エクシリア萌え語り・3

ローエンが出て来ましたよー!続きが気になる方のみ追記からどうぞ!
▼追記

茨の森(リクエスト)

9/1 しぐる様よりリクエスト、フレユリで新米騎士フレンと大魔王ユーリ。






その日は珍しく夢を見た。

普段、夢など見る事はない。過去に見た事があったか、と考えてみても思い出す事はできなかった。

そもそも、自分は睡眠を必要としない筈だった。疲れて横になっても、寝入る事はない。下手をすれば命に関わる。眠らない事が、ではない。眠る事が、だ。
仮に寝込みを襲われたとしても気付く自信は充分にあったが、最近ではそれも怪しくなっていた。

それなのに眠る事が増えたのは、少し前に自分の前に現れた一人の男のせいだ。


今も後ろから自分を抱いている男を、首だけを動かして見上げてみる。
目が合うとその男は柔らかく微笑んで、額に口づけを落とした。


「おはよう、ユーリ」


甘く響く声に名前を呼ばれるのが心地好い、と思う。誰かに名乗ったのも初めてだった。
身体を抱く腕を退け、自分の名前を呼んだ男と向かい合うように身体の位置を変えて、今度は自らの腕を男の首に回す。
蒼く澄んだ瞳に映る自分の顔を不思議な気持ちで見つめながら目覚めの挨拶を返そうと開きかけた唇は、言葉を発する前に塞がれていた。


「…なんだよ、オレにもおはようぐらい言わせろ」

「眠ってなかっただろう?」


唇を離してもなお近いその距離のまま、ユーリの顔をあちこち啄むようにする柔らかい感触に再び目を閉じると、背中に感じていた暖かさが一つ、消えた。

ああ、まただ、とユーリは思う。
消えた温もりはすぐに別の場所から感じられ、それがまた心地好くてユーリは男にされるがまま、その胸に身体を預けて穏やかな時を過ごす。
男の手が優しく髪を撫で、時折『それ』に触れる。
他の誰かに触れられた事も、触れさせようと思った事もない。だが、この男には触れられても構わなかった。男も、ユーリに触れるのが好きなようだった。



「…寝てたよ」

「本当に?」

「ああ、本当だ。その証拠に、夢を見たからな」

「夢……?どんな夢?聞きたいな」

「そうだな……」

男の腕に抱かれたまま、ユーリは夢の内容を語って聞かせた。



こことは違う、だがよく似た世界にユーリはいた。

端正な造りの顔も、腰のあたりまで伸ばした漆黒の髪の艶やかさも、しなやかな肢体も些かも変わりはない。
だがその背中には何も生えておらず、先程男が触れたものもない。

つまり、夢の中の世界でユーリは『人間』だった。



「…君が、人間?君は人間になりたいのかい?」

「さあなあ。おまえもいたぜ。なんだか、随分と立派な格好してたけど」

「立派?どういう意味かな」

「たぶん、今のおまえより偉いんじゃねえの?…昔、オレのとこに来た奴らの中に、似たような格好のやつがいたな」


夢の中の男も、騎士であるのは間違いない。

陽の光を受けてきらきらと輝く金の髪も、蒼穹の瞳も変わらないが、しかし表情は今、目の前にいる男よりも幾分大人びて自信に満ちており、所作にも余裕が感じられる。白銀の甲冑は目にも眩しく、男の瞳を思い起こさせる青の隊服と対を成してより輝きを増しているかのようだった。

『ユーリ』と、夢の中の男が呼ぶ。それに応えて、夢の中のユーリも男の名前を呼んだ。


「…フレン」


なに?と言って自分を覗き込む男を見上げて、ユーリは小さく笑ってしまった。

「おまえじゃねえよ」

「え?でも今…」

「夢の中の話。言ったろ?おまえも出て来たって」

「…だったら別に、僕が返事をしたっていいじゃないか」

拗ねたように言うフレンの表情はやはり夢の中の『フレン』よりも幼く思えたが、夢に出て来たフレンも時折そのような表情をユーリに見せた。

もしかしたら、目の前のフレンはあと何年かすれば夢の中のフレンのようになるのではないか。ユーリにはそのように思えてならなかったが、自分は夢の中の姿になることは出来ない。
何故だかそれが酷く辛いことのように感じて、ユーリは初めて自分という存在に疑問を持ったのだった。



どのようにして『自分』が生じたのかは分からない。気が付けばそこに存在していて、分かることと言えばやたらと『力』がある、という事と、『ユーリ』というのが自分の名前らしい、という事だけだった。

自分という存在を消そうとするものを返り討ちにし続けるうち、いつしか逆らうものはいなくなっていた。『魔王』などと呼ばれるようになってから、一体どれ程経ったのか分からない。

初めは自分に襲い掛かって来た魔物はほぼ全て配下になったようなものだったが、ユーリ自身はそのような事はどうでもよかった。むしろ刺激のない毎日に飽き飽きし、日々をただひたすら無為に過ごしていた。

そんなユーリの機嫌を取ろうとでも思ったのか、多少なりとも知恵のある魔物が人間を連れて来る事があった。それは美しい少女であったり腕に覚えのある戦士であったりしたが、ユーリの興味を引く事はなく、少女はそのまま身の回りに仕えるか、そうでなければ何処かへと消え、戦士はユーリに倒されるか傷を負って逃げ帰るかのどちらかだった。

ユーリから人間に危害を加えた事はない。
だが自分が人間にとって恐怖の対象で、倒せば名誉を得る事のできる存在だという事は理解していた。
何度か『騎士』を名乗る人間がユーリの元を訪れては闘いを挑み、それを排除し続けていたら、いつの間にかユーリは世界を脅かす凶悪な存在と囁かれるようになっていたのだ。

