続きです。







宿舎に戻ったオレは、新人共に抱き着かれたり泣き付かれたり、もう大変だった。

まだあまり詳しい事は聞かされていないらしく、とにかく何があった、大丈夫かとやかましかったが、こいつらも今から呼び出されるんだろうし、先にオレが余計な事を話す訳にはいかない。
フレンにも言われてることだしな。
心配かけて悪かった、もう大丈夫だ、と何度も繰り返してなんとか落ち着かせると、何人かは目に涙を浮かべていた。

…まあ、ここまで好かれて悪い気がする奴もいないよな。全くの予想外だ。
実際、嬉しいんだが…なあ。
もしかしたらオレ、人生最大のモテ期ってやつを逃したのかもな。

それにしても……この中に、『女』のオレをそういう目で見てる奴はもういないと思いたい。
ま、男だと思って見てたにしても、応えてはやれないんだけど。
『間違い』がないようにと、こんな格好することになった筈なんだがなあ……。

あんまり意味、ねえよな。複雑だ。





そうして部屋に戻ったはいいものの、明日をどうやって過ごしたものか、オレは悩んでいた。

特に何かない限りは休日みたいなもんだが、ここにいる以上は女のフリしてなきゃならないし、かと言って着替えて下町に行くのもどんなものか。
大袈裟な包帯はやめてもらったが、額には大きめのガーゼが貼り付けられている。こんな姿、見せられない。…余計な心配ばかりする、うるさい奴らしかいないからな。

フレンから呼ばれないとも限らない。
と、なると、やっぱりここで大人しくしてるしかないか?

ベッドに寝っ転がってそんなことを考えているうちに、ふと部屋がだいぶ薄暗くなっているのに気付く。窓の外を見ればいつの間にか陽も落ちて、空には星が瞬いていた。

…そういや、晩メシどうすっかな。
今日はもうフレンの部屋に用はないし、かと言って食堂には行きたくない。
ここで『仕事』を始めてすぐの頃のフレンの暴挙のせいで、オレは食堂から足が遠のいていた。
あの時と今では反応が違うかもしれないが、落ち着かないのは変わらないだろう。

…ちょっと気になったんだが、フレンは毎日、なんて言ってオレのぶんの食事を持って来てたんだろう。

よく考えたら、あいつはオレがいる時に一緒にメシを食ったりしてない。オレが部屋に行く前に食ってんだろうけど、その上でわざわざ食堂にもう一食取りに行ってんのか?…何て言って?自分の夜食だとでも言ってるんだろうか。
まあ…、どうでもいいっちゃいいんだが。

今日は…もう、いいか。
あまり動いてないし、それほど腹も減ってない。
とりあえず寝間着に着替えるか、と思って起き上がった時、控え目に扉がノックされた。




…誰だ、一体。
すると、もう一度ノックが繰り返される。


「……開いてるよ」

『失礼します』

「あれ、あんた…」

現れたのは、ソディアだった。
手に何やら紙袋を持っている。

「団長から、あなたにお渡しするよう言われました」

「…はあ」

袋を覗いて、オレは苦笑した。
入っていたのはジュースの瓶と林檎、そして…多分、この包みはサンドイッチだろう。
いつかの夜と同じだ。
あいつもまだ忙しいだろうに、わざわざご苦労なこった。
全く……参るよな。


「あんたからも言っといてくれよ、騎士団長が食堂で料理なんかすんなって」

「…あなたが言って聞かないものを、私が言ってどうなるというんですか」

ソディアは憮然としている。もしかしたら、もう既に言った事があるのかもしれない。

「そんな事ねえよ。あいつ、オレの言うことなんか聞かねえしな。部下に言われたほうが聞くと思うぜ?示しがつかねえからやめろ、って」

「あの方が好きでしている事です。…私が口を挟むことではありません」

「…ふうん。ま、いいけど」

「……」

「用件はこれだけか?なんか悪いな、わざわざこんな事させて」

「いえ……」

普段ならこれでさっさと帰って行くところだが、何故かソディアは俯いたまま動かない。
時折、何か言いたげにこちらをちらちらと見上げてくるが…一体、何なんだ?


