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髪の毛の話・2(相互記念捧げ物)

捧げ物その2。
こちらはちょっと脚色しまして、フレユリ風味が強くなっております。








ユーリには両親がいない。

物心ついた頃には、ユーリは一人で暮らしていた。

勿論それが可能だったのは周囲の手助けがあってのことで、誰もが余裕がない生活ながらも助け合う心を忘れる事がなかったからに他ならない。
フレンも両親が健在だったうちは、ユーリに自分のところに来るよう何度も言った。だがユーリはそれを頑なに断り続け、フレンの家の世話になろうとはしなかった。

その後フレンの両親が亡くなったため、結局ユーリとフレンは一緒に暮らす事になった。子供二人の生活は大変なものだったが、フレンはユーリと暮らすことが出来る事に喜びを感じていた。



「ユーリの髪って、さらさらしててすごく綺麗だよね」

何気ない日常の、ごくありふれた午後。
ユーリの髪を梳かしながらフレンが言った。

「そーかぁ?」

「うん、僕ユーリの髪、好きだよ。真っ直ぐで、さらさらで」

掬い上げた一房を指の間から落とし、陽に透ける様子を見つめる。


「それに、きらきらしてる」


フレンはユーリの髪を触るのが好きだ。ユーリはあまりフレンの髪に触れる事はないが、ユーリもフレンの髪が好きだった。


「きらきらなら、おまえの髪のほうだろ」

フレンを振り返ったユーリが言うと、フレンはきょとんとして目を丸くした。自分で自分の髪をそのように思ったことはない。ユーリに言われたのも初めてのような気がする。

「それに、オレは黒いのよりおまえの金色のほうが好きだぜ」

更に続けられた言葉にますます驚くフレンだったが、ユーリも自分の髪を好きだと知って嬉しさが込み上げる。
そうだ、確かこういう状態を表現する言葉があった筈だ。
好き同士を表す時は……


「そっか!僕達、『両想い』だね!!」


「おまっ…!」

「?違った?」


小首を傾げるフレンにユーリは渋い顔をする。どうやらフレンは言葉の『意味』を分かっていないようだったが、わざわざ説明するのも面倒だった。


「……まあ、いーけどよ。他の奴らの前で言うなよ、そういうこと」

「…?うん、わかったよ。…ねえ、ユーリ」

「んー?」

「髪の毛、伸ばさない?」

「なんで」

「こんな綺麗な髪、切るのもったいないよ」

「……はぁ?」

相変わらずユーリの髪の毛を撫で梳きながら言うフレンは真剣だ。だがユーリはそんなフレンに思い切り怪訝そうな眼差しを向けた。

今、ユーリの髪は肩に届くかどうか、といった長さだ。一つに結ぶには中途半端だし、そろそろ鬱陶しくなってきたので切ろうかと思っていたのだ。
それに、自分は男だ。女みたいに伸ばす気はない。

「おまえ、そういうのはオレじゃなくて女に言えよ」

だからユーリはフレンにそう言ったのだが、フレンは不服そうに聞き返した。

「どうして?」

「どうして、って」

ユーリを見つめるフレンの瞳に、何故か薄く涙の膜が張ってユーリはぎょっとした。

「僕は君の髪が好きだから、伸ばして欲しいだけだよ!…男とか女とか、関係ない」

「わ、わかったわかった!!」

ユーリが髪を切ることに余程反対なのか、涙で潤む瞳で真っ直ぐにユーリを捉えて力説するフレンの姿に逆らい難いものを感じ、ユーリはつい返事をしてしまっていた。
こう、と思い込んだら強いのはフレンのほうで、ユーリはそんなフレンに逆らえない。

ここで反対し続ければ、フレンは絶対に泣く。
そして『…わかった』と悲しげに呟いて、まるで捨てられた仔犬のようにしょんぼりとうなだれるのに決まっている。その姿は見たくない。今回はユーリが折れる番だった。


(あーっ、くそっっ)

