時系列主観めちゃくちゃ。
現パロ。
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 無防備にさらされた彼の首に両手を重ね、ゆっくりとその手に体を傾けた。
 彼の顔が一瞬、苦しそうに歪んで、反射的にオレの手首を掴んだ。
 それでも、一度苦しげに息を吐き出した彼は、掴んだ手首にそれ以上力を込めず。しかし、その手を離すこともしなかった。

 オレの手から、力が抜けていった。
 張り詰めたように伸ばした肘が緩み、支柱を失った肩が下がり、見下ろしていた彼の顔が近くなる。
 彼はうっすら開けた目でオレを見据え、何度か音にならない空気を漏らしてから、ようやくかすれた一声を発した。

「…………イ……」

 鼓膜がその音を捉えた途端、オレは触れてはいけないものに触れたように手を離した。
 視界が霞んで、彼が咳き込んでいるのも、弱い光と共に差し込む微かな潮騒も、明るくなりかけた部屋の中、一切が溶けて混ざり合った。
 オレは額を抱えながら、彼の発した言葉を反芻した。何度も、何度も。

「オレの、名前……」

 彼の声で、初めて聞いたようなその言葉に、衝撃が奔った。
 記憶の底の泥が掻き回される。
 いつだって彼は、オレを現実に引き戻す手段を知っている。

「どうして、そんなこと言うの……今更……」

 オレのせいで、何もかもが壊れた。
 オレの勝手な感情で、総てを壊した。
 壊そうとした。今だって。

 許される筈のない行為を犯した。
 逃れようとして彼に引き戻されるたびに、疲れすら感じていた。
 引き戻そうとする彼の労力は、敢えて考えもせずに。
 それなのに、彼は、オレのことを、決して見離そうとしなかった。
 今際の、際になってまで。
 彼は何を思いながら、オレに抱かれていたんだろう。
 眼窩から生温い水がとめどなく溢れた。止まらなかった。


 呼吸を整えた彼が、うつむいて嗚咽するオレに顔を寄せ、前髪をかきあげるように額に触れてきた。
 涙で滲む視界の中で見える赤眼は形がぼやけ、それでもこちらを真直ぐに見据えていると感じた。

「もう、帰るぞ」

 深い、声が落ちた。
 彼の瞳の中に、確かに存在するオレの像が見えた。

「帰るんだ」

 総てが壊れた今も、彼の中にまだ、オレが生きているのなら。
 総てを捨てない彼が、まだそこにいるのなら……。