※かすみ視点


とくん、とくん、とくん、
小さな鼓動が聴こえる。
大切な大切な新しい命が生まれてくるのを、沢山の人が待ち遠しく思っているの。



「あ、今ぽこんってお腹蹴ったよ!」

「うわ、マジだ…」

「予定日がここ2、3日だから、早く出たいって思ってるんじゃないかしら」

「違うわね。きっとあかねと乱馬くんがうるさいから静かにしろって怒ってるのよ」

「もぉなびきおねーちゃん!」

「そんなにうるさくしたつもりはねーぞっ」



真っ白な病院のベッドで少し身体を起こしたまま、いつもの和やかな風景に私は目を細めた。
大きくなったお腹を撫で、なびきとあかね、乱馬くんがこうして側にいてくれることはこんなにも心強く思えてくる。
お父さんはおどおどして落ち着かないから逆にこっちが心配してしまうけれど。私達姉妹3人が生まれてくる時も、毎回あんな感じだったのかなと思うとなんだか可笑しい。



「…なんか、かすみおねーちゃん…本当に"お母さん"になるんだね」

「確かに。今までもおねーちゃんは家の母親みたいだったけど」

「ふふ、まだまだ私達のおかあさんには適わないわよ。…でも、うん、そうね。おかあさんみたいなお母さんになれたらいいわね」


「へー、じゃあ天道家のかーちゃんってかすみさんにそっくりなのか?」



乱馬くんの問いにあかねは数少ない思い出を探っていたけれど、私となびきは顔を見合わせた。
私達のおかあさんは、いつも笑顔でいて優しくて、ちょっと不器用で気が強い所もあるけど何事にも一生懸命で、怒る時には怒って、泣きたい時に泣かせてくれて、厳しい一面もあったけれど、沢山の愛をくれた。
姉妹みんながおかあさんの性格を引き継いでいるとは思うけど、一番似ているのはきっと……。



「あかね、よ」

「あー…そうよね、あかねだわ」

「え、え?あたし?」

「見た目は親子だから似るのは当然だけど、結構性格も似てるんじゃない?」

「きっと、あかねちゃんがお嫁に行く時はお父さん大泣きね」

「そ、そう、かなぁ」


「?でもあかねは結婚してもずっと家にいることになるんじゃねーの?」


「えっ、」
「まあ…」
「へえ?」


「え……あ゛!?いや、そのっ、別に深い意味はなくてだなあ!」



顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を振る乱馬くんと、同じように真っ赤になって『わかってるわよ!』と意地を張るあかね。微笑ましい2人を眺めるのはとても楽しくて、嬉しい。
おかあさんもこの光景をどこかで見守っていてくれたらいいなと思う。
私はずっと、おかあさんの代わりに家族を守らなきゃと責任感に囚われていたけれど、あかねもなびきもしっかり者だから逆に助けてもらうことも多かった。家族って助け合いながら絆を深めていくものなのね。



「乱馬くんとあかねちゃんが祝言を挙げるの、お父さんだけじゃなくておばさま達みんなが楽しみにしているわよ?」

「そーよそーよ、早くプロポーズしなさいよね乱馬くん。あかねだって待ちくたびれちゃうっつの」

「なっ、なんでそんな話になるんだよっ」

「あああああたしは別に待ちくたびれてなんか…!」

「え」

「な、何よっ!」

「…あーあ、まったくバカップルは見てらんないわ」

「ふふ、ホントね」



でも、早く2人が形だけの許婚ではなくなることをみんなが望んでいるのは確か。あかねは意地っ張りだけど優しくて一生懸命な子だから、乱馬くんにはあの子を幸せにして欲しい。
もちろんなびきも、仕事ばかりじゃなく自分を大切にして、それを分かってくれる素敵な人と一緒になって欲しい。
私は結婚して、子供が出来て、こうしてみんながいてくれて、今とても幸せだから、お腹の中にいるこの子もきっと幸せな人生を歩めるんじゃないかと思うわ。



「ねぇ乱馬くん、あかねをよろしくね」

「えっ!?あ、えーと……はい」

「ちょ、ちょっと乱馬っ」

「あら、じゃあ近いうちに祝言挙げる準備しないといけないわね…予算とか決めないと」

「なびきおねーちゃんまで何言ってるのよ!」



大切な妹のためですもの、少しでも後押し出来るなら力になるわ。きっとお腹の子も私と一緒に応援してくれてる。
早く会いたい、みんなあなたを待ってるのよ。
そっとお腹を撫でると、またぽこんと蹴られる。その元気な証がとても嬉しい。



「あのね、私、なびきとあかねのお姉さんで良かったわ」

「…急にどーしたのよ、おねーちゃん」

「あ、あたしも!かすみおねーちゃんがおねーちゃんで良かったよ!」



おかあさんがいなくなってもあまり泣くことがなかったのは、なびきとあかねという妹の存在があったから。
お互いにコンプレックスもあった、ケンカをすることだってあった。それでもやっぱり姉妹だから、大切に思うことに変わりはなくて。
自分を受け入れてくれる人がいるだけで強くなれる気がするの。



「ありがとうね。なびき、あかね。乱馬くんも」



お腹の子が産まれたら、きっともっとみんなの笑顔が増える。…そう考えると、赤ちゃんはとてもすごい魔法を持っているみたい。
この大好きな家族の笑顔が、出産の不安も拭い去ってくれるから、頑張ろうって思える。
おかあさんも、私達を産む時はこんな気持ちだったのかしら?



「じゃああたし、飲み物でも買ってくるね。おねーちゃん達飲みたいものある?」

「私はお茶でいいわ」

「あたしレモンティー」

「オレは…まーいいや、自分で選ぶ。どっかの不器用女には持ちきれないだろーし」

「飲み物4人分くらい1人で持てるわよ!」

「どーだか」



病室を出て言い争いながらもあかねを気遣う乱馬くんは、初めてうちに来たときに比べると随分大人になった気がする。もちろんあかねも昔見た写真に写っていたおかあさんに似て大人びてきた。
なびきは私のお腹を触ると、不思議そうに首を傾げてから私を見て可笑しそうに笑う。



「この中に赤ちゃんがいるなんて、人間ってすごいわよね」

「そうね。なびきもおかあさんのお腹の中にいたのよ」

「あたし小さかったから覚えてないけど、おかあさんがあかねを産む時って今のおねーちゃんみたいな感じだったんだろうなって思ったわ」

「…自分じゃよくわからないけど…でもね、今とても幸せよ」

「うん、そんな風に見える」



ゆったりと流れる時間。
他愛ない話をして、お腹の子が産まれてからの未来を想像して、生まれてくる日が待ち遠しいねって笑う。
私はこれから先もずっと、大切な家族と共にありたい。
おかあさんみたいなお母さんになれますように。



「なんかさ、きょーだいっていいな」

「でしょ?乱馬は一人っ子だものね。おねーちゃん達とはケンカすることもあるけど…やっぱり家族だから、大切なことには変わりないのよ」

「あかねと結婚したら義姉が2人…あ、義兄の東風先生もいるから3人もきょーだい増えるのか」

「…あんたそれわざと言ってる?」

「子供は絶対1人以上だな、うん」

「かっ勝手に話進めないでよー!」



─可愛い姪っ子と甥っ子が見れる日も、そう遠くはないはずだから。





end
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