花と蜜蜂・後(※リクエスト・ユーリ女体化)

続きです。裏ですので閲覧にはご注意下さい。







暖かい感触に包まれた瞬間に達しそうになるのを、フレンは必死で堪えた。

あのユーリが美しく着飾っている姿を見ているだけでも我慢するのが辛かったのに、肌を触れてしまえばもう抑えなど利かない。
自分の性器を口に啣えながら、時折挑むような視線を投げ掛けるユーリの表情も、いつも以上に卑猥に感じてしまう。

ここは自室ではなく鍵を掛けたかどうかも定かでなかったが、誰かに見られてもいいとすら思っていた。
信用を失う事より、ユーリを失う事のほうが恐ろしい。ユーリもそうなのだろうか、と思って髪に手を触れると、顔を上げたユーリと眼が合った。

熱を帯びて蕩けた瞳がいやらしく見返し、濡れた唇の鮮やかな赤に釘付けになる。

ユーリがゆっくりと舌なめずりをしながらフレンの身体に自らの身体を重ね、そのままフレンの胸元に顔を埋めてぎゅうっと抱きついた。頬を擦り寄せる様子がまるで猫のようだ。
その項にそっと手をやり、優しく撫でてみる。


「ん…っ、何だよ…擽ってえな」

「…今日のユーリは何だか猫みたいだな」

「そうか…?」

顔を上げたユーリがフレンの頬をぺろりと舐めた。

「…こんな感じ?」

「…猫の真似をして欲しい訳じゃないよ」

「贅沢な奴だな…だったら」

ユーリがフレンの首に腕を回し、ぐっと力を入れて引き起こそうとするので、フレンは身体を起こした。中途半端に脱がされているフレンと違い、ユーリはまだドレスを身に着けている。

長椅子の上、フレンの足の間に収まるように座るユーリは、ドレスの裾を派手に捲り上げて見せた。


「そろそろ邪魔なんだよな、コレ。…脱がしてくんない?」

「…もう少し見ていたいけど」

「どうせもう一回着るんだからいいだろ?」

ユーリはフレンの手を取り、先程触れていた首の後ろへと持っていく。どうやら、その部分の留め金を外せ、ということらしい。


「…本当に…今日のユーリはいつもと違うな」

「たまにはいいだろ…?こういうのも、さ」

「…そうだね」


言うと同時にユーリの腰を引き寄せ、言われるままにドレスを脱がしてゆく。露になった首筋に舌を這わせ、耳朶を甘噛みするとまた花の香りに目眩を覚える。

視界の端に白い花を捉えながら、その花よりも白いユーリの肩に噛み付いていた。




「あ――ぁ、ッあ!!」


ユーリが白い喉を反らせ、髪が乱れる度に汗と甘い香りが辺りに散る。
香りを吸い込む毎に興奮が増し、理性の箍がひとつずつ音を立てて弾けていくような気がしていた。

いつになく煽情的なユーリの様子も、妬いていると言うにはあまりにも挑戦的な態度も、全て愛しい。
ユーリが積極的に求めてくれるのなら、細かい理由など後回しにして応えるだけなのだ。鬱積していた様々な不満は、ユーリに触れて全て霧散したかのようだった。
ユーリの腰を抱え直して強く押し上げ、乳房を押し潰すように掌を捻ると、悲鳴とも嬌声ともつかない高い声が響き、フレンの耳に残響となって繰り返す。

少し乱暴な愛され方に、切なげに眉を歪めながらもユーリはフレンを止めようとはしない。強く抱き着いて離れず、フレンの首筋に顔を埋めて、フレンがしたのと同じようにその肩に噛みついた。


「つ……ッ!!」


鋭い痛みが走り、思わずフレンが声を上げる。

その拍子にユーリに触れている全てに力が入り、ユーリもまた悲鳴を上げた。


「んぁアッッ!!」

「う…っく、あ、ユーリ、ごめ……!」

「っの…、骨、折れるだろ…っが……!!」

実際、抱き潰しかねない勢いの力が瞬間的に掛かった。同時にユーリの身体にも力が入り、繋がる内側を強く締めつけられて快楽が一気にその部分に集中する。

ユーリの身体を抱き締めたまま動きを止めて堪えていたフレンだったが、今しがたユーリに噛み付かれた箇所にぬるりとした感触を覚えてそこへ視線をやる。

ユーリの朱い舌が、自らの付けた噛み跡を丁寧に舐めていた。


「…う………!!」

「ん…?ぁ、は………!」

ちろちろと蠢く舌と、それに合わせて響くぴちゃぴちゃと粘着質な音。瞳を閉じて忙しなく息を継ぎながらその行為を続けるユーリ。



どくん、と跳ねたのは何だったのか。



互いの心臓か、貫いている塊か、それを包む柔肉なのかわからない。

ただ、何かが爆ぜた。

いつもと違う姿、香り、場所の全てがひたすらに互いの興奮を煽って性感を高め、どんどん高みへと上り詰めてゆく。

これ以上の昂りはない、と思った時、ユーリの髪が解けてフレンの顔に降りかかり、かろうじて繋ぎ留められていた花が香りの軌跡を残しながら音もなく落ちた。

その香りが最後の刺激となって、フレンはユーリの腰を強く引き寄せた。
同時にユーリの背が大きく逸り、細く高い絶頂の嬌声を聞きながら、強く締めつけるその奥に熱い滾りを全て吐き出していた。







