ふ、と目が覚めた。
ベッドからゆっくり身体を起こす。未だ部屋の中は暗い。頭もボーっとするなぁ…。今、何時だろう?
手を伸ばして、目覚まし時計を見る。時計の針は2時を指していた。窓の外はもちろん真っ暗。こんな時間に目が覚めるなんて滅多にない。眠気はすっかり消えていて、私は少し起きた方が良さそうだと判断して立ち上がる。
覚束ない足取りでようやく階段を降りて居間に行くと、誰もいない。テレビも変な通販番組ばっかり。とりあえず、牛乳でも温めて飲みたいな。
冷蔵庫から牛乳パックを出して、マグカップに注ぐ。




「桜さま」

「ひえっ!?」

「あっ、六文です桜さまっ!こんばんは!」

「ろ、六文…ちゃん?びっくりしたー」

「えへへ、すみません。りんね様と一緒に霊を追い掛けていたら見失ってしまって…、たまたま桜さまの家の前を通りかかったら、急に明かりのついた部屋があったので気になっちゃって」




六文ちゃんはとてとて歩いて私を見上げる。
小さな夜のお客さんだ。
まだ眠くはなかったから、戸棚からもう1つ小さなマグカップを取り出す。




「そっか。六文ちゃんも温めたミルク、飲む?」

「わあっ!いただきます!」

「しーっ。お母さん達が起きてきちゃうかもしれないから」

「わかりましたっ」

「そういえば、六道くんはまだお仕事中?」

「いえ、霊を見失ったので夜が明けてからにすると仰ってました。あ、」

「どうしたの?」

「さ…桜さまの家の様子を見てくると言って、りんね様のこと、門の前で待たせてしまってたんです」

「……なら、六道くんも呼んで来たら?まだ外寒いし、少し暖まっていくといいよ」

「ほんとですか!?ありがとうございますっ!ぼく早速りんね様のこと呼んで来まーす!」




マグカップ、もう1つ追加。
あ、そういえば私、パジャマのまま。カーディガンくらいは羽織っておこうかな。急いで部屋に戻って服を着て、ちょっとだけ鏡を見て髪を梳く。流石にボサボサの髪じゃ恥ずかしいもんね。
足音を立てないように、また階段を降りて台所に向かうと六文ちゃんと一緒に黄泉の羽織を着た六道くんがいた。
ん?そっか。黄泉の羽織を着てるから壁はすり抜けられるのか。霊と同じ体質になれるお宝グッズってすごいなぁ。




「こんばんは、六道くん」

「ああ。その、すまん。六文が」

「ううん。たまたま私も目が覚めちゃって、まだ眠れそうにはないから平気。六道くんこそ、明日も学校なのに寝なくて大丈夫なの?」

「慣れてるからな」

「ふーん…」




ピーッ、電子レンジが牛乳を温め終わったことを知らせる。私はマグカップを3つ、机の上に置いて、ソファーに腰掛けた。隣に六文ちゃん、その隣に六道くんが座る。
テレビの画面は真っ暗。でも六文ちゃんはなんだか楽しそうだった。




「いただきまーすっ」

「熱いから気をつけてね、六文ちゃん」

「はいっ」

「?六文ちゃん?」

「だってりんね様、桜さまと一緒にいると嬉しそ…んむぐっ」

「………六文」

「どうしたの六道くん」

「い、いや、なんでもない」




六道くんは六文ちゃんの口を手で塞いで、何かぼそぼそと2人で話していた。
どうしたんだろう?ホットミルクを飲みながらそんな様子を眺めていると、まるで学校にいる時みたい。でも、ちょっと違う。
何が違うのかな。
こんな時間だからかな。




「ま、真宮桜」

「ん?」

「この時間帯…いつも起きているのか?」

「いつもは寝てるよ。でも、今夜は目が覚めちゃったんだ。どうしてかなぁ…」

「変な霊がいるとかは…」

「それはない。いたらすぐ六道くんに報告するし」

「!………そう、だよな」


「…りんね様、背景にお花飛んでます」

「き、気のせいだろ」

「顔赤いですよ?」

「気のせいだっっ」




六道くんはぐいっとホットミルクを飲み干して、マグカップを置いた。急にどうしたんだろ。私何か変なこと言ったかな。
ちらっと六道くんを見ると目が合った。あ、ほんとだ。顔赤い。




