続きです






フレンが死にそうな顔をしていた。


別に腹が痛いわけでもなければ、重大なミスを犯したわけでもない。
いや、ミスはしてんのか。そのせいで恥をかかされてんだからな、フレンもオレも。フレンの場合は間接的に、ではあるが。


「だから言っただろ、おまえの精神的ダメージなんざ考慮しねえ、って」

「…そうなんだけど…」

「つまりあれだ、おまえがしっかりしてなかったせいで、天然陛下も余計な面倒しょい込んだってことなんだろうな。…おまえ、そういう奴らの動きとか、全然知らなかったのか?」

「…恥ずかしながら、そうだね」

「マジでしっかりしてくれよ…」


まあ、簡単な書類仕事すらちゃんと出来てなかったんだ。身の回りの事を気にする余裕なんか、無かったのかもしれない。
…んだが、正直これはどうなんだ。

ヨーデルやらにあれこれ言われるだけなら構わない…フレンは構うんだろうが、オレにとってはそんな事はどうでもいい。
でも、下手すりゃ命に関わるような事にこうまで無防備になられたんじゃ、はっきり言って堪ったもんじゃない。

もしかしたら、ヨーデルは最初からこっちの心配してたんじゃないのか。
フレンがヨーデルのお気に入りだって事は、城の人間なら大体知ってる。別に贔屓でも何でもない、フレンはそれだけの信頼を得るだけの働きをしてきた。

だが、それが気に入らない連中だっている。今回フレンをどうこうしようと思ってるのだって、十中八九そういう奴らだろう。

フレンがこのザマだから、先に手を打ったんだろうか。…にしては、ヨーデル本人にも言ったが普通に護衛の依頼すりゃいいんじゃないかと思うんだが。
あまり城に来たくないのは確かだが、ちゃんと事実を説明してくれれば話は別だ。

それに、オレにはどうにもヨーデルの態度が気に入らなかった。


「…おい、フレン。それで、さっきのヨーデルの話なんだが」

「陛下、だろ、ユーリ」

「余裕あんなおまえ……んな事どうでもいいんだよ」

「…さっきの陛下の話がどうかしたかい?」

「なんていうか…緊張感なさすぎじゃねえか?ほんとにおまえの命を狙うような奴らがウロウロしてるなら、いくらなんでもまずはおまえに言うだろ」

「まあ…確かに」

「その上でまだおまえが使い物にならないようだったら、もっと普通に身辺警護させようとするんじゃねえのか」

「…自分で言うのも何だけど、そういう状態の僕を人目に晒したくなかったとか」

「…自分で言ってて悲しくなってこねえか?」

「だからそう言っただろ!?」


自覚あるのか。つかあったのか。
まあ、確かに一理ある。どうやってごまかしてたんだか知らないが、あんな呆けた状態の騎士団長なんて、威厳のかけらもない。できればあまり他のやつらには知られたくなかっただろう。


「理由については推測でしかねえけど、他に頼める奴がいないからってオレなんだったら、こんな格好する意味、全くねえよな。まだ女騎士の格好のほうがマシだぜ」

ひらひらのスカートとエプロンをつまみながら言うと、フレンが僅かに顔を赤らめた。

「僕はどっちでも構わないんだけど」

「……おまえな……」

「まあ冗談はともかく、普段の君のままだったら、こうやってずっと僕の部屋にいる、ってわけにはいかないからじゃないかな…」

フレンが苦笑した。

「…そうか?今だって見つかるなだの何だの言われてるんだぜ。わざわざこんな格好しないほうが、堂々と出入り出来るじゃねえか」

「だからこそ、だよ。普通に君のところに護衛を依頼するなら、来るのは君だけじゃないだろう」

「そりゃまあ、ジュディやカロルもいたほうが心強いよな。見張りも交代ですればいいんだし」

「それに、君が来てくれた時点で陛下なら他にも護衛の騎士を配備する事をお考えになる筈だ」


…それは何か、オレに会えば通常運転に戻るから、とでも言いたいのかこいつは。そしたら他の奴に見せてもいいってか。

何か、段々と腹が立って来た。
フレンだけにじゃない、自分自身にもだ。
…そんなにオレがフレンに会わなかったのがマズいのか?
確かに、会いに行くと言ったものの、それを避け続けたのはオレだ。悪いとは思ってる。でもそのせいでフレンが駄目になるって言うなら、オレって一体何なんだ?

