『知らない』
「へ?」
『だから知らないと言っている』

いつもの如く淡々としたアッシュヴラウン。
何かを質問した者、ハオラはポカンと口を開けている。

『間抜け面。』

「うっさいな!
だって、自分の誕生日を知らないだなんてあるわけが……。
アッシュヴラウン、俺に教えたくなくて嘘ついてんじゃないだろな〜??」

ハオラは、不満げに口を尖らせた。

『知らないと言ったら知らないんだよ。チビガキ。』

飲んでいたカップを横に起き、アッシュヴラウンは心底嫌そうな顔をした。
軽く邪気まで滲み出ている。

『そんなに知りたいなら説明してやる。
僕はな、人並みに誰かに望まれて見守られながら生まれてきたわけじゃないんだ。
卵から孵ったら、よくわからない洞窟のなかに独り。
生活する群れを探すしか余裕がなかった。
生まれた日なんか知るよしもないし、例え知った所でどうでもいいんだよ。
わかったか。』

苛立った、しかし辛そうな表情で言い切ると、アッシュヴラウンは無表情になり溜め息をつく。

ハオラは、後悔した。
この質問をした事で、自分は彼の古傷を抉ってしまったに違いない。

『…はぁ…。』

「…あ、の…。ごめん……。」

『いや、八つ当たりした僕が悪い。
こんなどうでもいい事でね。』

800年以上生き、大人になった今では、誕生日など気にするに値しない。
だが、生まれた瞬間を思い出すのは気が滅入る。それだけなのだ。

生後1秒で途方に暮れた者など自分くらいしないないのではないのか、と。
虚無感や孤独感に苛まれるくらいなら、何も考えずにいるほうが楽だ。実質800年間、そうだった。

「よくないアルよ!アッシュだって生まれてきてここにいるんだから、誰かにお祝いしてもらう日があったっていいと思うアル!
―――…よし……。俺、決めたぞ。」
『……?』

「俺とクリア・ライフとアッシュ、3人が出会った日をアッシュの誕生日にする事!!
だって、今俺達と冒険してるアッシュが生まれた日は、あの日だもん?」

『は……?』

「へへへっ。武術界とラインハットのプリンスが決めたんだから絶対アルよ☆」

『職権乱用か。どうかしてる…。』

「アッシュヴラウンがこの先ずうっと、今日みたいに悲しい顔するのやだから。
そんなのきっと、クリア・ライフだって見たくないだろうしな。」

『自分勝手。ありえない。
お前の脳ミソうまのふんなんじゃないのか。機能してないんだろう、そうに決まってる』
「汚いな〜…」

悪態をつきながらも、アッシュヴラウンは感じていた。
本来、過去に踏み込まれるのが嫌いなはずの自分が、喜んでいるのを。

存在を大切にしたいと言われた事など、慣れなくてもどかしい。
そのもどかしさからか、苛立ちは募る。

しかし、嫌ではないのだ。
人並みであって良いという事に、飾り立てない善意にもどかしさを感じているだけで。

アッシュヴラウンは、再び呟いた。

『死ねばいいのに。』
「しっ、死ねばって…ひどいアル!!」
『昔っから、お節介で、ウザくて……。人の事ばっか気にして…。
ラインハットの人間は本当に嫌いだ。』

ハオラは気付いた。
アッシュヴラウンの顔が、僅かに綻んでいる事に。

孤高の魔族が、心を許してくれている姿を見たのだ。

ほんの少しだろう。
けれど、信じてもいいのだろうか。

自分は、信頼されていると…

「へへっ…あの日が来たら、クウォンとでっかいケーキとご馳走作るからな!!」
『いいよ、子どもじゃあるまいし…。』
「じゃあプレゼントあげるアルよ!何がいいアルか?」
『武術の神の莫大な経験値。だから早く死んでくれないか。』
「Σまっ、まじめに答えろ、暗黒モンスター…ッ…!」
『うるさいなぁ…。』




「やっぱりあの二人、仲良し‥です‥。」
「はたから見れば、ハオラっちが口撃(こうげき)されてるだけなんですケドね。
…まあいつものコトか」


そんな二人を、陰からクリア・ライフが微笑んで、サンディが呆れ顔で見ていた。



********


むしゃくしゃして書きました←

多分アッシュヴラウンのことですし、今まで、1年たったからひとつ年とったくらいのアバウトにしか年齢把握してなかったのだと思います(正しくは800ウン十年は生きてるかと)