アイとかコイとかスキだとか、興味なんて無かったのに。
「真宮さんっ」
「あ、おはよー翼くん」
真宮桜が誰かと話しているのを見ると、心がもやもやする。
楽しそうなのはいいことだ。いいことだ、けど……なんだか清々しいとは言い難い。隣の席に座る真宮桜との距離は近いのに遠い。まるで心の距離をそのまま表したかのようだ。
十文字の奴、さっさと自分の席に戻ればいいのに。
「ねぇ、六道くんは知ってた？」
「え？」
「お前、話聞いてろよ…」
「わ、悪い。なんだ？」
「百葉箱の噂だよ。なんかね、"百葉箱に相談すると恋が実る"んだって」
「はあ？」
「真宮さんに聞いた話じゃ、お前のデマで妖怪ポ○トを作ったんだろ。噂が一人歩きして、今じゃ結構依頼が来てるみたいだし、結果オーライってとこか？」
そういえば、最近の依頼の手紙には霊とは関係ないものも混ざっていることがある。…まあ、お供え物は有り難く頂いているが。
恋の相談なんて、むしろオレが相談に乗ってもらいたいくらいだ。
「しかし…なんでまた、そんな噂が？」
「ミホちゃんが言うには、『怪奇現象がなくなるとカップルが出来てたりますます仲良くなってる』って」
「まあ、確かに美術室の時はそうだったな」
「うーん…レイジ先輩の時も当てはまるよね…この間は井本さんと朝妻くんだし」
「え、井本って付き合ってたのか!?」
「うん。結構最近だよ？ね、六道くん」
「ああ」
あの時も、その時も大変だったな。
思い出せばすぐ近くに他人の恋愛があった気がする。自分がそういうことにあまりにも無頓着だったから、今まで気に留めなかったけれど。
「あ、あのさあ真宮さん…。念のため確認するけど、今は彼氏とかいないんだよね？」
「え…うん、今のところは」
「っしゃあ！」
「??翼くん？」
思わず机の下で、オレも小さくガッツポーズ。
よく分からない、表現し難い気持ち、今まで気付かなかった、気付けなかった想い。高校生になって、知らなかった世界が広がった。
きっとオレの密かな気持ちは、十文字に気付かれているんだろう。奴の気持ちを、クラス全員が知っているように。
「六道くんは…？」
「、えっ」
「彼女とか、いるの？」
「真宮さん、六道は鳳と付き合うんじゃないのかな」
「…そうなの？」
「ち、ちがっ「そうに決まってる！」
「翼くん、私は六道くんに聞いてるんだよ？」
「うっ…」
やんわり、だけど心なしか厳しい口調で、真宮桜は十文字を諌める。澄んだ声と視線が真っ直ぐオレに向けられた。
逃げ場はないし、逃げる気もない。
開き直るのはきっと簡単だ。だけど開き直れないのは、真宮桜との今の距離を壊すのが怖いからだ。
「…彼女は、いない」
「そっか」
「前に言ったろう」
「『そういうことに興味はない』って？」
「……」
「分かってるよ」
「…い、言った、が、」
「？」
「今は…"今"を大切にしていたいんだ」
真宮桜と席が隣同士な今。
昼休み、作ってもらった弁当を真宮桜と食べる今。
クラブ棟で他愛ない話を真宮桜とする今。
貧乏な日々だけど真宮桜と仕事をする今。
いつだって真宮桜との"今"を。
「…なに言ってんだ六道！言っとくがこれからも抜け駆けは許さんからな!!」
「またそれか…」
「あはは、翼くんはいつも元気だなぁ」
これから先、いつかこの微妙な距離感が嫌になるかもしれない。
だけどそれまでは。
─アイとかコイとかスキだとか、興味なんて無かった。今でもよく分からない。
だから、これから分かっていきたい。
近くて遠く、すれ違い、触れて、巡り着くその時までこのままで。
end.
