あたしは変人?
いいえ、常識人だわ。
あたしは淡泊?
そうね、厄介事には極力関わりたくない。
あたしは狂っているのかしら。
それは誰にも分からない。




「おいなびき。てめーまたオレとあかねの写真売ってやがったな」

「そう?気のせいじゃないの」

「んなワケあるかっ!昼休み、中庭で何か集まってただろ。いつまでもオレの目を誤魔化せると思ったら大間違いだぜ」

「あ、あかね」

「え゛っ!?」




乱馬くんが後ろを振り返った隙にあたしは踵を返してその場から立ち去る。
ほんと、つめが甘いんだから。
ぱたぱた廊下を走り、教室へ向かう為に角を曲がる、曲が、ま、曲がろうとしたけど遠回りしようかしらね、うん。はた迷惑だわ、昼休みに人気のない廊下で告白だなんて、せっかくの近道を使うことが出来ないじゃない。一体誰よ告白しただのされただのやってる奴は。
気付かれないように、そぉっと様子を窺ってみる。
女の子の顔は見えないけど…告白してる相手ってあれだわ、あれよね、なんで九能ちゃん?
人は見かけによらないものねぇ。感心感心。
もの好きもいるってことか。




「す、すまん。気持ちは嬉しいが僕には既に愛する乙女がいるんだ」




堂々とフタマタかけてるくせによく言うわ。
乱馬くんとあかねならともかく、九能ちゃんの色恋沙汰に興味なんてない。遠回りして教室に戻ろうかしらね。
そう思って一歩踏み出した時、信じられない言葉が聞こえてきた。



「─それってやっぱり、天道なびき先輩ですか?」

「……え」




ぴたり、と、足が止まる。
ちょっと待て。どうして九能ちゃんがあたしを好いてることになるの?ただの商売人と顧客の関係なのに。
こんなことなら乱馬くんをからかう前にさっさと教室に帰れば良かった。気付けばあたしは、何故か九能ちゃんと女の子の間に割って入ってしまっていて。




「なんっ、て、天道なびき!?何故ここにっ─」

「あのね、言っておくけど九能ちゃんがあたしを好きだなんてあり得ないから。逆にあたしがコイツを好きってゆーのも絶対あり得ないから。安心しなさいお嬢ちゃん」

「は……」




言うだけ言って、ポカンとする女の子があっけに取られたまま、こくんと頷いたのを確認したあたしは、そのまま堂々と教室に向かう。
全く疲れるわー、嫌になる。自分が関わって利益のないものに興味なんかないっての。普通に話してるだけなのに、どうして年頃の女子ってすぐ恋愛方面に結び付けたがるのかしら。
さっさと教室戻って家に帰って、部屋の片付けでもするか。
頭の中を整理しながら、気持ちの整理もして、あたしはひとつ深呼吸した。さっきから違和感のある想いを紛らわせる為に。




「好き、だなんて。ある訳ないじゃない」




自分でさえ"恋"がどんなものなのかよくわかっていないのに、そんな想いを理解することなんて無理だ。
綺麗に掃除された教室の黒板に、白のチョークで大きく【馬鹿】と書く。いつだったか九能ちゃんとこの字の誤字について口論になったなーとしみじみ思った。こんなのあたしらしくない、そう思うのに文字を消すはずの手は黒板消しを持ったまま動かない。




「天道なび…」




聞こえた声にハッとして教室の入り口を見ると、息を切らした九能ちゃんがあたしを見ていた。
黒板の字を、慌てて消す。




「じゃーね九能ちゃん、あたし帰るから。あの子と仲良くしなさいよ」

「天道なびき。今消した文字、間違っているぞ」

「は…?」

「馬鹿とはこう書くっ!」

「なんで鹿がやまいだれなのよ、馬鹿はまだれよ、まだれっ!」




部首くらい覚えておきなさいよね、あれから進歩してないってどーゆーこと!
不覚にも九能ちゃんのペースに乗せられていることに気付き、平静を装いながら鞄を持つ。どーせ女好きの九能ちゃんだから、今日はさっきの後輩の子と帰るんでしょうね。
……だから?
自問自答しながら、また頭の中が、心が、ごちゃごちゃになっていく。




「…お前なんか大嫌いだ」

「……そう」




ボソッと呟かれた言葉は、昔と同じ。だけどあたしは昔のように返せない。
ただ、受け止めるだけ。
だから九能ちゃんが嫌いなのよ。人の気持ちに気付こうともしないで、ずけずけ物を言って無意識に傷付ける。それはあたしも同じかもしれないけど、九能ちゃんみたいにいい加減じゃない。




「ぼくは、まだ誰かと正式に付き合うつもりはない」

「はいはい、おさげの女とあかねのどちらかをモノにするんでしょ」

「貴様の方は、そういう話を一切聞かないが」

「あたしが求める人が身近にいるとでも?」

「どういう奴が好みなのか聞いたことがないからわからんな」




だってそもそも教えるつもりがないもの。
あたしの理想は、お金持ちで、容姿端麗で、あたしのワガママを聞いてくれて、計算高くない少しバカな人。とにかく贅沢できること前提ね。そんな人、身近になんているわけがない。
いるわけ…が、ない。いたとしても目の前の男は嫌だ。




「九能ちゃん、あの子のことフッたんだ」

「おい、話がかみ合ってないぞ」

「あーあ、 せっかく人が後押ししてあげたのに」

「余計なお世話だっ!…貴様が、あんな顔をしていたのが悪い」

「え?」

「あれを見て放っておける程、ぼくは心無い人間ではないからな」




九能ちゃんはあたしの頭に軽くチョップする。そんなにさっきのあたしは情けない表情をしてたのかしら。
しかめ面のまま額を押さえて九能ちゃんを見上げると、初めて見えた、優しげな瞳。
こんな顔もするんだ、コイツ。




「…優しい九能ちゃんって気持ち悪いわね」

「相変わらずよくそんな風に悪態つく言葉が出てくるな」

「仕方ないでしょ、本当のことだもの」

「フン、ぼくはただ張り合いのない天道なびきと話をするのはつまらないと思っただけだ」

「あっそ」




それでも、九能ちゃんがあたしを気にかけてくれたことは初めてで、なんだか新鮮だ。
昔より1%くらいは、好きになれたかもしれないわね。





end.
10万打企画/たかみさまへ!