互いが互いを愛するが為・2

続きです。






「いいかげんにしやがれよ、この変態野郎が!!」


いろいろと考えて悶々としていたフレンは、酒場に響き渡るユーリの怒号とけたたましい騒音で現実に引き戻された。

慌てて声のほうを振り返ってみれば、そこには顔面を殴り飛ばされたのか鼻血を出して仰向けに倒れる先程の男。

ユーリは仁王立ちで男を見下ろしている。
その瞳はどこまでも冷たい。


「てめえ程度がオレに手ぇ出そうなんざ、百万年早えんだよ」


底冷えするような低い声で言うと同時に、思いっきり男の股間を踏みつけて、ブーツの踵でぐりぐりと押し潰す。男から情けない悲鳴が上がった。

うわぁ…という声がそこかしこから聞こえ、周囲の男性客は思わず自らの股間を押さえたりしている。
あれは痛いなんてものではないだろう。

あまりの惨事に一瞬呆けてしまったフレンだが、我を取り戻すとユーリの元へ駆け寄った。


「ユーリ、いったい何事だ!!」

「おーフレン、いいタイミングだ。ちゃんと留守番してたんだな、えらいえらい」

「何を…!?」


ユーリはにんまりと笑うと、男の股間を踏み付けたままふん反り返って声を上げた。


「いいかぁ、もしこの中で、オレに『ヤらせろ』とか言うこいつみてえな変態野郎がいるんなら――」


ユーリがフレンを見て婉然と笑う。


「少なくとも、そこの騎士団長をぶっ倒してから来てみやがれ!!!」

「ユーリっっ!?」

「言っとくが、フレンはオレより強えからな?…オレに勝てねえ奴が舐めた口きいてんじゃねえぞ!?」


ユーリの啖呵に、あるものは喝采を送り、あるものはそそくさと席に戻って小さくなる。

全く状況が飲み込めずに立ち尽くすフレンに、ユーリが声を掛けた。


「さーフレン、宿で呑みなおそうぜ」

「え、でも」


床に転がったままの男をちらりと見ると、ユーリがひらひらと手を振った。


「心配すんな、死んじゃいねえよ。そのうち誰かが片付けんだろ」

「はあ」

「ほら、行こうぜ」


さっさと外へ向かって歩き出したユーリの後を追い、いまひとつ釈然としないながら、フレンも店を後にした。





宿に戻って再び酒を酌み交わしつつ、フレンは先程の事件についてユーリに問い質していた。


「だから、見たまんまだっつってんだろ」

「だから、訳がわからないと言ってるだろ!?」


仕方ない、といったふうにユーリが話し始める。

「…あいつ、前からオレに絡んできてたんだけどさ、まあそんな気にしてなかったんだよな」

「なんだって!?」

「落ち着けって。で、今日はよりによっておまえの前でベタベタしてきやがったから、さすがに頭に来てさ、お仕置きしてやろうと思ったわけだ」

「…それと、僕を遠ざけたのと、どんな関係があるっていうんだ」

「あのまま一緒に呑んでたら、確実におまえ、あいつのこと殴ってたろ」

「…それは」

「おまえがそういう事するのはマズいんだよ。オレだったら、酒場で暴れようが何しようが、何の問題もないけどな」

「………」

「それに、殴る口実作るためとはいえ、あんまり見せたい姿にゃならないだろうからな。おまえの事だ、あんだけキツく言っときゃ、一人でドツボにはまってこっちの事も気にならないかと…、フレン?どうした?」

「だからって、あんな言い方、ないだろ!僕の立場より、君はもっと自分の心配をしてくれ!!」

「いい加減、本気で怒るぞ」

ユーリの声音に怒気が篭る。

「オレはおまえ以外に抱かれてやる気は全くない。なのにいちいちつまんねえ事気にしやがって、そんなにオレがだらしないってか」

「違う!僕はただ心配なだけで…」

「確かにオレの事を妙な目で見る奴もいるが、そんくらいちゃんと分かってる。今日だってしっかりボコってやっただろ。そんなつまんねえ奴らのために、オレは自分の振る舞いを変えるつもりはない」

