クリスマスソングが流れる街には恋人達が溢れ、どうにも居心地が悪い。
俺だって、来年の今頃は真宮さんと…!なんて思っても、未だに進展はない。むしろ真宮さんと六道の仲が以前にも増して深まっているようで、焦りさえ感じる。
「おい十文字、ちゃんと宣伝しろよ」
「分かってる。俺に指図するな六道っ」
学校も冬休みに入った。
俺は真宮さんから六道がバイトしていることを聞き、負けてたまるかと目に入ったケーキ屋のバイト募集チラシにすぐさま食いついた。それがまさか六道のバイト先だったとは思いもせずに。
店長は機嫌よく、俺にトナカイの衣装を渡し、六道にはサンタの衣装を渡す。
……別にサンタが2人でもいいんじゃないのか、店長。
「あ、ホントに翼くんもバイト始めたんだー」
「ま、真宮さん!?」
「…何しに来た、真宮桜」
「お母さんにケーキ買って来るように頼まれたんだ。予約してたんだけど、1箱貰える?」
「わかった。ちょっと待ってろ」
六道は真宮さんから予約券を受け取って店に入っていき、俺と真宮さんが残される。これはチャンスじゃないか!?
思い切って話し掛けようとした時、手に持っていたチラシが落ちる。
「あ゛…しまっ、」
「うわ、大丈夫?翼くん」
拾うの手伝うよ、と真宮さんは言って道端に落ちたチラシを拾ってくれた。
俺もチラシを拾ううちに、2人の手がぶつかって……、なんてうまくはいかないものだ。すんでのところでかわされてしまった。
「はい」
「あ…ありがとう、真宮さん。助かったよ」
「うん。そーいえば翼くんはトナカイの格好なんだね、六道くんがサンタだから?」
「これは店長が勝手に決めたんだ、俺の意志じゃない」
「ふーん…?でも、似合ってると思うよ」
「えっ」
こんな格好、笑われるんじゃないかと不安だったのに。真宮さんの目は嘘をついてる風じゃない。なんだかとても嬉しくなった。トナカイも悪くない、と思えた。
真宮さんの一言が凄く嬉しくて、俺だけが特別みたいな錯覚を引き起こす。
「真宮桜」
「あ、六道くん」
「1500円だ」
「はーい」
六道は真宮さんからお金を貰い、また店の中に戻っていく。寒いからか、金額に緊張してか、その手はぶるぶると震えていた。…まあ、後者だろうな。
今度はすぐ戻って来て、六道はケーキの入った箱を丁寧にビニール袋に入れて真宮さんに渡した。
「あ」
「六道くん?」
「どうした」
「十文字、200円貸してくれないか」
「はあ?小銭くらい持っておけよお前…」
「いいよ翼くん、私まだ小銭あるから」
「ま、真宮さんがわざわざ払う必要ないよ!俺が出す」
「さっさとしろ、十文字」
「いちいち腹立つ奴だな…!ほら、」
ポケットから200円出して渡すと、六道は真宮さんに声を掛けて店の近くに置かれていたクレーンゲームの所に行く。
しばらく様子を見ていると、六道は真宮さんの指差したクマのぬいぐるみを見事一発で取り、それを真宮さんに渡していた。俺の金で何してんだアイツ。店長にサボリを告げ口してやろうかっっ。
嬉しそうな真宮さんの様子が、チクリと胸に刺さった。所詮俺はトナカイ…、サンタには適わないってことなのか?
クリスマスなんて、嫌いになりそうだ。
「悪い十文字、後は俺がやる」
「何をだ」
「200円分、働いてやるから」
「現金で返せ、現金で」
「…一週間程かかるぞ」
「お前な」
「だから、200円くらい私が出すって言ったのに」
「真宮桜が出したら意味ないだろ」
「そんなことないよ、私だったら1回じゃ取れないもの。それに翼くん、六道くんに上着とかも貸してるから、あんまり迷惑かけちゃいけないかなって思うし…」
「…え、いや、真宮さんなら全然迷惑なんて……」
「でも…」
「……ちゃんと返しておくから安心しろ、真宮桜。それでいいな」
「うん」
六道は溜め息を1つ吐き、俺の手からチラシを取って、代わりにプラカードを渡してきた。
そういえば俺、真宮さんにクリスマスプレゼント、まだ渡してない。六道がクレーンゲームで取ったクマのぬいぐるみを大事そうに抱える真宮さんを見て、また胸が苦しくなった。
でもなんでまた、六道は真宮さんに?