「――媚薬の原料…?」


姿を整えたフレンが呟く。
その手には、行為の最後で床に落ちた白い花が握られていた。
何かおかしいとは思ったが、まさか本当にそのような物の材料となるものだったとは。


ユーリもドレスを身に着けていたが、髪を元通りに纏めるのは諦めたようで、長い黒髪はいつものように背中に垂らされていた。


「ああ。その花の蜜を集めて精製すると、えらく強力な催淫作用のある媚薬が作れるらしくてさ」

「…そんなもの、どうして髪に飾ったりしたんだ」

「薬を作るから集めて欲しい、って依頼だったんだけどな。効果が強すぎてヤバいらしい。途中でジュディが気が付いて依頼は破棄させてもらった」

「そうじゃなくて…」


ユーリがフレンとは反対側を向いて隣に腰掛けた。


「で、エステルからの依頼の話はしたよな?」

「あ、ああ。…え、わざわざ依頼として受けたのかい?」

「そうすればカロル達もあの場にいられるだろ」

「…?それが何か関係あるのか…?」



フレンの恋人はユーリだということを周りの人間に知らせたい、と言われた時、ユーリは始めその話を断った。
だが詳しく聞くとフレンも確かに苦労はしているようだったし、そのようなことで煩わしい思いをしているのなら馬鹿らしい。

「…まあ、あんまりいい気がしなかったのも確かだしな」

「それでこんな事を?普通に会いに来てくれればそれでよかったのに」

「おまえには好きな女がいる、って周りの奴に解らせる為なんだから、それじゃ意味ないだろ」

フレンに付き纏う者を諦めさせるためだったのだ。
そのため、エステルが言うには『あんな美人には私なんか敵わない、って思わせなきゃだめです!』という事で、こうして着飾るはめになったのだ、とユーリが言った。

だが、それと花が何の関係があるのか。
再び問われて、ユーリがふと顔を逸らした。

「エステルから話を聞いて、その…ちょっと不安になったんだよな」

「不安?何に?」

「いや、まあ…美人ばっかの中にオレが出てったとこで、別に向こうは何とも思わないんじゃないか、とか」

「…は…」

思わず吹き出したフレンだったが、鋭く睨まれて慌てて笑いを飲み込んだ。まさか、ユーリがそのような事を気にするとは思わなかった。

装いが地味ではないかと気にしたのも、自分を見て相手が身を引かないのでは意味がない、と思ったからだ。

それに、エステルのような可愛らしいデザインのものを着るつもりもないし似合わないのもわかっている。だが、美しく着飾った女性を見慣れてしまって、フレンが『その気』にならなかったら癪だ。

だから一輪だけ花を拝借した。

強い作用を持つのは蜜で、香りはそれほどでもないと聞いていた。

「もし他の奴らが邪魔でおまえに近付けなかったり、逆に万が一花のせいでおまえが暴走したりした時のためにみんなにも一応来てもらったんだけど。まあ、今頃普通に楽しんでんじゃねえの」

「…君の思惑もうまく行ったし?」

「うるせえな、いいだろたまには!」


何を今更照れているのか、と思いながら、フレンは指先で花を弄んでいた。まだ微かに香りはするが、もう情欲を誘われることはない。

こんなものに頼る必要などないのに、と思いながらも、複雑な気持ちだった。


「…ねえユーリ」

振り向いたユーリの髪に花を挿し、そのまま頭を引き寄せて胸元に押し付けるようにすると、鼻先を今飾ったばかりの花が掠める。


「もう、これを使うのはなしだからね」

「ん?そんなにキツかったか?てか効果あったのかよ」

「…一応、あったような気はするけど。でもこれはもう使ったら駄目だ」


首を傾げるユーリにフレンが言った。



「他の誰かを引き寄せたらどうするんだ」



本当は、花などなくともユーリに惹かれる者は多い。余計なものを近付けたくないのはフレンも同じなのだ。
ユーリもきっと、花の香りに酔っていたに違いない。いつもと違う大胆な行動も、説明がつく。



「君が花そのものなんだよ」


地味だなんてとんでもない。あのフロアで、ユーリが一番人目を引いていた。

そう言われて顔を赤らめるユーリの髪に口づけを落として、フレンはふと、口を衝いて出そうになった言葉を飲み込んだ。



使うなら、僕の前だけで


ユーリの蜜を味わう事ができるのは自分だけでいい、と思う。
だがこんな考えを知られたらただでは済みそうになかったので、それもまた自分の胸にしまい込んだ。




ーーーーー
終わり
▼追記

花と蜜蜂・前(リクエスト・ユーリ女体化)

9/1 舞子様よりリクエスト、フレ♀ユリで微裏ぐらい…?ですので閲覧にはご注意下さい。リク詳細は追記にて。






「お相手して頂けませんか?」

そう言って差し出された白い手を取りながら、これは夢なのか、とフレンは小さく呟いていた。







「…なんか、地味じゃね?」

自らの姿を鏡に映すユーリの少々不満げな様子に、皆は驚き、そして軽く吹き出した。

「何で笑うんだよ」

「だって、あなたがそんな事を気にするとは思わなかったから」

くすくすと笑うジュディスの言葉に、ユーリはむっと頬を膨らませた。その表情は、普段と違う装いのせいも相俟ってより可愛らしさを増している。カロルなど、まともにユーリの姿を見られずにいた。

