廊下を歩いていると、後ろから肩を叩かれる。振り向くとそこには魔狭人との因縁で巻き込んでしまった事件にて知り合った2年生の轟レイジがいた。




『おい六道、ちょっといい?』

『何の用だ?』

『先輩に対して敬語くらい使えよ…、まあいいや。実はさ、明後日映画に行こうと思ってたんだけど、おれもスズも行けなくなっちまって。チケットが勿体ないから、良ければ貰ってくれねぇか?』

『え…、しかし』

『いーんだよ。なんか知らん間に助けてもらったし。礼だと思って』




レイジはオレにチケットを2枚握らせ、ひらひら手を振って去っていった。
明後日だなんて言われても…、それに映画に対して強く興味があるわけじゃない。だがタダでくれたものを無駄にしてしまうのも悪い気がする。
どうしたものか…。
と思っていたのはもう何時間も前。




「六道くん、用ってなぁに?」

「…そ、その…」




レイジにチケットを貰って、あっという間に放課後。そして真宮桜をクラブ棟に呼んだまでは良かった。
なかなか言い出せず、小一時間は経っただろうか。




「依頼があったとかじゃないの?」

「あ、ああ…。実は、だな」


「も〜!りんね様ってばどれだけ時間かければ気が済むんですか!」

「え。あっ!?」




痺れを切らした六文はオレの手からチケットを奪って真宮桜に向かって飛び付いた。
しまったと思っても既に時遅し。




「映画のチケット…?」

「りんね様が轟レイジから貰ったそうですよ。魔狭人の件でのお礼だそうです」

「へー…」

「明後日、桜さまはお暇ですか?」

「うん。特に予定は無いけど…」

「なら、どうぞお2人で行ってきて下さい!」

「おい六文!」

「たまにはいいじゃないですか。最近依頼も少ないし」




それはそうかもしれんが、いくらなんでもストレート過ぎるだろう!
代わりに言ってくれたことは有り難かったが、真宮桜の都合もある。それに、もしかしたらオレと映画なんて嫌かもしれないし…、いや、もちろん嫌われてはいないと願いたいが。
おそるおそる、顔を上げると、真宮桜はチケットをじいっと見つめていた。




「ま、真宮桜…?」

「………六道くんがいいなら、一緒に行ってもいい?」

「え」

「この映画ねー、リカちゃんとミホちゃんはもう観てきたらしいから気になってたんだぁ」

「あ…ああ、別に、構わない」

「ありがと。楽しみにしてるね!」




にやにやとした笑みを浮かべて小突く六文に、オレは無言でチョップをかまし、咳払いをひとつした。
なんだか意識すればするほど顔が熱くなっていく。
いつからか、真宮桜といるだけで心が温かくなって、楽しいと感じるようになった。初めて逢った時から不思議な奴だと思っていたが、ここ最近は真宮桜のポーカーフェイスにこちらがたじろいでしまうくらいだ。
動揺しているとは気付かれたくない。必死に平静を装ってはいるが、そんな気持ちを果たして上手く隠せているのか、不安で仕方ない。




「…あ…、」

「何?」

「なん、でもない」

「?」




いつもありがとう、なんて気恥ずかしくて言えないけれど。
この程度では全然足りないと思うが、普段世話になっている分、少しくらいは礼がしたい。
そう思うのは普通だろう?…深い意味なんてないんだ。
気のせい、気のせいだと何度も言い聞かせて、オレは六文と楽しそうに話をしている真宮桜を見た。その横顔に胸を締め付けられる。




「桜さまっ」

「六文ちゃんはいつも元気だねー」

「はい!ぼく、りんね様のサポート役として早く一人前の立派な黒猫になれるよう毎日修行してるんですよ!」

「へー、毎日ってすごーい」

「とーぜんですっ!」

「偉いね、六文ちゃん」

「えへへ…、桜さまにそう言っていただけると嬉しいです」

「そーだ。最近暑くなってきたから、今度フルーツゼリーとか持ってくるね。うちのママ、お菓子作りが好きで、よく作り過ぎちゃうから」




六文を抱いたまま、真宮桜がこちらを向いて話し掛けてくる。
取り乱してはいかん、落ち着け、オレ。いつも通りいつも通り………、フルーツゼリー、って言ったか?
思考が一時停止し、目を丸くする。




「やったぁ!りんね様、ゼリーですって!デザートですよ!」

「それは豪勢だな…!」

「ふふ、ママと一緒に頑張るね」

「わーいっ」

「いつもすまん」

「ううん。いつも喜んでもらえるから、私も嬉しいよ」




真宮桜の言葉が、ゆっくり心に染みていく。
デザートで占領されてた頭の中に、笑顔が焼き付く。目眩がする。気が付けば隣にいて、笑いかけてくれている。
オレは真宮桜に、何もしてやれないのに。




「………真宮、桜」

「はい?」

「これ、やる」

「せっかく作った造花…、私が貰っちゃっていいの?」

「ああ。オレにはそれくらいしかやれないからな」

「別に気にしなくていいのに。…でも、これキレイだね。嬉しい。ありがとう」

「…うん」




造花のバラを嬉しそうに受け取ってくれたことが、なんだか照れくさい。
柄でもないことしたからだ、きっと。




「おはよー、六道くん。ね、見てみて!昨日貰った造花、付けてみたの」

「え…」


「わー、桜ちゃんのコサージュ可愛いね!」
「いいなぁ〜っ!どこで買ったのぉ?」




翌日、教室で挨拶をしてきた真宮桜の鞄には、オレがあげた造花のバラがコサージュになって付けられていた。
リカとミホが騒ぐ中に巻き込まれないように、オレはコソコソ廊下に避難する。まさかあんな風に付けてきてくれるとは思わなかった。
映画に行くのも、あいつらにバレたら面倒なことになりそうだ。




「えーっ!?2人で映画ぁ?」

「ちょっと桜ちゃん、何があったのよー!?」


「へ?そんなに騒ぐことじゃ…」



「………1校時はサボるか…」




教室から聞こえた声に身の危険を感じたオレは、踵を返して校内の見回りに行くことにした。



「まったく、りんね様ってば相変わらずヘタレで困っちゃいますね」



六文の呟きは、もちろんオレの耳に届かない。






end