「ユー、リ」

「おまえの気持ちは嬉しいが、オレは女みたいにおまえに守られたいわけじゃないんだよ」

「………それは…」

「んな顔するなよ。おまえがオレの心配するのと同じで、オレもおまえが心配だ」


はあ、とため息を吐いて、ユーリはフレンにぐっと顔を近付けた。
酒のせいか、ほんのりと頬が桜色に染まって、何とも言えない色気が漂っている。
こんな様子のユーリを誰にも見せたくない、と真剣にフレンは思う。今は、そんなことを考えている場合ではないというのに。


「オレなんかのせいで、おまえが信用を失くしたりするのは…耐えられない。だから、おまえももっと、自分の心配しろ」

「…ごめん」


腕を伸ばしてユーリの身体を抱き寄せ、そのまま唇を重ねる。

ユーリは一瞬驚いたように目を開いたが、やがて大人しくフレンに身体を預けてきた。


「…今日は素直だね」

「ん…、嫌な思いさせたからな」

「あの男のこと?」

「ああ。まああんだけやりゃ懲りただろ。…他の奴らも、な」


悪戯っぽく笑うユーリはどこか幼く見えた。

「全く…。あんな事を言って、君に気のある奴らが僕を襲いにきたらどうしてくれるんだ」

「なんだよ、返り討ちだろ?」

「万が一って事もある。僕は君ほど気楽に構えてられないんだ」


そりゃ困るな、と言いながら上目遣いに見詰めてきたユーリが、フレンの首に腕を回しながら言った。


「おまえが負けたら、オレ、おまえじゃない奴にヤられちまうんだぜ?」

「はぁ…。わかった、そんな事にはならないよ。全部返り討ちにしてみせる」

「頼りにしてるぜ、騎士団長サマ」


ユーリの唇がフレンの額に触れた。
普段からは考えられない積極的な様子は、酒のせいなのだろうか。

ふと、フレンは先程のユーリの言葉を思い出した。


(僕以外に抱かれるつもりはない、か……)