「とってもよく似合ってますよ、ユーリ!地味だなんて、そんな事ありません!」

「う、うん、ボクもそう思う…よ?」

「はっはっはっ、お子様には刺激が強すぎたみたいね〜」

「そ、そんなことないよ!!」

そう言いながらもレイヴンの後ろに隠れてちらちらと顔を覗かせるカロルに、ユーリは呆れ混じりの溜め息を吐き、再び鏡で己の姿を確認した。


深い群青色のドレスは、『ユーリの目の色に似ている』と言ってエステルが選んだものだ。縫い込まれた細かい銀糸や小さな宝石が身体を捻る度に控えめな輝きを放ち、腰の下辺りから裾に向けて広がるラインが優美と言えばそうなのかもしれない。

だがやはり、ユーリは鏡の前で首を捻らずにはいられなかった。

露出も装飾も少ない。
派手に着飾った貴族の令嬢ばかりの場で、これではあまりにも目立たないのではないか。そうとしか思えなかった。

「どったのよ、ユーリ。何か不満でもあるわけ?」

「不満ってか…オレは別にいいんだけどさ、依頼の内容的にはどうなんかな、と思ってさ」

「別にいいんじゃない?どうせあいつ、相手がアンタならなんでもいいわよ、きっと」

「…なんでも、ってな…」

「それに」

皆から少し離れてユーリの様子を眺めていたリタが、つかつかと近付くとユーリの背後に回った。

「…どうしたんだよ」

「露出が少ないとか、アンタ本気でそう思ってんの?」

「どういう意味だ?」

「…わかんないなら別にいいわ」

「さあユーリ、仕上げをしますからこっちに来て下さい!みんな、また後で会いましょうね!」

エステルと共に別室に向かうユーリを見送り、仲間達は顔を見合わせて笑った。

「何だかんだ言って、結構ノリノリじゃないの、ユーリってばさ」

「当たり前なのじゃ!ユーリだって、何処の者とも知れぬ女に恋人を奪われるのは嫌に決まっておるからの!」

「どこの、って…貴族のお嬢様なんだから、よっぽど身元は確か…痛あっっ!?何するのさリタ!!」

殴られた頭をさすりながら涙目で睨むカロルを無視し、誰とはなしにリタが呟いた。

「全く、面倒臭いったらないわね…」

「大丈夫よ、そんなに心配しなくても。私達も準備、しましょう?」

「…そっちも面倒臭いのよね…」

エステルに無理矢理付き合わされたリタはいつまでも文句を言い続け、レイヴンはカロルと目が合うと両手を広げて大袈裟に肩を竦めて見せるのだった。






「はあ……」

分かっていた事とはいえ、フレンは酷く疲れていた。

それ程大きな催しではない、と言われていたが、充分な規模と広さのように思えた。これで大した事がないというのなら、もっと盛大な式典の後などはどうなってしまうのか。
今後、自分にとって無関係とは言い難い事実を前にしながら思い出すのはたった一人の恋人の事だけだった。

群がる女性達からやっとの思いで逃れ、僅かに開いた窓からの風に揺れるカーテンに身を隠すようにしながら、壁にもたれかかって溜め息を吐く。


その時、フロアがにわかにざわついた。


何かと思って見れば、フロアに入って来たのは見覚えのある二人の女性。

一人は桃色の髪を結い上げ、ふわりとした可愛らしいデザインの白いドレス姿の皇女エステリーゼだ。そして、その隣に並んで歩く黒髪の女性の姿に、フレンは思わず隠れていた柱の陰からフロアへ飛び出していた。


ふらふらと引き寄せられるようにその女性の元へ近付くと、フレンに気付いた女性が艶のある笑みを浮かべ、白い手袋に包まれた細い指を差し出して言った。


「お相手して頂けませんか?」


その手を取って持ち上げ、掌に口づける。周囲のざわめきなど、この時フレンの耳には入っていなかった。



「…僕は、夢でも見てるのかな…」

「夢?そんな力一杯抱いといて実感ねえの?」

踊りにくい、と言われる度にユーリの腰に回した腕の力を緩めるが、またいつの間にかつい強く抱き寄せてしまう事を繰り返し、既にユーリも文句を言わなくなっていた。
それどころか逆に身体を擦り寄せて来るユーリの様子が、余計に『これは夢だ』とフレンに思わせる理由になっているのだった。


「とりあえず、どうして君がここにいるのか教えてもらいたいな」

「おまえに会いたかったから?」

「…だったらどうして疑問形なんだ…」

悪戯っぽく見上げてくる瞳に心臓を跳ねさせつつも必死に平静を装い、徐々にフロアの隅へと移動する。

中央付近で踊る二人は注目の的で、普段ならそういった視線を嫌がるのはユーリのほうだ。

だが、今はどうだ。

ユーリにダンスの心得があるとも思っていなかったが、軽やかにステップを踏む姿は驚くほどさまになっていて、むしろフレンのほうがリードされているような状態だった。

楽しげな様子のユーリはフレンしか見ていない。周囲の視線に耐えかねたフレンが少々強引に場所を移動しようとしているのには気付いたようだが、それでも笑みを絶やす事はなく、微かに聞こえてくる囁きすら楽しんでいるように見えた。