退屈凌ぎにはなったが、同時に面倒だとユーリは思っていた。人間の事に興味はない。どうせ、放っておいてもすぐに死ぬ存在だ。人間とは違う時間の流れの中に生きるユーリにとって、人間の一生などほんの一瞬であると言ってよかった。


それが、フレンと出会ってからすっかり変わってしまった。
フレンも元はユーリを倒せという命を受けてやって来たのだったが、フレン自身はその事にあまり乗り気ではなかった、と言う。どうやら色々と調べたらしく、ユーリから積極的に人間に危害を加えている訳ではないと知っていたからだ。

よしんば倒したところで手柄は上官のものだし、魔物を使って人間をさらっているならやめさせようとは思った。だからまずは話がしたい、と言って来たフレンにユーリはこれまでにないほど強く興味を引かれ、フレンもまたユーリの姿を見てその場に立ち尽くしていた。その時のフレンを思い出すと、ユーリは笑いを堪える事が出来ない。


「また…何を笑ってるの」

「おまえと初めて会った時の事を思い出してたんだよ」

「な…!ゆ、夢の話をしてたんじゃないのか?」

フレンの顔がさっと赤くなる。

あの日、ユーリと対峙したフレンは暫く言葉を失っていた。呆然と立ち尽くすフレンを怪訝に思ったユーリが『どうした?』と尋ねると、フレンはほとんど独り言のように呟いていた。


「『綺麗だ』なんて言ってきたのは、おまえが初めてだったからな」

「…仕方ないだろう、本当にそう思ったんだから」


不思議と悪い気はしなかった。人間の恋情などというものにも興味はなかった筈なのに、どういう訳かフレンが自分に対してそのような感情を抱いた事が分かったし、ユーリもフレンを好ましい存在として認識した。

そのままユーリの元を去ろうとしないフレンに『だったらオレと一緒に暮らすか?』と言うと、その言葉に素直に頷いたのでさすがに驚きはしたが。


そうしてフレンと共に過ごすようになり、フレンに抱かれ、フレンの腕の中で眠る事を覚えて、ユーリは夢を見たのだ。

初めて見る夢なのにそれは非常に鮮明で妙に現実味を帯びており、同時に生々しかった。
人間の住む街へなど行った事はないのに、それが本当に存在しているのだと思う。しかし、それが『ここ』ではない、とも理解していた。

夢の中で自分は人間で、やはりフレンと共に暮らしていた。随分と貧しい暮らしのようだったが、悪いものではないと思えた。
成長し、フレンと対立して騎士を辞め、やがて世界の命運すら左右するような出来事に巻き込まれる。今の自分とはあまりにも異なる生き方だったが、ユーリはごく自然に夢の中の自分を受け入れていた。


「…何だか、夢の中の君は随分と波瀾万丈な生き方をしてるんだね」

「おまえも関わってるみたいだけどな」

「そうなのかな…。でも僕はもう、騎士団には戻るつもりはない。聞いてる限りじゃ、どうも夢の中での僕は隊長に昇進してるみたいだけど、それも有り得ないよ」

「だからさ、『ここ』じゃないんだよ」

「そんなの分かってるよ。夢の中の世界で、だろう?」

「……どうなんだろうな」


ユーリの髪を撫でていた手を止め、フレンがじっとユーリを見る。曖昧に言葉を切ったユーリに続きを促すかのような眼差しに、ユーリは小さな溜め息を吐いてから言った。


「まあ…もしかしたらおまえが言ったみたいに、オレの中のどこかに人間になりたい、って願望があるのかもな」

「…どうして急にそんな事を」

「いつか、おまえがオレを置いていなくなるのが嫌だから…かな」

フレンが悲しげに表情を歪める。ユーリとは、生きる時間の流れが違う。頭で理解していても感情は追い付かず、フレンはユーリを強く抱き締めて、ただ不確かな言葉を言ってやる事しか出来ない。


「君を置いて、何処かに行ったりしないよ」


ユーリは瞳を閉じて、耳に染み込むその言葉の意味を頭の中で繰り返し考える。

ここを去ることがなかったとしても、いつか確実にフレンはユーリの元から消えてしまう。これまでも何度か経験した事だったが、フレンだけは自分より先に逝かないで欲しいと願う自分に気が付いた時、ユーリは改めて夢の内容を思い返していた。


あれは、フレンと共に在りたいと願う自分の見せた文字通りの夢、願望だったのか。
それとも、いつか何処かで現実として叶うものなのか。


願わくば後者であって欲しいと思い、ユーリもフレンを強く抱き返し、そしてその耳元に囁いた。

フレンの肩が震え、ユーリを抱く腕に一層力が込められる。苦しい、と言うと尚も強く抱き締めてくる事に苦笑しながら、ユーリは目の前にあるフレンの耳朶を甘噛みした。



夢で見たのは、いつか生まれ変わった先の自分達の事だと思う。だがユーリは今、自分の目の前にいるフレンとまだ離れたくない。

だから、ただ素直に思った事をフレンに伝えた。


『きっとオレ達、生まれ変わってもずっと一緒だ』



ギリギリまで相手してくれよ、と言うユーリにフレンも苦笑を返しながら、そっと唇を重ねる。


互いの熱さを感じながら、今はただ少しでも永く、このひとときが続く事を強く願うのだった。





ーーーーー
終わり
▼追記
前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2011年09月 >>
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30