乱馬がやって来てから毎日騒がしくってしょうがない。
乱馬に出逢う前が決して騒がしくなかったワケではないけど(毎朝グラウンドで男子と戦ったりしてたし)、なんていうか、あの頃のあたしにはそれが日常で、平和だなぁって思ってた。
今ではシャンプー、小太刀、右京が学校で乱馬に絡むのも、ムースや良牙くん、九能先輩が乱馬に勝負を挑むのも、八宝斉のおじいさんが厄介事を起こすのも日常茶飯事。
なびきおねーちゃんまで、『あかねやらんまくんの写真は以前にも増してよく売れる』なんて言い出すし。
今日もまた、そんな1日が過ぎていく。
「皆さんおはよーございまーす。出席取りますよーっ。…あら?天道さんと早乙女くんは?」
「ひな子先生、あかねと乱馬はいつもの事だから気にすることねぇよ。なー大介、ゆか、さゆり」
「うんうん」
「ひろしの言う通りね。先生、気にする事ないわよ」
「あの2人ならどーせ仲良く来るだろうし」
「そぉ?じゃー2人は遅刻…っと。悪い子ねぇ、学校に遅れるなんてっ」
キーンコーンカーンコーン、
チャイムが鳴ってあたしと乱馬は大急ぎで階段を駆け上がる。今朝は九能兄妹に加えシャンプーとムースが現れたせいでいつもより時間がかかってしまった。
でも、遅くなったのはそのせいだけじゃない。
「も〜!!乱馬が寝坊するのがいけないのよ!」
「何言ってんでぇ!あかねが走るの遅ぇからだろ!」
「あたしが起こしてもなかなか起きなかったくせに!今月に入って何回目だと思ってるの!?」
「あーわかったわかった、悪かったなぁっ!」
ガラッと教室を開けて、あたしと乱馬が中に入るとやっぱり好奇な目で見られる。
いつものことながら、なんとも言えないこの空気はすごく気まずい。黒板に文字を書いていたひな子先生は、あたし達を見てニッコリ笑う。
「おはよー早乙女くん、天道さん。遅刻はダメよ、廊下に立ってなさいっ!」
「げっ」
「…はぁ…」
机にカバンを置いて、廊下に立つ。何だかこうして乱馬と一緒に立たせられるのも久しぶり。遅刻の理由はあたしなりに納得がいかないけど、教室の音が遠く聞こえて、涼しい空間にいるのはとても心地良かった。きっとばだばた騒がしかったせいもあるんだろうな。
ちらりと乱馬を見ると、大きなあくびをして、まだ眠そう。
「ちょっと、立ったまま寝たりしないでよ」
「ああん?誰がするかっ」
「どーだか」
「可愛くねーなー」
「悪かったわね、文句言うなら明日からは自分でちゃんと起きなさいよ」
「そりゃー無理な話だ」
乱馬はあっけらかんとそう言った。無理?基本的に毎朝ロードワークしに行く奴が何言ってんの?矛盾してるじゃない。
あたしだって朝早く起きるのは辛いけど、昔からそれが日課になってるから起きられる。かすみおねーちゃんだって毎朝ずーっと一番早く起きて朝ご飯の準備してるんだから。
乱馬だって今までおじさまと暮らしていたなら、早く起きることなんて慣れたものでしょ?…あ、でも、ウチに来てからはそうでもないのかな。
「なんで無理なの?」
「なんでって…もー習慣付いちまったからなぁ」
「は?」
「あかねに起こしてもらうのも、毎朝走って学校行くのも日課、っつーかさ」
「日課って…」
「ま、走って学校行きゃートレーニングにもなるし、一石二鳥!ってな」
「そ…そういうものかしら」
「そーゆうもんだろ」
それがさも当たり前であるように乱馬は言ってる。毎日繰り返されることは、きっとこれからもずっとそうなんだろうって事?
