君の隣に・3



何をこんなに思いつめているのか、と思った。

「僕がいない間の君に、僕は絶対に会うことができない」

いつからか、その時のユーリのことを他の誰かに聞くしかないのが嫌になっている自分に気付いた、とフレンが呟いた。

「……だから、一緒にいられる間はオレに構いまくるってのか?」

「この『今』が過去になってしまった時に、取り戻せなくなるのが嫌なんだ」

「なんか…難しいな…。振り返った過去に、オレと一緒の自分がいないのがやだって事か」

「ちょっと違うけど…まあそんな感じでいいよ」

「だからさあ、」

一緒にいなくても大丈夫だ、オレたちは

「だから」

少しでも取り戻したいんだ、失ったものを


「………」

「………」


言葉が重なって、二人揃って沈黙した。


「恥ずかしい奴だな…」

「ユーリは冷たいな」


「………………」

「………………」

またしても沈黙。さっきより少し長めだ。



先に動いたのはフレンだった。
掛けっぱなしだった鍋を火から外し、ワインと砂糖を足してまた火に戻す。

(ワインだったのか、あれ)

沸いたホットワインをカップに入れてユーリに手渡した。

「ほら、熱いから気をつけて」

カップを受け取りながら、ユーリはフレンの言葉の意味を考えていた。


謎掛けみたいでよくわからない部分もあるが、要するに「あの時」に感じた不安のせいで、オレと離れるのを恐れている、ということなんだろうか。

少しでも一緒にいたいから必要以上に近くて、失う恐怖を感じたから過保護に?

フレンの知らないオレを知ってる仲間が羨ましい…つまり、妬いてる…?



ユーリはそこまで考えて、思わず吹き出してしまっていた。

「…何で笑ってるんだ」

「いや、だってさ!おまえそりゃ、『好きな女が他の男と話してんのが気にくわねー』ってのと同じじゃねーか!野郎に言うようなことじゃねえよなー」

あははは、と声を上げて笑うユーリに、フレンはむっとして詰め寄る。

「笑わないって言ったよな」

「だから、内容によるって!そーかそーか、おまえそんなにオレが好きか!」

「…ユーリ」

「いやー愛されてんなーオレ」

「ユーリ!!」


フレンがユーリの肩を掴んで自分のほうを向かせた。
思いのほか乱暴な動きに驚いてユーリが動きを止めた次の瞬間、


「っちょ、フレン!?」

「少し黙っててくれないか」

フレンはユーリを強く抱き締めていた。






(なんだこれ、どういう状況だよ……!?)

