これと、それと、そーだあれも持って行こう。
あれこれ考えるうちにぱんぱんになってしまった鞄を持って、私は六道くんのいるクラブ棟の階段を上がる。
すると突然、ドアの開く音がした。




「りんね様のっ、ばかー!!」



「わ、六文ちゃん!?」

「さくら、さま…、っ」

「え、六文ちゃんどこ行くのっ!?」




六文ちゃんは私の顔見て、またすぐどこかへ行ってしまった。
一体何が…?
状況がつかめないまま、私は六道くんの住んでいる部屋の戸をノックする。ガチャ、とドアを開けた六道くんはちょっと疲れた顔をしてた。




「……あの」

「…何しに来た」

「おすそ分け、持ってきたんだけど……。その、六文ちゃんとケンカでもした?」

「あー…」

「私で良ければ、話聞くよ?」

「…まあ、入れば」

「あ、うん」




相変わらず寒い部屋。
また風邪ひいたら大変だなぁ。でも部屋の中に私がクリスマスにあげた六文ちゃんのブランケットが置いてあることと、六道くんが首に巻いているマフラーを見て嬉しくなった。
とりあえず荷物を置いて畳の上に座ると、隣りに座った六道くんは重く溜め息を吐いた。




「……六文が」

「うん」

「気を遣ってくれてるのはわかるんだが…」

「?」

「何でもかんでも言ってくるのが、少し鬱陶しくなった」

「…そっ、か」




六文ちゃんはよく気の付くいい子だなって思う。六道くんの役に立とうと一生懸命で、そんな姿勢が羨ましかったりする。
魂子さんからお目付役を任されているのか、六文ちゃんの働きの良さは目に見えてわかる。でも、まだ見た目は子供。きっと心も。そのせいか、六道くんに追い付きたくて必死なんじゃないかな。
私から見てて、2人が年の離れた兄弟みたいに見えることもあるし。




「六文ちゃんは、六道くんが大好きなんだよ」

「…あいつが好きなのはお前もだろ」

「そうかな?そうだったら‥嬉しいなぁ」

「え」

「ん?あれ、家族愛的な意味でしょ?」

「…ああ」




慕ってくれる六文ちゃんといると、弟が出来たみたいで嬉しい。
六道くんとは…家族とはちょっと違う感じ。よく分からないけど。友達になれただけで、実際すごいことだと思うんだよね。
不思議だなぁ。
ついこの間まで、足手まといみたいな言い方されてたのに、今は何も言わず、私がここにいることを許してくれてる。




「ねぇ六道くん、六文ちゃんてミカン好きかな?」

「何でも食うだろ」

「そっか。はい、じゃあこれは六道くんに」

「…どーも」

「ミカン食べたらさ、一緒に六文ちゃんを迎えに行こう?ねっ」




六道くんは手に持ったミカンを見つめたまま、こくんと頷いた。
ミカンは思っていたよりとても甘くて、これでコタツがあったら最高だな、と思う。でも、なんかこういうのもいいな。
少し空腹感から解放されて元気が出たのか、六道くんはぐっと伸びをした。




「さて、…行くか」

「六文ちゃんがどこに行ったか、心当たりあるの?」

「多少はな」

「どこ?」

「寒さを凌げて、かつ食いもんが手に入る所」

「ふーん…?どこだろ……」

「保健室」

「あ…そっか!サトウ先生、よく六文ちゃんに食べ物あげてるし、保健室なら暖かいもんね。さすが六道くん!」

「大したことないだろ、それくらい」




そんなことないよ。
六文ちゃんが頑張ってること、六道くんはちゃんと認めてあげてる。たまに意見が合わなくても、それだってきっと一緒にやっていくには必要なことじゃないかな。
六道くんが六文ちゃんに対して罪悪感があるなら、六文ちゃんだって六道くんに対して同じ気持ちを抱いてるはず。男の子っていいよね、そうやって絆を深めていくんだ。
女の子同士じゃなかなか出来ないことだから、なんだか羨ましい。
校内には警備員さんと、数人の先生しかいなかった。年末だから当たり前か。保健室の前に来ると、サトウ先生の声と猫の鳴き声が聞こえてきた。すごい六道くん、本当に当たった。




「失礼します」

「し、失礼しまーす…。こんにちは、サトウ先生」


「あら真宮さん。それにあなたは‥真宮さんと同じ4組の六道りんね君ね。どうしたの、こんな時期に」

「あ、あの‥その、黒猫を探してて……」

「黒猫?ってこの子かしら」

「あ、六文ちゃん!」




みー、
一鳴きして、六文ちゃんはサトウ先生の後ろに隠れた。…六道くんのこと、まだ怒ってるのかな?