「六道くん、熱あるなら早く休んだ方が…」

「違いますよ桜さま、りんね様は照れてらっひゃうんれす…っていんへはまー!!!」

「余計なことは言わんでいいっ!」




六文ちゃんは六道くんにぎゅーっと引っ張られた両頬を押さえて少し涙目。六道くんは耳が真っ赤。
私は頭に?マークが浮かぶ。
でも、楽しいな。夜だからかな。ここが学校じゃないからかな。…まあいいや。考えても答えが出ないんじゃ仕方ない。




「2人とも、おかわりいる?」

「あ…」

「いりまーす!」

「六文っ、真宮桜だって迷惑だろ。真夜中だっていうのに」

「いいよ、もう一杯くらいなら。今温めてくるね」

「あ、桜さま。ぼくはまだ残ってるのでりんね様にお願いします」

「え?うん」


「(なんでわざわざ頼んだんだ六文っ)」
「(だってぼく猫舌だから少し冷ましてゆっくり飲もうと思ってたのに、りんね様がさっさと飲んじゃって、早くしろっていう視線が痛いんですよー!桜さまとお話すればいいのに)」
「(なっ…)」




私は台所で、六道くんの飲んであたマグカップに牛乳を注ぐ。その時ふと、蜂蜜の入ったビンが目に付いた。
確かはちみつミルクって、安眠効果があったような…。
ビンを開けようと力を入れる。でも、フタが堅くて開かない。ここで諦めるのもなんか悔しい。




「は〜開かない…やっぱり無理か…」

「どうかしたか、真宮桜」

「六道くん」

「…もしかしてそのビン、開けたいのか?」

「うん…」

「貸してみろ」

「あ、開かないよ?だって精一杯力入れても開かなかっ…」

「ほら、」

「わ、開いたの!?やっぱり男の子は力強いねー。ありがとう」

「いや…。そ、そうだ、牛乳を温めていたんじゃなかったのか?」

「うん、そうなんだけど…。はちみつミルク、作ろうかと思って。簡単だし、飲んだらぐっすり眠れそうだなって」

「成程な。何にせよ、早く寝た方がいいぞ」

「どういうこと?」

「丑三つ時は何かと霊が騒ぐ。お前は霊感を持っているから、奴らがつけ込みにくる可能性だってある。真宮桜は大丈夫だと思うが用心するに越したことはない」

「う、うん。わかった」




そこでピーッという二度目の電子音が鳴った。
私はスプーンで蜂蜜をひとさじ掬って、マグカップの中に入れてかき混ぜる。甘い香りが鼻をくすぐって、まるでミルクの中へ蜂蜜と一緒に優しい気持ちが溶けていくみたい。




「はい、六道くんに」

「え…」

「寝不足も疲れの元だよ。六道くんも早く寝なきゃ」

「…ああ」




ソファーのある居間からは、六文ちゃんが眠ってしまったのか、『りんね様ー、ぼくキレイに造花が作れましたよー』なんて聞こえてくる。
六道くんは呆れたような顔をしていたけど、さっきより優しい顔をしてた。
立ったまま、なんて行儀悪いかもしれないけど、六道くんと2人で幸せそうな六文ちゃんを眺めながら飲んだはちみつミルクはとても甘い。スプーン一杯しか入れてないのにおかしいな。




「ね、六道くん。帰ったら眠れそう?」

「おかげさまでな。真宮桜こそ、どうなんだ」

「私は……私も、眠れそう」

「なら、良かったな」

「六道くんと六文ちゃんが来てくれたからだよ、きっと」

「は?」

「きっと、そうだよ」




ぽかぽか温かい心と身体。今布団に入ったらすぐ眠れそう。
学校に行くために、朝がきたら起きなくちゃいけないけど、また学校で六道くん達に会えると思ったら嬉しかったの。今日は六道くんのお弁当も作っていこうかな。




「りんね様ぁ…、桜さまとの結婚式の司会はぼくがやりますからねー…」


「ばっ…やらんでいい!」

「六道くん、寝言なんだからそんなにムキにならなくても…」






end!
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