ユーリの動きに合わせ、美しく結い上げた髪に飾られた花が優しく香る。普段は大きく寛げられている胸元は、今は首の中程までを群青色の布地に包まれて一見すると控えめな装いに見えるのだが、ユーリの背に手を触れたフレンは一瞬その感触を疑った。

掌に伝わったのは、ユーリの滑らかな素肌の感触。

思わず覗き込んだ背中は大きく開いていて、腰の少し上までがほぼ全て見えているような状態だ。隠すように掌を広げたら『くすぐったい』と言って更に身体を押し付けられ、もう悠長に構えている余裕はなくなった。



ユーリの腕を引き、騒がしいフロアを大股で抜けて行くフレンの姿を、いつの間にか紛れていた仲間達が見送っていた。




「どういうつもりなんだ!!」


先程のフロアから二部屋程離れた一室で、フレンはユーリを怒鳴りつけていた。

「どういうつもりって、何で?」

「あんなに目立ったら言い訳が大変じゃないか!!」

「思いっきり抱きついといてよく言うな…誰に何の言い訳する必要があんだよ」

「そ…それは、その」

ユーリは急に勢いをなくしたフレンににじり寄ると、ふん、と鼻で笑った。


「随分とおモテになるようだなあ、騎士団長様は」


びくりと体を震わせたフレンがユーリを見ると、口元は笑っているが目が笑っていない。何故ユーリがこのような姿でここにいるのか、フレンは瞬時に理解した。


「…エステリーゼ様か」

「そういう事。なんかおまえがモテてモテてどうしようもなくて困ってるからどうにかしてやってくれ、って頼まれてさ」

「何だ、それ……」

「はっきり断るのも優しさだと思うぜ?」

「…それは、あの場にいたお嬢さん方に対して?それとも君に対して、なのかな」

「両方、だな」

見上げるユーリを抱き寄せ、唇を重ねる。甘い香りが鼻孔を擽り、じわじわとフレンの身体に浸透して理性に揺さぶりをかける。
まるで媚薬のようだ、と思って唇を離した先のユーリは、どこか物足りないといった様子で尚もフレンに身体を密着させた。

「ユーリ?」

「ほんとはあそこでキスぐらいしてやるつもりだったんだけどなあ」

「え…いくらなんでもそれは」

「そうすれば諦める奴だっているかも知れないだろ?…おまえはオレのなんだから」

「ユー……!!」


今度はユーリがフレンの背中に腕を回し、伸び上がってキスをする。強く押し付け、舌先がフレンの唇をなぞるとすぐに開かれたその中へと侵入し、互いに舌を絡ませ合う。

呼吸が苦しいのは、口が完全に塞がっているからというだけではない。興奮で荒くなる息遣いと、激しく貪る部分から漏れる湿った音が静かな部屋を満たしていった。


「ん……っふ、ぅん……」

「ふ…ッは、ユー…リ、ちょっと…!」

「ん…、なに…?」

「こ、これ以上は我慢出来なくなるから……」

「…我慢するつもりだったのか?」

「え……っ!!?」

ユーリが勢い良くのしかかって来て、フレンの視界がぐらりと揺れた。
情けない事に、半ば腰砕け状態だったフレンはいとも簡単にユーリに押し倒されていた。
たまたまなのか、それとも分かっていたのか、部屋の長椅子に仰向けに転がされたフレンにユーリが跨がるような格好だ。


やけに挑戦的な笑みを浮かべたユーリが、やや乱れた髪を耳にかけながら身体を折り曲げ、フレンの耳元に顔を寄せて囁いた。



「……欲しい」



すぐに唇は塞がれて返事など出来ない。
ユーリの手が触れた部分が熱く滾り、顔を赤くしたフレンをユーリが満足そうに見下ろした。



ーーーーー

続く
▼追記

想いの行き先・6





沈黙が痛い、というのはこういう状況なんだろうか。


ユーリと二人で部屋にいる、ただそれだけの事が落ち着かず、話題を探しては口に出すのをやめる。フレンは先程からそんなことを繰り返していた。



帰ろうとしたユーリを思わず引き留めてしまったが、実際のところ討伐の話に関しては現段階で話せることは話してしまっている。ダングレストへ赴いて細かな調整を詰める必要はあるが、その許可が下りるのは早くて明日だ。日程等についてもそれからの話になる。

依頼の話にしても、ユーリのギルドの首領はカロルだ。彼には改めて話をしなければ、とは思うが、これもまた詳しいことはダングレストへ行った時に、という事になるだろう。

つまり、はっきりと言える事が見つからないのだ。
あまり憶測で話をしては、余計な先入観のせいで現場での動きに迷いが生じる。それが騎士団を率いる立場としての、フレンの考えだった。

加えて、ジュディスの言葉に少なからず動揺していた。深い意味はなかったのかもしれないが、どうしても勘繰ってしまう。
ユーリに対する気持ちがもしジュディスにばれていたところで、彼女がそれをユーリに言いはしないだろう。からかわれることはあるかもしれないが、取り繕う自信はある。

問題は、何故それがジュディスに伝わってしまったのか、という事だった。
ジュディスはユーリとはまた別の意味で他人の心の機微に聡い。ユーリ達に比べれば彼女と共に過ごした時間は短いフレンだったが、それを思わせる事は旅の最中にも度々見受けられた。
主には気遣いといった意味での事が多かったが、知られたくない本心までをも見透かされているかのように思える事もなかったわけではない。

そこで、今回の発言だ。

何の気無しに言った、とはどうしても思えない。
だがフレンはユーリ達と違い、そう頻繁にジュディスとは会っていない。殆どが城での公務で、たまに他の街へ行ったとしてもそこに凛々の明星がいた、などという幸運には残念ながら巡り会えた事はなかった。

今回、ユーリも含めメンバーと会うのは本当に久しぶりだったのだ。
だというのに、ほんの数時間で自分の心を見抜かれてしまったのか。
そんなにわかりやすい何かが出ていたとでも言うのか?

