『星屑コミュニケイション:ハロウィンの話』
(2017年スイートハロウィンイベント内容が入ってる上に本題より未来の話です)
おはようを言う話。

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「ふふふ寝顔って可愛いです」
まろやかに微笑む紫之くんの声とともに覗き込んだのは寄り添うように向かい合う守沢先輩と仁兎先輩の寝顔だ。


カーテン越しの光。淡い朝の空気が室内を包む。隙間から差し込む光が撒いたった埃をキラキラと光らせる。朝の光景だ。でもいつもとは違う。乱雑に本の詰め込まれた本棚もない。吸い込む香りも慣れた布団の香りではない。
ここは武道場で、学園だ。

「守沢先輩朝苦手だからねー、本当はいつもこんな感じなんだよ」
「そうなんですか?朝は光くんたちとランニングに行かれてたからてっきり早起きなのかと」
武道場には今、俺と紫之くんと、まだ目覚めていない二人の先輩だけだ。
深海先輩と鉄虎くんは昨日は家に帰った。
真白くんと仙石くんは今日の朝食当番で先に起きている。
今日も今日とて早朝ランニングに出かけている三毛縞先輩と天満くんは習慣のように目覚めるらしいが、守沢先輩の場合は意識して起きないと駄目らしい。特に自分といるときは実情を知っているためか、起こして欲しいと頼まれるときだってある。
「あれただの希望系。Rabitsの後輩がいるから〜なんて張り切っちゃってたんだろうけど、気が抜けちゃったんだろうね」
「気を許してくださった感じで嬉しいです。…こうやって布団を並べて、朝ごはんは一緒に食べていると家族になった感じがしますね」
俺たちが修学旅行に行くのはまだ先のことだし、先輩との合宿なんて社会人になったらそうそうできるような機会はない。紫之くんの寝癖も、こうやって仁兎先輩の可愛い寝顔を見る機会もなかっただろう。
「仁兎先輩は朝遅いの?」
「いえ。に〜ちゃんは夜寝るのが早い分、朝は早起きさんですよ。…ただ、昨日は電気を落とした後もお二人は何か話されていたみたいですし、遅くまで盛り上がったのかもしれません。まだ朝食の時間はあるから、もう少し寝かせてあげましょう」
確かに。小声で何か話すような声は聞こえたけど、聞き耳をたてることでもないから、と眠りに落ちたのだ。
「ずっと年上の方のようなしっかりした印象ですけど、僕たちより2年歳上の、まだ学生なんですもん」
「大人ぶっちゃってるところあるよねー。俺たちのこと子供達って言うんだよ」
「うちもに〜ちゃんはウチの子って言ってるんですよお父さんみたいです、二人とも」
「茄子とお化け嫌いなくせに」
小さな鈴が転がるような笑い声。紫之くんはあの守沢先輩の怖がり方を思い出したみたいだ。露見してしまった弱みを、今でも取り繕うとしているけれど、背伸びをしようとしている姿が少しもどかしくて、微笑ましくて、また、そういうところは同じ男してわからなくもない。
父親と呼ぶには幼さを纏う二つの寝顔。

「仁兎先輩、丸まって小動物みたいでかわいいな……癒される」
「翠くんほんとうにかわいいもの好きなんですね」
「自分がこんなんだから余計にね〜紫之くんも、かわいいよ癒される〜えいっ」
「わあっ、翠くんかっこいいからてれちゃいます〜」
いつも学校の中ではこんなことできないけど、これも合宿の効果なのかもしれない。紫之くんがとても近くに思えた。むぎゅっと抱きしめたその体は自分とは違う柔らかさを持っている。すっぽりと腕の中に収まるその髪に顔を埋めた。
その時、武道場の扉がガラッと開く。