がしがしと頭を掻きながら心の中で悪態をつくが、それでもユーリはそっとフレンの顔に手を伸ばすと、今にも溢れ出しそうになっていた涙を優しく掬ってやった。

「…ユーリ…」

「わかった、伸ばしてやっから。だから泣くなよ、フレン」

「な、泣いてない!!」

「へいへい…」


ユーリもフレンもふて腐れたような、それでいて照れたような、そんな表情を互いに浮かべていた。
幼い頃の、暖かな記憶の一つだった。



それから数ヶ月経った頃、二人は日々の食事にも困るようになっていた。元々生活は苦しかったが、人魔戦争が終結して以来、帝都は疲弊し、その上凶作も重なって下町全体が今日を生きるのに精一杯だった。


「…ハラ減ったな」

「ユーリ、口に出したら余計お腹空くよ」

「ってもなあ…」

この二日ほど、二人はまともな食事をしていない。
加えてフレンは風邪気味で寝込んでいた為、仕事を探しに行くことも出来ないでいた。ユーリも看病の為にフレンの側についていたが、どのみちこのままでは良くなるものも良くならない。

「…オレちょっと、仕事ないか聞いてくるわ」

「あ、僕も行くよ!」

ユーリの後をついて起き上がろうとしたフレンを、ユーリがベッドに押さえつけた。

「いいって!おまえ風邪気味なんだから、大人しくしてろ」

「でも…」

「いいから寝てろって」

渋々ベッドに潜り込んだフレンに、ユーリは笑顔でひらひらと手を振って見せた。

「じゃ、行ってくるぜ」


あの日以来伸ばし続けている長い髪が扉の向こうに翻るのを、フレンはぼやける視界の端に捉えていた。





石畳を蹴る足音が近付いて来る。フレンが目を開けると、薄暗い天井が映った。いつの間にか眠っていたらしい。
続いて扉が勢い良く開く音と、同時にやけに弾んだユーリの声が響いてフレンはベッドから身を起こした。


「……ユーリ……?」

「ただいまフレン!!」


ドタドタと騒がしい足音とガサガサと何か乾いた音に、徐々に頭がはっきりしてくる。ぼやける瞳を擦りながらユーリの姿を探した。

「おかえり、ユー……」

「喜べフレン、今日は精のつくもん食わしてやるからな!」

「な…………!?」

一気に意識が覚醒した。

狭い家だ。探すまでもなく、ユーリはフレンの目の前にいる。抱えていた大きな紙袋をテーブルに下ろし、嬉々として中身を取り出す。
ユーリがフレンに林檎を投げて寄越したが、フレンはそれを受け取ることもせずに呆然とユーリを見つめるばかりで、林檎はそのままベッドを転がって床に落ちて行った。

「ユーリ、それ…!どうして……!!」

「ん?すげえだろ、久しぶりにまともなもん食わしてやるから待っ…」

「違う!か…髪!!どうしたんだそれ!?」

「ああ、これか?」


背中の中程まで伸びていた筈の髪の毛は、見る影もなかった。

フレンよりも短く、さっぱりしすぎる程の長さになってしまったユーリの髪はところどころ跳ねて、さらさらと真っ直ぐで美しかった長い髪はどこにもない。
跳ねた髪をつまみながら、事もなげにユーリが言う。

「さすがフレンだよな!」

「…は?」

「とぼけんなって!髪の毛伸ばせってのは、こういう時のためだったんだな」

「なに…言ってる、の?」

戸惑うフレンに、ユーリはとても良い笑顔でこう言った。


「けっこー高く売れたんだぜ!オレの髪!!」


「う……売った!?」

あまりの衝撃に声を裏返すフレンだったが、ユーリは相変わらず嬉しそうな様子のままフレンに笑顔を向けている。

「ああ!だからさ、今日は奮発しておまえの好物作ってやるからな!楽しみにしてろよ」

「…………」


ユーリは料理に取り掛かり、程なくして美味そうな匂いが家の中に漂って来る。
だが久しぶりのその匂いにも、フレンは全く食欲が湧かなかった。

ユーリの髪が好きだ。
だから触れていたかったし、長い髪は似合っていると思っていた。短くても触れることは出来るが、ユーリの長い髪がするすると指の間を滑る感触が大好きだった。