フレンの胸に埋まったまま動けないユーリの頭上から言葉が降ってくる。

「僕は君と、出来るだけ離れないでいたいと願ってる」

「え、あ…」

「だから君は、自分が僕に相応しくないなんて考えるな」

「………!!」

「嫌なんだ、そんなのは」


自分の罪は赦された訳ではない。
フレンの隣には相応しくない。
いつか、誰かが現れるまでの、代役。


「自分だけで勝手に決めないでくれ…!」



フレンの本当の気持ちが分かった気がした。

置いていかれたくない、と必死で訴えているようで、そんなフレンを笑ってしまったことを後悔した。


「…悪かった。どこにも行かない。一緒にいてやるよ……今は、な」

フレンの肩が跳ねる。
そう、「今」は一緒にいる。
でもそれは永遠じゃない。

「ユーリ…」

「わかってんだろ、オレの『覚悟』を」


ユーリを抱く腕に力が込められる。

「どうしても、僕の隣にはいられないって言うのか」

「いっつもいる必要ないって言ってんだよ。何度も言わすな。…それよりさ」

「……何」

「そろそろ離してくんない?苦しいんだけど」

「…ユーリが僕の隣を選ばなくても」

「おい!離せよ!」

「僕が、君の隣を選ぶ」

「離せってば…!」

「それならいいだろう?誰にも文句は言わせない。君にも、だ」

じたばたともがくユーリの髪に顔を埋めて、フレンが小さく、はっきりと告げる。



「これが、僕の『覚悟』だよ」



ユーリの動きがぴたりと止まった。
う、とか、あ、とか小さな呻き声が聞こえる。

「か………」

「ユーリ?」

「勝手にしろ、このストーカー!!」

「耳が真っ赤だよ」

「さっきのワインのせいだろ……ほら、離せ!!」


フレンが腕を緩めた途端ユーリは後ろに跳び退き、すぐさま立ち上がってフレンに背を向けた。

「話は済んだから、オレは戻る」

「ユーリ」

「…おまえの言いたいことはわかった。そんなにオレといたけりゃ好きにしろ」

「ユー…」

「そのかわり!!」

振り返ってフレンに指を突き付ける。

「必要以上にベタベタすんな、調子が狂う。邪魔だと思ったら容赦なくぶん殴るからな、分かったか」


それが照れ隠しで苦し紛れの台詞だとわかってしまうから、フレンは小さく微笑んだ。

「何笑ってんだ…。あと、指、サンキューな」

「…ああ」

「じゃあな。しっかり見張りしろよ!」





闇に溶けて行く姿を見送って、フレンは空を見上げた。

星蝕みに覆われた空にも、美しく瞬く無数の光がある。

ひときわ輝く光に、フレンはもう一度『覚悟』を呟いた。





――――君の隣に





ーーーーー
終わり
▼追記

君の隣に・2







「フレン」


炎に照らされた顔が驚いて振り返ると、そこにはまるで夜の色に溶けてしまいそうに佇むユーリの姿があった。

「なんでここに…君は見張り番じゃないだろう」

微かな怒りの滲む声で咎められるのも構わずユーリはフレンの向かい側に腰を下ろす。

「おまえだって今日は食事当番じゃなかっただろ」

「まだそんなことを…」

「オレだけ楽すんなってさ。おまえに付き合ってやれって言われたんでな」

普段の調子で答えたユーリに対し、フレンはますます眉間にシワを寄せた。

「…仲間に言われたから?」

「あ?」

「誰に言われたんだ、そんなこと」

「誰、って…」

「僕は君を休ませてやりたいんだけど、他の皆は違うんだな」

「…………」

明らかに怒り始めたフレンを目の前にして、ユーリは困惑した。

やっぱりどこかおかしい、と思う。

(こりゃ、ストレートに聞くしかねえな…)

ひとつ深呼吸をして、少しだけ身を乗り出す。
フレンの顔を真正面に捉えてユーリは話を切り出した。


「フレン、何かオレに言いたいことあるんだろ?」

「…何故」

フレンはユーリと目を合わそうとせず、ぼそりと答えた。

「なんか最近のおまえ見てると、違うなー、って感じるんだよ」

「違う?何が」

「…上手く言えねぇんだけど、オレに対して構いすぎ、ってか過保護ってか…」

「………」

「前みたいに小言言ってくんのともなんか違うし、だったら他に言いたいことがあんのかな、ってな」

「…言ったら笑うよ」

ということは、やはり何か言いたいことがあるのか。そうと知ったら聞かないでは済ませられない。

「笑うかどうかは聞いてみねえとわかんねぇな」

にや、と笑ったユーリにフレンは不機嫌そうな顔を向ける。

「言う前から笑ってるじゃないか」

おいおい。
なんだこの駄々っ子は。

フレンってこんなんだったか?と思いながらもユーリは話し続ける。

「何拗ねてんだかしらねぇけど話してみろって、笑わねえから」

「拗ねてなんか」

「みんなも心配してたぜ?おっさんとか、エステルとかさ」

「みんな、ね」

「フレン?」

「…何か温かい飲み物いるかい?」

「え、ああ…」


脇に避けてあった小鍋を火にかけ直しながら、フレンが、ぽつぽつと話し出した。



「君は、いい仲間に出逢えたんだね」

「いきなりなんだよ…おまえだってそうだろ」

「僕は…その中にいたかった」

ユーリが目をしばたたく。
意味が、よくわからない。

「君がザウデで行方不明になったあと、何度捜索しても見つからなくて…何も考えられなくなった」

「なんで今、その話なんだよ」

「話を聞いてくれるんじゃなかったのか?」

(やっぱり拗ねてんじゃねえか…)

自分を見る表情がどこか幼くてなんだかおかしかったが、へそを曲げられても困るので黙っておく。

「君の無事を信じていたし、再会した時はすごく嬉しかったけど…つらかった」

「まあ、心配かけたのは悪いと思って…」

「違う」

「あん?」

「君が自分の無事を教えたい人の中に、僕は入っていなかったから」


あの時は精霊化やら何やら、問題が山積みだった。
あちこち飛び回っていたらフレンの危機を知らされて、ヒピオニアで再会したのだったが。

「おまえはおまえのやるべき事をちゃんとやってるって、わかってたからな」

笑って言うユーリだが、フレンの表情は固い。

「わかってる。それでもそんなこととは関係なく、君の側にいられないことがつらくて…エステリーゼ様や他の皆が羨ましくて仕方なかった」

「……フレン、そりゃ違うだろ」

フレンが顔を上げる。

「あいつらがいたからオレはおまえを助けに行けたんだぜ?おまえにだって、おまえのことを大切に思ってる仲間がいるだろ。こっちこそ羨ましいよ」

それに、と言ってユーリが空を見上げる。

「今はこうやって一緒にいるじゃねえか」

幼い頃から二人で助け合って生きてきて、何でも分けあってきた。
でもお互い選んだ道を違えてからは会わないことが増えて、ユーリが旅を始めてからはますますすれ違いが増えた。

それでも目指す先が同じだから今こうしているし、これから先もそうだろう。

「別にいっつも一緒にいなくたって大丈夫だろ、オレたち」

「…ユーリはわかってないよ」

ユーリが大袈裟にため息を吐く。

「なんだよもう…、はっきり言えよ、言いたいことがあんならさ」

「そっち、行ってもいいかい?」

「え?あ、ああ」

移動してきたフレンが座ったのはお互いの肩が触れるほどの近さだったので、ユーリは驚いて少し距離を空けようとしたのだが――

「逃げないでくれ」

「ちょ…近すぎて話しにくいだろ」

「そんなことない」

仕方なくそのまましばらく炎を見つめていると、ふいにフレンが呟いた。

「…無理だから」

「何が」

「僕の知らない君を、知ることが」

「何のはな、し…」

真っ直ぐに見つめてくるフレンの瞳があまりに透き通っていて、ユーリは言葉をなくしてしまった。






ーーーーー
続く
▼追記
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