続きです。
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帰りの電車の中で、僕達は一言も口をきかなかった。

時折ユーリがこちらを窺うようにしているのには気付いていたが、今、彼女と目を合わせてしまったら、僕は自分を抑える自信が全くなかった。

自宅に着いてそのまま別れようとした僕を、ユーリはどうしても、と言って引き留め、自室へと案内した。

僕は彼氏なんかじゃないんだろう?
そんな男を部屋に入れるなんて、どうかしている。
そうとしか思えなかった。


ユーリの部屋は、子供の頃に遊びに来ていた時とあまり変わっていないように感じた。

あまり物のない、女性にしてはシンプルで飾り気のない部屋。
だがその片隅に乱雑に放り投げてある洋服が、やはり僕に違和感を与えた。
今日のユーリが着ているような、可愛らしい服ばかりだ。出掛ける前にあれこれ悩んだのだろうか。

好きでもない、男のために。

促されるままに座ると、ユーリも僕の目の前に座って、ぽつぽつと話し始めた。





あんなに仲が良いように見えたユーリの両親が、もう随分前から冷えきっていたこと。

僕達が中学生になった頃から父親は家に寄り付かなくなり、母親も外泊ばかりでほとんど帰らない。
どちらかと言えば父親寄りだったユーリは、いつしか付き合う男性に父性を求めるようになっていたこと。

…付き合いが続かないのも無理はない。



ショッピングモールで出会った男性はユーリの勤め先の上司で、今は同じプロジェクトチームの責任者であること。
目下の人間や経験の浅い人間を軽んじることなく接し、度量の大きな彼に、いつの間にか惹かれていったこと…。



「…初めてだったんだ。自分から、誰かを好きだと思ったのって」

だから相談するとか考えなかった、と彼女は続けた。

今までユーリは恋愛に受動的で、どうすればいいかわからないから僕に相談していた。
でも今回は自分の気持ちがはっきりしている。
僕は、彼女に近付く男を知る機会まで失ってしまったのか。


「馬鹿みたいだろ?初めて好きになった相手が妻子持ちとかさ。あの人、デスクに家族の写真まで飾ってるんだぜ」

何も言わない僕に、ユーリはただ淡々と話し続ける。

「それでも…諦められなかった。迷惑になるだけだって…、嫌われるかもしれないって思っても、我慢できなかったんだ」

僕は彼女と目を合わせない。


「だから、好きだって言った」


聞きたくない


「春の、花見のとき。…うちの会社、みんなで花見するんだ。あの人、桜が好きで、デスクの写真も桜が写っててさ…」


聞きたくない


「あの人、酒が入るとセクハラ魔人なんだ。…おまえは肌が白くて綺麗だなー、とか言われて…そんなこと言われたの初めてで、嬉しくて、我慢…できなくて…」


聞きたくないって言ってるだろう


「…当然…振られたけど…でも全然…駄目でさ。あの人の好み、聞いて回ったり…もう、どうしようもないよな」

今日の姿を見せたかったのは、あの男なのか?

「自分じゃわからないから…フレンなら大丈夫だと思って。…ごめん」


急に自分の名前が出て来て、僕はゆっくりとユーリに目を向けた。
僅かにユーリの表情が強張る。
何を怯えているんだろうか。

「大丈夫って、何の事なんだ」

「え?」

「僕なら大丈夫っていうのは何なのか、って聞いてるんだ」

「え、その…似合ってるとか自分じゃわかんないけど、フレンが言うなら大丈夫だとおも」

「僕にどう思われようが関係ないだろう?その服とか、みんなあいつの好みなんじゃないか」

「それ、は…」

ショッピングモールでユーリが僕を『否定』した後、彼の妻らしき人がスーパーのほうから現れた。
彼は無言でユーリの頭をぽんと叩くと、その女性の元へ戻って行った。

淡い桜色のワンピース姿の、優しそうな女性だった。

「…どういうつもりで、僕を誘ったんだ。今日、あいつがあの場所に来るって知ってたのか?」

「違う!あれはホントに偶然で」

「じゃあ何故なんだ。僕はあいつの代わりか?あいつが好きそうなものばかり見てたんだろう!?」

「…!!」

ユーリの身体が小さく震えた。
立ち上がった僕を見上げて、僅かに後ずさる。

「さっきから、何をそんなに怯えてるんだ。何で逃げるの?」

「……ぁ…」

さらに後ずさるユーリの姿に急激に頭に血が昇るのを感じた瞬間、僕は彼女の腕を掴んで無理矢理立ち上がらせると、ベッドにその身体を放り投げていた。

小さく悲鳴を上げたユーリの身体に馬乗りになって押さえつけると、震える唇が目に映る。
その桜色すらあの男のためだと思ったら、もう何も考えられなかった。

「や、…!!」

僅かに開いた唇を自分のそれで塞ぎ、舌を差し込む。押し返すように蠢くユーリの舌をさらに絡めとり、桜色を拭き取るかのように何度も角度を変えて激しく唇を合わせた。

ずっと好きだった。
触れたくて仕方なかった。

このまま、いつか彼女が他の男のものになるなんて耐えられない。
最後の理性は弾け飛んで、ひとかけらも残っていなかった。







「ぁ、い、嫌ああああぁぁ!!」


ユーリの悲鳴が耳に突き刺さる。
ブラウスを捲り上げ、下着を無理矢理ずらすと、白くて形の良い乳房が露になった。
引き寄せられるように口づけて強く吸い、白い肌に幾つもの朱い徴を刻み付ける。