「六文ちゃん…」


「ホラホラ、何隠れてるの。お迎えが来たわよ。はい真宮さん」

「あ、すみません」

「いいのよ。私も仕事納めで休憩していた所だから。楽しかったわ」

「ありがとうございます、サトウ先生」




六文ちゃんは私の手の上で俯いたままじっとしていた。六道くんの方は見ずに、身体を丸める。
保健室を出て廊下を歩くと、足音がこだまする。私が何か言っても意味ない気がするから、隣を歩く六道くんをそっと見上げた。
六道くんは溜め息を一つして、六文ちゃんの首根っこを掴む。




「ちょっと、六道くん!?」


「…六文」

「……」

「さっきは言い過ぎた。…すまん」

「……」

「六道くん…」




正直、びっくりした。六道くんが誰かに素直に謝るところ、初めて見た気がする。
でも、優しい彼らしい。"まっすぐ"だもんね、六道くんは。だまし神のお父さんと戦った時だって一生懸命だったし。同じ高校1年生なのに、一人暮らしで貧乏で、大変でも頑張る六道くんはすごく偉いよ。
六文ちゃんは床にすたっと下りると、人型に変化して私と六道くんを見上げた。




「…ぼくも、おせっかいが過ぎたかもしれません……。ごめんなさい、りんね様」

「ああ」


「良かった。これで仲直りだね、2人とも!」

「桜さまぁ〜…」

「どうしたの?」

「ぼく、ぼくっ、りんね様に解雇されるのかと思いましたぁ〜!!」

「ええ?」

「何故そうなる」




私はぐしぐしと泣きじゃくる六文ちゃんを抱き上げて、ぽんぽんと背中を叩いた。
六道くんは呆れたような顔をして六文ちゃんのほっぺたをつまんだりしてたけど、もういつも通りの2人だ。なんだかすごくホッとした。
クラブ棟に着く頃、六文ちゃんは泣き疲れたのかすやすやと寝息を立てている。解雇されると思ってよっぽど怖かったのかな?




「悪いな真宮桜。重くないか?」

「ヘーキだよ。それに六文ちゃん温かいから」

「全く、見栄ばっかり張るからな。六文は」

「あはは、六道くんに追い付きたいんだよ」

「…何だそれ」

「役に立てるよう、一生懸命なんだって。六道くんが一生懸命死神のお仕事を頑張ってるのを見てるから、六文ちゃんも影響されてるんじゃないかな」




ガチャリ、と、六道くんが部屋のドアを開けてくれた。
お礼を言って中に入ったはいいけど、どうしようかな…私。六文ちゃんは眠ったまま私の服をギュッと掴んで離さない。腕を少しずらして見た時計の針はまだ昼を過ぎたばかり。




「時間、大丈夫なのか」

「大丈夫。六文ちゃんが起きるまでいるよ」

「…すまん、助かる…」

「………」

「…なんだよ」

「あ、うん、えーっと…何でもない……」




六道くんが本当に安心したような顔をするから、思わず言葉に詰まっちゃった。
そっと肩にかけてくれたブランケットはとても暖かくて、部屋の温度が少し上がったんじゃないかと錯覚させる。まだ吐く息はとても白いのに。




「風邪、ひくなよ」

「ありがと…。あ、六道くん」

「?」

「私が持ってきた鞄の中、色々入ってるから使って」

「色々って…」




使い捨てカイロやミカンにリンゴ、それからビタミン剤とか。あれこれ考えて入れているうちに鞄がぱんぱんになっちゃったけど、家で使わなかったり、沢山あったりするものだから是非とも使って貰えたらいいなと思ったんだ。
文化祭の時に貰ってたカップラーメンだけじゃ栄養も偏っちゃいそうだしね。
驚いたような、感動したような、そんな表情で六道くんは私を見る。
喜んでもらえたみたいで嬉しいな。そう笑顔で言うと、六道くんはぱっと顔を逸らして鞄の中身一つ一つを確認していく。




「……さ…くらしゃま…」

「六文ちゃん?」

「ん〜…」

「…寝言……」




六文ちゃんの夢に、私が出てるのかな?私はくすっと笑って、また六文ちゃんの背中をぽん、ぽん、と優しく叩く。なんだかお母さんにでもなった気分だな。
…じゃあ、お父さんは六道くん?
そこまで考えて、心臓が一際大きく脈打ったのが分かった。んん?何だろ、何今の?え?あれれ?




「…真宮桜、」

「え?」

「顔赤いぞ?まさか熱…」

「だ、大丈夫だよ!大丈夫っ!」

「……なら、無理はするなよ」

「うん」




あー‥驚いた。
何だったんだろ、今の?ちらりと六道くんを見上げると、なんだか胸がきゅっと締め付けられるような気がする。
その気持ちがなんだか切なくて、六文ちゃんを抱きかかえ直してそっと目を閉じた。
部屋の中は北風で窓がガタガタ揺れて、六道くんが動いている気配を感じて、自分の鼓動が聞こえて、ゆっくり意識が遠のいていくのが分かった。
眠っちゃダメって分かっているけど、襲いくる睡魔には、逆らえなかった。




「…真宮桜?もしかして寝た、のか……?」

「……ん…、ろくどーく…」

「はー……無防備にも程があるだろう…」




誰かの大きな手が、優しく私の頭を撫でてくれた夢を見た。
はっとして顔を上げると、六道くんの背中がすぐ近くにある。まだぼーっとする頭で、こてんと彼の背に寄りかかった。




「ま、真宮桜?」

「……」

「……ったく」




…やっぱり六道くんは優しいや。ぽかぽかする温もりに、私はまた目を閉じた。






end