続きです







静かな廊下に、二人分の足音が響く。

音は、騎士が身に着けている具足の金属音だ。

前を行く騎士のものは時折不規則に乱れ、後ろを行く騎士のものはガチャガチャと乱暴な音を立てている。
もうひとつ補足すると、前を行く騎士の肩は小刻みに震えっぱなしだ。


「……あのさあ」

後ろの騎士が口を開いた。
一見、長身の美人に見えるがその声は低い。

「なっ…、なんで、しょうか」

声を掛けられた女性騎士は、一瞬肩をびくりと震わせ、上擦った声で返事をする。

「いいかげん、笑い止まねぇか?」

「わっ、笑って、などっ…!ぷ、ふふッ!」

「………もう、いいわ…」



女性騎士の宿舎へオレを案内しているのは、よりによって、というか、当然というか、フレンの元副官であるソディアだった。

執務室を出た先で待機していたソディアは、はじめ目の前に現れた『女性騎士』がオレだと気付かなかった。
だが説明を受けている最中に気付かれてしまい、それ以降ずっと笑いを堪えているらしい。

(まあ普通の反応っちゃあそうなんだが…)

事情を知っている『味方』がいないとつらいだろう、というフレンの配慮だったが、オレはとにかく不機嫌だった。


「あんた、なんで黙ってオレの案内してんの?女しかいないんだろ、その宿舎って。オレ、何するかわかんねーぜ?」

わざとそんなことを言ってみるが、返って来た言葉は素っ気ない。

「あなたはそんなことはしないでしょう」

「ほお?随分信用されてんだな、オレ」

「私はともかく、団長はそうですね」

「……………」

「とにかく」

ソディアが足を止めて振り返る。

「団長命令ですので、精一杯のフォローはさせて頂きます。くれぐれも正体を知られないように振る舞ってください」

それだけ言うと再びソディアは歩き出した。

(ってもなあ…)

出会った瞬間に見破られた訳ではないとはいえ、現にこうして顔見知りにはバレちまった。
誰だ、絶対バレないなんて言ったのは。
だいたい、喋ったら一発だろうに、どうしろってんだ。

不安と面倒臭さで、オレは大きくため息を吐き出していた。






宿舎の一室に到着すると、中でフレンを待つよう言い残してソディアは戻って行った。
まだ何もしてないのに物凄く疲れたように感じるのは、決して気のせいじゃないだろう。

備え付けの椅子に座ると、オレは机に突っ伏した。

「あー…ったく、フレンのヤロー…」

わざわざ人を呼び出しといて、女装しろとか馬鹿だろ。
そしてこんなことしてるオレはもっと馬鹿だ。
女装なんて冗談じゃないのに、フレンに言われると何故か断りきれない。

そういや前にナム孤島で演劇をした時も、フレンが「構わない」と言ったせいでとんでもないシーンをそのままやるハメになったんだったな。
オレはあのシーン、変えてもらうか、最悪降りるつもりだったのに。

…キスシーン。

王子役のフレンのキスで目覚める姫役がオレだった。
しかもフリで済ますはずが、フレンはマジでオレにキスした。
…頬に、ではあるが。

頬でも有り得ないだろ、そんなの。身体もすげえ密着してたし、あいつは男相手でも平気なのか?
いや、女の格好してたからか?
いやいや、中身オレだしな。
今日だって着替えたオレを見て異常に嬉しそうだったし、ひょっとしてなんか変な趣味でもあんのかな、あいつ。

…もしかして、騎士の女共よりオレの身のほうが危険だったりしてな。

いやそんな、まさかな…


「ユーリ、どうしたんだ」

「おわあぁ!?…あ、うわっっ!」

「ユーリ!!」

いきなり声を掛けられたオレは、驚きのあまり椅子ごと後ろにひっくり返ってしまった。
声の主…フレンが咄嗟にオレの腕を掴んだので、なんとか倒れずには済んだが。

「おま…、いきなり話しかけんじゃねえよ!びっくりしただろうが!つか、いつ入って来た?」

「ちゃんとノックしたよ。返事がないからドアを開けたら、なんだかユーリがぼーっとしてて」

…何を考えてたかなんて、絶対言えねえ。
そんなことより。

「いい加減、離せよ」

フレンはオレの腕を掴んだまま、もう片方の腕をオレの腰に回してしっかりと抱いている。
分かりやすく言うと、オレはフレンの胸に抱き寄せられてる格好だ。
倒れそうになったとこを支えてくれたのはいいが、ここまですることないだろ。
ところがフレンはオレから離れず、むしろ腕に力を込めて言った。

「ああごめん、なんだか抱き心地がよくて」

「…はい?」

なんかとんでもないこと言わなかったか、今。
にこにこしながら尚も離れないフレンと目が合って、顔が熱くなるのが分かる。

多分オレ、顔真っ赤だ、今。

「なっ、何言ってやがんだ!離せよ!!」

「はいはい、冗談だよ。真っ赤になって、随分と可愛らしいリアクションだね」

「なんだと!!?」

身体を離したフレンがもう一つの椅子に腰掛けたので、オレも倒れた椅子を起こして座りなおす。

からかわれた事に憮然とするオレに構わず、これからについての説明をフレンが始めた。

だが、オレの頭にはフレンの説明は殆ど入ってなかった。
キスシーンの事を思い出しちまったのと、さっきのことのせいでとにかく恥ずかしくて、フレンのことをまともに見る事もできない。

どうしてあの程度のことがこんなに気になるのか、自分でもよく分からない。
逆に、フレンは全く気にしてなさそうに見える。

(そういやキスシーンの後も平然としてやがったよな…)

って、なんでまたあの時のこと考えてるんだ、オレは!!

気持ちを切り替えようとして勢いよく頭を振ったオレを、フレンが何事かといった様子で見ていた。




…なんか調子がおかしい。こんなんで大丈夫なのかと先が思いやられて、オレはいつになく弱気になっていた。






ーーーーー
続く
▼追記