「まだなんか用があんのか?」

「…ぁ………す」

「は?」

あまりに小さい声に聞き返すと、ソディアはオレを思い切り睨みつけて来た。
しかし、何が気に食わないんだか知らないが勘弁してくれ、と思うオレに向けられたその言葉は、少々意外なものだった。


「…ありがとうございます」

「はあ。…何が?」

突然の感謝の意味が分からず間抜けに聞き返すオレに、ソディアは顔を赤くして捲し立てる。

「団長を守って下さった事です!!あなた、死んでたかもしれないんですよ!?」

……意外だ。こいつから、こんなこと言われるなんて。まあ、フレンを守ったことについては感謝してるのかもしれないが、オレのことなんか関係ないんじゃないのか?

「…別に、大したことじゃねえよ。残念だったな?しぶとく生き残っちまって」

冗談めかしてわざとそんな事を言ったら、ソディアはますます顔を赤くした。
勿論、照れなんかじゃない。
怒りだ。
激しい勢いでオレに食ってかかる。

「な……!私はそんなこと、思っていない!!だからあなたは、もっと相手の事を考えろと言っている!!」

「相手って誰だよ。あんたか?」

「団長に決まっているだろう!!」

「…その事なら心配しなくていいぞ。さっきのあんたと同じこと、さんざん言われたからな」

「は…あ」

冷静な切り返しに気勢を削がれたのか、ソディアが気の抜けた返事をする。

「それに…相手のことを考えてるから、咄嗟にあんな行動に出ちまうんだと思うぜ?多分な。…ふざけて悪かった」

「………『それ』についても、です」

「それ?」

ソディアの視線は、オレの持つ紙袋に注がれている。
これが一体、どうしたんだ。
ソディアは何か言いにくそうに言葉に詰まりながら、必死でオレに説明した。

「…あなたに……好きな人に、食べて貰えるのが嬉しいから、と…。そう言われて、他に何が言えるんですか」

…………ちょっと待て。
今こいつ、なんつった。
何かとんでもないこと、言わなかったか……?

「……何…だって?好きな、人、だと?」

「…私に言わせる気ですか」

全身から、嫌な汗が噴き出す。
……あの野郎、誰彼構わず言い振らすなっつったばっかだろうが!!
しかも何でまた、よりによってこいつに………!!

怒りと羞恥で肩と拳を震わせるオレに、ソディアは呆れた様子でため息を吐いて言った。

「全く、何を今更……。とにかく、団長がそういう想いで作っている以上、やめろと言っても無駄でしょう。だから分かっていないと言うんです」

「………あ、そう……」

嫌みったらしい言い方も、耳に入らない。

フレンの奴……!!
明日、絶対殴る。
オレはそう、心に決めた。



「………私には、ほんの少しですが彼女の気持ちが分かります」


ふいに呟かれた言葉に顔を上げると、ソディアは悲しげに俯いた。

「…おまえ…」

「失礼します」


それだけ言うとソディアは扉を閉めて戻って行った。
…気持ちがわかる、か。
そうなのかもしれない。
だがオレは、あの女とソディアでは決定的に違う部分があると思う。

ソディアの行動はフレンを思ってのことだが、あの女はオレのことなんか考えてない。ただ、自分の気持ちのためだけだ。
邪魔だと思った相手に危害を加えた結果だけ見れば同じかもしれないが、根本的な部分が違うんだ。

フレンがどこまで知っているのか分からないが、あいつだってその辺りは理解してる筈だ。でなければ、いつまでもソディアを身近に置くとも思えない。

それにしても……少し、気の毒な気がしないでもないな。
もう…譲ってやれないだろうからな。





しかし……相手に食べて貰う喜び、か。
確か旅の最中にもそんな話、したことあったな。

まああの頃は、どうやってあいつに料理させないようにするか、のほうが重要だったんだが。

手にした紙袋を見つめて、暫く考える。


……明日、ちょっと頑張ってみるか?
あいつに作らせてばかりじゃ、悪いからな。




サンドイッチをぱくつきながら、自然と笑いが込み上げて来た。
色々と、言いたいこともあるしな………





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続く
▼追記