フレユリ結婚式記念です!
通りの向こうから、歓声が聞こえてくる。
今日はどこの誰と誰なんだろう。
そんなことをぼんやりと考えながら、空を見上げてみる。
結界のなくなった空は生憎の曇天模様だ。
ひと雨、来るかもしれない。
「…こんな日ぐらい、晴れてやりゃあいいのによ」
小さく呟いて、ユーリは窓枠から身体を降ろした。
ぬるい風を頬に受けながら、窓を閉めようかと考えていたユーリだったが、聞き覚えのある足音に身を乗り出して外の様子を覗く。
視界の端に一瞬だけ金色が映って、ユーリは身体を引っ込める。
それ程の間を置かずにドアがノックされた。
「開いてるぜ」
「お邪魔します」
フレンが律儀に挨拶をして入って来る。
毎回、挨拶なんて気にするなと言っているのに、『もう習慣だから』と言って微笑むので、最近ではユーリも何も言わなくなっていた。
気を使われているのでないなら、構わなかった。
フレンは鎧姿のままだ。
たまの休日にユーリの部屋に来る際は、さすがに軽装に着替えている。
今日が休日だとは聞いていないし、だとすれば何の用事なのか。
「どうしたんだ、フレン」
「どう、って……何が?」
「いや何がって、おまえ仕事中なんじゃねえのか。今日、休みだったか?」
「午後から休みを取ったんだ。着替えてる時間がなかったから、このまま出て来たんだけど」
「…何か急ぎの用件か?」
僅かに緊張の色を滲ませたユーリに、フレンは首を振って柔らかい笑みを浮かべた。
「そんな大した事じゃない。……ああいや、大した事だよな、本人達には」
「………?なんだ?」
フレンは窓の外に視線を投げて、目を細めた。
「知り合いの結婚式に行って来たんだ」
その騎士は貴族の出身だった。
大した家柄ではなかったが、しかしそれゆえなのだろうか、両親の、貴族であるということに対する拘りは相当だったらしい。
彼には想い合う女性がいた。
下町出身のその女性との付き合いは当然の如く両親の反対に遭い、結果として彼は家を捨てる道を選んだのだという。
「…そりゃまた随分と思い切ったもんだな、その男も」
「ああ。彼には度々、相談を受けていたんだ。彼は最初から家よりも好きな人を選ぶつもりみたいだったけど、僕としては出来るなら、ちゃんとご両親にも理解してもらって欲しかった」
「そいつの親に何か言ったのか?」
「まさか。僕が口を出す事じゃない。最後までしっかり話をしたほうがいい、と言っただけだよ。…後悔しないためにも」
「そっか。…でも結局、そいつの親にはわかってもらえなかったんだな…」
「…そうだね。彼は騎士を辞めて、下町でその女性と暮らすそうだ。下町の事情なんかについても色々と相談を受けたよ」
「何でそいつ、騎士を辞めてまで下町に来ることにしたんだ?」
フレンが少しだけ目を伏せる。
「相手の女性は、両親を亡くしているんだ。…以前、帝都でエアルが暴走した時に」
「………」
その事件にはユーリ達も深く関わっていた。
暴走したエアルによって異常発達した植物に覆われた下町は壊滅的な被害を受けた。少なからず、犠牲者も出たのだった。
「その時、彼女と知り合ったそうだよ」
「…そうか」
「だから彼は、彼女と、彼女の生まれ育った場所を守ることを選ぶ、と言っていた。とても嬉しそうだったよ。…君がそんなに悲しそうな顔をする理由なんかない」
「悲しそうな顔してるか?気のせいだろ」
その時、ふいに窓から流れ込む風の薫りが変わった気がして、ユーリは窓の外を振り返った。
小さな雨粒が数滴落ちた、と思ったら、あっという間に激しさを増した雨で景色が霞む。
慌ただしい足音や人々の声が、通りから聞こえた。
「ああ…降って来たね。大丈夫かな、彼ら…」
