続きです。
普段大人しいと言われる奴ほど、キレたら手が付けられなくなったりする。
もちろん、皆がそういうわけじゃない。
普段とのギャップで、余計そう感じたりもするんだろう。
それに、オレは今回その瞬間を見ていない。
情けない話だが、ちょっと目を離した隙に事件は起きてたんだ。
監督不行き届きって言われても、仕方ないな…
「…そんなことがあったのか」
「ああ。見てないからなんとも言えねえが、なんか妙な感じだな」
「見てないっていうのはどういうことなんだ?」
「誰かさんに襲われてたからな。オレが目を離したのはあん時だけだ」
「……気をつけるよ」
わざとらしく咳払いをして、フレンはオレから目を逸らした。
まあオレも気が緩んでなかったとは言わないから、フレンのせいってだけでもないが。
「で、その殴られた奴の様子がな…。なんか、やけに怯えた感じなんだよ」
「…そんなに酷い怪我をさせられたのか?」
「いや。ありゃ多分、一発入っただけだな。周りもすぐ止めたらしいし。ただ、手加減なしだったっぽいな、どうも」
「不測の事態に逆上して、といったところか。…そういう訓練だというのは言ってあったんだろ?」
「当たり前だ。正直、オレも驚いたよ。…それに…」
「うん?」
オレは例の、――殴ったほうの彼女の様子を思い出す。あいつは…
「あいつは、あの後も何事もなかったように平然としてやがった。オレにも何もなしだ」
「報告や、謝罪も?君は彼女から話を聞いたのか?」
「…いや」
オレはあの後、あいつの様子をずっと見ていた。
本当に、普段通りにしか見えなかった。
自分が怪我させた相手を心配するでも、チームの奴らに謝るでもない。それどころか、時折オレと目が合えば、恥ずかしそうな笑みさえ見せた。
…はっきり言って、気味が悪かった。
「少し、様子を見たい。あいつは、オレ達が思ってるほど受け身なやつじゃないかもしれないぜ」
「…そうか。何かあればすぐ知らせてくれ。周りにこれ以上、悪影響がなければいいが…」
「まあその辺りは気を付けとくよ。ところで、おまえもなんか話があるんじゃなかったか」
確か昼間、『夜の報告の時に話す』と言ってたことがあったはずだ。
「ああ、そのことか。…騎士団の内部から、彼女の不正入団に手を貸したと思われる人物のアタリがついた」
「マジで?…へえ、おまえもちゃんと仕事してたんだな。オレの尻を追っかけ回してただけじゃなかったってか」
「……後で覚えてなよ…?」
「で?誰なんだよ」
物凄い目つきで睨んでくるフレンの視線を受け流して、オレは続きを促した。
「……。今回の入団試験において、試験官補佐をしていた騎士のうちの一人だ。彼が入団手続きの書類を偽造して、紛れ込ませたらしい。だいたいの裏も取れたし、ほぼ確実にクロ、だね」
「なるほどな…。まあ、そんぐらいの立場の人間じゃなきゃ無理だったろうな。どうせそいつ、上に提出する書類を作るとかそんな事もやってたんだろ」
偽造と言っても、正式に使用されている用紙や印章を手に入れる機会はいくらでもある。そいつ自身が書類を作成する立場にあれば、なお簡単だろう。
「ああ。こちらも真っ先にその線から調べてたんだが、ようやく証拠も揃ったしね」
「そっか。そりゃ良かったな。まずは一つ、クリアってわけだ」
「ああ……」
フレンの表情は何故か冴えない。
「どうした?なんか問題でもあんのか」
「問題、というか…彼の目的が、というか」
「目的?どうせあいつの親となんか繋がりがあるんだろ?金とかじゃなきゃ、なんか利害の一致とかじゃねえの。その辺は捕まえて調べるんだろ」
「もちろんそうなんだけど……。まあ、もう少し調べてまた話すよ。憶測で言っても仕方ないしね。…君に害が及ぶことはないだろうし」
「おい、フレン」
「大丈夫。二、三日のうちにはちゃんと話せるだろうから」
現時点で何か分かっている事があるなら話してほしいんだが…。
どうもフレンは、不確かな話でオレを悩ますまいと思ってる節がある。オレは逆にそれが不安なんだけどな。
「そんなことより、ユーリ」
「ん?なんだよ」
フレンが立ち上がってオレの前に来る。
……嫌な予感しかしねえ。
「さっきは随分と、酷いことを言ってくれたね…?」
「さあ?何のことだ」
とぼけてはみせたが、オレは内心かなり後悔していた。
フレンは爽やかに微笑んでるんだが、目が笑ってない。こいつがこの笑い方をする時は、相当怒っている。
「誰が、誰の尻を追いかけ回してるって…?」
「ホントのことじゃねえかよ!!」
「失礼だな。君だって逃げてるわけじゃないんだから、その言い回しは正しくない」
「屁理屈こいてんじゃねえよ!それ以上近寄んな!」
「君がいつもそこに座るのが悪いんだと思うけど」
決めた。ここに来た時にフレンのベッドにはもう座らない。
言うが早いかフレンの腕が伸び、オレの身体をベッドに押し倒す。
…なんかもう、男として情けない。フレンをどう思ってるかというのとは全く別の話だ。
「嫌なら抵抗しなよ?」
「…好きにしろよ」
フレンの顔がゆっくり降りてきて、唇を重ねられる。
抵抗できるはずがない。
…嫌じゃないんだから。
「ユーリ…」
「…ん…」
大人しく目を閉じていると、啄むように何度も触れてくる。くすぐったくて口を閉じたら、今度は包み込むように深く唇を合わせられた。
しばらくして離れた顔を見上げれば、上気した中に浮かぶ二つの空色が潤みきってオレを見つめていた。
…オレもあんな表情、してるんだろうか。
「ユーリ…その」
「あ…?」
「続きが…したい、んだけど…いい?」
「………な、に?」
続き。
この状態からの続きといったら、アレしかない。
それはわかる。わかるんだが。
オレにはひとつ、どうしても気になる事があった。
「ちょっと確認したい事があるんだが、いいか?」
「え、な、何?」
「どっちがどっちなんだ?」
「……今、それを聞くんだね…」
フレンは半ば呆れたようにため息を吐く。
いや、重要だろう、そこは!
