続きです








今日もまた、いつものように窓を開けて部屋に入る。
だが、いつもならすぐにオレの名を呼ぶ声が返って来るのに、今日はそれが、ない。


「…フレン?」

呼び掛けてみるが返事はない。部屋の灯りは点いていたので、てっきり中にいるもんだと思ったが。

「まだ戻ってない、か…」

オレが早く来たわけじゃない。いつもと変わらない時刻だ。
と、いう事は、フレンのほうの仕事が長引いてるか何かなんだろう。

オレはベッドに腰かけてフレンを待つことにした。
フレンといる時にここに座ると何故かかなりの確率で押し倒されるため、二人の時は窓際辺りにいることにしよう、と心に決めたばかりだったが、とりあえず今は何の心配もない。

…まあ、本当は「何故か」も何もないんだが。

フレンはオレの事を抱きたいと言った。つまりはそういうことだ。

だがオレはまだ、フレンにどうこうされる自分というのが想像できない。
…いやまあ、あんまり想像したくないというか…。

「はあ……」

ついついため息が漏れる。そのまま仰向けに倒れ込むと腕を枕代わりに後あたまで組んで、ぼんやりと天井を見つめる。

思い出すのは、昼間のフレンとの手合わせの事だった。

例えようのない快感と高揚。抑え切れない興奮。

お互いの純粋な技量だけのぶつかり合いなんて、いつぶりだろうか。
こんな気持ちにさせてくれるのはフレンだけだ。
オレにとって、確かにフレンは特別な存在なんだと再確認させられた。

…もしかしたら、身体を重ねた時も、同じような気持ちに…?

(なに考えてんだ、オレ…)

昼間の興奮がまだ冷めてないのか、身体が熱い。
オレは寝返りを打ってシーツに顔を埋めた。
微かな石鹸の香りが鼻を擽り、何故か少しばかり残念な気持ちになる。

毎日きちんと取り替えられているであろうシーツからは、フレンを感じる事ができなかった。

……匂い嗅いだりして、変態か、オレは。

こんなところでもぞもぞしてるのをフレンに見られでもしたら、何をされ……言われるか、わかったもんじゃない。
そう思って身を起こし、ベッドから降りたのと、部屋の扉が開いてフレンが姿を現したのは、ほぼ同時だった。


「ああユーリ、来てたんだね」

「………あっ…ぶねー……」

「は?」

「いや別に。遅かったな」

何気ないふりをして窓辺に移動したオレを見て、フレンが不満げに唇を尖らせる。

「…何でそんなところに突っ立ってるんだ」

「次善の策ってやつ?とりあえず、退路を確保しとかねえとな」

「……そこの椅子使っていいから、座ってくれ」

フレンはいつも座っている机の椅子を顎で指し、自らはベッドに腰を下ろした。

「……あれ…?」

「どうした?」

「いや…。ほら、これなら文句ないだろう。君も座りなよ。疲れてるだろ?」

正直なところ、ゆっくりしたいのは確かだった。オレは椅子の背もたれを前にして、フレンと向き合うように座った。

フレンが手に持っていた包みをオレに差し出す。受け取って開けてみると、中にはサンドイッチと林檎、ジュースの瓶が入っていた。

「今日は食堂に行くのが遅くなってしまって、何も残ってなかったんだ」

「…もしかして、これ…」

「僕が作った」

「……………」

オレはサンドイッチを手にしたまま、固まっていた。

フレンの料理はギャンブルだ。何がって、普通に美味いか、破壊的なマズさか、の二択しかない。
しかも、確率は圧倒的に後者が高い。

見た目は素晴らしく整っているのに、なんでこうなるんだ、という味付けが施されていて、旅をしていた時も何度かえらい目にあった。
ガキの頃からその被害に遭っていて、半ば慣れっこになっているオレですらキツいんだから、他の連中はさぞかし大変だったことだろう。
旅を終えてからはそんな機会もなかったんだが…