「もしかして、通り向こうで結婚式してたの、今の話の奴らか?」
「そうだよ。…あれ?何で知ってるんだ?」
「知ってるってか、声が聞こえてきたんだよ。ああまたどっかで結婚式か、と思ってさ」
「また?」
「なんか最近、多いぜ。ほぼ毎週、どっかでやってんな。…雨期の今頃なんて、今日みたいにいつ降って来るかわかんねえだろうに」
今まで、この時期に式を挙げる者が多かったという記憶は特にない。
もっとも、下町では式など挙げられない場合も少なくなかったが。
「ああ…もしかして、あの話のせいかな…」
「何だ?」
「最近、若い女性の間で流行っているお伽話があるんだ。その話によると、ある世界では僕らの世界のこの季節にあたる月を司る女神が…」
ユーリが顔を顰めて話を遮る。
「それ、長くなる?」
「仕方ないな…。まあその女神が結婚の神様だから、この時期に結婚した花嫁は幸せになれる、って話なんだけど」
「ふうん…」
興味なさそうにユーリが相槌を打つ。
所詮作り話だ。そんなものに縋ってどうしようというのか、理解できなかった。
「いいんじゃないかな、作り話でも」
いつの間にか隣に立ったフレンが、ユーリと同じように窓の外を眺めながら言った。
何も言っていないのに、まるで考えを読んだかのようなその言葉にユーリは苦笑した。
「きっかけなんて何でもいいんだ。それで少しでも幸せな気持ちが得られるなら、良いことだと思うよ」
「なるほどね。おまえも大概可愛らしいこと言うじゃねえか。そういうの、気にしたりすんのか?……自分の時に」
視線を移したフレンが、真っすぐにユーリの瞳を捉えて言う。
「僕には一生関係ない話だ」
「……なんで、だよ」
「結婚という意味でなら、僕は一生そのつもりはない」
「…………」
静かな部屋の中に、雨音だけが響く。
「法が変わったとしても…きっとその人は、そういう生き方を望まない」
視線を外さないまま、フレンがユーリに問い返す。
「君は?」
「え…」
「君はどうなんだ。『自分の時』のことなんか、考えたりするのか」
少し責めるような色の含まれた言葉に、ユーリは『やれやれ』といったふうに肩を竦めた。
「オレも多分、一生結婚できねえと思うぜ。…悪い奴に、引っ掛かっちまったからな」
にやにやしながら答えたユーリに、フレンは唇を尖らせて不満げだ。
「悪い奴って、誰のことかな」
「オレの目の前にいる奴だよ」
「失礼だな」
「そうか?ほんとのことだろ」
悪戯っぽい笑みのままに話すユーリに、フレンは小さなため息を零す。
「なら誠意の証に、指輪でも贈ろうか?」
「いらねえよ。剣握るのに邪魔だ」
「だったら……邪魔にならないものを贈るよ」
「何を……」
フレンの両手がユーリの左手を包み、軽く引き寄せた。
そのまま持ち上げられた左手の薬指に、フレンの唇が触れた。
「僕は一生、君と共に在ることを誓う。……死が二人を、分かつまで」
手を握られたまま呆然としていたユーリの顔に、ゆるゆると赤みが増してゆく。
俯いているユーリを更に引き寄せて、フレンはその顔を覗き込む。
長い髪に隠されてしまった表情がどのようなものか想像できて、小さく笑った。
「次は君の番だよ」
「っ……!」
「君の言葉で構わないから」
やがて観念したように顔を上げたユーリが、一つ息を吐いてフレンを見据え、はっきりと応えた。
「誓ってやるよ……死ぬまでおまえと共に在る、ってな」
握られたままの左手を自分の身体に寄せて、重ねられたフレンの左手をそっと離す。
瞳を閉じて、その薬指に口付けた。
少しだけ弱まった雨の向こう、相変わらず霞む空に小さく光が覗いた。
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終わり