「僕は…君を抱きたいと思ってる」
「それは、オレをヤるほう、って事か…?」
「ヤ……もうちょっと、他に言い方ないのか」
「どんな言い方したって中身は同じだろうが」
再びフレンがため息を吐く。さっきより重い感じだ。
「…君はどうなんだ」
「オレ?」
言われてオレは考えた。
オレも男だ。同じ男相手に自分が受け身になるとか、考えたこともない。
だからといって、目の前のフレンにあれこれしたいかと言われると、そうではない気がする。
…そうするとつまり、役割的にはオレが、フレンに、抱……
いや確かに今は女装して女役やってるが、だからってそんな、あれ? なんか混乱してきた。
顔が熱い。そうだ、まだ『役』の筈だろ。キスぐらいならまだしも、そっから先とか考えたことな…
「ユーリ?」
「あ、う、うわああああ!!」
「え!?うわッ!!」
気が付くとオレは、フレンを思い切り突き飛ばしていた。
「いたた……何するんだ、いきなり!」
「それはこっちの台詞だ!!なんか流されかけたが、オレはまだあくまで恋人『役』なんだからな!!」
「ええ…!?」
フレンが泣きそうな顔になる。
オレだって泣きたい。恥ずかしすぎる。動揺しすぎだろ、オレ。
「とにかく、キスから先はなし。なんかしようとしたらぶっ飛ばす。いいな!?」
無理矢理平静を装ってフレンに指を突きつけるが、フレンはあからさまな不満顔でオレを見返した。
「…ここまで来てお預けとか、相当だよね…」
「何がどこまでか知らねえが、待っててもなんもないぞ」
「…割と我慢の限界だったんだけど?」
「知るか。自分の右手でどうにかしとけ」
フレンの顔が一瞬で真っ赤になる。
…ヤバい、余計なこと言っちまったか。
「なっ…!そこまでわかっててその態度か!?どういうつもりなんだよ!!」
「どうもこうもあるか!!こっ…!」
言葉に詰まる。できればこの先は言いたくない。
言ったら、オレの立場は決定だ。
「こ?何?ユーリ、何か言いたいことでもあるのか?」
「こ…」
「ユーリ!」
「うるせえな!!…っ、心の準備ぐらいさせろってんだよ!!」
ああ、言っちまった。これじゃ、どう考えたってオレがフレンに待ってもらってるようにしか聞こえない。
さっきの話の流れから考えたら、オレの立場がどっちかわかるだろう。
フレンはぽかんと口を開けていたが、次の瞬間には盛大に破顔してオレを抱き寄せた。
「あんまり可愛いこと、言わないでくれ…。本当に我慢できなくなる」
「何が可愛い、だ。我慢しろ。まだ嫌だからな、オレは」
「嫌、ね…。仕方ない、無理矢理にして嫌われたくないし、もう少し我慢するよ」
「…そうしてくれ」
「…ユーリ、明日はどうするんだ?」
帰ろうとして窓枠に足をかけたところで、フレンに声をかけられた。
「明日?」
「明日は訓練が休みじゃなかったか?」
そういえばそんな気がする。
前回の休日には着替えて下町に戻ったりしたが、今は本来の目的のことを考えても、あまり城から離れるのは良くないだろう。
とはいえ部屋に篭ってても意味はないし、少し身体も動かしたい。
はっきり言って、新人共の相手だけじゃ物足りなくなっていた。
「明日も下町でゆっくりしてくるかい?」
「いや……。おまえはどうなんだ?少し、暇作れねえ?」
「え?それは…」
「明日、ちょっとオレに付き合えよ。…恋人らしいこと、してみようぜ?」
それだけ言って、オレは窓の外へ身を翻した。
フレンが何か言っていたが、関係ない。
…明日は久々に楽しめそうだ。
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続く