「嫌だッ!!嫌、やだあぁッッ!!」


髪を振り乱して泣き叫ぶユーリの唇をキスで塞いで黙らせ、乳房を乱暴に掴んで捻り上げたら、細い肩が大きく震えた。

塞いだ唇の端から漏れる苦しげな吐息と、喉を上下させる度に嫌悪で歪む表情が、このやり切れない熱を一層激しくさせる。
離した唇を再び乳房に寄せて先端を軽く噛んだら、頭上で悲鳴が上がった。


「も、や…ぁ、ごめっ…!あやまる、から…!!」


謝る?どうしてユーリが謝るんだ?
酷い事をしているのは僕なのに。

そう思う心とは裏腹に、どす黒い欲望はますます膨れ上がる。
はだけて剥き出しになっているしなやかな脚の付け根に手を伸ばし、その柔らかな中心に触れた時、押さえ付けている体を弾き飛ばさんばかりにユーリの腰が跳ねた。


「ひ、ィ……ッ!」


下着の上から撫で上げると、涙に濡れる瞳をより一層開いて身を捩る。
かちかちと渇いた音が響く。ユーリの顎が小刻みに震えていた。


「もっ…!これッ、い、じょ…は……」


途切れ途切れに訴えられる言葉を、正しく理解できない。


これ以上。

僕は、これ以上どうしたい?

そんなの、決まってる。


下着を引きずり下ろして直接触れたその場所はとても熱く、柔らかい。
閉じられた入口に指を当てて力を入れたら、飲み込まれた内側の熱さは触れた時の比ではなかった。

ユーリが何か言っているのをどこか遠くに聴きながら、自分の下半身をさらけ出して宛てがう。

ユーリの絶叫が響き渡った。






激しく突き上げながら、ユーリの瞼に、頬に、首筋に、何度も何度も口づけを落とす。
嫌だと繰り返していた唇は半ば開かれたまま、今はせわしなく呼吸をするだけになっていた。

涙で潤んだ瞳は紫水晶のように輝いているが、焦点は定まらない。
零れ落ちそうな涙を舌で掬い上げたら、ゆっくりと動かされた視線と視線が重なった。


「…ぅ…ア、やっ…ふれんッ…!」


苦痛に歪む唇に呼ばれてより深く捩込むと、反らされた白い喉が曝け出されて、思わずその場所に噛み付いた。
突き動かされる衝動が激しさを増していく。

止める事などできなかった。


「あぁッ!あ、やだ、だめッッ、いやぁ――――!!!」


ユーリの身体を強く掻き抱き、その最も奥深くに欲望の飛沫を注ぎ込む。

熱が解放されて急激に冷えていく感情に恐ろしくなって、柔らかい身体に回した腕に一層力を込めながら、僕は何度も同じ言葉を繰り返していた。











あの日から、僕達の関係は少しだけ変化した。


ユーリは僕の気持ちを受け入れてくれたが、僕は彼女に触れる事が出来なかった。
罪悪感に苛まれてどうしようもなくなっていた時、ユーリが新たな命を宿していると知った。


大学を辞めて働くと言う僕にユーリは猛烈に反対したが、最終的には折れて、僕達は今、二人で暮らしている。




「なあ、ほんとに辞めてよかったのか?休学でもよかったんじゃ…」

「君だって、休職じゃなくて退職するんだろう?僕が頑張らなくてどうするの?」

「フレン、もう…」

「勘違いしないでくれよ?確かに義務とか責任は感じるけど、僕は君を愛してる。…順番は、いろいろと間違えたかもしれないけど…」

ユーリの身体を抱き寄せて、はっきりと想いを告げる。

「必ず、幸せにするから」

「…うん…」


ふと、僕の胸に顔を埋めたユーリが、小さく呟いた。

「あの人のところみたいな、幸せな家庭にしたいな……」



手に入れたいと願ってやまなかった存在を抱き締めているのに、何故こんなにも心が騒ぐのだろう。

僕が手に入れたかったものと、ユーリが手に入れたかったものは、同じになれたのだろうか。


…それとも、いつか同じになるのだろうか。




今はただ、目の前の存在を大切に守り、愛し続けると誓った。





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終わり
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