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明日を変える力(乱あ)


バン、
勢い良くあたしはドアに押し付けられる。

目の前には許婚。
背中にはドア。
あたしに逃げ場はない。

大きい声を出せば、きっとみんなが来てくれるだろう。でも、声が出ない。
どうして、こうなったんだっけ?ぎり、と、掴まれた手首が痛い。



「オレは…っ」



今にも泣きそうな表情で、どこか辛そうな表情で、乱馬はあたしの肩に頭を乗せる。早く打つ心臓が鳴り止まない。乱馬に聞こえてしまいそうで、でもどうにも出来なくて、あたしの身体は震える。
こわい、けど、…。
急に深く唇を奪われて、息つく暇もない。どんどん呼吸は荒くなる。




「っ…は…、乱馬…っ」

「黙ってろよ」

「だ、だって苦し…!何なのよ、言いたいこと、あるなら‥言ってくれなきゃわかんないよ…」

「…んなの、キリねーっつの」

「ら…っ」



だんだん足に力が入らなくなって、ドアを背にしたままその場にずるずると座り込む。
乱馬はまだ手を離してくれない。どうして?
顔を上げれば、乱馬の瞳にあたしが映っているのが見えた。不安でいっぱいなあたしの顔。
ああ、そうか。

あんたもあたしも不器用だから。伝わるまで時間がかかるの。
そっと、身体の力を抜けば、乱馬の手も少し緩んだ。あたしは腕を伸ばして乱馬を抱きしめる。

抵抗は、ない。




「…バカね……」

「……うっせ」




今日は何があったんだっけ?
振り返ってみればいつものこと。乱馬はシャンプー達に追い掛けられて、あたしは九能先輩に追い掛けられて。確かその後、良牙くんに会ったんだっけ。鳩サブレをお土産にって貰って…その後はあかりさんと会う用があるからってお別れして、東風先生の所にかすみおねーちゃんが作ったマフィンを持って行って、夕飯食べた後はさゆりと電話して、お風呂に入って、あたしは部屋で勉強してて。
乱馬が怒る理由なんてあった?そう思った。けど。




「…みんな、"友達"だよ?」

「オレは?」

「………許婚、でしょ」

「……」

「何よ、不満なの?」




抱き締め返される力が少し強くなる。
嫉妬したいのはあたしの方だってのに。今回ばかりは乱馬に先を越された気がする。




「あかねが思ってるほど、オレは強くねーから」

「…うん」

「どうしても焦っちまう」

「…う…ん」

「…っ、だから」

「だから…?」


「その…、ちゃんと、形にしてぇんだ」




あたしは乱馬のもので、
乱馬はあたしのもので。
これから先、ずっとそうなんだとまるで自らに言い聞かせるみたいにして乱馬は思ってるんだろう。あたしだって、同じようなこと、考えてた。
"他の女の子なんて見ないで、あたしがいるでしょ?"

乱馬にはあたしだけ、
あたしには乱馬だけ。
そう思わなきゃ、シャンプーや右京の言葉で不安に押し潰されてしまいそうだった。




「"親が決めた許婚"じゃなくて、…ちゃんとした関係にならねーか?」

「ちゃんとした、って?」




乱馬はもう一度、触れるだけのキスをする。さっきよりもずっと、ずうっと優しいキス。
ぎゅっとあたしを抱き締める乱馬は、やっぱりもう男の子じゃなくて男の人。伏し目がちに乱馬を見れば、なんだか満足そうな顔をしてる。




「こ、恋人、とか…婚約者、とか……」

「…え……っ!?」

「それに‥どうせいつかはオレ、ここの道場継がなきゃだしな」




それが一番もっともな理由であるかように、乱馬は言った。…でも、耳まで真っ赤だ。
独占欲の強さは人並み以上、拳法はもちろん達人の域。
振り回して振り回されて、疲れちゃう時もあるけど、やっぱり好きなのよね。




「…生意気」

「まーな」

「……何でも…言ってくれなきゃ分からない事、あるんだからね」




さっきの乱馬、怖かったんだから。わかってんの?
束縛されるのは嫌いじゃない。でもね、悲しい気分や苦しい気分は嫌い。乱馬といる時は、いつも楽しかったらいいのにな。そう上手く行かないことはもちろん、分かりきっている。
未だに可愛くない態度を取るあたし、優柔不断な態度を取る乱馬、それもちゃんと分かってる。
ぐっと距離は縮まっているくせに、臆病だからなかなか先へ進めない。しょうがない、じゃダメ。




「わーったよ。ごめん」

「あんたねぇ…本当に悪かったと思ってんの?」

「人のこと言えんのか?」

「乱馬に言われたくないわね」

「………で?」

「なに?」

「さっきの返事」

「え゛…!?」

「お前は、オレと"ちゃんとした関係"になる気あんのか?」

「…っ、あ、あたしは──」




思わず逃げ腰になる。でも、ここで逃げたら何も変わらない。今までと同じ、奇妙なバランスを保ったままなのは目に見えて分かる。
分かってる、分かってるの。ちゃんと頭では分かってるんだ。行動出来ないだけ。
だから今、深呼吸して言葉を紡ぐ。



「…そんな覚悟、とっくに出来てたわよ」



乱馬は一瞬だけ目を丸くした後、繋がってた手を少し強く握った。見上げた表情はあたしが好きな乱馬の笑顔。
少しだけど、先へ進めたことにはなるのかな?

嫉妬するのは、好きだから。
拗ねるのは、自分を見てて欲しいから。
怒るのは、ハッキリしてくれないから。
悲しいのは、素直になれないから。

ね。こんなに分かってる。
ムキになることなんてないのよ。ちゃんと相手を信じているんだもの。




「ん。じゃーとりあえず、今夜はあかねの部屋に泊まっ…」

「おやすみ乱馬。また明日ね」

「あの」

「お・や・す・み」

「泊ま…、…〜〜っ……おやすみ…」




部屋の外から、『オレらちゃんとした関係になったんじゃねーのかよー…』なんてぼそぼそ呟く乱馬の声が聞こえた。なびきおねーちゃんやお父さん達の耳に入ったら大騒ぎしそうなのに、バカだわ。
ふ、と、乱馬が鼻歌を歌っているのも聞こえた。あたしが思う以上に、乱馬は喜んでるのかもね。

思わずあたしも笑みがこぼれて、ベッドに仰向けになって寝転がる。天井と、蛍光灯しか見えないけど、あたしの胸は高鳴ったまま。
恋するチカラって凄いと改めて思う。





「明日になったら…素直に言えるかな」




─『すき』、の二文字を、あなたへ。






end
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