9組と阿部
「あ、教科書忘れた。」
仕方ない、借りてくるか。良い口実が出来たと弾む気持ちを抑えながら立ち上がると、自分の席で昼寝をしていたはずの田島が何故か目の前に立っていた。
「誰に?」
「誰でもいーだろそんなん。」
「良くない!絶対7組だろ!?」
っていうかなんであんな呟きが聞こえんだよ。耳まで神ががってんのかコイツ。
そんなことを考えながらあからさまに嫌な顔をする俺の前で、田島は見透かしたみたいににやりと笑った。
「俺も忘れたから行く。」
「はぁ?お前起き勉してんだから関係無いじゃん。」
「こないだ水谷に貸したら返って来なくなったんだよ!」
そういやそんなこと言ってたな。クソレはどこまでもクソレだ。
しかしこんなことで引く訳には行かない俺はなおも田島に食い下がる。
「俺が先に思い出したんだからお前は花井にでも借りろよ。」
「いやだね!そんなこと言ったら先に阿部を好きになったのは俺だぞ!」
おい、その単語は危ないだろ。
田島もそれを察したのか、慌てて口を塞ぎながら横を見た。
良かった、三橋は寝てる。
これで三橋まで加わったら面倒くさい。田島は俺の無言の訴えに気付いたらしく、今の内だととりあえず2人して静かに廊下に出た。
「いいか、ゲンミツにジャンケンだ!」
「分かったよ。代わりにオメーも抜け駆け無しだぞ。」
「おう!正々堂々勝負だ!」
三橋を故意にハブってる時点で完全に正々堂々じゃないことに気付いてるんですかねコイツは。
多分意味分かってねーんだなと残念な気持ちになりながらも俺は拳を握った。
「って何でついて来んだよ!」
「ついてってねーよ自過剰。俺の前をたまたまお前が歩いてるだけだ。むしろ邪魔だ。お前の存在が邪魔だ。」
ジャンケンに負けた俺は、物凄く機嫌が悪かった。けど。
「泉ほんと口も性格も悪いな!今まで直そうとか考えなかったのか?」
いや、笑顔でそれ言うお前もどうなんだよ。
「阿部!教科書貸してー!」
不本意だけど、とりあえず阿部の顔が見たくて7組まで来てみた。まぁついでに花井あたりに教科書借りればいーし。
「お前も忘れたのかよ?」
「…お前も?」
「おう。三橋に貸しちゃったから俺はもう持ってねーよ。」
それを聞いた途端、田島と俺は顔を見合わせた。道理で阿部と言う単語が出てきてもあの三橋が起きてこなかった訳だ。
全部分かってて俺たちを鼻で笑ってたんだなあいつ。
「「三橋、許すまじ…!」」
珍しく意気投合しつつ2人して鼻息荒く教室に戻ってみたら、当の本人は阿部の教科書を抱きしめて幸せそうな顔で眠っていた。三橋、許すまじ。
とりあえずイライラを抑えたくて浜田を一発殴ってみたが、残念ながらあまり効果は無いようだ。