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【創作】幻燈古書店〈爺さまのはなし〉

柱時計がゆったりと六を打ち、店主は読み差しの本に栞を挟んだ。
本日は店仕舞い、と閉めるために北向きの狭い戸口に降りると、敷居の向こうに手のひら程の爺さまが立っていた。

(もうし、何か御用でしょうか)
(古書店に用とは本以外にあるまいぞ)
(これは仰有る通り)

店主は屈み膝を付き、爺さまの声が聞きとり易いようそっと耳を寄せた。

(して、何をお探しで)
(豆本を探しておる)
(ほう、幾つかありますから、中でお見せ致しましょう)

店主は爺さまを奥へ誘った。正面の一段高くなった座敷へ上がり、文机の引き出しをひとつ開けた。
小指の先程の本が詰まった書棚をみっつ取り出し、座敷へよじ登れずむっすりとしている爺さまに気付き苦笑いを浮かべる。

(失礼を)
(なあに、慣れて居るよ)

手を貸し座敷に上がった爺さまの前に豆本の揃った棚を並べる。

(どうぞごゆっくりお探しを。数は少ないが春画本も御座いますが、お出ししましょうか)
(それは無用じゃ。孫へ読ます本を探して居るのでな)
(またしても失礼を)

店主は出したり戻したりとせわしい爺さまから少し離れて座り、火鉢の灰を均した。
どれ程の時が過ぎたか、爺さまがふむ、と満足の息を吐き、傍らに積み上げた本の山を指差した。

(これを頂きたい)
(承知致しました)

店主は題名を確かめ、勘定をはじく。爺さまは懐に納めた札入れから札を渡し、釣りは要らぬと店主に告げた。

(して、)
(はあ、)
(いや如何にして運ぼうかと、の)

積み上げた本たちを前に腕を組む爺さまに店主は思わず微笑む。
文机から縮緬の端切れを取り出しくるむと、ひょいと持ち上げた。

(宜しければわたくしめが)
(ほう。これは助かる)
(御宅までお運び致しましょうか)
(それには及ばぬ。店外に車を停めて居るのでな)

店主が軽い包みを手のひらに載せて戸口を覗くと、なるほど、爺さま程のセルロイドの車が一台、道の端に停めてある。
後部座席が空なのをよく確認し、小さな引き取っ手に苦心しながらも積み込んだ。

(助かった)
(いいえいいえ)

ふうふう言いながら座敷から降りた爺さまに愛想笑いを返し、お気を付けてと見送る。
さて、今度こそ店仕舞い。
まずは、と豆本の書棚を仕舞う為に確認すると、確かにこども向けの絵付き本の類いや外国の絵集なとがごっそり抜けている。しかし一冊、有名な昔話が残っていた。
はて、取り出しそびれか、と店主はその豆本を持って爺さまを追いかける。爺さまは漸く車に辿り着き、運転席に乗り込んだところだった。

(お待ち下さい)
(何かね)
(こちらは宜しいので)

助手席から首を伸ばした爺さまに、追いかけた本を見せる。爺さまは眉をしかめ、ぶっきらぼうに手を払った。

(要らぬ。教育上よくないであろう)
(はあ、)
(よそを傷つけこちらが儲かりたいなどと、身の丈よりでかい望みはよくない)

そしてにやりとこちらに笑い、

(また寄らせて貰うよ)
(どうぞ御贔屓に)

店主はそれだけ返し、小さな題名を確かめる。ぶるん、と排気した白煙を噴き上げながらゆっくりと走り去る車を見送る。
そうか、打出の小槌は持たない訳だ、と店主は考え至る。姫君さまはもう居らない上、悪さをする鬼の噂もしばらく聞かない。
お椀の舟で出掛けるよりも車のほうが便利だろう。

柱時計が七つを打ち、店主は漸く戸口を閉める。‘一寸法師’は書棚に仕舞われ、元の通り文机に収められた次第である。
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