「よみがえるとしたら、会いたいと思いますか?」


生きることは、死にむかうこと。
それは万物の時の流れの約束事項。
この地球でさえ、その掟は変えられない。
星も死を迎える。それは人間に比べれば、膨大な時間はかかるかもしれない。でも。いつかかならず訪れる。
今見ている星の輝も、もう存在しない星の、最後の光かもしれない。
ならば、生まれる意味とは。生きる意味とは。
あるのだろうか。
あるよ。
星を見上げて、人は物語を作ることができた。
それはあの星が輝いていてくれたから。
船乗りが、旅人が、道に迷わなかったのも。
星が輝いていてくれたおかげ。
そんな風に。
もしも俺が歌って、誰かをハッピーな気持ちにできたら、それって、俺が生まれた意味で生きる意味。
だからこそ。
君に出会うために、生まれたいと神様に願ったんだ。

未来の彼は、そう歌うのだ。





「そもそもさ」
カフェオレを飲み干した口が、
「急に『死んだ人が生き返りましたー』って言われて、すぐに信じること出来るのかな?」
「どうしてそう思うのですか?」
眼の前は相変わらず、時を止めたゾンビたちが待ち構えている。
「いや、なんかさ。死んだ人って、もうこの世から居なくなったわけじゃん」
あまりにも正論だが、確信めいた言葉にも聞こえる。まるで何かを否定しているような無機質さが、日頃の彼からかけ離れているように思えた。
興味深いことを言う。
まっさきに喜びそうなイメージを持っていたが。音也は蘇りを拒んだ。
「驚くと思うし、疑うと思うし、嬉しいって思うのって、ちょっと時間かかると思うよ」そう言って、うーん、と何かを一人で探っている。頭を捻って、知っている言葉に辿り着こうとしていた。
視線が、使い込まれたギターへたどり着いた時、「あ」と、ひらめきの声が上がる。

「生き返るっていうより、また会いたいって感じかな!」

音也自身は、納得したようにうなずきながら、再びゲームを初めた。
相変わらずおどろおどろしいうめき声が響く中、言われた意味がわからず、更に迷宮に入り込んだ気分だ。
トキヤの言ってたの正解!そう聞こえた気がするが、何が正解なのか、よくわならない。
もっと迷宮入りしてしまった感情を、どこに向かわせれば良いのかわからない。
生き返ることと、また会うことは、同じではないのか?
この疑問の拭いきれないまま、望んだテストは、リアリティの表現では評価された。






ただ。
その質問をすべきではなかっと知ったのは、夏も終わるころ。太陽を燦々と浴びた、向日葵の花とわかれる頃だった。

この学園を卒業すれば、おおよそ散り々になるだろう相手。
だからこそ、多くの世界を知りたかった。
誰かを亡くしたその上で、会えるとするならば。
その時どう感情が動くかということを。



「あーぁ、やっちゃった」
うなだれながら部屋に戻ってきた姿。

書類不備で、返却されたらしい。
何かと思えば、振り仮名のカタカナ表記をひらがなで書いたらしい。訂正と訂正印を押してくるように言われたと、ぼつぼつ言いながら書類に向っていた。
学園からの斡旋の仕事だったみたいだが。
「これ、今日だめだと来週の手続きになるんだよ」
「それはちゃんと読まなかったあなたの問題でしょう」
現に、振り仮名欄にはカタカナで記入、と書いてあった。
「そうだけど……月曜締切で月曜につくのって、やる気ないって思われそう〜」
「締切にさえ間に合えば、あとは内容次第では」
「そっかなぁ。あ、トキヤ朱肉かして」

確かに持っているのだが。
さも当然そうに物を借りていく。そして時折、帰ってこないこともある。
音也は随分と共同生活に慣れているようで、自分のペースの作り方がうまかった。
こちらとしては、慣れない同居と、よりにもよって騒がしい相手ともあり、一年先までの疲弊を覚悟したものである。
仕事で帰りが遅くなるとき、既に寝静まっている姿に安堵した事も、数え切れないくらいだ。

『兄ちゃん姉ちゃん、弟や妹も沢山いたからさ』
その情報だと、大家族なのだろうと思うでしょう?

忙しいゴールデンウィークは短期のアルバイト。夏に近づき、連休があれば避暑地の泊まり込みのアルバイト。それ以外でも単発の、ライブハウス等のバイトで出かける姿も何度か見かけた。
欲しい物を得るために自ら資金を稼ぐ姿はいいのだが、時折資金不足に嘆く姿も見る。
現に今回も、週末にある大型のライブ会場のスタッフに申し込んでいたみたいだ。
気づく限りでは、どうも必要経費は自分で稼いでいるようにも思える。
継続的なものではなく、短期の、飛び込みのようなものが多い。そういった場所でも直ぐに打ち解けているも、才能の一つといえるが。
「前回の課題でギリギリの点数だったのでは?また月末に同じ課題が出るでしょうに」
成績もそこまで良いとは言えないのに、バイトに明け暮れていていいのかと問えば。
どうしても欲しい物があって〜と、思い描いている顔。大家族で苦労しているのかもしれないが、ふと気になる。
「ご家族に出世払いでも申し出てみては?」
そこまで言うが、彼が家族に連絡する姿を、見たことはなかった。