考え出したら止まらなくなっていた。


だから、目の前のユーリがいい加減本気で切れそうになっている事にすら気付かなかった。


「……そろそろ、我慢の限界なんだが……」


低い声に、冷たい空気を感じて漸くフレンは顔を上げた。見ると、ユーリはソファーに踏ん反り返って腕組みをし、フレンに鋭い視線を向けている。
己が考え込んでいる間、ずっとユーリを無視したままだった事に今更ながら気付く。

もっと言えば、その前から会話は途切れていたのだ。


食事を始めた直後はまだ何か適当に話をしていた。

『おまえ、いいもん食ってるなあ』だの『普段の部屋、ただの寝室にしちゃ広いと思ってたけどこっちも相当だな』といった他愛のない話をユーリが振り、それにフレンが『そんな事ない』などと答えるだけだったが、それがフレンに本題を促す為のユーリの気遣いだという事は充分に分かっていた。

だからこそ『本題』を話す訳にはいかず、かといって他にユーリを納得させる話題も見つけられず、フレンが一人で延々と悩み続けている間、完全にユーリの事は放ったらかしで、ユーリが怒るのも当然の事だった。


「おまえ、オレに何か話があったんじゃないのか?」

「え…と、まあ…」

「さっさと話せ、って何べん言わす気だよ!?…いや、それよりオレの言葉、ちゃんと聞こえてたか?」

「す…すまない、考え事を、していて…」

「そんなのは見りゃ分かる。でも、そんな悩むような話なのか?大体、その為にオレの事引き留めたんじゃねえのかよ」

「…そう、なんだけど」


歯切れの悪いフレンの返答に、ユーリが益々苛立ちを募らせる。
食事は半分程残っている。どうやら、途中から手をつけていないようだ。その事にすら気付いていなかった。

「はぁ………ったく」

渋い表情のまま、ユーリがフレンを見据えて言った。

「今回の魔物に関係してる事なんだと思ってたんだが…違うのか?」

フレンの肩が僅かに動いたのを、ユーリが見逃す筈もない。
やっぱりな、と小さく呟く声が聴こえて、フレンはユーリから思わず目を逸らしていた。



『本当に話したい事』の内容など、伝えられる筈がない。

だが、時々無性にそれが辛くて、いっそ言ってしまおうかという衝動に襲われる。言った後でどうなるか、ということは勿論日頃考えてはいるが、そこで抑制している反動なのかユーリ本人を前にすると理性とは裏腹に体が動いてしまう。
今日もまさにそれだった。

「…まただんまりかよ」


再び黙り込んだフレンに、半ば呆れたような口調でユーリが言った。


「オレにしか聞かせられないような話だったんじゃないのか?あんまりにも言いにくそうにしてっから様子見ようかと思ってりゃ、マジでいつまで経っても話し始める気配もねぇし」

「…話そうかと思ったけど、いざとなったら色々と考えてしまったんだ」

「どうして」

「………今言うのはやめたほうがいいかな、と思ったから」


嘘ではなかった。
明日、ヨーデルからの許可が下りればすぐにでも準備を整え、ユーリやジュディスと共にダングレストへと向かうつもりだ。エステリーゼも同行するだろう。

今ユーリに想いを告白したところで、どう考えても良い状況にはならない気がしていた。
受け入れてもらえても、断られても、ユーリの前で平静でいられるかわからない。それをまたジュディスに悟られるのも嫌だし、エステリーゼから質問攻めに遭うのも遠慮したいところだ。
特に後者の場合、本人は心から心配しての態度な上、フレンとしては立場上強く出られないのが厄介だった。

このような事で仲間同士の空気を悪くする訳にはいかないし、後にはもっと重要な話し合いの予定が控えている。仕事に個人の感情を持ち込むつもりはないが、こと今回に関しては自制できる自信が全くもってない、というのが本当のところだった。


ユーリは相変わらず怪訝そうな顔でフレンを見ている。
ややあって、ユーリが口を開いた。


「…今、ってのはどういう意味だ」

「今は今、だよ。もう少し落ち着いたら言える…かもしれない」

「よく分からねえけど、急を要するような事じゃないんだな?」

「…そうだね」

「何なんだよ、一体……!」

身を乗り出すようにしてフレンに質問を重ねていたユーリだったが、どうやらこれ以上は無駄だ、と判断したようだった。
ソファーに勢いよく座り直すとぐったりと手足を投げ出し、わざとらしく溜め息を吐くと恨めしげな視線をフレンに投げかけている。
以前ならだらしない、と叱ったその姿さえ魅力的に見え、相当重症だ、とフレンは思っていた。


ユーリもギルドの仕事から戻ったばかりで疲れている筈なのに、こちらの話に付き合ってもらっている。討伐の話もそうだが、今もそうだ。文句を言える立場ではない、という事もあったが、ユーリが自分の前でだけ見せる姿、というものにこれ程の愛しさを感じるようになるとは思いもしなかった。


