マイトは自分よりもずっと小柄なテロルの剣幕に押され、窓に背をつける体勢となっていた。

「ちょっ、テロルさん、ちょっと落ち着いて……」

両手で押し留めれば、テロルが数回の深呼吸の後に呆れの表情を作った。

「……あんた、いくら鈍感だって言っても流石にどうなの。ミーナがあんだけ恋する眼差しをしてるってーのに」

マイトには十代の少女の感情の機微など到底理解出来ない。だが、それでもテロルの意見は違うと思った。

「そうかなぁ。ミーナはケトルの方向は見ているかもしれないけど、ケトルのことなんか一切見ていないように僕は思ったよ」

「馬鹿馬鹿しい。そんなのあんたの感覚じゃない」

「うん。何の根拠もないよ」

一笑にふしていたテロルが、ふと真顔になる。

「あれ……? でも、そう考えると……?」

眉間に皺を寄せ、思案するように顎を撫でる。

「……まさか、そうなの……?」

彼女はぶつぶつと何事かを口の中で呟いていたが、おもむろに真剣な表情でマイトを見上げた。

「あんたそれケトルに言った?」

「言ってないよ」

「そう。絶対に言うんじゃないわよ、ミーナにもね。事態がややこしくなるから」

そこまで言うと、テロルは踵を返した。

「じゃあこの話はおしまい! 早起きしたからお腹空いちゃったわ。何か出して頂戴」

言うが早いか、テロルは髪を靡かせて一階の食堂へと下りて行く。マイトは一度だけ窓を振り替えると、テロルの後を追った。
ケトルの退室時の発言から、彼は薄々気付いているのではないかとも思ったが。マイトがそれを口にすることはなかった。
美しい朝焼けだけが、誰もいなくなった廊下を照らしている。