続きです。
「いいかげんにしやがれよ、この変態野郎が!!」
いろいろと考えて悶々としていたフレンは、酒場に響き渡るユーリの怒号とけたたましい騒音で現実に引き戻された。
慌てて声のほうを振り返ってみれば、そこには顔面を殴り飛ばされたのか鼻血を出して仰向けに倒れる先程の男。
ユーリは仁王立ちで男を見下ろしている。
その瞳はどこまでも冷たい。
「てめえ程度がオレに手ぇ出そうなんざ、百万年早えんだよ」
底冷えするような低い声で言うと同時に、思いっきり男の股間を踏みつけて、ブーツの踵でぐりぐりと押し潰す。男から情けない悲鳴が上がった。
うわぁ…という声がそこかしこから聞こえ、周囲の男性客は思わず自らの股間を押さえたりしている。
あれは痛いなんてものではないだろう。
あまりの惨事に一瞬呆けてしまったフレンだが、我を取り戻すとユーリの元へ駆け寄った。
「ユーリ、いったい何事だ!!」
「おーフレン、いいタイミングだ。ちゃんと留守番してたんだな、えらいえらい」
「何を…!?」
ユーリはにんまりと笑うと、男の股間を踏み付けたままふん反り返って声を上げた。
「いいかぁ、もしこの中で、オレに『ヤらせろ』とか言うこいつみてえな変態野郎がいるんなら――」
ユーリがフレンを見て婉然と笑う。
「少なくとも、そこの騎士団長をぶっ倒してから来てみやがれ!!!」
「ユーリっっ!?」
「言っとくが、フレンはオレより強えからな?…オレに勝てねえ奴が舐めた口きいてんじゃねえぞ!?」
ユーリの啖呵に、あるものは喝采を送り、あるものはそそくさと席に戻って小さくなる。
全く状況が飲み込めずに立ち尽くすフレンに、ユーリが声を掛けた。
「さーフレン、宿で呑みなおそうぜ」
「え、でも」
床に転がったままの男をちらりと見ると、ユーリがひらひらと手を振った。
「心配すんな、死んじゃいねえよ。そのうち誰かが片付けんだろ」
「はあ」
「ほら、行こうぜ」
さっさと外へ向かって歩き出したユーリの後を追い、いまひとつ釈然としないながら、フレンも店を後にした。
宿に戻って再び酒を酌み交わしつつ、フレンは先程の事件についてユーリに問い質していた。
「だから、見たまんまだっつってんだろ」
「だから、訳がわからないと言ってるだろ!?」
仕方ない、といったふうにユーリが話し始める。
「…あいつ、前からオレに絡んできてたんだけどさ、まあそんな気にしてなかったんだよな」
「なんだって!?」
「落ち着けって。で、今日はよりによっておまえの前でベタベタしてきやがったから、さすがに頭に来てさ、お仕置きしてやろうと思ったわけだ」
「…それと、僕を遠ざけたのと、どんな関係があるっていうんだ」
「あのまま一緒に呑んでたら、確実におまえ、あいつのこと殴ってたろ」
「…それは」
「おまえがそういう事するのはマズいんだよ。オレだったら、酒場で暴れようが何しようが、何の問題もないけどな」
「………」
「それに、殴る口実作るためとはいえ、あんまり見せたい姿にゃならないだろうからな。おまえの事だ、あんだけキツく言っときゃ、一人でドツボにはまってこっちの事も気にならないかと…、フレン?どうした?」
「だからって、あんな言い方、ないだろ!僕の立場より、君はもっと自分の心配をしてくれ!!」
「いい加減、本気で怒るぞ」
ユーリの声音に怒気が篭る。
「オレはおまえ以外に抱かれてやる気は全くない。なのにいちいちつまんねえ事気にしやがって、そんなにオレがだらしないってか」
「違う!僕はただ心配なだけで…」
「確かにオレの事を妙な目で見る奴もいるが、そんくらいちゃんと分かってる。今日だってしっかりボコってやっただろ。そんなつまんねえ奴らのために、オレは自分の振る舞いを変えるつもりはない」
「ユー、リ」
「おまえの気持ちは嬉しいが、オレは女みたいにおまえに守られたいわけじゃないんだよ」
「………それは…」
「んな顔するなよ。おまえがオレの心配するのと同じで、オレもおまえが心配だ」
はあ、とため息を吐いて、ユーリはフレンにぐっと顔を近付けた。
酒のせいか、ほんのりと頬が桜色に染まって、何とも言えない色気が漂っている。
こんな様子のユーリを誰にも見せたくない、と真剣にフレンは思う。今は、そんなことを考えている場合ではないというのに。
「オレなんかのせいで、おまえが信用を失くしたりするのは…耐えられない。だから、おまえももっと、自分の心配しろ」
「…ごめん」
腕を伸ばしてユーリの身体を抱き寄せ、そのまま唇を重ねる。
ユーリは一瞬驚いたように目を開いたが、やがて大人しくフレンに身体を預けてきた。
「…今日は素直だね」
「ん…、嫌な思いさせたからな」
「あの男のこと?」
「ああ。まああんだけやりゃ懲りただろ。…他の奴らも、な」
悪戯っぽく笑うユーリはどこか幼く見えた。
「全く…。あんな事を言って、君に気のある奴らが僕を襲いにきたらどうしてくれるんだ」
「なんだよ、返り討ちだろ?」
「万が一って事もある。僕は君ほど気楽に構えてられないんだ」
そりゃ困るな、と言いながら上目遣いに見詰めてきたユーリが、フレンの首に腕を回しながら言った。
「おまえが負けたら、オレ、おまえじゃない奴にヤられちまうんだぜ?」
「はぁ…。わかった、そんな事にはならないよ。全部返り討ちにしてみせる」
「頼りにしてるぜ、騎士団長サマ」
ユーリの唇がフレンの額に触れた。
普段からは考えられない積極的な様子は、酒のせいなのだろうか。
ふと、フレンは先程のユーリの言葉を思い出した。
(僕以外に抱かれるつもりはない、か……)
自分がユーリの「特別」である、という事実は、この上なくフレンを安心させた。
「…君は、僕が必ず護るから」
小さく呟いて、フレンはユーリを強く抱き締めた。
ーーーーー
終わり