フレンもユーリも、互いの前では良くも悪くも気が緩む。仲間の前以上にリラックスした姿を見せる事のあるユーリをフレンはよく嗜めていたが、フレンもユーリと一緒だと普段からは想像し難い幼さを見せた。


フレンにとって、ユーリのそのような姿を見るのはある意味当たり前の事でこれまで意識した事はなかった筈だったのに、一度自覚してしまうと丸っきり見方が変わってしまっていた。

相変わらず大きく広げた胸元は、ユーリがソファーに深く腰掛けて身体を前方にくの字に曲げるようにしているせいで布地が弛み、素肌がいつもより奥まで見えてしまっている。

ちらちらと視界の端に映る薄紅の小さな突起に慌てて顔を逸らすと、俯いていたユーリがゆっくり身体を起こすのが分かった。


「…何やってんだ、おまえ」

「何も…してない」

「いや、そうじゃなくて。何でそんな、明後日のほう向いてんだよ」

身体はユーリに向けたまま、首だけを真横に向けている姿は何とも不自然極まりない。誰でも不審に思うだろう。

理由など言える筈もないので、フレンは黙るしかない。

「……………」

「おい…大丈夫か?顔も赤いし、どっか具合でも…」

「っ…な、なんでもない!!こっちに来ないでくれ!!」


立ち上がってフレンに近付こうとしたユーリが動きを止めた。
フレンの制止の声が思った以上に強かったのか、片足を踏み出したまま固まっている。

「フレン…?」

「あ、ご、ごめん!こんな事言うつもりじゃ」

「…………」

無言のままユーリはゆっくりとフレンに近付くと、困ったような、怒ったような表情でじっとフレンを見下ろした。


「ゆ、ユーリ?」

「やっぱり話せ」

「…何を」

「何、じゃねえだろ!おまえ、挙動不審過ぎるんだよ。夕方、話が終わった時もなんかおかしいとは思ったが…、どうしたってんだ一体!」

「だから、どうもしな」

「いい加減にしろ!!」


ユーリの左手がフレンの胸倉へ伸び、そのまま無理矢理立ち上がらせるとこれでもかという至近距離に顔が近付けられて、思わずフレンは息を呑んだ。

力一杯締め上げられた首元が苦しい。だがそれ以上に、怒りに満ちたユーリの眼差しが苦しかった。


「何するんだ……!離してくれ!!」

「うるせえ!言いたい事があんならさっさと言えってんだよ!!」

「だから、今は……!」

「何悩んでんだか知らねえが、そうやって一人でうじうじされたら気になるだろうが!」

「話せるようになったら話す、って言っただろう!!」

「そもそもオレに話すつもりでここに呼んだんだろうが!今更何言ってんだ」


ユーリの手から、僅かに力が抜ける。声も若干落ち着いたものへと変わっていた。

「…もっと頼れ、って言ったよな」

「ユーリ、これは」

「オレだってな、一応おまえの事が心配なんだよ」

「……ユーリ……」

「ヨーデルもソディアもいるかも知れねぇが、あいつらに言えない事だってあんだろ」

「…………」

「それがオレ…達にまで話せなくなったら、おまえはどうするんだ?今もそうみてえだけど、そうやって一人で煮詰まって、良いことなんか一つもないだろうが!!」

「そう…だけど…」


真っすぐに見つめるユーリの瞳を受け止めるのが辛い。
ユーリにしか話せない、だがユーリにだけは話せない事でもあるのだ。


しかし、ここまで来てしまってはもう黙ったままでいるのは不可能だった。例えこの場で頑なに拒んでも、余計ユーリに気を回させるだけだろう。ぶっきらぼうでぞんざいな態度から誤解される事も多いが、ユーリは人一倍『仲間』の様子を気に掛ける性質だ。

『仲間』よりも近い存在であるフレンに対してなら、尚更だ。
自惚れでも何でもない。それが真実であるという事は、誰よりフレン自身が理解していた。


今からユーリに伝えようとしていることは、もしかしたら長い年月をかけて培ってきた信頼関係を粉々に打ち砕くものかもしれない。

だが、話さないままで気まずくなるぐらいなら、話してしまったほうがいいのかもしれない。



相反する気持ちを抱えて自問自答を繰り返し、とうとうフレンは覚悟を決めた。



「わかった、話すよ」



だから君も座って、と言うと、ユーリはやや乱暴にフレンの胸倉から手を離し、再び向かいのソファーに腰を下ろした。

腕と脚を組み、『さあ話せ』と言わんばかりのユーリの表情に苦笑しながら、フレンはゆっくり、しかしはっきりと、『本題』へと向かう為の言葉を口にした。



「好きなひとが、いるんだ」


ユーリの双眸が見開かれ、息を呑む様子を見つめながら、もう戻る事は出来ないのだ、とフレンは心の中で呟いていた。




ーーーーー
続く
▼追記

エクシリア萌え語り・3

ローエンが出て来ましたよー!続きが気になる方のみ追記からどうぞ!
▼追記

茨の森(リクエスト)

