続きです






「よし、んじゃ型のおさらいは終わりだ。二人ひと組になって、打ち込みの練習はじめ!」


練兵場に、元気のいい返事が響き渡る。

オレが女新人騎士の指導を引き受けてから、一週間が経っていた。

ガラじゃねえし面倒だが、指導は真面目にやってるぞ。一応、ギルドとして正式に受けた依頼だからな。
それに、新人とは言ってもド素人はまずいない。
そんなのは入団試験で弾かれる。
ある程度の腕はあるから、オレがやってんのはとりあえずは基礎のおさらいだ。

来週あたりから、実戦を想定した訓練もやっていこうか、と思ってる。
実際の戦闘では、敵は自分の予想通りには動いちゃくれない。オレだってさんざん苦労した。
まあその辺りの経験を生かして、型にはまらない柔軟な対処法とか、そういうものを教えてやれりゃいいか、って感じだ。
…フレンには、「新人に妙な癖はつけるな」と釘を刺されたが。

フレンと言えば、仕事の合間にちょくちょくこっちの様子を覗きに来るんだが、その度にやたらオレにベタベタしやがるからたまったもんじゃない。

つい先日も、休憩中だったオレが水を飲んでるところにやって来て、口から零れた水を手でご丁寧に拭ってくれるというキザなマネをしやがった。

「ほら、零してる。仕方ないな、君は」

なんて言いながら、新人共の目の前で、オレの腰を抱いて、顔を必要以上に寄せて、だ。

オレは本気で焦ってフレンを突き飛ばしたが、奴は相変わらず余裕の笑顔で去って行った。

いつもいつも、あいつが帰った後にオレがどれだけ苦労してるかわかってんのか、と声を大にして言いたい。
さすがにオレをからかってくるような奴はいないが、その代わりめちゃくちゃ微妙な空気になる。

呆れとか嫉妬とか、色々と混ざった雰囲気だ。
フレンに対する失望も軽く入ってる気がする。…あいつはそれでいいのか?

しつこい縁談の相手を諦めさせるために、わざとそういう振る舞いをしてるんだろうが、それで向こうが諦めてくれたってフレンの評判とか人望にも傷がつきそうで、なんだかオレは嫌だった。


「…あの、教官、よろしいですか」

やば。ぼんやりしてて、訓練を放ったらかしにしてた。新人の一人に声を掛けられてオレは頭を掻いた。
…しかし、『教官』ってのはいつまでたっても慣れないな…。

「あ、ああ、悪い。何だ?」

「あの、私、組んでくれる人がいなくて…」

またか。

オレは目の前の女を見下ろした。
こいつは新人の中でも一際おとなしく、目立たない。
その上、剣の腕ははっきり言って素人だった。
新人とはいえ、ド素人はまずいない、と言ったが、こいつはその例外の一人だ。
悪い奴じゃないんだが、何故入団試験をパスできたのか不思議でならない。
…まあ、なんかコネがあるんだろうけどな。

とはいえ、こいつ自身は真面目に訓練に参加している。
ただ、あまりに実力が劣るせいで、こうして時々置いてきぼりを食って、オレが相手をしてやる事が多い。

「仕方ないな…。ほら、打ち込んでこいよ」

「は、はい!いきます!!」

訓練用の木刀を大きく振りかぶって向かって来るのを左手一本であしらいながら、オレはこいつの挙動を観察する。

はじめの頃に比べればだいぶマシになったが、構えといい、体捌きといい、まだまだ覚束ない。
しかも体力もいまいちで、もう息が上がって来てる。無駄な動きが多いせいもあるが、これじゃ相手するほうも訓練にならなくて嫌がるのも無理はない。

「ほら、脇がガラ空きだぞ!」

「え、きゃああ!!」

木刀を振り上げて突進してきたその背後に周り込みながら脇腹を柄で突き、体勢を崩したところに足払いをかけると、面白いぐらいに彼女は派手に吹っ飛んで、顔面から地面へスライディングした。
全く…。

「大丈夫か?」

「うう、すみません…」

「受け身ぐらい取れるようになんないと話にならねえぞ。この前教えたろ?」

彼女はオレが差し出した手に掴まって立ち上がると、申し訳なさそうに項垂れた。

「どうする?まだ続けるか?」

「はい!お願いします!!」

声を掛けるとしっかり顔を上げて、再び木刀を構える。
やる気はあるんだよな。
だからつい構っちまうんだが…。

どうしたもんか、と考えながら、オレは打ち込みの相手を続けていた。






「……っつー奴がいるんだが。ありゃ何だ?」

一日の報告のためにフレンの元を訪れたオレは、ベッドの上で胡座をかいて寛いでいる。

ここはフレンの私室だ。

例の食堂での一件のせいで、オレは何処に行っても注目の的になっちまった。
フレンの本来の目的の為にいいように使われてるワケだ。
本当なら、毎日の訓練の報告を執務室までしに行かなきゃならないんだが、とにかく城の中をうろちょろしたくなかった。