だから伸ばして欲しいと言ったのだ。金になるからとか、そんな事を考えていた訳ではなかった。
自分の気持ちが正しくユーリに伝わっていない事が、悲しくて寂しかった。




結局、フレンがその後何度言ってもユーリはその『勘違い』を改めてくれなかった。
髪を伸ばしてくれるのはいいが、また何かあったらユーリはそれを売る事を躊躇しないだろう。そんな事は、二度とさせたくなかった。








「……まさか、今でもそんな事を考えていたとはね……」


呆れ半分、怒り半分といった感じでフレンがユーリに言う。

「今でも…って何だよ」

「子供の頃、君が髪の毛を売ってお金を作ったことがあっただろう。その時も僕は散々言った筈だよ、そんな事をするな、って」


結局、あの後ユーリが髪の毛を売る事はなかった。

まさか十年以上経った今になってその話を聞かされるとは思っていなかったフレンだったが、あの時の出来事を思い出すと今でも眉間に皺が寄るのが自分でも分かる。

一方、ユーリは仲間達からさんざんに責められた憂さを晴らそうとわざわざフレンに愚痴を聞いてもらいに来たというのに、これでは本末転倒だとばかりに唇を尖らせて機嫌の悪そうな様子だ。


「何なんだよ、どいつもこいつも…。髪の毛なんか切って売るのに何の支障もねえじゃねえか」

「…本気で言ってるのか?」

「本気も何も、なんであんなに怒られなきゃならねえのか全く分かんねえし」

深々と溜め息を吐いてフレンがユーリに向き直る。

「…じゃあユーリ、君は仲間の誰かが自分の身体の一部を売って、それで飢えが凌げたとして素直に喜ぶ事が出来るのか?」

「…んな大袈裟な。たかが髪…」

「同じ事だよ」


ぴしゃりと言われ、ユーリが僅かに身体を震わせた。フレンの視線も口調も厳しくて、とうとうユーリが音を上げた。

「なあ、いい加減はっきり教えてくれよ。何がダメなんだ?なんでオレが髪売ったら駄目なんだよ!」

「何度も言ってるだろ!髪の毛だって身体の一部なんだ。仲間がそれを売る前提でいるなんて情けないじゃないか!!」


仮にジュディスやエステル達が、仲間に黙って自分達の髪を売り、金を工面してきたとしたらどうか。黙っていなかったにしても、日頃からそのつもりだったら?
そのような事をさせずに済ます事が出来なかったと歯痒く思いはしないか、と言われ、ユーリは複雑な心境だった。

言われてみればそんな気もしなくはなかったが。


「…まあ確かに、そうかもしれねえけどさ」

「みんな、ユーリを大切に思ってるんだ。…勿論、僕だって。だから嫌なんだよ。君はもっと、仲間を頼ったほうがいい」

「そんな大層な話じゃないんだがなあ」

「そういう事に抵抗がなくなると、どんどん感覚が麻痺する。とにかく、髪でも何でも、簡単に売るとか考えるのはやめるんだ。いいね?」

「うーん……」

「ユーリ!!」

「わ、わかったよ!わかったから怒鳴るな!」


未だ納得行かない様子のユーリに、『怒鳴りたくもなるよ』と言ってフレンはその髪を一房、手に取った。

あの頃から変わらない、滑らかで心地好い手触りに目を細めながらもフレンは不安で仕方ない。



「……やっぱり、僕が見てないと駄目なのかな」

「あ?何の話だよ」

「…何でもない」



今はユーリと共にいられない我が身を恨めしく思い、フレンは一人、肩を落としてうなだれるばかりだった。


ーーーーー
終わり
▼追記
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