だいたい、騎士団長が食堂の厨房で料理するってどうなんだ。

「おまえこれ、レシピ通りに作ったか?」

「…ユーリが心配してるようなことはないと思うよ、多分」

「へ?」

「どうやら、僕の味付けの好みはみんなとちょっと違うらしいからね……」

目を伏せてため息を吐く姿がなんだか物悲しい。
…オレの知らないところで何かあったんだろうか。

とにかく、いつまでこうしていても仕方ない。
オレは意を決して、サンドイッチにかぶりついた。


「…お、美味い」

「本当か?よかった!」

「やっと自覚したんだなー、いや長かったぜ……」

「微妙に失礼だね…」

「疲れてる時に、これ以上体力消耗したくねえだろ」

「ほんとに失礼だな!嫌なら食べるな!!」

「はは、怒んなって。んで?これを作ってて遅くなったのか?」

まさか、と言ってフレンが肩をすくめる。

「昼間のアレのせいで、どこに行ってもあれこれ聞かれて大変だったんだ。仕事ははかどらないし、陛下にはお叱りを受けるし、さんざんだったよ。…誰かさんのおかげでね」

「何言ってんだ、オレだけのせいじゃねえだろ。元はと言えばおまえが…」

「わかってるよ。ちょっと言ってみただけだ。…心配してくれてたんだろ?ありがとう」


騎士団長が女にうつつを抜かして腑抜けてるなんて噂、面白くなかった。

オレはずっとここにいるわけじゃないし、「別人」なわけだから、何を言われようが関係ない。
「ユーリ・ローウェル」としての何かが失われるわけじゃないんだ。
…プライドはだいぶ失った気がするが。

だがフレンは違う。
オレが城を去った後も、そのことをネタにされる可能性は高い。現に陰口叩く奴も出て来たぐらいだ。

いくらフレンが構わないと言ったって、そんなのいいはずがない。
不名誉な評判を、ろくでもない奴らに利用されることだってあるかもしれない。

城にはまだ、『敵』がいる。

だからオレは、あえてソディアに頼んで、『噂を広めてくれそうな連中』に声を掛けてもらった。
城で働く使用人の女や、ヒマしてそうな下っ端。それと、割と古株で役職付きのやつ。
そいつらの前で格好良いとこ見せてやりゃあ、後は放っといても全ての層の人間に話が伝わるだろうと思ったんだ。

ついでにオレが面倒見てる新人共にも声を掛け、フレンの実力を再認識させる。

そうすりゃ、いずれ仕える事になる相手に対して畏敬の念も新たになると考えた。
果たして怖いぐらいに思惑通りに事は進み、フレンは信頼を取り戻せたって訳だ。
単純な奴らばかりで助かったぜ。


「別に礼を言われる事なんか何もないぜ。久々にいい運動になって、楽しかったしな」

「でも、もうこれきりにしてくれよ。稽古の相手なら、この仕事が終わった後でいくらでも付き合う。だからその…あまり、目立つようなことは…」

何故か歯切れの悪いフレンを奇妙に感じた。
目立つな、って、今更だ。そもそも、フレンの態度のせいでオレは注目されるようになってしまったというのに。

「なんだよ、何か問題でもあんのか」

「…君、新人達に、本当は男だ、ってバレてないよね?」

「大丈夫だと思うが…何で」

「いや…、実はあの後、彼女達から嘆願書をもらったんだ」

「嘆願書?何の」

「…君を、臨時の教官じゃなくて正式に騎士団で採用した後、自分達を小隊として編成し、隊長として君に指揮を執ってもらいたい、という内容だった」

突拍子もない話に、飲んでいたジュースを吹き出しかけた。

「…………何だ、そりゃ」

「とりあえず保留にしてあるけど」

「断れよ!!出来るわけねえだろうが!!」

「まあ…そのつもりだけどね。でも、君は自分で思うよりも彼女達に慕われてるよ。だから…」

「わかってるよ、男だってバレたらあいつらの信頼を裏切るってんだろ?」

「それもあるけど、僕はこれ以上ライバルを増やしたくないんだ」

「…はい?」

フレンが拗ねたような目でオレを見る。

「だから!君にそのつもりがなくても、彼女達から熱烈に迫られたりしたら、その、」

フレンは真っ赤になって俯いてしまった。
…迫られたら?オレが?何を言ってんだ、こいつは。

「いやそれ、おかしいだろ。一応オレ、女ってことになってんだし。迫るもなにも、女同士じゃねえか。んなことあるわけねえって」

「そんなのわからないじゃないか!僕らだって男同士なんだし」

「『ら』ってなんだよ……。んな特殊な性癖のやつ、そうそういねえって」

「特殊って言うな!!」

「心配しなくても、あいつらに手ぇ出したりしねえよ。そんなつもりも、余裕もないしな。とにかく、隊長だなんだの話は却下しといてくれよ」

「…わかってる」

「で、だ。そろそろ本題に入ろうぜ」


騎士団内部から不正入団に手を貸した男の話を、オレはまだ詳しく聞いていない。

しかもそいつは今日、オレ達の手合わせの場に現れて、例の女と接触した。



…どんな話が出て来るのか。もうそろそろ、ただ様子を見るのにも飽きてきていた。




ーーーーーー
続く
▼追記