[Springreport]
■アザミの太陽


 知らないものに飛び込む時って、スッゴいドキドキして楽しいけど、楽しさ半分不安半分なんだ、実は。ほら、食べたことない料理を食べるときとか、どんな味がするかわからないじゃん?不味いのか美味しいのか。そんな時に怖がってた子を安心させたくて、俺が食べてみよう!って思ったのが最初だったかもしれない。それが超おいしくてさ。こんなにおいしいものを一番最初に知ることができるなんて、ラッキーって。美味しいかまずいかなんて、結局はその人の好みなんだし。でも怖いんだよ。それを食べて死なないのか。食べたら死ぬものがあることを知ってるから。知れば知るほど、怖いものが増えてくる。それが大人になることかもしれない。フグに毒があるってわかったのに最初に食べた人はすごいよね。

「俺を好きになって、怖いことたくさんあるんでしょ?俺も全くないわけじゃない」
「ならばあなたは私を安心させたくて、先んじて告げたと?」
「あー、違うような。違わないような。男同士で付き合うことが怖いなら、やってみれば案外怖くないかもしれないかもよって、思ったのは本当。でも頭で考えすぎるより、確かめてみればいいんだよ実際に、って思って」
 でもさ、説明できないんだよ。この気持ちは俺にも。好きになったのがトキヤな事しかわからないから。それでも私には猶予が用意されていた。受けるも断るも。この男はこういうところが狡い。
「それが臆することなくできるのは、あなたの美点ですよ。だからこそ今がある。ですが、今後はもう少し順を追って、かつ慎重に口にしてくださいね。もしも公で言われたときには堂々と否定しますよ」
「言わないよ。この気持ちで誰も傷つけたくない。それはお互いのファンの事もさ、仲間も、お前の事も」
 以前のあなたなら、自分の気持ちに嘘をつきたくないと、気持ちを押し通していたかもしれません。時折、あなたの好きと私の好きは、もしかしたら厳密には少し形が違うのかもしないと思えてくることがある。音也の口にする好きは、どこまでも綺麗で大きく広い。なのに私の好きはどんどん相手を小さな箱に閉じ込めるような、そんな好きのように思える。音也が私の事を好きといっても、周りから見れば友好としてとらえられるような気もするが。それくらい、分かりづらい境界線なのは、言われたこちらも思うほどだ。私はそれを押さえながら口にすることは出来ないだろう。だから公然でその言葉を避けてしまう。
 俺は好きになったらどんどん好きになっちゃうから。きっとこれからもどんどん好きになる。こうもまあ相手に向かって好きを臆することなく、何度も伝えることができるのは、一種の才能ではないだろうか。
「ああでも」
 笑顔のままで努めて凪ぐ水面のような声音。そらした目線が、三度の瞬きののち再び合わさる。
「傷つけたくないから。もしもこれから先、トキヤが俺の好きを重たく思うときがくるかもしれない。その時はちゃんと言ってね。怖くて怖くてどうしようもなくなったら、そう言ってね」
「それは楽しみですね」
 言ってどうなるのですか?
 熱され冷却され、刀を打つときのようじゃないですか。私の方が先に愛想をつかすと決めつけられたことに笑いが出そうになった。傷つけたくないといったその口が、今、小さく棘を埋め込んでいく。
 楽しいと言って薦めていた漫画も、今は音沙汰もないじゃないでしょう?あれはどうしました?すぐに気持ちを切り替えられるあなたは、本当にその想いを明日に運び続けられますか。私が閉じ込める小さな箱で生きていけますか。好きだと言われて心躍ると同時に、冷水をあびせられる。本当に度し難い。どうしてこんな難しい男を好きになったのか。愛を伝える合う瞬間はもっと心踊る瞬間だと思ったそれは、聞けばうれしいと同時に、言い様のないもどかしさを感じ続けるばかりだ。