上げていたのだった。


呆然としたまま動かない女の下から倒されている奴を引っ張り出し、そいつと状況を説明させる為に呼んだ一人以外は宿舎で待機するように言って帰らせた。
このままここにいたって、もう訓練どころの話じゃないからな。

オレは剣を握る手を緩めないまま、傍らに立ち尽くしている奴に声をかけた。
以前、目の前の女に殴られた奴だ。

「何があった」

「彼女が…、なぜ、勝手に渡したんだと…それで、口論、に…」


要領を得ない。
渡した?何をだ?
怯えたような表情は、以前に殴られた時と変わらない。
…そうか、こいつもこんなふうにいきなり襲われたのか…。
確かに、このキレっぷりは異常、だ。

「…大丈夫か」

「あ、は…、はい…」

今さっき飛び掛かられたほうに声をかけるが、こいつも放心状態だ。話は聞けそうもない。
オレはもう一度、隣に立つ女に声をかける。
とにかく、このままこうしているのはまずい。早く知らせておかないと、また何を言われるか。

「そいつ、医務室に連れてってやれ。それで、フレンに知らせてくれ」

「だ、団長、に?」

「そうだ。できればすぐにでも、ここに呼んで来て欲しい」

「わ、わかりました!」


仲間を支えながらも早足で行くのを肩越しに見て、すぐに視線を前に戻す。
ぬかるみにへたり込む女に、油断なく剣先を向けながら質問をする。

「…何故こんなことになったのか、教えろ」

「………」

「おい?」

のろのろとこちらに向けた瞳は薄暗く、何処を見ているのか定かでない。
…気味が悪ぃな……嫌な感じだ。

「あの子が…勝手なことをしたから」

「…何をだ」

「あなたにずっといてもらうために…私じゃなきゃ、できないのに」

…嘆願書、か?
そういえば襲われてた奴は、ソディアの言ってたような名前だったか。じゃあ、あいつが渡したのか、嘆願書。

「おまえ、どういうつもりだ?どうしておまえだったらあの話を通せるなんて言えるんだ」

「…彼がやってくれるから」

「彼?」

「ええ…彼に頼めば、騎士団長の承認なんて、いらない…」

もしかしなくても、入団の手引きをした、あの男のことか。
こいつ…、やっぱり全部知ってたんだな…。





「…ユーリ」

「よう。…早かったな」

いつの間にか隣に立っていたフレンが小さく名を呼び、女とオレを交互に見る。
後ろでは騎士が数名、待機していた。

「大丈夫か?」

「ああ。…おい、何でこんなことしたんだ」

女が顔を上げ、フレンを見て眉を顰める。
…あからさまな嫌悪の表情だ。

「私は…あなたが好き、なの」

「な…に?」

「あなたの事が好きなの!ずっと一緒にいたいの!!だから……!!」

「何を、言って」

「あなたが男でも女でも関係ない…私は『あなた』が好きなの!!!」

「っ…」

なんだ、こいつ…。
これだけ嬉しくない愛の告白もない。
オレを好きだと言う女の様子に尋常でないものを感じて、思わず一歩引く。
そのかわり、庇うようにしてフレンが前に出た。

その様子に、女の表情が一変する。嫌悪と言うより、最早憎悪と言っていい。


「あなたは、邪魔、なの」

その時、女の右手が自分の左内股に伸びた。
真正面から見下ろすフレンには、その手の先にあるものが見えずに一瞬だけ反応が遅れる。


その一瞬で、オレはフレンを突き飛ばしていた。


「ユーリっっ!!!?」





……馬鹿かおまえ…思いっきり名前呼んでんじゃねえよ


―視界に微かな金色が映った気がした




ーーーーーー
続く
▼追記