だからオレは訓練が終了したらソッコーで宿舎の自室に戻って着替え、夜になったら窓から抜け出して、通い慣れた抜け道からフレンの部屋の、これまた窓から侵入するということをやっている。
騎士の格好してないし、正面から入るわけにいかないからな。
オレがいつもの服に着替えてるのがフレンは不満みたいだったが、要は見つからなけりゃいいだけだろ。

そうして報告なんかをしつつ、フレンが用意してくれた夜食を食べるのがオレの日課になっていた。


「ユーリ…ベッドの上でものを食べるなって、何回言わせるんだ」

「他に座れるとこがないんだから仕方ないだろ」

「僕の向かいに座ったらいいじゃないか」

「おまえが仕事してる目の前でメシ食うほど、無神経じゃねえよ」

「シーツにカレーをこぼして汚すのはいいのか」

「うるせえな!そんなことより質問に答えろ」

ペンを走らす手を止め、フレンがオレのほうに向き直る。

「ずいぶんと彼女を気にかけてるんだね」

「あいつ自身は真面目だからな。なんか昔のエステルみたいで放っとけねえんだよ」

「ふうん…」

フレンが疑わしげな眼差しでオレを見ている。
あれか、『何かあったら問題になる』っていうやつか。

「言っとくが他意はねえぞ。なんであいつが入団試験にパス出来たのかわからねえ。不審に思ってるやつらもいるし、どう扱ったらいいのかオレも困ってんだよ」

するとフレンは渋い顔で、ため息混じりに話し始めた。

「彼女は入団試験を受けていない」

「……なに?」

「彼女は貴族で、実家はそれなりの名家だ。彼女を騎士団に入れるために、色々と不正が行われたみたいだね」

「そこまで分かってて、なんで放置してんだよ」

「決定的な証拠がない」

こういうところ、相変わらずだな…こいつ。

「彼女の父親は評議会にも影響力が強くて、下手に動けない。だから証拠を手に入れるまで、彼女を泳がしてるんだ」

「くだらねえ。未だにそんなんかよ…。でも証拠固めとあいつを泳がしとくのと、なんか関係あんのかよ。あいつ、訓練は真面目にやってるぜ。騎士としてやっていきたい、って気持ちは本物に見えるけどな」

オレは本当にそう思っていた。
試験を受けてないってことは、本人も親の不正には気付いてるのかも知れないが…。だからこそ、なのか?

「彼女の気持ちは関係ない。それに、もしその気持ちが本物なら、むしろ自ら退団して正式に試験を受け直して、堂々と騎士を目指すべきじゃないのか」

「まあ…そりゃそうだが」

フレンの言ってることは正しいんだが、なんかいつも以上に厳しいものの言い方がオレは気になった。
とは言っても、反論の余地は全くない。

「とりあえず、あいつには今まで通りに接してやっときゃいいか?」

フレンに考えがあってやってることなら、オレが口出しすることじゃない。
だったら下手に態度を変えて警戒されるより、変わらずに相手してやったほうがいいだろう、と思ったんだが…
返って来たフレンの答えは意外なものだった。

「彼女を特に気にかける必要はない」

やけに冷たく言われて、オレは少しばかり面食らった。

「いや、別に気にかけてるとかじゃねえけど」

「かけてるじゃないか。エステリーゼ様に似てて、放っとけないんだろ」

「まあ…なあ…」

答えに詰まったオレを見て、フレンは明らかに不機嫌になった。
立ち上がってオレの正面に来ると、無言で見下ろしてくる。

「…なんだよ」

「今日の君は彼女の話ばかりだな。不正を働くような奴の娘のことが、そんなに気になるのか?」

「不正云々は今初めて聞いたことだからな。だからって急に態度変えたら逆に怪しまれんじゃないか、ってだけだよ」

「あれだけ人数がいるのに、わざわざ彼女だけ特別扱いするな、って言ってるんだ」

「……なに?」

意味がよく分からなかった。
オレがいつ、あいつだけ特別扱いしたってんだ。

「毎日、個人指導してあげてるんだろう?君がそんなにこの仕事に熱心になるなんて、意外だよ」

「それは、あいつが」

相手がいなくて困ってるから、と言おうとしたその時、フレンの両手がオレの肩を掴んで、そのままベッドに押し倒した。



「あ!?何しやがる!!」

「君なら大丈夫だと思ってたのに、なんでよりによって彼女なんだ」

「意味わかんねえよ!!」

「…仕事の内容、忘れてないよね」

息がかかるほど近くに顔を寄せて、どこか冷たい声で聞くフレンの目が据わっている。

何でこんなに怒られなきゃならねえんだ。
こっちはフレンの無茶苦茶な依頼を受けてやってるってのに。

「忘れてねえよ!だからおまえにきっちり報告してんだろうが!!わざわざ女装なんてバカなことしてまで協力してやってんだろ!これ以上どうしろってんだ!!」

「それだけじゃないだろ」

「何を…」

「君は今、僕の『恋人』のはずだよね」

「さっきの話と何の関係があるんだよ!?」




フレンの行動の意味が全くわからないオレは、自由にならない身体を呪いながら、とにかく喚くしかなかった。









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続く
▼追記