9/1 しぐる様よりリクエスト、フレユリで新米騎士フレンと大魔王ユーリ。






その日は珍しく夢を見た。

普段、夢など見る事はない。過去に見た事があったか、と考えてみても思い出す事はできなかった。

そもそも、自分は睡眠を必要としない筈だった。疲れて横になっても、寝入る事はない。下手をすれば命に関わる。眠らない事が、ではない。眠る事が、だ。
仮に寝込みを襲われたとしても気付く自信は充分にあったが、最近ではそれも怪しくなっていた。

それなのに眠る事が増えたのは、少し前に自分の前に現れた一人の男のせいだ。


今も後ろから自分を抱いている男を、首だけを動かして見上げてみる。
目が合うとその男は柔らかく微笑んで、額に口づけを落とした。


「おはよう、ユーリ」


甘く響く声に名前を呼ばれるのが心地好い、と思う。誰かに名乗ったのも初めてだった。
身体を抱く腕を退け、自分の名前を呼んだ男と向かい合うように身体の位置を変えて、今度は自らの腕を男の首に回す。
蒼く澄んだ瞳に映る自分の顔を不思議な気持ちで見つめながら目覚めの挨拶を返そうと開きかけた唇は、言葉を発する前に塞がれていた。


「…なんだよ、オレにもおはようぐらい言わせろ」

「眠ってなかっただろう?」


唇を離してもなお近いその距離のまま、ユーリの顔をあちこち啄むようにする柔らかい感触に再び目を閉じると、背中に感じていた暖かさが一つ、消えた。

ああ、まただ、とユーリは思う。
消えた温もりはすぐに別の場所から感じられ、それがまた心地好くてユーリは男にされるがまま、その胸に身体を預けて穏やかな時を過ごす。
男の手が優しく髪を撫で、時折『それ』に触れる。
他の誰かに触れられた事も、触れさせようと思った事もない。だが、この男には触れられても構わなかった。男も、ユーリに触れるのが好きなようだった。



「…寝てたよ」

「本当に?」

「ああ、本当だ。その証拠に、夢を見たからな」

「夢……?どんな夢?聞きたいな」

「そうだな……」

男の腕に抱かれたまま、ユーリは夢の内容を語って聞かせた。



こことは違う、だがよく似た世界にユーリはいた。

端正な造りの顔も、腰のあたりまで伸ばした漆黒の髪の艶やかさも、しなやかな肢体も些かも変わりはない。
だがその背中には何も生えておらず、先程男が触れたものもない。

つまり、夢の中の世界でユーリは『人間』だった。



「…君が、人間?君は人間になりたいのかい?」

「さあなあ。おまえもいたぜ。なんだか、随分と立派な格好してたけど」

「立派?どういう意味かな」

「たぶん、今のおまえより偉いんじゃねえの?…昔、オレのとこに来た奴らの中に、似たような格好のやつがいたな」


夢の中の男も、騎士であるのは間違いない。

陽の光を受けてきらきらと輝く金の髪も、蒼穹の瞳も変わらないが、しかし表情は今、目の前にいる男よりも幾分大人びて自信に満ちており、所作にも余裕が感じられる。白銀の甲冑は目にも眩しく、男の瞳を思い起こさせる青の隊服と対を成してより輝きを増しているかのようだった。

『ユーリ』と、夢の中の男が呼ぶ。それに応えて、夢の中のユーリも男の名前を呼んだ。


「…フレン」


なに?と言って自分を覗き込む男を見上げて、ユーリは小さく笑ってしまった。

「おまえじゃねえよ」

「え?でも今…」

「夢の中の話。言ったろ?おまえも出て来たって」

「…だったら別に、僕が返事をしたっていいじゃないか」

拗ねたように言うフレンの表情はやはり夢の中の『フレン』よりも幼く思えたが、夢に出て来たフレンも時折そのような表情をユーリに見せた。

もしかしたら、目の前のフレンはあと何年かすれば夢の中のフレンのようになるのではないか。ユーリにはそのように思えてならなかったが、自分は夢の中の姿になることは出来ない。
何故だかそれが酷く辛いことのように感じて、ユーリは初めて自分という存在に疑問を持ったのだった。



どのようにして『自分』が生じたのかは分からない。気が付けばそこに存在していて、分かることと言えばやたらと『力』がある、という事と、『ユーリ』というのが自分の名前らしい、という事だけだった。

自分という存在を消そうとするものを返り討ちにし続けるうち、いつしか逆らうものはいなくなっていた。『魔王』などと呼ばれるようになってから、一体どれ程経ったのか分からない。

初めは自分に襲い掛かって来た魔物はほぼ全て配下になったようなものだったが、ユーリ自身はそのような事はどうでもよかった。むしろ刺激のない毎日に飽き飽きし、日々をただひたすら無為に過ごしていた。

そんなユーリの機嫌を取ろうとでも思ったのか、多少なりとも知恵のある魔物が人間を連れて来る事があった。それは美しい少女であったり腕に覚えのある戦士であったりしたが、ユーリの興味を引く事はなく、少女はそのまま身の回りに仕えるか、そうでなければ何処かへと消え、戦士はユーリに倒されるか傷を負って逃げ帰るかのどちらかだった。

ユーリから人間に危害を加えた事はない。
だが自分が人間にとって恐怖の対象で、倒せば名誉を得る事のできる存在だという事は理解していた。
何度か『騎士』を名乗る人間がユーリの元を訪れては闘いを挑み、それを排除し続けていたら、いつの間にかユーリは世界を脅かす凶悪な存在と囁かれるようになっていたのだ。