どうしてそんなに自信が持てるんだろう。人生何があるかなんて、分からないのに。
手に持つバケツの中の水に、ぼんやり自分の顔が映る。考えてみれば乱馬と学校に行くのも、喧嘩をするのも、あたしの日課。乱馬と出逢ってから、確かに習慣付いたものが多くて何だか可笑しい。それだけたくさんの時間を乱馬と過ごしてきたってことなのかなぁ。
「早乙女乱馬ー!あかねくんと廊下で2人きりなどこの僕が許さーん!!」
「なっ、九能!?」
「九能先輩も廊下に立たされてたんだ…」
しゅたしゅたと九能先輩は水がたっぷり入ったバケツを両手に持ってこちらに向かってくる。ああ、こんな場面、乱馬が転校生として来た日にもあったわね…
乱馬は投げつけられたバケツをよけて、華麗に先輩の頭の上に立つ。
「いきなり何しやがんでぇ」
「でええいっ!貴様、人の頭の上に乗るなっっ!!」
「ちょ、乱馬!九能先輩!今授業中…っ」
「ふっ…案ずるな天道あかね。僕がいるからにはノープロブレムだ」
「のぉぷろぶれむ?テメーがいると問題ばっかり起こるじゃねーか!」
「何だと!?それは僕のセリフだ!」
あたしが止めるのも聞かず、乱馬と九能先輩はどかばきといつもの取っ組み合いを始めてしまった。こうなると手がつけられない。
溜め息をつくと、いきなり教室のドアが開いた。
「授業を妨害する悪い子はあなた達ねっ!」
「あ、ひな子先生…」
「いい加減にしなさぁい!八宝五十円殺ーっ!!」
「い゛!?」
「ち、力が…っ」
ズズズ…と2人は闘気を吸い取られて、どしゃりとその場に倒れてしまった。ひな子先生はアダルトチェンジして、何事もなかったように教室に戻って授業を再開する。
静かになって気が済んだのかしら、なんてね。
「おーい乱馬、らーんまっ、大丈夫?」
「…大丈夫に、見えるか?」
「そうね、見えないこともないかも」
「お前な…あー、まあいいや、手ぇ貸して。力入んねぇ」
「情けないわねー、時と場合を考えて行動しなさいよ。九能先輩ものびちゃってるじゃない」
あたしが手を差し出すと、乱馬はその手を掴んでゆっくり立ち上がる。ひな子先生にだいぶ闘気を吸い取られたせいかぐったりした様子で、乱馬はふらつく。
慌てて肩を支えると、乱馬があたしに寄りかかってきた。どきん、と、心臓が跳ねる。
「うー…わり、ちょっと寝かせて」
「は!?な、何言ってんのよ!起きて乱馬!離れ…っ」
すーすー聞こえる乱馬の寝息。夜更かしでもしたのかしら。いくら闘気を吸われたからって、こんな風に乱馬が眠ってしまうのも珍しい。とくんとくん、ゆっくりではあるけど、いつもより速い鼓動が聞こえる。これはあたしの心音?乱馬の心音?よく分からないけれど。
はた、と辺りを見渡せばまた静かな廊下がそこにある。でも背後にはちくちくと視線が集まっていて。
「乱馬も随分ダイタンな…」
「いいわね〜、2人とも仲がよろしくて」
「おのれ早乙女えぇぇ!!!呪ってやる呪ってやる呪ってやる〜っ!」
「おい五寸釘、ワラ人形なんか持って何してんだ?」
「んまっ、早乙女くんたら廊下で寝るなんて悪い子にも程があるわねっ」
「ちょおあかねちゃん!乱ちゃんのこと誘惑でもしよったんか!?」
「ゆ、誘惑なんてするかっ!これは乱馬が…」
ダメだわ、これ。もう何と弁解しようと通じないパターン。トホホと肩を落としてあたしはうなだれる。毎日こんな調子だもんね、『またか』って思うのは仕方ない。
乱馬があたしの"許婚"としてやって来てからそれはもう毎日騒がしくってしょうがない。
彼に出逢ったばかりの頃のあたしにとってはそれが非日常的で、鬱陶しいと思っていたけど、時を重ねていくうちにこれが日常で、平和なんだなぁって思うようになってた。
慣れって怖いな。
「ふふ」
「あかねちゃん?どないしたんよ、いきなり笑い出して…」
「ううん、なんかね…」
毎日こうして友達と騒いで、喜怒哀楽して、目まぐるしく変わる感情は忙しいけど、毎日充実してるんだなって。昔とは違う、何だか清々しい気持ちになる。
楽しいんだ。毎日が。
「すごく、平和なんだなあって思ったの」
こんな風に過ごせるのは、今ここにいる人達のおかげよ、って。あたしにとっての非日常は日常に変わる。青春してるってこういうことなのかな?
あたしが笑うと、クラスのみんなも笑顔になって。きっと思うことは同じなんだと実感した。昔と今は違うけど、感じる思いも変化するけど、まだまだ高校生活を楽しまなくちゃ損よね。
ぐっすり眠ってしまっている乱馬を見て、あたしはもう一度微笑んだ。
─こうして今日も、"いつもの"1日が過ぎていく。─
end!
謝謝企画・乱音さまへ!