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練習のあとに(乱あ)

もう午後の7時なのに、まだ空は明るい。梅雨が明けて、もう夏休みだ。
バレー部の助っ人を引き受けてから、毎日蒸し暑い体育館の中で練習、練習、練習!の日々。県大会がもうすぐだから、それも仕方ないんだけど。
茜色の夕焼けが、だんだん紺碧に変わっていく様子が見れるこの時間帯は気に入ってるの。

カンカンカン…
後ろからフェンスを走る"いつもの"足音がぴたりと止む。
振り返って見上げると、あたしと同じ理由でサッカー部の助っ人になった乱馬が気まずそうな顔をして立っていた。




「乱馬も今帰りだったのね」

「ま、まあな」

「サッカー部の調子はどう?」

「勝てんじゃねーの、オレがいるし」

「もー、1人でサッカーは出来ないんだからね」

「んなこたわーってるよ。…つーか早く帰らねーのか?」




─早く帰らないと夕飯食べ損ねるだろ。

どうやら、それが乱馬の急いでいた理由らしい。
かすみおねーちゃんにあたしの分は取っておくように頼んでいたから、そう焦ってはいなかったんだけど…。それに、この景色は今の時期しか見れないから。
星がちらほらと見え始めた空を仰いで、少し暑さの引いた空気を吸う。




「あたしは…もう少しゆっくり帰る。やっと涼しくなってきたし」




ちりん、どこかの家からは風鈴の音が聞こえる。
乱馬はあたしを抜こうとはせず、そのままゆっくり、あたしのペースに合わせて歩き出した。




「乱馬?」

「…仕方ねーから、散歩くらい付き合ってやるよ」

「なんでまた急に…お腹空いてるなら早く帰りなさいよ」

「なっ!かわいくねー奴だなぁ、暗くなってきたから人が心配…っ、……、っなんでもねーし!」




乱馬の言葉に思わずきょとんとしてしまう。でも、嬉しかったのは確かで。
心配させるつもりは全然なかったんだけど、乱馬との時間って結構貴重なものだから、今日くらいは甘えてもいいかな?
最近ずっと朝練があったし、放課後も帰りはバラバラで、一緒にいた時間はとても短かったから。同じ家に住んでいても、練習で疲れてすぐ寝ちゃってたしね。




「…あんたに心配されるほど、あたしは弱くないもん」

「大して強くもねぇくせによく言うぜ」

「それは乱馬が強いからそう言えるのよ!あたしだって結構強い方なんだからバカにしないでよ」

「いや、バカにはしてねーけど…な?」

「そおいう態度がバカにしてるって言うのよ…!!」




むかむかと怒りはこみ上げてくるのに、暑さのせいか疲れのせいか、いつもの調子が出ない。拳を振り上げても、どこか虚しい。
やっぱりここ数日の練習で心より身体が疲れてるのかしら。
今日も1日、暑かったものね。




「な、なんだよ。やるかっ」

「やらないわよ。暑苦しい」

「え」


「帰ろ、乱馬」


「へ?え、……ああ、うん」




ぎゅっと乱馬がフェンスを降りてあたしの手を握ったことに、ハッとする。
今あたし、無意識にフェンス上の乱馬に手を伸ばしてた。ホント、無意識に。気付いた所で振りほどくことは出来なくて、黙ったまま、あたし達は手を繋いで歩いていた。
そんな時間もあっという間に過ぎ、もうすぐ、家に着いてしまう。




「あの、乱馬」

「んー?」

「県大会…頑張りなさいよ」

「おめーもな。人の心配すんなら自分の心配しろっての」

「なによーっ」

「─県大会、終わったらさ」


「え?」




一瞬だけ、手を強く握られて、ぱっと離れたと思うとあたしの頭に乱馬が手を置いた。
いつになく緊張した面持ちの乱馬があたしを見る。




「…そ、その……」

「?」

「ど、どっか行かねーか…?」

「えっ…、それって、ふたり、で?」


「文句あっか」

「っ…」




文句、なんて、あるわけないじゃない。まさか乱馬から誘ってくれるなんて思わなかった。…顔、真っ赤だし。
このまま家に入るのが、ちょっぴり名残惜しい。もう少しこの時間が長く続けばいいのに。乱馬を見上げると、一瞬戸惑ったような表情をしてからあたしの身体を抱き寄せた。まるであたしの心を読み取ったみたい。




「あ…あのさ」

「な、に?」

「もうちょい‥こうしてていいか?」

「……暑いんだけど」

「…そんくれー我慢しろよ」




拗ねた口調の乱馬がなんだか可笑しくなる。本当、素直じゃないな、お互いに。
夏はまだまだこれから。泳げないけどやっぱり海にも行きたいし、お料理の特訓もしたい。やりたいことは沢山。乱馬の腕の中で、あれもこれもと考え出したらキリがない。




「どーしよっかなぁ」

「何が?」

「乱馬とのデート、何着ようかと思って」

「ぶっ」


「ふふ、真っ赤」

「ば、ばかやろーっ!悪ぃかよっ」

「何ムキになってんの?」




笑いながら門をくぐれば、カレーのにおいがした。
もう空には星が見える。お腹も空くワケだわ。早く夕飯食べて、宿題を片付けて、今からデートの準備でも始めようかしら。なんだか無性に楽しくなって、足取りが軽い。




「…はー‥、腹減った…」

「食べるのは手を洗ってからよ、乱馬」

「はいはい」




─今日もお互い1日、練習お疲れさま。







end
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