差し込んだ光の眩しさと逆光のシルエットが二つ。
「あ!翠くんっ創くんになにしてるっすか!襲っちゃダメっすよ!」
「おそ…っ!てとらくんしーっ」
目が慣れなくても今の声で分かる。鉄虎くんだ。まだ布団に埋まったままの二人の姿に気づいたらしい。あ、と息を飲むのは分かったが、
「……ぅ…」
「んにゅ…ぅ…はしゅめちん?」
時すでに遅し。まあちょうどいい時間だし、寝顔は十分堪能した。
「お二人ともおはようございます」
うにゅ、片手を上げて応える。仁兎先輩のは呂律こそ怪しいもの、目はしっかり覚めたようだ。眼をこすりながらふわふわと揺れている姿が本当に小動物みたいで、思わず抱きしめたくなるのをなんとか留めた。この合宿中にあわよくば一度は腕の中におさめたい。
守沢先輩は 、
「おはようございます、もりさわせんぱい?おーい」
目の前で手を振っても反応がない。
「鉄虎くんも、おはようございます」
「くりょちんだ〜、ふぁ、ふたりともおひゃよ〜」
「押忍、おはようっす!」
「おう。仁兎、高峯、紫之。おはようさん」
「んー、きりゅ……」
鉄虎くんと一緒に現れたのは鬼龍先輩。
武道場を許可してくれたのも、布団を運んでくれたのも先輩だ。鉄虎くんや守沢先輩と居ると一緒になる機会も多い。何を考えてるのか分からないし、正直なところ、強面だけでも十分怖くて近寄りがたかったのだか。少し前にドラマの件で話してからは苦手意識は少しだけ和らいだ。妹さんには敵わないのを目の当たりにして、この人も人の子なんだなと思えたものだ。とても本人に言えたものではない。
「守沢目ぇ覚ませ。みんな起きてるぞ」
「んぅ…もちろんだ……」
鉄虎くんがカーテンを開けてまわり、室内は完全に光を取り込んでいるのに、なお、もごもごと形状のない音を発しながら起き上がっていた体は徐々に布団に吸い付いていく。これは完全に寝ぼけているパターンである。こうなると布団から引き剥がすのも至難の技だ。
「なんだ?夜更かしでもしたのか?」
「ん…きのうちょっとおそくまで二人ではなしこんじゃってな、ふぁ…」
「合宿楽しんでるみたいだな。いいこった」
微笑みながらそう言って鬼龍先輩は守沢先輩の埋まった掛け布団を掴む。
武闘仕込みの技で引き剥がすのかと思ったが……おもむろに自分ごとすっぽり覆い隠してしまった。
え?とクエスチョンマークを浮かべる紫之くんの目を覆った方がいいのかと考える。別にやましいことは無いはずだ。二人の良心に限って、そんなことは無いはず。中からくぐもりながらも悲鳴と取れる守沢先輩の声が聞こえた。決して無いはずだ。
「こら!」
布団に蹴りを入れる仁兎先輩。
中から顔を真っ赤にした守沢先輩と、いささか満足そうな鬼龍先輩が出てきた。
「よう。おはようさん守沢」
「鬼龍…お前、…その声はやめろ…。あと、おはよう…」
「ふふふ、お二人とも仲が良いんですんね」
守沢先輩からはいつになく唸るような低音が絞り出されたが、赤い顔だから台無しだ。中で何があったのかはこの際目を瞑る。というか自然と目をそらしてしまった。紫之くんからみたらとても仲睦まじく見えたのなら、大丈夫。俺の癒し達は綺麗な眼をしている。


「む、あ、紫之くん、おはよう」
「おはようございます守沢先輩」
「みんなもおはよう」
紫之くんに見られた事にちょっと気恥ずかしさを感じたのか、居住まいを正して各々朝の挨拶を交わす。眼鏡をかけていないからおおよそぼやけた世界なのだろうけど、今日の最後の寝坊助が起きた。
「みんな起きてますね。もうすぐ朝食できますから布団畳んで顔洗ってきてください」
かくあらば使おうと思ったのか、エプロン姿にフライパンとお玉を携えた真白くんが顔を出す。本当にあれする人いるんだ、と感心した。さすが演劇部なだけある。その姿があまりにも様になっているからこれまた紫之くんと顔を合わせて笑った。


新鮮で慌ただしい朝の支度新しい景色の中ふと鬼龍先輩の言葉が蘇る。
『昔のコイツに似ている』
俺の何処をとってそう思ったが、鬼龍先輩の瞳の中には、たくさんの知らない守沢千秋がいるはずだし、守沢先輩はその頃の顔をひた隠しにしているのだろう。
スーパーノヴァの事件の時から感じているゆるく喉元に絡む引っかかりだ。
あの時日に日に疲弊しているのは手に取るようにわかったのに、守沢先輩はついぞ俺たちの前では笑顔でいたのだ。
何故鬼龍先輩だけが『見えなくなってしまった』のか。不安を抱えたまま目前に迫るライブの準備と多忙からの焦りが色濃くなり始めた時、発端の二人からは「見えるようになった。心配をかけてすまない」と簡潔にことをつげられた。結局のところ本人たちも原因は分からずじまいだったらしい。
憂うことなく遊園地ライブに望むことができる安心感が抜きん出て、深くは追求しなかったものの、時折「鬼龍先輩はちゃんと見えてますか?」と問いかけてしまうあたり、まだ不安は完全に拭えたわけではない。

布団を上げる最中、武道場の入り口で並び立つ二人の姿が目に入った。取り繕ったような背伸びのない笑顔が溢れる。
ナスが嫌いだし、お化けが嫌いな事も新たに知った。
(俺はまた一つ、ありのままの守沢千秋という人に触れたけど…多分鬼龍先輩はそんなこと、とっくの昔に知っているのだろうな)
知れば知るほど、知らないという事に気付いてしまう。あとどれくらいの事を、守沢先輩は自分の前に曝け出すのか。それはこの先もずっと続くのか、と考えるとほんの少しの淋しさが過ぎる。卒業まではあと半年もないんだ。


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ハロウィンイベント絡み。本編進んでないですけどね!
何も考えずに進めたら翠くんがおセンチになってしまった??
時系列調べてないのですが、硬派→ハロウィン→風雲と考えています。