親友という立場から一歩どころじゃなく踏み込んだせいで、フレンのオレに対する執着が異常なまでに強くなってる気がする。そりゃあもう、予想の遥か右斜め上を爆走中だ。

オレはこんなフレンを求めてない。…何か違う。

事ある毎にオレのせいにもされるのは確かに頭に来るし、そんなの知るか、とも思うんだが……やっぱりオレのせいなのか、と思う事もある。


「ユーリ?どうしたんだ?何か…」

「…あのさ」

「何?」


たった三ヶ月でこんな事になるんだったら、本当にそれ以上会えなかったらこいつはどうするのか。…どうなるのか。
前にも聞いたが、そもそもその時、フレンは『今度は三ヶ月もたない』とか言いやがったし…。



「おまえ、オレがいなくなったらどうする?」


フレンの顔色が変わった。

「…どういう意味だい」

「そのまんまだよ。たった三ヶ月会わなかっただけで間抜けな姿晒しやがって、情けないったらねえぜ」

「それは…言い訳もできないけど…でも君だって会いに行く、と言ったきり、全然来てくれなかったじゃないか!」

「だからだよ!もしオレが何かの理由で、おまえに会う事が出来なくなったらどうする気だ!?おまえ、何の為にここまで来たんだよ!!」

「ここまで、って…」

「騎士団のトップに決まってんだろ」


フレンが押し黙る。


「それにな、おまえオレをどうしたいんだ?」

「また…質問の意味がよく分からないよ」

オレはひとつ、溜め息を吐いた。この際だからはっきり言っとくか。


「会えなかったら駄目とか、監禁でもする気か?元々おまえとオレは別々のことをやってんだろうが。だから上手く行ってることだってある。そんな事も忘れたのか?」

「か、監禁とかさすがにそれは…でも、もうちょっと」

「うるせえよ。はっきり言わせてもらう。今のおまえ、最悪だ。恋人どころか、ダチすらやめたくなるわ」

「な……」


「おまえの重荷になるのも御免だ」


フレンが息を呑む小さな音が聞こえた。


…そうだ。オレはこれが嫌で仕方ないんだ。
オレのせい、って言うならここだ。フレンがオレなんかに執着するせいで評価を落とすぐらいなら、こんな関係にならないほうが良かった。
本気でそう思う。

…重い、ってのとは少し違うが、こういう事だ。
まだ一緒に旅をする前、フレンは一人でしっかりやってたじゃないか。

嫌だった。
オレのせいで、フレンが駄目になるのが。


「え…と、ユーリ…その」

「…普通だったら、ここは『別れよう』とか言うところか?」

「ちょっ……!!冗談でもやめてくれ!!」

「あながち冗談でもねえぞ、逆だったらどうなんだよ、おまえは」

「…逆?」

自分のせいで、ギルドも何もかもほったらかして生ける屍みたいになったオレを見たいか、と言ってやると、フレンは微妙な表情をした。


「あまり見たくはないね。…なんとなく想像は出来るんだけど」

「てめえ……本気で別れるぞ!?もう二度と来ないがそれでいいんだな!?」

「ご、ごめん!本当に、頼むからそういう事は言わないでくれ!!…確かに、僕のせいでユーリがそんなふうになるのは嫌だ」

「だろ?だったらもっとしゃきっとしろよ!二度とそんなザマ晒すなよ!あと、オレのせいだとか言うのもやめろ」

「それは……う、わ、わかった」


話が逸れた気もするが、とりあえずこの三日をどうにか乗り切るしかない。
オレはヨーデルの話を思い出しながら、ある可能性をフレンに話した。

「今回、ヨーデルの態度がひっかかる、って言ったよな」

「だから呼び捨て…もういい。で、何がそんなに気になるんだ」

「何度も言うが、緊張感ないんだよ。別に、命がどうとかいう話じゃないんじゃねえか、と思ってさ」

「議会の邪魔がしたいだけならそうなんだろうな。最悪、足止め出来ればいい訳だ」

「だろ?それに、ヨーデルのほうじゃ大体の目星がついてるみてえだし。要は証拠が欲しいんだろ、雇い主を失脚させる為のさ。…おまえら、ほんっとやる事変わらねえよな」


普通に捕まえる理由がないとか、きっちり証拠固めてぐうの音も出ないようにしたいとか、分からないでもない。でもそれにオレを巻き込むな。しかも毎回奇抜というか奇妙というか、無駄に手の込んだことしやがって。

