「で、今からハイドシーク行くわけ?」

蜜柑は、呆れたような表情で白石に言った。
いくら幼馴染とはいえど、彼の能天気さに心底呆れていることには変わらないのである。
しかもそれが此処10年以上たっても全く変わっていないのだからよけいである。


「まぁな。やから此処寄ったんや」
「え!?あそこって立入り禁止なんじゃ…!」


白石の思ってもみなかった返答に、切原は驚いた。
ハイドシークには絶対入るなと幸村から脅し付きで言われている上、柳や丸井から樹海にまつわる色々な怪談話を散々聞かされているからだ。

勿論、何で入ったことの無いはずの彼らが、そんなリアルなことまで分かるのかというのは疑問に思っていたが。


「あぁ、オレが一緒におらん時はな。オレはあそこの地形は把握しとるし」
「ま、あの樹海から生きて戻ってこれるのは今じゃ蔵之助くらいだしな」
「そうなんッスか??」


切原は楓の話を聞いて首をかしげた。
ハイドシークは入ったら一生出れないとまで言われる樹海で、自分から入りたがる人間は殆どおらず、いても自殺志願者くらいだと、幸村や柳から聞かされている。
そんなところに白石が入りこんでいっても生きて帰ってこれている、ということに疑問を抱いたからだ。


「まぁね。…謙也君なら分かるかもしれないけど、あの樹海、半径100から150キロ以上…大体ルイナの30倍くらいの面積かな?それくらいにわたる針葉樹の密集地帯でさ。あそこに入ったが最後、すぐ方向感覚も無くなっちゃって、自分が今何処を歩いてるのか、何処から歩いてきたのかさえ分からなくなるのよ。たとえまっすぐにしか歩いてなくてもね。しかも気候上、すごく霧が発生しやすいし、針葉樹林だから冬でも葉が落ちないから日光もあんまり当たらないし、薄気味悪いことこの上ないから、余計惑わされやすいのよ」
「ラジオの電波は勿論、無線もとどかない。人を惑わす迷いの森。迷ったら一環の終わり無き永久のかくれんぼ。…まさに、死への末路よね」


切原はその話の内容に驚いたが、何よりもその話をかるーく流すかのように笑顔で話している蜜柑と楓を恐ろしくも感じていた。
そして自分の隣にいる謙也に至っては、幽体離脱して樹海の話を聞き流してしまおうと必死になっている真っ最中で、ホントに彼が自分より年上なのかということさえも疑ってしまうほどだった。


「そう固まんなや。オレがおりゃ迷子になんかならへんし、そんな身構える必要ないで」
「お前は能天気だからな。つっても、言うほど深いとこまでは行かねぇし、一本道しかないから」
「朝は霧が出んからな。まぁ、他にも理由はあんねんけどな。早朝のがええっていうのはそれや。いくら俺でも霧がかったハイドシークをうろつきまわんの嫌やからな」
「まぁ、これ以上は脅さないから安心しなよ」


脅す気でいたのか…。
そう思うとホントに脱力感満載なのだが、一々こんなことで反応していたら身が持たないからか、忍足はすでに反応をするのをやめていた。

いや、彼の場合、聞きたくない話が終わったからリアクションを辞めたに過ぎないのかもしれないが。


「そうや、姐さん。アレくれや」
「あぁ。ちょうど溜まってきたところでね。ついでに今朝でたアラも持ってって。裏においてあるよ」
「大体どれくらいや?」
「2キロくらい。お前もホイホイ使って取れや」
「そら、ハエとりの奴使ったら楽チンやけどな。その辺に売っとる奴は手も突っ込めんのや」
「ハエとりのが安いのに」


白石と楓の意味深な会話に疑問を覚えたが、その内分かることだろうと謙也は判断し、首を突っ込もうとはしなかった。


「おおきに、また来るわ。…謙也、切原、行くで」
「おー、いつでも来い」
「えぇ!ちょ、待ってくださいよ白石さん!」
「お前、人置いてくなや!!」


そう言って何そ知らぬ顔で店を出て行く白石を、切原と謙也は追った。



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