じっとチラシ配りをする六道を見ていると、見たこと無いマフラーを首に巻いていた事に気付いた。もしかしてあれ、真宮さんから貰ったのか…!?
「……っ、情けない、な」
バカみたいだ。こんな奴に張り合って、何か意味があるのか?
真宮さんにとって、俺はずっと友達でしかないのか。六道と同じ位置、いやそれ以上の位置にはいると思っていたのに、とんだ誤算だ。
今日のバイトが終わったら、辞めよう。虚しいだけだ。
「あ、そうそう翼くん」
「なんだい?真宮さん」
「渡すの忘れるとこだった。はい」
「え…これは?」
「クラスのみんなから、クリスマスパーティーの招待状だよ」
「パーティー…って」
「クリスマスの日、みんなでパーティーやろうってミホちゃんが言ってたんだ。だから25日、良かったら学校に来てね」
「あ、ありがとう、真宮さん…!」
「プレゼント交換もするらしいから、各自何か持って来て欲しいって」
「わかった。必ず持って行くよ」
真宮さんに、六道なんかよりずっと喜んでもらえるようなクリスマスプレゼントを!
そんな俺の心情を知ってか知らずか、真宮さんは可愛い、じゃなくて!、柔らかに笑った。この笑顔を独り占め出来たらどんなにいいだろう。
「それじゃ、私はそろそろ帰るよ。バイト頑張ってね、翼くん」
「ああ!もちろんだよ!」
やっぱりバイトをもう少し続けてみようと思ったのは言うまでもない。真宮さんを店の前で見送って、辺りをキョロキョロ見回すと六道の姿がない。
奴はどこまでチラシ配りに行ったんだ?
まあいい。今はバイトだ。嬉しい招待状をポケットに入れて、頭に着けたトナカイの角のカチューシャを軽く直す。
仕事は確実にこなすさ、好きな女の子に励まされちゃ尚更な。
* * *
「あ、いたいた六道くん」
手元のチラシは残り数枚。ここで配り終えたら店に戻るか。
そう思って街中を歩いていたら、真宮桜に呼び止められた。…十文字と話をしてたんじゃなかったのか?
「…まだ帰ってなかったのか」
「バイトの邪魔だったらごめん。ただ、ちゃんとお礼言っておこうと思って」
「は?」
「このぬいぐるみ、ずっと前から欲しかったんだ。取ってくれてありがとね」
「………べ、別に、お互い様だろうっ」
「でも、嬉しかったから」
「………っ…」
「六道くん?」
「…なら、いい」
なんなんだ、この女は。
この間から、でもないが、何かある度に鼓動が速くなる。赤くなる顔を、先日貰ったマフラーで精一杯隠す。
たった200円の(オレにとっては大金だが)、こんなぬいぐるみで喜んでもらえるなんて。喜んでもらえただけで、自分まで嬉しく思えるなんて。
真宮桜も、この間はこんな気持ちだったのだろうか。
「それじゃ、25日に学校でね」
「本当にやるのか?そのクリスマスパーティーとやらは」
「やるみたい、だよ。だから、その日は六道くんもちゃんと来なきゃダメだからね」
「持ってくものなんて何もないぞ」
「あ、そーか。でも、今年みんなで集まれるのは最後だし、」
それからお菓子も沢山用意するって聞いたから、六道くんも助かるんじゃない?
何を言えばオレが反応するのか、真宮桜は分かってるみたいだ。単純かもしれないが、そんな心遣いがまた嬉しくなって、くすぐったいような気持ちに背中を押される。
口から出る言葉はぶっきらぼうだけど。
「わかった。行けばいいんだろ、行けば」
「うん、待ってるからね」
「………真宮桜」
「ん?」
「あー‥その、なんだ、こないだ」
「こないだ?」
「んんっ…、ま、マフラー、ありがとな」
「…どういたしましてっ」
…この気持ちが何なのか自覚はしてきた、でも、認めてしまうのがなんだか不安で。怖い、というのはオレらしくないかもしれないけど。
もう少しだけ、葛藤してみよう、自分の心と。
もちろん、貧乏とも。
手元にあった数枚のチラシは、びゅうっと勢い良く吹いた北風に飛ばされて空高く飛んでいった。
end