そう言ったら、フレンがまた苦笑した。…何なんだ、さっきから。

「それじゃあユーリ、普通に頼んだらずっと僕の傍で騎士団の仕事を手伝ってくれるのかい?」

「んな訳ねえだろ」

「…即答だね。でもそうなんだろうな。だから僕も陛下も、無理を言ってでも君がこうして来てくれる方法を考えないといけないんだ」

「それと女の格好することに何の繋がりがあるってんだよ」

くどいようだが、普通に依頼されれば…まあ、今なら受けてやらないでもない。だがずっと、ってのは無理に決まってるし、何より周りの目が痛い。

「…だろう?君は不本意かもしれないけど、正体を隠してくれたほうがおおっぴらに城の中を動けるじゃないか」

「メイドの格好じゃ、行けるとこも限られてんだけど」

「今回はあまり目立つな、って事なんじゃないかな。他の人に紛れてれば、『わざわざ』君がここにいる、って知られずに済むんだし」

「……なんか納得行かねえんだけど……」

「特別な役割を与えたら、別に部屋を用意する必要があるだろう?いつ行ってもそこに君がいないんじゃ、不自然じゃないか」

「だからってな……はぁ、もういいわ。キリがねえし、今回はあと三日、我慢してやるよ」

ソファーに踏ん反り返って背もたれに頭を投げ出したら、フレンがオレの顔を上から覗き込んで来た。

…あんまり驚かなくなってきたな。多少は慣れたんだろうか。それがいいのか悪いのかわからないが。


「…今回『は』?次を期待していいのかな」


すっかりいつもの調子に戻ったようなフレンに呆れながら、オレは当然の答えを口にした。


「次なんかねえよ」

「…そうなの?」

更に下りて来た顔が近すぎて、息がかかるのがくすぐったい。


「だっておまえ、もう大丈夫なんだろ?オレが呼ばれる理由、ないからな。…あと、自重しろって言われたの、もう忘れたのかよ」


皇帝命令なんだから離れろ、と言ったら渋々ながらも顔を上げたフレンだったが、まあ不満げに頬を膨らませている。

「…なんだか、僕ばかり必死みたいで面白くないな」

「オレはこんぐらいでいいんだよ。あんまり相手を拘束する奴は嫌われるぜ?男でも女でもな」


頭上から大袈裟な溜め息が降って来たが、オレは無視を決め込んだ。
ほだされるとロクなことがない。


「とにかく、わざわざ教えてやったからには普段から気をつけといてくれよ。あと、今からでもいいからちょっとぐらい心当たり探っとけ」

「分かったよ……そういえばユーリ、何故陛下は僕に話を聞かせまいとしたんだろう?特に問題があるような話でもなさそうだけど」

ほんの少しだけ考えて、オレはフレンにこう言った。

「……ヨーデルの口から直接、自分の無能っぷりを聞きたかったのか?」


まだ、間接的にオレから聞くほうがマシなんじゃないか。だからヨーデルもそこまで口止めしなかったんじゃないかと思ってるんだが。

「……そう、なのかな……」

「知りたきゃ直接聞けよ」

「…いや…まあ…どうせ聞いたからには陛下に確認したい事もあるし、そのついでにでも機会があれば…」


無理して聞く必要ないと思うんだが。自分で自分の傷口に塩を塗り込む結果にしかならない気がする。

そう言ってやったんだが、フレンの奴は一言、オレに向かってこう言った。


「君が陛下と、僕の何について話したのかが気になるんだ」



…相変わらずだな…。

やっぱり今後の事が不安で、オレは何とも言えない脱力感を味わっていた。



ーーーーー
続く