「俺、5歳から施設育ちなの」
言ってなかったっけ?とあっけらかんと言う。
それだけで、ある程度のことが語られる。
兄や姉、妹や弟が沢山いる。ちがう『沢山いた』と言っていたか。
確かに考えて見れば、兄弟が何人いるかなんて、一緒に暮らしていれば言えるはずだ。
施設にいれば月々の決められた小遣いを受け取ることはできたが。全寮制という早乙女学園を選んだ時点で、その生活費は自分の稼ぎによるものになった。
そもそもの、後ろ盾は彼にはない。
「母さんは小さころ亡くなったし、父さんはどちらも知らないし」
「どちらも?」
「母さんが……母さんじゃなくて、俺を育ててくれてたの、叔母さんだったんだけどね。俺が小さい頃病気で亡くなって。それから施設で育ったんだよ」

あ、ちがう。俺の本当の父さんはどこにいるか知らないけど生きてるかもしれない。叔母さんの旦那さんは、俺が来た時には亡くなっていたから。
顔も知らない。
本当の母親は生死不明、父親も消息はわからずじまい。育ての母親は実母の姉にあたり、5歳の頃に病死。姉の夫もどうやら随分前に他界している、とのことだ。
それぞれの名のつく指で関係を説明してくれたが。

「俺の名前って、半分は、会ったことのない旦那さんから貰ったものなんだよね」

そういって、不備で戻された書類にひらがなを二重線で消し、『イットキ オトヤ』と書き込む。
その側に押された、初めて見る、姓の印。




彼の言っていた『兄弟』は、何かしら家庭の事情があって、家族と暮らすことができないんだ子供たちだった。
それが、特変したものだとは思わないが、詳しく知っているわけではないので、なんと答えて良いのか戸惑う。
彼の隔てなく接する根幹が、その生活にあるのだと理解した。過剰な気遣いこそ失礼だと思うが、それでも、


『よみがえるとしたら……あなたは会いたいと思いますか?』

『蘇るのは、嫌なだ』
『生き返るって言うより、また会いたいって感じかな』


知らずとはいえ、その質問を呼び起こし、羞恥した。
彼のイメージを、勝手に押し付けていた。
彼が思い浮かべたかもしれない、亡き人たち。
彼にいなくなった事を蘇らせてしまったことが、申し訳なくなった。
「だから、一人部屋だったらどうしよう〜って思ってたからさ。トキヤが一緒で良かった!」

込み入った事情に触れてしまったとこに、謝りを入れると、
「よく言われけど、俺あそこの生活大好きだったから、むしろ離れるの嫌だな、って思うくらいだよ」
努めて明るく振る舞っているわけではなさそうだった。

「一人になりたいとは思わないんですか?」
「思わないわけじゃないけど、いままで誰かと一緒に暮らすのが当たり前だったから。想像できないや。トキヤのところは?」
「私はずっと一人暮らしだったので……こういう生活に慣れていないんです」
「トキヤのところも?」
「あ、いえ……両親は健在です……。ですが、ここ数年は、一緒には暮らしていません……」
「そうなの?お兄さんと一緒かと思ってた」
「兄……HAYATOとは、生活の時間帯も違いますし。彼は彼で忙しいでしょうから。私は別の仕事をしながら、一人暮らしをしているんですよ」
彼が真実を語ってくれたのに、この上、嘘をつくことが申し訳なくなる。この一年間だけの相手だから、そう言い聞かせても、罪悪感が拭えない。
これ以上深く入ってこないでほしい。
仕事のことはもちろん言えず、それでいて、両親のことを上手く説明できない。
思い出す。冷え切った食卓。
言葉のない、味のない食事。色のない光景。
その原因が自分にあったから。

「じゃあもしかして、俺がトキヤの相部屋第一号ってこと?一番乗りじゃん!トキヤの歴史にしっかり刻んでよね!」
俺が楽しいこといっぱい教えてあげる!
予想外の方向に舵を切られた。
何でも一番に飛び出す男だとは思っていたが、そこも一番乗りの基準になるのだ。
だが、話の方向が変わったのに、安堵した。
「何故あなた基準なんですか。静かに暮らしたい人がこの世にいることを知りなさい」
「えーみんなで居たから、寂しくなかったよ」

聞いてもいないのに、施設の、彼のいわゆる『家族』の紹介をされる。
いつか紹介するね!と途方も無い約束もされた。
彼の根本を気づいた場所。そこには私の知らない『家族』という形があった。私の求めた、笑いあい助け合いながら苦楽を共にする、あたたかい日だまりがあった。
ならば私が育ったあの場所は、かぞく、なのだろうか。
きっといつか、ちゃんと向き合って話をすることが出来るかもしれない。
なによりも、まだ自分の方が、『家族』を、語ることができないのだ。


ところでさ、とひらめいた瞳がこちらを見つめる。


「トキヤ、俺の名前書いてみてよ」

まるでお互い籍を入れるような流れになったのは、どうにも理解できませんが。
『いっとき』
生き返ることは望まない。それでもまた会いたいと願う中に、この音色をもつ二人がいるのだろうか。

わすかな時を表す音でもあるが、遠い未来にこの名前がつながる。天壌無窮の音にも聞こえた。



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『一からはじまる』の直前。
きっと想像するより、色々な手続きを、音也はやっているんだろうな〜と思います。そのうえで、一十木という名字を書く時、どんな思いなのかなって考えていました。
その名前は、姿の知らない男性からの継承であるんだろうって思うと、一十木夫婦のこともっと知りたくなってしまいます。