退屈凌ぎにはなったが、同時に面倒だとユーリは思っていた。人間の事に興味はない。どうせ、放っておいてもすぐに死ぬ存在だ。人間とは違う時間の流れの中に生きるユーリにとって、人間の一生などほんの一瞬であると言ってよかった。


それが、フレンと出会ってからすっかり変わってしまった。
フレンも元はユーリを倒せという命を受けてやって来たのだったが、フレン自身はその事にあまり乗り気ではなかった、と言う。どうやら色々と調べたらしく、ユーリから積極的に人間に危害を加えている訳ではないと知っていたからだ。

よしんば倒したところで手柄は上官のものだし、魔物を使って人間をさらっているならやめさせようとは思った。だからまずは話がしたい、と言って来たフレンにユーリはこれまでにないほど強く興味を引かれ、フレンもまたユーリの姿を見てその場に立ち尽くしていた。その時のフレンを思い出すと、ユーリは笑いを堪える事が出来ない。


「また…何を笑ってるの」

「おまえと初めて会った時の事を思い出してたんだよ」

「な…!ゆ、夢の話をしてたんじゃないのか?」

フレンの顔がさっと赤くなる。

あの日、ユーリと対峙したフレンは暫く言葉を失っていた。呆然と立ち尽くすフレンを怪訝に思ったユーリが『どうした?』と尋ねると、フレンはほとんど独り言のように呟いていた。


「『綺麗だ』なんて言ってきたのは、おまえが初めてだったからな」

「…仕方ないだろう、本当にそう思ったんだから」


不思議と悪い気はしなかった。人間の恋情などというものにも興味はなかった筈なのに、どういう訳かフレンが自分に対してそのような感情を抱いた事が分かったし、ユーリもフレンを好ましい存在として認識した。

そのままユーリの元を去ろうとしないフレンに『だったらオレと一緒に暮らすか?』と言うと、その言葉に素直に頷いたのでさすがに驚きはしたが。


そうしてフレンと共に過ごすようになり、フレンに抱かれ、フレンの腕の中で眠る事を覚えて、ユーリは夢を見たのだ。

初めて見る夢なのにそれは非常に鮮明で妙に現実味を帯びており、同時に生々しかった。
人間の住む街へなど行った事はないのに、それが本当に存在しているのだと思う。しかし、それが『ここ』ではない、とも理解していた。

夢の中で自分は人間で、やはりフレンと共に暮らしていた。随分と貧しい暮らしのようだったが、悪いものではないと思えた。
成長し、フレンと対立して騎士を辞め、やがて世界の命運すら左右するような出来事に巻き込まれる。今の自分とはあまりにも異なる生き方だったが、ユーリはごく自然に夢の中の自分を受け入れていた。


「…何だか、夢の中の君は随分と波瀾万丈な生き方をしてるんだね」

「おまえも関わってるみたいだけどな」

「そうなのかな…。でも僕はもう、騎士団には戻るつもりはない。聞いてる限りじゃ、どうも夢の中での僕は隊長に昇進してるみたいだけど、それも有り得ないよ」

「だからさ、『ここ』じゃないんだよ」

「そんなの分かってるよ。夢の中の世界で、だろう?」

「……どうなんだろうな」


ユーリの髪を撫でていた手を止め、フレンがじっとユーリを見る。曖昧に言葉を切ったユーリに続きを促すかのような眼差しに、ユーリは小さな溜め息を吐いてから言った。


「まあ…もしかしたらおまえが言ったみたいに、オレの中のどこかに人間になりたい、って願望があるのかもな」

「…どうして急にそんな事を」

「いつか、おまえがオレを置いていなくなるのが嫌だから…かな」

フレンが悲しげに表情を歪める。ユーリとは、生きる時間の流れが違う。頭で理解していても感情は追い付かず、フレンはユーリを強く抱き締めて、ただ不確かな言葉を言ってやる事しか出来ない。


「君を置いて、何処かに行ったりしないよ」


ユーリは瞳を閉じて、耳に染み込むその言葉の意味を頭の中で繰り返し考える。

ここを去ることがなかったとしても、いつか確実にフレンはユーリの元から消えてしまう。これまでも何度か経験した事だったが、フレンだけは自分より先に逝かないで欲しいと願う自分に気が付いた時、ユーリは改めて夢の内容を思い返していた。


あれは、フレンと共に在りたいと願う自分の見せた文字通りの夢、願望だったのか。
それとも、いつか何処かで現実として叶うものなのか。


願わくば後者であって欲しいと思い、ユーリもフレンを強く抱き返し、そしてその耳元に囁いた。

フレンの肩が震え、ユーリを抱く腕に一層力が込められる。苦しい、と言うと尚も強く抱き締めてくる事に苦笑しながら、ユーリは目の前にあるフレンの耳朶を甘噛みした。



夢で見たのは、いつか生まれ変わった先の自分達の事だと思う。だがユーリは今、自分の目の前にいるフレンとまだ離れたくない。

だから、ただ素直に思った事をフレンに伝えた。


『きっとオレ達、生まれ変わってもずっと一緒だ』



ギリギリまで相手してくれよ、と言うユーリにフレンも苦笑を返しながら、そっと唇を重ねる。


互いの熱さを感じながら、今はただ少しでも永く、このひとときが続く事を強く願うのだった。





ーーーーー
終わり
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