自分がユーリの「特別」である、という事実は、この上なくフレンを安心させた。

「…君は、僕が必ず護るから」



小さく呟いて、フレンはユーリを強く抱き締めた。




ーーーーー
終わり
▼追記

互いが互いを愛するが為

フレユリ、ED後。付き合い始め頃な感じです。






彼は美しい。


揺るぎない意志を秘めた、真っ直ぐで力強い瞳。

その双眸は、紫水晶の神秘性より妖しく、満天の星を抱く夜空よりもなお静かに光を放ち、見る者すべてを虜にする。

白く滑らかな肌は、彼の好む黒の衣装とのコントラストによって更になまめかしさを増し、惜し気もなく曝された胸元に嫌でも視線が奪われてしまう。

背に落ちる漆黒の髪は艶めいて、研ぎ澄まされた黒曜石の鋭さと、その対極の絹糸の柔らかさを想起させ、触れようとして手を伸ばせば儚くも指をすり抜けてゆく。


彼は美しい。

その危うい魅力に、彼だけが気付かない。





「だから、ユーリはもっと危機意識を持つべきなんだ!」


だんっ!とテーブルに両手を叩きつけた後、フレンは目の前の「彼」にびし、と人差し指を突きつけた。

対してユーリはテーブルに長い脚を投げ出して腕組みをしながら、およそ男である自分に向けられるものではないであろう美辞麗句の数々に、心底うんざりしていた。

二人は共にダングレストでの用事を済まし、久方ぶりに酒場で呑んでいたのだが。


「おまえ、酔って脳ミソ沸いてんのか」

「酔ってない」

「あーそーですか。だったらもっと呑んで、さっさと潰れちまえ」

「ユーリ!真面目に聞いてくれ」



二人は恋人、という関係であった。

フレンに想いを告げられた時はなかなか受け入れられず、さんざん悩んだユーリだったが、紆余曲折を経て結局は受け入れた。

身体の関係も持っているので、もはやただの親友には戻れないだろう。
ユーリもそれは理解している。

理解できないのは、フレンの自分に対する過剰なまでの心配っぷりだった。


「おまえなあ…。オレにそんなこと言うの、おまえだけだぞ?単に『惚れた欲目』ってやつじゃねえの?」

「欲目云々については否定しきれないけど、君をそういう目で見ている男は少なくない」

「男、って部分が非常に不自然だと思うのはオレだけか」

「女性からも人気があるのは知ってる。でもそれは大した事じゃない…、いや、なくもないけど、それはユーリの側の問題だし、その辺りは信じてるから」

「イマイチ意味がわかんねーんだけど」

「とにかく、僕のいないところで、あまり無防備な姿をさらさないで欲しい」

「さらしてねえっての。だいたい無防備って何なんだよ。周り中敵だらけってんならともかく、普段からそんな神経尖らしてたら持たないだろうが」

「僕にとっては今この状況も割と敵のど真ん中にいるのと変わらないんだけどね」


フレンの目は真剣そのものだ。
ユーリはため息を吐いて椅子の背もたれに身体を投げ出して、両手をぶらぶらさせながら酒場の天井を仰いだ。


白い喉が橙色の灯りを受けて微かに染まり、長い髪が揺れる。


「あーー…ったく、めんどくせーな、おまえは…」


隣の席の男がちらりとユーリを見遣り、喉を鳴らしたのをフレンは見逃さなかった。


「だから、そういうのをやめてくれ、って言ってるんだ!!」


再び、だだん!!とテーブルを叩きつけると、周囲が何事かと自分達のほうを向いたので、フレンは慌てて居住まいを正した。


騎士団長のフレンとギルドの有名人のユーリは、ただでさえとにかく目立つ。
特にフレンは立場上、絶対に問題を起こすわけにはいかない。

このような所では大人しくしていたいのだが、逆にこんな場所だからこそユーリの身を案じないではいられなかった。
だが、少し大きな声を出しすぎた。


一人の男が近いて来ると、二人の間の椅子に勝手に腰を下ろし、ユーリに話し掛ける。


「よう、ユーリ。随分くたびれてるな」


身体を起こしたユーリは男を見ると、僅かに眉をひそめた。
が、すぐに何でもないふうに話し始める。


「あんたか。久しぶり」

「…誰だい?」

「こないだ、仕事がらみでちっと世話になったんだよ」

「つれないねえ。ちょっとだけかよ」

がはは、と笑う男に剣呑な視線を向けるフレンを、ユーリが男には見えないように手で制する。


「オレ、ダチと呑んでんだよ。見てわかんねえか?邪魔すんじゃねぇよ」

「何言ってんだ。さっきから見てたけどよ、全っ然シラけてんじゃねえか。お堅い騎士団長サマなんか相手にしてねーでこっち来いよ、一緒に呑もうぜ」


男がユーリの肩を抱く。


ぎり、と奥歯を噛み締め、フレンは必死に耐えていた。強く握りしめた両掌に爪が突き刺さる痛みだけが、かろうじてフレンを押し止めていた。

そうしなければ、男に殴り掛かってしまいそうだったから。


だが次の瞬間、ユーリの発した言葉にフレンは耳を疑った。


「…そうだな。オレもあんたと話したいし、そっちで呑むか」


「っな…!ユーリ!?」

ユーリはフレンの抗議に対するかのように乱暴に立ち上がると、喜色満面といった感じの男の後について、男が元いた席へと移動してしまった。

すれ違いざま、フレンにこんな言葉を残して。


――こっち来たら、ぶっ殺すからな。



ユーリの去ったテーブルで、フレンは一人呆然としていた。

ユーリにとって自分の言葉が煩わしいものだということは、分かっている。
それでも言わずにはいられない。

だって、彼は自覚してくれないから。

あの男は、明らかにユーリを邪な目で見ていた。

自分だって、ユーリと親しい人間全てがそんな気持ちを抱いているとは思わない。
だが、恋人になってからというもの、そういう気配にいやというほど敏感になってしまった。

世の恋人達の程度は知らないが、異性のみならず同性からも好意を抱かれてしまう恋人の身を案じるのは、当然だと思うのは自分だけなのか。

それとも、そんなに自分の心配のしかたは度を越しているというのか。

思えば、ユーリは自分に対してそのような事を言うことはないような気がする。
心配されるようなことは何もないが、何だか無性に悔しい気がした。

何故、自分だけ――



こっちに来るな、と言ったユーリの言葉の意味も、わからないままだった。





ーーーーー
続く
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